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【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物

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【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物
【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物 【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物

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「ふむ、折角だ。教導団の皆へ土産でも持ち帰るか」
 唐突なレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)の言葉に、その隣で嬉しそうに生八橋を咥えていたイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は慌てた様子で口内のそれを呑み込んだ。慌てて背筋を正そうとした彼女へ優しく微笑みかけたレオンハルトは、彼女の唇に付いた粉を指先で拭い取りつつ穏やかに語り掛ける。
「今日は教導団の任務ではないから、気を張る必要は無い。そうだろう?」
 人目も気にしないレオンハルトの所作に、はにかむように笑ったイリーナが頷く。
 鮮やかに色付いた紅葉の下、改めてレオンハルトの提案について思案したイリーナは、心配そうに問いを口にした。
「何万人分も買うの?」
「いや、それは流石に手間だ。彼らにも手伝わせて、一先ずは立ち寄った店のおたべを買い占めていこう」
 彼ら、と言いながら徐に携帯を手にしたレオンハルトに、納得した様子でイリーナもまた携帯を手にした。反対の手の生八橋を食べてしまってから、二人はそれぞれのパートナーと通話を始めた。


「ねむいようー。はやくやどでねむりたいようー」
 ぐったりと肩を落とし、足を引きずるようにして歩くティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)が崩れてしまわないようにと寄り添い、スヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)はきょろきょろと忙しなく周囲を見回していた。疲れ切ったティエリーティアを休ませる場所を探しているのだ。
「カラフルでおくちにいれてとけるのって……チョコ? あれ、くろくてあまいのはあんこだよねー……?」
「ああ、もう……眠くて頭が回っていないのでしょう?」
 支離滅裂な事を口走るティエリーティアを心配そうに見下ろし、スヴェンは宥めるように声を掛ける。
「スヴェンがどうにかしますから、ほら、ティティは体力を温存していて下さい」
 手近な電柱へティエリーティアの背中を預けさせ、どうしたものかとスヴェンは考え込む。ティエリーティアをここまで消耗させた校長への怒りもさることながら、課題に失敗した時の事を考えると頭は痛むばかりだった。精悍な面持ちを苦悩に歪め、スヴェンは苛々とその場を往復する。
「おーい! 何やってんだー?」
 そんな時、気の抜けた声を上げながらぱたぱたと駆け寄る姿があった。ティエリーティアの幼馴染、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)だ。その後ろからは、ヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)が怪訝と面持ちを歪めながら歩いてくる。
「ウィルー! たすけてー! たすけてー!」
 弾かれたように身を起こしたティエリーティアがウィルネストへ駆け寄り喚くのを羨ましげに眺めた後に、咳払いをしたスヴェンはヨヤの元へと歩み寄っていく。課題に関する説明をし、助力を求めると、ヨヤは渋面を作りながらも頷いた。
「課題? 本来ならば自分で考えるものだろうが……この国の事に疎いのであれば仕方ないな。まずはその色とりどりのものだが、それは恐らく金平糖だろう。ああ、金平糖というのは砂糖を主成分とした蜜から作られる星型の砂糖菓子だ。保存性に優れる。語源はポルトガル語で、カステラなどと共に日本に伝わったとされる。14日から20日ほど回転釜を回して作る非常に手間のかかる製造法で……」
「薔薇学の校長も来てんのか!?」
 呆然と眺めるスヴェンの様子を気にも留めずにつらつらと語り始めたヨヤの言葉を、不意にウィルネストの声が遮った。はっと顔を上げたヨヤの視界には、走り去るウィルネストの背中が映る。その後ろには、反対側の道路でお土産を眺めていた筈のシルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)の姿もあった。
「ウィル! ……そういうことだ、頑張って探してくれ。俺はウィル達の様子を見てくる」
 問題児を見る保父のような面持ちで頭を抱え、ヨヤもまたそう言い残してその場を駆け去っていった。取り残されたスヴェンは暫し呆然とした後に、はっとティエリーティアへ視線を向ける。
「ティティ、歩けますか?」
「だいじょぶー……」
 あまり大丈夫そうには見えない様子ながら、ティエリーティアはこくんと頷いて見せた。健気な彼の様子に眉を下げたスヴェンは、再び彼を支えるために側面へ回る。
「もう少しの辛抱ですから、頑張って起きて下さいね」
「うんー……」
 うつらうつらと傾くティエリーティアを抱えるように肩を支えながら、スヴェンはヨヤに手渡された地図を頼りに目的の店へ向けて歩き始めた。


「あれって、もしかして……」
 あんみつ屋さんの店内でおいしいあんみつに舌鼓を打っていたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、突然現れた二人組の座る席をちらりと一瞥しながら呟いた。急に店内が狭くなったようにさえ感じるのは、彼らの有する圧倒的な存在感の所為だろうか。求肥を掬い上げたスプーンをその場で硬直させたまま、ちらちらと繰り返し視線を向ける。
「薔薇の学舎の校長先生、だよね……」
 同じく抹茶あんみつへとスプーンを差し込んだセシリア・ライト(せしりあ・らいと)もまた、引き攣った声で囁いた。彼女たちから少し離れた席で談笑する男たちは、一度目にすれば忘れようのない、薔薇の学舎校長のジェイダスとそのパートナーであるラドゥ、その人だった。
 そんな彼女たちと同じ席で上品に葛きりを口へ運ぶフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は、平然と口内のそれを咀嚼しては穏やかな甘味に面持ちを緩めていた。良くも悪くも目立つ男達を全く気にした様子の無い彼女に、セシリア・ライトは潜めた声で問い掛ける。
「ねえ、あれジェイダス校長先生だよね」
「そのようですわね」
 セシリア・ライトの言葉に促されてようやく顔を上げたフィリッパは、笑顔のままに同意を示すと、何事も無かったかのように再び葛きりへと意識を戻してしまう。
「あ……」
 そんな彼女たちの視線の先、ジェイダス達の席へと歩み寄る一人の少女がいた。
「こんにちは、体育祭ぶりですね♪ あ、あんみつおいしいですか?」
 優雅にあんみつを食べていたジェイダスは、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)の挨拶に顔を上げた。傍らのラドゥは二人きりの時間を邪魔された事に不満そうに眉を顰め、ほうじ茶を音を立てずに呷る。
「ああ、日本の味はいいものだな」
 美味しいあんみつに上機嫌なジェイダスは重々しく頷き、ラドゥは空になった湯呑みを呷った体勢のまま彼を窺う。
「じゃあ私も食べようかな。あ、お隣失礼しますね」
 そう言いながらジェイダスの近くへ腰を下ろそうとしたミルディアは、しかしラドゥの鋭い一瞥を受けて隣の机へと移動した。運ばれてきたあんみつを一口食べた瞬間に相好を崩す彼女とジェイダスを交互に見遣りつつ、ラドゥはようやく湯呑みを下ろす。そんなラドゥの様子を愉快そうに眺めたジェイダスの手元に、不意に影が落ちた。
「ほ……本物のジェイダス様ですの?」
 感極まった様子でそう声を落としたのは、ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)だった。外で偶然噂を聞きつけてふらりとあんみつ屋さんへ入った彼女の双眸は、ジェイダスを興味津々といった様子で眺め回している。警戒を浮かべるラドゥを見もしないまま、ナトレアは興奮にやや上擦った声で言葉を続けた。
「あの、私百合園の生徒なのですけども、ご一緒にお茶を頂いても宜しいですか?」
 気圧されたように言葉を失っていたジェイダスは、気を取り直したように頷くとミルディアとの同席を勧めた。促されるまま席に着いたナトレアは、間髪入れずにマジックを取り出す。
「あの、すみません、サインして頂けますか?」
 ナトレアの脳裏には、以前目にした等身大のジェイダスフィギュアの姿が蘇っていた。以来抱いていた興味の赴くままにサインを要求したものの、一歩遅れて何も持っていないことに彼女は気付いた。マジックを渡されたジェイダスもまた戸惑ったように彼女の手元を窺う。
「あ、ではこちらにお願いしますわ!」
 暫し迷った末にエプロンを手で引っ張り、白い部分を平面にしながら微笑むナトレアに、困惑に目元を顰めながらもジェイダスは促されるままにサインを施した。流麗な字面で書かれたその名前に嬉しそうに礼を述べたナトレアは、弾む語調のままにあんみつを注文する。
「ナトレアちゃん!」
 ようやく彼女が一息ついたタイミングを見計らって、セシリア・ライトが手を振る。聞き覚えのある声に顔を上げたナトレアは、そこに友人の顔を見付けると一層表情を綻ばせた。
「あら、奇遇ですわね」
 折角だから、と席を寄せ始めた彼女によって、あんみつ屋さんの角に即席の百合園が築かれた。ミルディアとの自己紹介も互いに済ませ、一同はあんみつや葛きりを食べながら歓談を始める。
「ジェイダス様は人形も美しいですが、本物も素敵ですわね」
「薔薇の校長って、でっかいしいかついけど、結構優しいところもあるんだねぇ」
 嘆息交じりのナトレアの言葉に、そのエプロンのサインを眺めながらミルディアが返す。あんみつを口へ運びながらも、メイベルはちらりと隣席の校長たちを盗み見た。
「何だ?」 
 途端にじろりと睨むような険悪なラドゥの問いが投げられ、慌ててメイベルはふんわりとした笑顔を浮かべる。
「あんみつ、おいしいですねぇ〜」
 のんびりとした彼女の口調に調子を崩されたラドゥは、気を取り直したようにあんみつを掬う手元へ視線を落とす。
「百合園女学院も自由時間かね?」
 場を取りなすようなジェイダスの問い掛けに、元気よくセシリア・ライトが頷く。
「薔薇の学舎も自由時間なの?」
 そして問い返した彼女の言葉に、ジェイダスはくつくつと喉を鳴らしつつ頷いた。不審がる女生徒達の視線を受けて、代わりとばかりにラドゥが口を開く。
「課題の最中だ。くれぐれも邪魔をしないようにな」
 高圧的な言い様にはーいと投げやりな言葉を返したセシリア・ライトはあんみつを一口口に運び、その隣では依然として笑顔のフィリッパが我関せずとばかりに幸せそうに葛きりを食していた。
「ご歓談の所、失礼します。薔薇の学者のジェイダス校長とパートナーのラドゥ様でしょうか?」
 一応は穏やかな雰囲気の中、不意に新しい声が上がった。見れば、真新しい新撰組の羽織を身に付けた風森 巽(かぜもり・たつみ)がジェイダス達へと丁寧な礼を施していた。
「お目にかかれて光栄です。蒼学の風森巽と申します」
 首肯したジェイダスへと自己紹介を添えた巽は、背後のパートナーを紹介するように一歩横へ除ける。
「こちらは、私の連れです。老師」
「わしは菩提 達摩(ぼーでぃ・だるま)じゃ。宜しく頼みますの」
 人の好い笑みを浮かべた達磨の自己紹介に、ジェイダスも礼を返す。早速とばかりに二人分のあんみつを注文する達磨を横目に、随分と狭くなり始めた店内で、ジェイダスは興味深げに巽の衣服を眺めていた。
「新撰組の羽織か。美しい」
「信念を貫くその生き方に憧れているんです。宜しければ着てみますか?」
 そう言って早速脱ごうと服の端へ手を掛ける巽に、ジェイダスはやんわりと手を振った。
「いや、その信念は巽のものだ。私は自前で用意するとしよう」
 冗談めかしたジェイダスの言葉に頷いた巽は、ふと鋭く注がれる視線に気付き視線を動かした。次の瞬間、睨むように自分を見詰めるラドゥの視線に気付くと面持ちを引き攣らせる。
 ラドゥ自身に相手を睨みつけている自覚は無いものの、鋭いその目つきからは酷く危険な色合いが感じられた。届けられたあんみつを早くも嬉々として食べ始めている達磨の正面へ逃げるように腰かけながら、巽は囁く。
「老師。我は何かしたでしょうか」
「いや、若いとは良いもんじゃのう」
「彼は若くはないかと……」
 満面の笑みであんみつを頬張る達磨の少しずれた回答に、巽の疑問はかえって深まるばかりだった。
 そこに、勢いよく駆け込んできた人物がいる。ウィルネストとシルヴィットだ。二人はぎょっと集まる視線も気にせず、一目散にジェイダスの元へと駆け寄っていく。
「わー、マジでいた! 初めまして、お噂はかねがね伺ってますー! いやーほんっとカッコイイですねー!」
 呆気に取られたジェイダスへ、翡翠の瞳を輝かせたウィルネストが畳み掛けるように言葉を重ねる。次なる障害を見付けたラドゥの双眸が鋭さを増し、しかしその視界へ割り込むようにシルヴィットが顔を出す。
「どうもー♪ヴァンパイアのシルヴィットと申しますー♪」
「退け」
 いらいらと指先で机を叩くラドゥの短な返答に怯む様子も無く、シルヴィットは溌剌と言葉を続ける。
「大先輩にお話を伺いたいと思って来たですよっ。ジェイダスさまってすごーくカッコイイですよねー」
「……、……そうかもしれないな」
 ジェイダス、の単語にラドゥの片眉がぴくりと跳ねた。長い沈黙の後に絞り出された言葉を聞き留めたシルヴィットの面持ちが、にんまりと緩む。
「でっすよねー。で、ラドゥさまはー、ジェイダスさまのどこが好きなんですかっ?」
「…………」
 言質を取ったとばかりに勢いを増すシルヴィットの問い掛けに、ラドゥの表情が引き攣る。小悪魔のようなシルヴィットの笑顔から勢いよく視線を逸らし、がり、と爪の先で机を引っ掻いた。
「葛切りも美味いもんじゃのう」
「あら、もう一口召し上がります?」
 微笑みながら何事も起こっていないかのようにほのぼのと食事を続けるフィリッパと達磨の傍ら、即席百合園の一同が、ちらちらと視線を向ける。それに更に焦燥を掻き立てられたラドゥが、ばん、と机を叩いた。
「貴様、私を馬鹿にしたいのか?」
「え、ジェイダスさまのこと嫌いなんですかー?」
 わざとらしく驚いたように両手で口を押さえるシルヴィットに、ぐ、とラドゥは言葉に詰まった。
「き、嫌いではない」
「じゃあ、どこが大好きなんですかっ?」
 にやにやと追及するシルヴィットに、ラドゥは言葉にならない程度の声量でぼそぼそと呟いた。きらり、とぱっちりとしたシルヴィットの瞳が怪しく輝く。
「え、全部? さっすがですねー!」
「そんな事は言っていない!」
 聞こえないのを良いことに好き勝手な事をうそぶいたシルヴィットへ、掴み掛かるようにラドゥは身を乗り出す。
「あ、シルヴィットにもあんみつくださーい」
「話を聞け!」
 はらはらと見守る一同の視線の先、シルヴィットはけろりと注文を口にした。ぶるぶると震えるラドゥの傍らでは、ジェイダスとウィルネストが機嫌良く会話を進めている。
「その溢れるカリスマ、憧れだったんですよー! あ、お茶持ってきますね」
 るんるんと声を弾ませるウィルネストが立ち上がり、セルフサービスのお茶を取りに走る。器量のいい彼の姿を微笑ましげに眺めるジェイダスとは対照的に、ラドゥは不機嫌に眉間に皺を寄せていた。
「良いか、それ以上余計な事を言えば貴様を喰――ッ!?」
 脅し文句を口走ったラドゥは、次の瞬間双眸を見開いた。廊下側の片手に突如降り掛かった熱湯に、堪らずラドゥは息を詰める。
「あっやば……」
 熱湯の正体は、ウィルネストの運んできたお茶だった。急く心のままに駆け戻ってきたウィルネストは何もない所で躓き、盛大に転倒したのだ。激昂したラドゥの手首を、のんびりとした言動とは打って変わって素早く立ち上がったメイベルが優しく掴む。
「動かないで下さいねぇ、……はい、終わりですよぉ」
 温かな光、メイベルのヒールがラドゥの火傷部分を包む。静寂の後、笑顔のメイベルが完治を告げると、バツが悪そうにラドゥは視線を逸らした。
「……手間を掛けた」
 席へ戻っていくメイベルへ拗ねたような声でそれだけ言うラドゥに、ウィルネストが頭を下げる。軽く手を振ってそれを散らし、ラドゥは独り言のように呟いた。
「どこが好きか、など、私に判るわけが無いだろう……」
 ぼやくような言葉を拾ったシルヴィットが、ぱっと表情を輝かせる。しかし追及の言葉を紡ぐより早く、開かれた彼の唇からは悲鳴が漏れた。
「いたいーいたいー!」
「何をやってるんだおまえら! 失礼しました、校長」
 ようやく追い付いたヨヤが両手にそれぞれシルヴィットとウィルネストの耳を掴み、ぐいと引き寄せる。そのまま丁寧に頭を下げるヨヤへ、ジェイダスは軽く片手を振って返した。
「気にせず、日本の食文化を楽しんで行きたまえ」
 そんなジェイダスの言葉とほぼ同時にシルヴィットの元へ運ばれて来たあんみつを見たヨヤは、頭痛を堪えるように額へ手を遣ると深く溜息を零した。