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ダイエットも命懸け!?

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第七章

「なあ、ハーレック。こいつらって同じガッコの奴なのか?」
 そんな声が聞こえてくる中、ロープで縛られ抵抗をできなくされた正座する十四人を指さして、クライブ・アイザック(くらいぶ・あいざっく)はハーレックに訊いた。
「いえ、知りません。少なくとも見かけたことはないです」
 きっぱりと言い切ったハーレックは、「貴方たちは何者ですか? 蛮族?」と問いかける。が、誰ひとりとして口を開こうとしない。
「あのね、ちゃんと、教えてほしいの」
 ルナ・シルバーバーグ(るな・しるばーばーぐ)がクライブの手を握ったまま、おずおずと話しかける。睨まれて、クライブの背に隠れる。
「クー兄、この人たちこわぃ……」
「いいよルナ。俺の後ろにいな、絶対手だしなんかさせねぇから」
 クライブは、ギロリと効果音が付きそうな凶悪な目つきで睨みつける。相手が怯んで視線を逸らす。勝った、と別に勝負でもないのに思ってしまう。
 一方で、
「あ、お水飲みますかぁ?」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が持参したミネラルウォーターを手に話しかけている。当たり前のように無視されて、少ししょんぼりしていた。そんなメイベルをセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が頭を撫でて慰めている。
「ねえ、きみたちはどうしてこんなことをしているの? 居なくなった人たちはどこ?」
 セシリアが訊いても何も答えない。
「人もだけど、物もねぇぞ? どこにやった?」
 クライブが睨む。……やはり答えはない。
「あ、あの……、あなたたちがしてることは、悪いこと……なんだよ?」
 そろそろとクライブの影からルナが小さな声で言っても、何も喋らなかった。
 このまま黙られたら、困る。まだだめなのだ、まだ行方不明者を救出していない。早く助けたいのに。
 おそらく、その場にいたほとんどがそんなはやる気持ちをこらえて待っていた。相手が喋るのを待っていた。けれど口は開かれず、空気が張り詰めて行く。
 誰かが限界に達しそうで、誰もが不安だった。
 そんなとき、凛とした声が響いたのだった。

「居なくなった人たちならここに居るわ!」

 振り返ると、そこにはアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が仁王立ちして、蛮族疑惑の彼らを指さしていた。
 アリアの後ろにはベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)が少女をお姫様抱っこしていて、その隣に居るマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)も同い年くらいの女性と手をつないで立っている。
「あーもう体中ベトベトする……ベアが走り回るからよベアのせいよ責任とりなさいよ」
「仕方ないだろ、地獄からの使者だったんだから。つい追いかけちまうだろ」
「あれは蟻地獄じゃないわよ、ただのちょっと大きなサソリよ」
「いいじゃねぇか、結局居なくなった子たちは全員無事だったんだから」
「まあそうだけど」
「あれが蟻地獄とかいうのじゃなかったならまあ、闘い損ねてちょっともったいない気はするけどな。地獄の使者」
「……そもそも、蟻地獄って地獄からの使者じゃないわよ?」
「なっ!? ……じゃあ、自分はずっと勘違いしていたのか?」
「していたのよ」
「教えてくれてもいいだろ!」
「面倒だったのよ、他にもツッコまなきゃいけないことがあったから」
「……ていうか! そこ二人、ちょっと静かにする!」
 ベアとマナのやり取りがだんだんヒートアップしていくのを、アリアが一喝して止めた。
「ベア、あなたが頑張っていたのも、そして空回っていたのも見てたよ。正直すごく面白かった。でも今はちょっとシリアスになりたいじゃない、空気的に」
「アリアは少し空気を読みすぎなんじゃないかしら。同意するけど」
 彼女の真剣な言葉にマナがツッコミを入れる。あう、とアリアが言葉を詰まらせた。
「ええと、それじゃシリアスを引き継いで種明かしをしてもいいですか?」
 そんなアリアの言葉を継いだのは大草義純だった。
「お願いします」
 メイベルが、マナと手をつないでいた女性に水を渡しながら話を促した。
 こほん、と咳払いをして、義純は事の顛末を話し始める。


 村での情報収集を途中で切り上げた義純は、少し前にでき、今はもうなくなった蟻地獄を探して荒野を歩きまわっていた。
 いつのまにか影野陽太とエリシア・ボックが一緒に居て、三人で荒野を掘り返した。掘っては見つからなくて、砂にまみれて、あまりに進展がないので座り込んで休憩していたところにアリアがやって来て手伝って、それでもなかなか見つからなくて。
 そんなときベアとマナが通りがかり、協力を仰ぎ、総勢六人で掘り返していた。
 さすがに六人も集まれば、少しずつではあるが探索は進み。
 最初に、荷物を見つけた。荷物と言っても、中身のない財布や、鞄だが。
 次に、男物の靴を見つけた。行方不明者は女性ばかりで、遺失物の中に男物の靴はないのに。
 最後に、ベアが少女を見つけた。人の声が聞こえたから、と這いずるようにして助けを求めてきた彼女をベアが抱きかかえ、マナがヒールで傷を癒した。
 この近くに居ることを確信して、慎重に探すと、行方不明者を見つけた。数人の女性。衰弱はしているが命にかかわるような傷は負っていないし、安心して涙を流すことができる程度に感情は生きていた。
 泣いている子をなだめて泣きやませてから、まだ行方不明者を探しているであろうみんなを探しに来たのだ。

 探している間に、女性たちから話を聞いた。
 歩いていたら蟻地獄に嵌って。逃げだすより先に、蟻に噛まれたり(もちろんその怪我はマナがすぐに治した。普通に歩けているし、麻痺なども残っていない)したところを男たちに捕らえられたらしい。
 そして、男たちは彼女らに穴を掘らせた。蟻地獄の穴を。
 掘り終えると、また女性が穴に落ちた。その女性も捕まった。動けるようになると、彼女も穴を掘ることになった。
 穴に荷物が落ちていたとき、男たちは喜んで売りに行った。帰って来てから酒を飲んで大騒ぎをした。
 それが楽しかったのか、また穴を掘らされた。
 いつまで続くのか考えると、涙が溢れて止まらなかった。

 そこまで話した時、女性が泣き出した。一人が泣くと、連鎖的に全員泣いた。
 泣きやませてから、先に一度村まで戻ろうかと提案したけれど、全員が大丈夫だと言った。戻っている間に、また別の人が引っかかって自分たちのような目に遭うのが嫌だから、一刻も早く終わらせてほしい、と。

「で、急いでここまで来たと言うわけです」
 義純が話し終えると、
「邪魔しやがって」
 蛮族が小さく呟いた。
 その呟きは、本当にとても小さなものだったけど。
 白い紙に黒いインクを垂らしたときのように、じわじわと広がって行った。
 行方不明者の中に。
 救出に来た者たちのの中に。
 蛮族たちの中にも。
 そして。
 爆発した。

「金のために決まってるだろ!」
「荷物は全部売っぱらった!」
「まだ足りないからもっと欲しかった!」
「だから通りすがりの女の捕まえた!」
「蟻地獄を使役して捕まえた!」
「捕まえてこき使った!」
「いや違う! 捕まえたんじゃない、あいつらが捕まりたがった!」
「勝手に落ちてきた!」
「勝手に捕まった!」
「その上なんでも言うこと聞いて奴隷みたいだ!」
「なにをすればいいのか聞いてきた!」
「俺達のためになりたかった!」
「根っからの奴隷だ!」
「すごくいい気分だった!」
「だから邪魔をするな!」
「まだ穴を掘る!」
「そうしたらまた女が来る!」
「そうなったら気分がいい!」
「だから」
「邪魔をするな!」
「邪魔をするな!」
「邪魔をするな!」
「邪魔をするな!」
「邪魔をするな!」
「邪魔をするな!」

 一斉に喋り出す蛮族たちは、最初ばらばらに喋っていたと思えば突然、全員が声を揃えて同じことを繰り返す。太く大きな声で、邪魔をするなと繰り返す。
 その場にいたほとんどが戸惑っていた。
 中には涙目の者も居て、誰かに手をつないでもらったり抱きしめてもらったりしていた。

 邪魔をするな。

 その声が荒野に響く。響く。響いていた。
 止まったのは、十六夜泡が蛮族の一人を殴り飛ばしたからだった。
「救いようのない……」
「……? うたか……じゃない、ツクヨミ?」
 静かな殺気に、牙竜が反応する。
 泡はその声かけに答えず、深呼吸一つ。
「私は魔闘拳術ツクヨミ。我が一撃は龍の咆哮! この拳を恐れぬ者は掛かって来なさい!」
 叫び、全身に炎をまとった。
「ツクヨミ……」
 牙竜とリリィが恍惚としたような、なにかとてもいいものを見ているような表情で泡を見守る。
「ひとつええ?」
 不意に、青空幸兔が口を開いた。
「縛られて正座させられてたらかかって行くに行けへんよ」
 張り詰めていた空気が、ぷつんと切れた。
「だっ……ばっ、それは言っちゃだめだって!」
「ここシリアスな空気ですよ!」
「雰囲気クラッシャーすぎる」
「や、いいんじゃないの? 僕あの空気少し疲れるし」
「あ、わかります〜。肩が凝るっていうか、なんだかちょっと」
「居心地も悪いしな」
「俺はあっちのほうが好きですけどね」
「本当に好きだったらその空気が切れた今それを言う?」
「重すぎる空気も考えものってことよね♪」
「軽すぎるのもどうかと思いますけどね」
 空気が緩んだせいで、息まいていた泡でさえ脱力していた。
「なんかもう、そういう空気じゃなくなってる……こいつらどうしようかしら」
 思わずそう呟いて、肩を落とした。仮面も外す。
「やだもう。しりすぼみな感じに終わっちゃったわ」
 小さくため息と同時に吐き出された言葉を聞いていた牙竜が泡の肩を叩いた。
「ツクヨミ。カッコよかったぞ」
「……ありがと」
 牙竜にそう言われ、泡は少し恥ずかしそうに眼を伏せた。
「ねねっ、これからもよろしくね♪」
 リリィが手を差し出してくる。その手を取って、握手した。三人は顔を見合せて、笑う。
 そんなほのぼのとしたやり取りの横で、緩みすぎた空気からいち早く脱した数人が真面目な空気で話し合っていた。
「終わりよければすべてよし。ですが」
「こいつらどうする?」
 陽太と蒼人が十四人を指さして言う。
 どうするか。投げかけられて黙った。もともとの依頼は行方不明の少女の救出だ。しかし野放しにしておくわけにもいかない。
「それでしたら」
「わしらに任せぇ」
 ハーレックとウィッカーが名乗りあげた。
「波羅蜜多実業の生徒代表として、波羅蜜多実業の名前騙っていろいろしてくれたお礼せんといけんからのぉー?」
 ウィッカーがにっこりと笑ってそう言った。
「先生は残ってお礼があるそうなので。任せて先に帰っていてください」
 そう言われると、言われたまま帰るしか手段はなく。
 全員が帰った後の、あの荒野から叫び声が聞こえたとか聞こえないとか。