シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

大樹の歌姫

リアクション公開中!

大樹の歌姫
大樹の歌姫 大樹の歌姫

リアクション

【5・逃走、攻防】

 大樹の周囲のあちこちから歌がして、様々な香りが舞っていく中。
 まだ少し静かな一角があった。だが、誰もいないわけではなく。そこには数人の生徒達がちゃんといた。そのひとりであるセルシア・フォートゥナ(せるしあ・ふぉーとぅな)は、大樹と向かい合って何やら悩んでいた。
 そしてそんな彼女を見守るのはパートナーのウィンディア・サダルファス(うぃんでぃあ・さだるふぁす)フランボワーズ・アンテリーゼ(ふらんぼわーず・あんてりーぜ)
「なあ、まだ歌う気にならないのか?」
「ルー、歌うの嫌い……?」
 ウィンとフランのその言葉に、
「歌うのは………嫌いじゃない、けど」
「だったら」
「でも……正直さ……嫌なの。人に、私の歌を聞かれるの……」
「だから、わざわざ人気の無い場所探したんじゃないか」
「うん、それは……わかってるんだけど」
 それでもしばらく渋るセルシアだったが、やがてふたりに押し切られ、聴いているのはパートナーのふたりと大樹だけだと割り切り、ゆっくりと歌い始めた。

 ずぅと ずぅと おぼえてる
 ゆりかごのときに きいたうた
 たぬきに きつねに うさぎのこえで

 それは童話にでてきそうな歌詞の子守唄。セルシアの紡ぐ歌声はやや低く、伸びやかで落ち着いた感じのする、優しい印象を持つものだった。
 その歌に呼応して、大樹からは林檎にも似た甘くかぐわしい香りが振りまかれていく。
 そしてそんな歌と香りに心を和ませるウィンとフランだったが、そんな彼らの元にもやはり敵は現れる。どこかから響く口笛の音と共に、灰色のカラスがざわめき周りを旋回しはじめていく。
 その様子を敏感に悟ったふたり。ちなみにセルシアは気づかないほど歌に集中していた。
「さて、と。このままゆっくり聴いてたいとこだけど。そうは言ってられねーか」
「うん。きたよっ!」
 フランのその声と同時くらいの勢いで飛び掛ってくるカラス連中に対し、ウィンは火術と雷術を駆使して次々と撃墜させていく。
 そうしてスキルを連発しているウィンに、フランは自身のスキルは抑え目にして薙刀で攻撃でカラスをいなし、ウィンがSPを切らしたのを見計らってSPリチャージを使い、サポートに徹する姿勢をとるのだった。
 そんな様子を遠くから眺める、黒衣の男。
 だが男は先程の月夜からの攻撃のせいで、後頭部を押さえやや足取りもふらついていた。なので自ら妨害は行わずもう一度口笛を吹き、灰カラスの援軍を三人の方へと向かわせていく。
「香歌ノ樹ねぇ、一体どんな匂いがするんだろうね」
 そんな時。男の近くから話し声がし、すぐ茂みに身を隠す男。
 それはマシュ・ペトリファイア(ましゅ・ぺとりふぁいあ)ロミー・トラヴァーズ(ろみー・とらばーず)だった。
「香歌ノ樹の謎をまろ達が解くのじゃ!」
 ふたりは張り切った様子で森の中を闊歩し、男の隠れる茂みの横を通っていく。男は、そんなふたりをやり過ごし再び歌い手の邪魔に戻ろうとした、が、
「その為には……秘密を知ってそうな本人に聞くのが一番、だ!」
 その瞬間、即座に振り返ったマシュは光術を使い男の目をくらませた。実は事前にディテクトエビルを使って、黒衣の男の気配には気づいていたのである。
「知っていること、あらいざらい吐いてもらうとするかのう!」
 そして男がひるんでいる隙に、ロミーは縄でぐるぐる巻きにしようと試みる。が、奇襲攻撃には既に慣れていた男は寸前に指に固めた葉っぱを挟むや、それを振り回しその縄を切り裂いていた。
 それに今度はロミーが怯んだ隙を見、男はまた走り去っていってしまった。
 ただ、マシュは今の所作で確信したことがあった。
「やっぱりそうだ。たった一枚の葉っぱでああも器用に縄を切るなんて、あの男の正体は植物学者の……」

 ふたりから逃げおおせた黒衣の男だったが、今度は別の一団に取り囲まれていた。
 それは神代 正義(かみしろ・まさよし)フィルテシア・フレズベルク(ふぃるてしあ・ふれずべるく)。更には高月 芳樹(たかつき・よしき)アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)。そして風祭 隼人(かざまつり・はやと)の五人だった。
 先程、こちらへ逃げてくる男を見つけた正義は、
「あれは! 噂の皆を困らせている黒衣の男! よしっ! あんな悪は、正義のヒーロー『パラミタ刑事シャンバラン』が成敗してやるぜ!」
 そう叫ぶや、自前のヒーローお面を装着しフィルから光条兵器の両刃の片手剣を抜き放ち、男の前へと飛び出したのである。
「がんばってぇ〜、正義ちゃん〜」
 そのフィルの応援を受けつつ、
「おい、黒光りするゴキブリ男! 楽しく歌う皆を邪魔してるてめぇを、許すわけにはいかねぇ。けど、何か事情があるんなら正義のヒーローとして聞いてやる。もしも何も答えず逃げようってんなら、このシャンバランブレードのサビにしてやるから覚悟しろ!」
 そう宣言する正義。それに対し男はというと、やはり逃げをうってきた。
「あっ! この野郎! ここまで言って無視するか? くそ!」
「あらあら〜。悪人として、ただ逃げるだけというのはいただけないわねぇ。ちゃんと倒されて爆発してもらわないと」
 すかさず、何やら毒電波な発言をしながら男の前に回りこむフィル。
「ん? なんだか立て込んでるみたいだね」
「ええ……って、この人もしかして例の黒衣の男じゃ……」
 そしてそこへ別の方向から歩いてきた芳樹とアメリアも合流し、四方をふさがれる結果となったのだった。その上、
「おい、ハヤテ。あんまり引っ張るなよ……え?」
 ペットの犬を連れた隼人までもがその場に到着し、期せずして黒衣の男は包囲されたのだった。
 そんな彼に芳樹は、
「なあ、どういうつもりなんだよ。歌を歌う人の邪魔ばかりして、それで楽しいのか?」
 それに対し、男は黒衣の中で唇を引き結んだ。そんな男の心外そうな様子に、芳樹はやはり何か理由があるのだと再確認した。
(だったら、問題はどうしてそれをひた隠しにしているかだけど……)
 そればかりはやはり男にしかわからないことだと、芳樹は黒衣の男を正面から見据える。
「事情があるなら、ちゃんと話して欲し――」
 と、言い終わる前に、男は固めた葉っぱを投げつけてきていた。だが、それはアメリアのライトブレードが弾いて地面に落としていた。
「問答無用ということね。けど……芳樹は、私の命に代えても守るわ」
 そしてそのままの勢いで、男に切りかかろうとするアメリア。
「いくぞ! シャンバランダイナミィィィック!!!! 悪は滅びろ!!」
 同時に、正義も攻撃を仕掛けようとした。
「これでもくらえ!」
 隼人も液体の入った瓶を投げつけた。
 その時。
「避けて――――っ!」
 という言葉が響くや、なぜか丸焦げになった大きめの灰色カラスが上空より降ってきて、慌てて避ける一同。そして轟音と共にそのカラスモンスターは木々をなぎ倒しながら地面に落下した。
 いきなりのことに唖然となる中、一番に気を取り直した黒衣の男はそのどさくさに紛れて逃走するのだった。
「ご、ごめんね、大丈夫だった?」
 そして、入れ替わる形で現れたのは……高根沢理子だった。

 再び時間は数分前に遡る。歌い手の集まる大樹の前。

 静かに ただ 歌を歌うの

 今歌を紡いでいるのはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)
「へいきですかぁ、ふたりともぉ」
 その歌の途中、モンスターと戦うパートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)に声をかけるメイベル。
「大丈夫だよっ! 僕たちのことは気にしないで、歌い続けて!」
 襲い来るカラスモンスター達を火術で牽制するセシリア。
「必ず守りきってみせますわ……あら? あらあら、そんな大勢で来られると、お姉さん困っちゃうわ」
 のんびりした口調ながら、機関銃を打ち鳴らして次々と敵を打ち倒すフィリッパ。
「わかりましたですぅ。私は私にできることをしますねぇ」
 そんなふたりにメイベルは頷き、再び歌に集中し直す。

 これまでの友達 これからの友達
 大切な 人を想って 歌うの

 ゆっくりとしたリズムの、心地よい歌。それに大樹はこたえ、純粋に甘い砂糖のような香りを放っていく。
 その一方。理子とジークリンデは、しばらく他の生徒達に防衛を任せ休んだ後、再びまた歌い手の守りに徹し、菅野 葉月(すがの・はづき)ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)と共にモンスターと戦っていた。
 今相手にしている灰色カラスに対し、近距離戦闘の方を得意とする理子とジークリンデは若干の苦戦を強いられていた。
 そんなふたりを守るようにトミーガンを放ち、飛び掛ってくるカラスを撃墜する葉月、
「大丈夫ですか? おふたりとも!」
「うん、へーきへーき」「大丈夫よ、ありがとう」
 ふたりから礼を言われ、少し照れる葉月だったが。
「ちょっと! にやけてる場合じゃないでしょ!」
 嫉妬心むき出しのミーナに耳を引っ張られていた。耳を引っ張る場合でもないよと返す葉月に、余計にミーナはまた余計に強く引っ張った。
 そんな様子に苦笑する理子達の上空を、ひときわ大きな影が覆った。見ると、そこには他のカラスとは大きさが五倍ほども異なる相手が飛翔していた。
「っと……親玉のご登場ってことかな?」
 魔剣を構えなおす理子。そして、そんな彼女に近寄るのは浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)。彼はスナイパーライフルを構えながら伝える。
「理子様、それに皆さん。私があいつの動きを止めます、ですからそれまでの援護とその後のとどめをお願いします」
 それにその場の一同は頷き、そして翡翠のパートナーの北条 円(ほうじょう・まどか)サファイア・クレージュ(さふぁいあ・くれーじゅ)も前衛に周り防御に徹する構えを取る。
 直後、大カラスをはじめ数匹のカラス達が飛び掛ってきた。大きな翼での飛翔に土ぼこりが舞い、視界が悪くなる中、
「翡翠っ! 頭を下げて!」
 円の指示に従う翡翠の頭上を、土くれの塊がかすめる。
「目標は右手にまわったわ!」
 そしてサファイアは方向の誘導をし、そのまま、手にしたランスで強打狙いでなく手数を群がるカラス達に浴びせていく。円は前と左の両方向から迫る敵に、ツインスラッシュを見舞い仕留める。
「いきますよ、ミーナ!」「わかってるわよっ!」
 更に葉月とミーナのふたりは共に氷術で壁をつくり、急降下してくる相手のくちばしを弾き返して。そこをジークリンデがスピアで一突きにしていた。
 前衛の攻防を見ながらも、翡翠は心を落ち着けてライフルに集中する。
「ふぅっ……」
 息を大きく吸い、息を止め、呼吸での手ブレを少なくし、そしてその間に引金を引いた。
 スキルのシャープシューターを使い、放たれた弾丸は的確に大カラスの両翼と、眉間にと合わせて3発連続してヒットする。
「グギャアッ」
 急所への攻撃をうけ、うめき、バランスを崩す大カラス。
「今です、理子様!」
「はあああああっ! うなれ、魔剣っ!」
 翡翠の声に、理子は勢いよく跳躍し魔剣での爆炎波を大カラスの腹に向けお見舞いする。そして壮大な打撃音と爆音と共に、その巨体は下から上へと大きく突き上げられた。
 それを受けた他のカラス連中は、ボスがやられたのに気づいたのかすぐさまほうぼうに散っていくのだった。
「やったぁ!」
「やったぁ……は、いいけど、ちょっと……あれ、大丈夫なの?」
 喜ぶ理子だが、黒焦げになった大カラスは彼方へと飛んで行き……

 そういういきさつがあり。現在。
 理子と、後から追いついてきたジークリンデは、
「ごめんね。あたし達のせいであの男を取り逃がしちゃったみたいで」
「さっきの雪辱のし損ねたわね……残念」
 調子にのったことを謝っていたが、
「だいじょうぶ。ちゃんと追えるはずだぜ」
 その言葉に、え? と目を驚く理子達。
 隼人は先程投げて割れた瓶を指差して、
「これの中身は香水でね、さっきの騒動で男は確かにこれを被ったんだ。そうなれば、後はこいつの出番」
 傍らでワンワンと鳴く犬。
「いくら森の中を逃げようと、このハヤテが追跡してくれるって寸法だ」
「すごいじゃない! これならもう捕まえたも同然ね!」
 理子に褒められ、隼人はすこし頬を染めて頭をかいていた。
「さて……それじゃ、そろそろこちらから攻めるとしようか」
 ジークリンデの声と共に。黒衣の男の追跡が本格的に行われることとなるのだった。