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絶望を運ぶ乙女

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絶望を運ぶ乙女

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第四章 隔離されたモノ


 蒼空学園の中庭で調査をしていた影野 陽太の目の前には、ルーノ型爆弾(仮)があった。ぐう線底を通りかかった閃崎 静麻(せんざき・しずま)レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が人払いを手伝ってくれると、ミルディア・ディスティンもその場に急行した。

「かわいい〜」

 目をらんらんと輝かせて不用意に人形へと近づいたのは閃崎 魅音(せんざき・みおん)だ。クリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)は、物静かな声で「魅音、やめたほうがいいです」と忠告する。

「そうそう、こういうのは専門家に任せたほうがいいんだぜ」

 閃崎 静間がそういうと、閃崎 魅音を下がらせて、人形の前に膝を着いた。レイナ・ライトフォードは驚いたように声を上げた。

「静間! ひとまずその人形を改修して、爆発する原因を探ったほうが……」
「そのためには解体しなきゃならないだろ? 切り開いて、内部構造を……」
「そ、そんな! お、お人形さんを………切り開く、のですか……?」

 今にも泣き出しそうなレイナ・ライトフォードを、ミルディア・ディスティンは優しくなだめた。その様子に、影野 陽太は閃崎 静間にそっと耳打ちした。

「とりあえず、場所を移さないとここでは被害が大きくなる可能性がありますし……」
「まぁ、そうだな」
「あ、このお人形さんも爆弾?」

 その言葉にとっさに振り向くと、わずか数メートル先のベンチの下に、淡く金色に光る人形がおとなしく座っていた。目の前にある人形と、全く一緒だ。

「……おいおい、マジかよ」
「ひとまず、爆弾なら凍らせれば止まるかもしれません。氷術で何とかならないか、やってみましょう」
「でも、魔法かけたとたん爆発しないかなぁ?」

 ミルディア・ディスティンが心配そうに声を上げると、レイナ・ライトフォードはようやく立ち直ったのかきっと顔を上げる。

「凍らせるだけならば、私でもお力になれます。こんな非道なことを下犯人を,一刻も早く捕まえなくっては!」
「じゃ、ボクはあっちのお人形さん凍らせてくるね」

 閃崎 魅音も習って自分が発見したベンチ下の人形に向かい魔法の詠唱を開始した。無事に魔法がかかったのを確認すると、影野 陽太は携帯電話で蒼空学園校長室に電話をかける。

「環菜会長、爆弾を中庭で2つ発見しました。氷術で凍らせることには成功……これから、内部構造を見てみようと思います」

 影野 陽太の言葉に承諾の返事だけすると、通話は一方的に切られてしまった。その代わり、すぐさま校内放送がかかった。『中庭へは許可がない限り近づかないこと』という内容が校長の声で連絡され、中庭にいた野次馬達もいつの間にか姿を消していた。

「それじゃ、解体を開始するか」

 閃崎 静間は冷凍状態になった人形の腹にナイフを差し入れた。


 小さな爆発音を立てて、人形は破裂した。被害は幸いなことに閃崎 静間のみで済んだようで、彼の顔は真っ黒な煙にまかれていた。恐らくではあるが凍らせたおかげで威力が弱まっていたらしい。

「く、機械的なものじゃないな。魔法的なものと見ていいかもしれない」

 閃崎 静間がため息混じりにそう言い放ちながら顔を上げると、そこには必死に笑いを堪えている仲間がいた。堪えきれなくなったミルディア・ディスティンはぶは、と一息ついて大笑いし始めた。

「あっはっはっはっは〜〜〜〜! あ、あ、アフロ〜〜〜〜〜」

「は?」

 何を言っているのかわからないという表情でパートナーたちを見つめると、閃崎 魅音もつられて大笑いしはじめる。レイナ・ライトフォードとクリュティ・ハードロックはなるべく視線を合わせないようにしていたのだが、肩が震えだし喉の奥で笑っているのが見て取れた。

「おい、一体なんなんだ」

 影野 陽太は泣き出しそうな顔で口元を押さえていたが、波を乗り越えたのか無言でポケットから鏡を取り出した。そこに写っているのは、一昔前のコントでしか出てこなさそうなアフロ頭だった。顎が外れるような思いをしたのは、コレが最初で最後かもしれないと閃崎 静間は思った。ようやく冷静さを取り戻し、怒りに顔が見る見ると赤くなっていった。


「わらうんじゃなあああああああああいっ!!!!」







 空京を調査していた蓮見 朱里とアイン・ブラウの目の前に、布製のかわいらしい人形が発見された。少々いびつな感じはするものの、恐らくそれが『ルーノ型爆弾(仮)』ではないかと判断し、辺り一帯から人を遠ざけた。 

 四条 輪廻(しじょう・りんね)が進み出て、人形の前に膝を着く。

「爆発の基準は、接地面から離れる、ないしは何かが触れること、さらに温度探知……この3つに分かれるだろう」
「輪廻、凍らせなくて大丈夫か?」
「基準さえ分かれば怖くはない。凍らせることが最善であるとは限らない。それに、いざとなれば君のスキルで周りの人たちに被害が行くことはない……だろう?」

 アイン・ブラウの言葉に、眼鏡の奥にある茶色い瞳が鋭く輝いた。精悍な機晶姫はしっかりと頷くと、蓮見 朱里を自分の背中に隠すように立たせた。


 四条 輪廻はルーノ型爆弾(仮)に触れた。そのとき、小さな声が彼の耳に届いた。

『朱里』

 その声の持ち主は、今彼の真後ろにいるアイン・ブラウその人のものだった。そして、彼のパートナーであり恋人でもある蓮見 朱里の名前を呼んでいた。確かにそう聞こえた。

「コレは、この爆弾の原動力は、機晶姫たちの力を使っているのか?」
「輪廻?」

 自分の推理に気をとられ思わず持ち上げてしまうと、その人形から洩れた強い光が四条 輪廻を爆炎の中へと誘った。





 メニエス・レインをすっかり見失ってしまったガートルード・ハーレックたちは、諦めて先を進むことにした。いくつかの部屋を見て回ったが、以前から特に大きな変化もなく、着々と部屋の調査を進めていた。ジェーン・ドゥやファム・プティシュクレのおかげで隠し扉の類を発見するのには事欠かなかったが、既に打ち捨てられた研究部屋ばかりだった。

 そんな中、何度目になるかわからない隠し扉の発見をすると、そこにあったのは大量の布と綿が置かれた部屋だった。扉にプレートがかけられており、『エレアノール』と記されていた。

「ここが、エレアノールの私室?」
「恐らくのぅ。イシュベルタ・アルザスとやらも、頻繁に来ておったようじゃの」

 ファタ・オルガナが拾い上げたのは、彼の名前が入った木製の人形だった。

「つい最近も、みたいだぜ」

 国頭 武尊が付け加える。理由を問うよりも早く、彼は一枚の布に泥の付いた足跡があるのを見せた。乾いているところから見ると、ガートルード・ハーレックたちではないのは明白だった。ファム・プティシュクレが一つの人形を見つけてファタ・オルガナの元へと持ってきた。

「ますたー、ますたー! これ、ばらしてい〜い?」

 彼女が差し出したぬいぐるみは、白いワンピースをまとうルーノ・アレエの人形だった。どこで見つけたのかと問うよりも先に、ジェーン・ドゥが抱えきれないほどのぬいぐるみを持ってきた。その中には、緑色の髪をした小麦色の肌の小さな人形もあった。ルーノ・アレエに関わる人間の中で見たことがない容姿だった。

「それにしても、これらは誰が作ったんじゃ?」
「ふむ……そのイシュベルタとやらじゃないのか? これらはプレゼントするため、練習用に作ったぬいぐるみだと思えるのだが」

 ネヴィル・ブレイロックはガートルード・ハーレックに数枚のメモを差し出した。そこにはルーノ・アレエと思われる女性のデッサンと、もう一人、ショートカットに緑色の髪をした少女のデッサンがあった。そのすぐ横にぬいぐるみにするためにデフォルメしたイラストも載っており、その次には『エレアリーゼと、ニフレディの誕生日に間に合うといいね』と書かれた上品な筆跡の励ましのメッセージがあった。

「片方はルー嬢の本名じゃが、もう一個は誰の名前じゃ?」
「んふ、かわいいのぅ」

 ファタ・オルガナは緑の髪の美少女のデッサンにうっとりしていると、一体の緑の髪の人形を拾い上げた。かなり丁寧に縫われていたが、一箇所間違えるたびに新しく作り直していたのだろうか、全く同じ見た目の人形が沢山あった。そして、ここにある人形のほとんどは、緑の髪の少女のものだった。

「んむ、ここにあった『ルーノアレエと同じ見た目の失敗作』は、今パラミタを騒がせている爆弾になったというわけじゃな」
「そう考えるのが、妥当じゃろうなぁ」
「……それにしても、なぜ教導団が口を出してきたのでしょうか」
「大方、ルーノを引き入れて兵器として使おうという魂胆じゃろう。まったく、相変わらず信用ならん連中じゃ!!」

 ガートルード・ハーレックの言葉に、シルヴェスター・ウィッカーは拳を手のひらに打ち付けて鼻息を荒くした。その闘志を察知したのか、また魔獣たちが彼らに殺気を向けた。

「おっと、丁度いいじゃねぇか。俺も話し聞いてたらむしゃくしゃしてきたんだぜ!!」

 国頭 武尊はいの一番に飛び出し、シルヴェスター・ウィッカーも軽い身のこなしで魔獣の群れに突っ込んでいく。

「んふ、いいじゃろう! わしもはりきるぞ〜〜!」

 そう言い放つと、ファタ・オルガナは回りを考えないで特大の魔法を放とうと詠唱を始めた。






 いち早く報告してくれた蒼空学園での発見状況と、薔薇の学舎で被害に逢った生徒から聞いた情報を統括した結果、瓜生 コウはなるべく薄暗い場所を調べていた。
 体育館裏はもっぱら男子生徒たちのいちゃつき場となっているらしく、先ほどは「エース、ほら力を抜いて」「エルシュ、爆弾を見つけるのが先決なんじゃ……」「せっかくの二人きりなのに?」とかいちゃついているカップルがいたため、もっと違う場所を探していた。わかりやすい場所ではなく、たまたま薄暗がりになるような場所となると、一人で調べるのに骨が折れる。
 そう思っていたときだ。

 階段脇の倉庫入り口が丁度よく陰になっていた。そこに、淡く金色の光を放つ人形が可愛らしく腰掛けていた。同じく爆弾を探していた久途 侘助(くず・わびすけ)が通りかかり、まずは人払いを開始した。

「で、どうやってこれ運ぶんだ?」
「氷で閉じ込めてしまえば、ひとまず爆発の心配はないらしい」

 それだけ答えると、バケツに汲んできた水を人形に向かって放ると丁度水が人形を包んだ瞬間を狙って氷術を放つ。綺麗に氷の中に閉じ込められた人形を持ち上げると、じっくりとその人形を見つめた。

「こいつがうちの生徒に怪我させた元凶か……まったく、小憎たらしいぜ」
「……恐らく、手製だろうな」
「爆弾が、か?」
「この人形のことだ。外見は、丁寧に縫製されている……とても、こんなに沢山ばら撒くためにあるとは思えないくらいに」

 瓜生 コウは改めてその人形の顔を見つめた。物憂げな表情をした機晶姫をモチーフにしているとはいえ、にっこりと笑っているその人形の表情は見ているこちらの心も和ませてしまう。作り手と、送りたい相手への思いが伝わってくるようなそんな一品だ。

 中に、爆弾が入っていなければの話だが。


「爆発物の中身はともかく、この辺りを不審者が歩いていなかったか……調べようぜ」

 久途 侘助の言葉に瓜生 コウは頷くと、氷の塊を抱えたまま自身も聞き込みを再開した。怪しいとされる『イシュベルタ・アルザス』の写真を携帯から確認すると、手当たり次第声をかけ始めた。だが、誰一人としてその姿を見たものはおらず、久途 侘助が校舎内に設置されたいくつかのカメラのデータを見せてもらったのだが、生徒以外の姿が映っていることはなかった。

「一体、どういうことなんだ?」

 瓜生 コウがため息混じりに頭の中を整理しようとすると、ディオロス・アルカウスが久途 侘助を呼び止めた。

「魔法的な物質であると考えて、調査していたところ発見しました」

 それを聞くと、けだるい身体に鞭を売ってディオロス・アルカウスたちの後を追った。クマラ カールッティケーヤがいるという体育館裏を訪れると、そこには先ほどいちゃついていたらしい生徒が少し不満げな表情で立っていた。

「あと少しだったのになぁ」
「もう、エルシュ少し静かにしてくれない? 結構集中力使うんだから」

 クマラ カールッティケーヤがため息交じりにそういうと、目の前にある赤毛少女の人形に意識を集中した。瓜生 コウは氷漬けにしてある人形を少年魔女の前に置いた。彼は一瞬目を丸くしたが、その氷漬けにした方法を聞いて目を輝かせた。

「そか、それならとりあえず何とかなるのか。じゃ、これもそうしちゃおう」
「完全に凍っていないものは、不完全な爆発を起こすらしいから、あまり無茶なことができないが……」
「とりあえず、爆弾の回収ができればいいのでしょう?」

 背後から声をかけてきたのはメシエ・ヒューヴェリアルとエオリア・リュケイオンだった。彼らの手にも、氷付けの人形があった。瓜生 コウは頷くと、その人形を預かった。

『クマラ』
「なあに? ロス」
「え、なんですか? クマラ」

 ディオロス・アルカウスは突然呼ばれて逆に問い返した。クマラ カールッティーヤは目を丸くして目の前の人形を見つめなおし、氷漬けにする前に人形に触れた。

『クマラ』
「ロス……じゃない、これ、ロスの力?」
「え?」

 エルシュ・ラグランツは少年魔女の隣に腰掛け、自らも動かさない程度に人形に触れた。確かに、パートナーの力を感じる。

「先日の事件で奪われた、機晶姫たちのエネルギーを使った爆弾……ということですか」
『そういう、ことだ』

 瓜生 コウの通信機から、四条 輪廻のうめきに近い声が聞こえてきた。その後に声をかけてきたのは、空京を調査中の蓮見 朱里だ。

『凍らせなかったから、輪廻が大怪我をしてしまって……この爆弾は、機械式でも魔法でもなく機晶エネルギーを使ってて、それで……』
『僕たちを動かす原動力であるから、あの人形は自立して動いているようなんだ』
「……なるほどな。怪しい人物がいないのも頷ける」
「では、これはあの事件に関わっている女と鏖殺寺院のせいなのでしょうか」

 エース・ラグランツが顎に手を添えながら考え込むと、アイン・ブラウが否定の言葉を続けた。

『爆弾の性質と、作られた経緯はわかったが、それを放ったのがやつらだとは考えにくい。現に、彼らはルーノ・アレエを本当に取り戻したいのだろうか?』




 通信機は一斉に各所に発信されていた。百合園女学院でも、六本木 優希が同じ疑問に引っかかっていた。

「……確かに、それがおかしいんです。イシュベルタ・アルザスはどうやら用意周到な人物だった様子……あの女性は自ら考えてあの意味不明な計画をしたとは考えにくいですわ」
「んなこたぁどうでもいいんだ。この爆弾が結局その機晶石エネルギーだってのはわかったけど、どうやって作ったんだ?」

 既に氷漬けになっている人形をぽいぽいっとお手玉のように弄ぶルビィの横で小さくため息をつきながら、六本木 優希は事前に受け取ることのできたルーノ関連の事件書類に目を通していた。

「あの老人の声が、恐らく彼女を操っている黒幕なのはわかっているのですが、人形はどう見ても手作りですし……」
「け、こんな人形一個一個手作りするなんてな……そういや、この服は後から作ったのか?」
「何故そう思う?」
「ほら、色があせてっだろ?」

 ルビィがティラに見せているのを、瓶底眼鏡の美少女は横目に覗き見た。確かに髪の赤、目の赤、肌の黒い布は少し古びた印象を受けたが、来ている百合園女学院の制服は真新しい青と白の生地だ。出来栄えはほぼ一緒といっても過言ではないが、やや荒っぽさが目立つ。六本木 優希はある人物に携帯から連絡を取った。

「爆弾に関する情報です。あなた方の勘が、当たっているかもしれません」 




「なんだって?」

 リーン・リリィーシアは携帯を閉じたロザリンド・セリナに問いかけた。彼女は薄く微笑んだ。

「あまり、うれしくない報告ですが……ルーノさんにとっては、いい知らせかもしれません」