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絵本図書館ミルム(第2回/全3回)

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絵本図書館ミルム(第2回/全3回)

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5.笑顔の知らせ


 その後アンゴルはミルム図書館を訪れ、サリチェと絵本図書館ボランティアの学生たちに、今回の事件に関する謝罪をした。
 アンゴルは事件の経緯を話して詫びた後、
「自分のしでかした事に対する結果だ。如何様な罰でも受ける覚悟はもっておる」
 判決を求める眼差しでサリチェを真っ向から見た。
「彼の行動はあきらかに行き過ぎていたと思う。けれどそれも、本を大事にしている為、と言えないこともない」
 佑也は軽く言葉を添えた。彼のしたことに対しては首を傾げざるを得ないが、罰を望むようなアンゴルの態度も放置はし難い。
 サリチェは少し考えた後、口を開いた。
「私はアンゴルさんに罰を受けて欲しいとは思ってないわ。ただもう二度と、こんなことをして欲しくはないの」
 睨むほどの強さで向けられているアンゴルの視線を受け、サリチェは続ける。
「もちろん私にも至らない処はたくさんあるわ。というか、至らない処だらけよ。今だって、手伝ってくれる人の力を借りてやっとミルムを運営してるっていう状態なんだもの。端から見たら、あれもこれも胃が痛くなることだらけだと思うの。だけど!」
 最後だけ語気を強め、サリチェは身を乗り出した。
「こんな小ずるいやり方はやめてちょうだい。言いたいことがあれば、直接言いに来て。私もミルムの手伝いをしてくれてる人も、聞く耳はちゃんとあるんだから」
「今度からはそうしよう。……約束する」
 憮然としたままの言葉だったが、根は実直なアンゴルのこと、約束はきっと守られるだろう。
「これで事件は解決だね。アンゴルさん、サリチェさんもこうして」
 歩は2人の手を挙げさせた。そしてその手に自分の手を打ち合わせる。
「和解のハイターッチ!」
 パンと響いたその音は、明るく軽やかだった。

 アンゴルの名誉の為に、事件の詳細や犯人が誰なのかは外部には伏せられ、今回の脅迫文は誤解による行き違いでそれももう解決した、とだけ発表することにした。
 それだけで利用者が納得してくれるかどうか心配だったが、スタッフにも落ち着きと明るさが戻ってきたミルムの雰囲気が、何より雄弁に事件が終結したことを語ってくれた。
 もうこれで大丈夫。
 とはいえ、解決した途端、事件で受けた風評被害がすべて消え去るわけではない。図書館から遠ざかってしまい、事件の解決をまだ知らない人も多い。
 これからしばらくはその回復に努めることになりそうだった。


「こんにちはー、ジェニィさんいるかえー!」
 突撃するかのような勢いでセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)が訪問したのは、絵本図書館に行きたいけれどいけない、という手紙をくれたジェニィの家。
 何事かと出て来たジェニィとその親に、絵本図書館の印であるワッペンを指し、
「絵本図書館のお手伝いをしている者なのじゃ」
 と挨拶した後、セシリアは続きの説明をエルド・サイファル(えるど・さいふぁる)に任せた。親相手ならば自分よりもエルドが説明した方が説得力があるだろう。
 何でこんな面倒くさいことを……と思いつつも表には出さないようにして、エルドは真面目な顔で事件の顛末を説明した。
 意見の行き違いの所為で、図書館や掲示板にいやがらせの脅迫文があったこと。けれどもうその相手とも分かり合え、今後このような事件が起きることはないこと。
 サリチェからの頼みで犯人の名は伏せたが、それ以外は順を追って丁寧にエルドが説明すると、親も一応は納得したようだった。けれど……。
「今から本のおうちに一緒にいかないかえ?」
 セシリアに誘われたジェニィが親の顔を窺うと、また今度、と言葉を濁す。事件に関しては納得したけれど、それでもう安全だと確信してはもらえない、ということだろう。
 がっかりした様子のジェニィをセシリアは尚も誘う。
「行ったらいけなかった理由は、おねーちゃんたちが解決したから大丈夫! おかーさんが許してくれなくても、内緒でこっそり行けば……」
 そこまで言いかけて、ハリセンをふりかぶったミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)に気付き、急いで訂正する。
「きっとおかーさんも許してくれるはずじゃ!」
 す、とハリセンが下げられた気配にセシリアはほっと息を吐き、うるうると期待のオーラをこめた青い瞳でジェニィの母親を見つめた。
 ミリィはジェニィを、向こうに着いたらお菓子あげるから、と誘ったが、これじゃあまるで誘拐犯の手口だと慌てた。
「えっと……そ、そう、サリチェさんも来て欲しそうにしてたよ」
 これなら大丈夫だろうと言い換える。エルドは親をもう一押し。
「元は監視する者がいなかった事が原因です。今後しばらくの間は僕たちを含めた学生がしっかり警備しますから、行かせてあげてはくれないでしょうか」
 学業も他の用件もあるから、学生にもずっと警備することは不可能だ。けれど、何もなく過ぎる時期が一定以上続けば、不安も解消されるだろう。その後どうなるかはサリチェ次第、とエルドは心のうちで呟いた。
「あたしもこう見えてクイーンヴァンガード。その誇りにかけて子供は絶対危ない目に遭わせないから」
 ミリィもヴァンガードエンブレムを見せて親の説得に加わった。
 セシリアとジェニィの行かせてオーラ満載の視線、そしてエルドとミリィの説得。遂に親は折れて、ジェニィの図書館行きを許した。
「よかったのう、ささ、他の子の家も回って誘おうぞ」
 ジェニィが行くなら、と思ってくれる子もいるだろう。一挙両得を狙ってジェニィに友だちの家を教えてもらっているセシリアを横目に、エルドはひとりごちる。
 あと何件、この面倒なキャラを演じたまま回らせるつもりなんだ?……と。


 図書館業務が忙しくなるに従って、回収に割ける人員も少なくなってきた。回収作業を手伝おうと外に出た壮太は、子供と手を繋いでミルム図書館に入っていくトメを振り返って眺めた。
「あのシリーズの絵本は向こうの部屋にあるんだよ」
「向こう? お姉ちゃん、早く早く」
 2人は待ちきれないように、小走り目的の部屋へと進んでいく。
「そろそろ回収も終わりだな」
 事件が解決したという噂の広まりと共に来館者は増え、回収希望は減っている。良い噂は悪い噂ほどは広がらないのか、警告文が貼られた時のように急速な変化ではないが、確実に街の人はミルムに戻りつつあった。
「ええ。もうあんな事件は2度とご免ですね」
 小型飛空挺に乗り込みつつ、卓也が壮太の呟きに答えた。回収作業の時には重かった気分も、事件が解決したことを街の人々に告げに行ける今は浮き立つほどだ。あの時の子供に、名犬探偵の活躍をどう話してあげようかと考えながら卓也は出かけていった。
 図書館の前ではロザリンドが、ラテルの街の美味しい店マップを貼りだしていた。まだまだマップは未完成。だからロザリンドは『美味しいお店やお薦めのお店をご存知の方はぜひ描き入れて下さい』と、記入用のペンをぶら下げておいた。
 マップを目当てに来る人が増えれば、人の目も増える。人の目が多いところでは、悪いことはしにくいだろう。
 新たな人の流れを作れ、美味しい店も発見できて、一石二鳥のアイデアだ。
 事件はただ解決しただけではなく、こうして新たな道をミルムの前に切り開いてもくれたのだった。