シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

激突必至! 葦原忍者特別試験之巻

リアクション公開中!

激突必至! 葦原忍者特別試験之巻

リアクション

【第三幕・おくゆかしきその罠】

 三十分ほど前のこと。
「ひかるちゃんあそびましょ。かくれんぼしてあそびましょー♪」
 校舎四階に霧島 春美(きりしま・はるみ)の歌が響き渡っていた。
 更にパートナーのディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)は身体に風船をいっぱいつけて、タンバリンをシャンシャンと叩いていたが。
「出てきてくれないねぇ。光ちゃん」
「うーん。このあたりにはいないんでしょうか? 今度は、あっちを回ってみましょう」
「オッケ」
「ひかるちゃんあそびましょ。かくれんぼしてあそびま――
 木目の廊下を歩みながら春美がまた歌を再開させたそのとき。
 春美の足がなにか糸のような感触をとらえた。直後ふたりの頭上から手裏剣……の形をした折り紙がバサバサと降って来た。そのせいでディオネアの風船がひとつ破裂する。
「きゃ! びっくりしたぁ、なにこれ?」
「ブービートラップですね。どうやら、歩き回った甲斐があったみたいです」
 僅かにそれらしい気配を感じ取った春美は、
「じゃ、私がオニねー! かっくれんぼ、はーじめーるよー!」
 両手をメガホンにして、思い切り呼びかける。
「じゅーう、きゅーう、はーち、なーな、ろーく、ごー、よーん、さーん、にー、いーち、ゼロ! もーいーかーい!」
 すると、
「もーいーよー……あ」
 とてつもなく小さな声であったが、確かな返答がどこかからしてきた。子供ゆえ、つい条件反射で答えてしまったらしい。
 思わずガッツポーズをとり、そこからは超感覚を用いて探していく春美だった。

 そんな彼女らとは少し離れた四階廊下で鬼崎 朔(きざき・さく)四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)とパートナーのエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)も、光を探し歩いていた。
「トラッパーとして、トラップの天才の罠がどんなのか興味がありますね」
 呟きつつ辺りを警戒しながら進む朔が最後尾で、唯乃とエラノールが先頭に立っていた。
「でも実際、思ったほどのものでもないわよね」
「そうなのですか? 唯乃」
 自身のトラッパーと博識を活用し、色違いの床板やピアノ線をまたぎつつ進んでいく。
「うん。罠に多少心得がある程度の私でも、見切れるくらいだし。そもそも仕掛けられている罠も、試験とはいえ遊びっぽいものばかりだし」
 やや辛口になりつつ、唯乃は上から降ってきた金ダライをヒラリとかわす。
「今どきこんな古典的な罠が通じるわけ――――えっ!?」
 が。そのタライの中を見て仰天し、
ドムッ
 次の瞬間にはその場に爆発音が轟いていた。
「きゃ!」「わ!?」「っ!」
 爆発自体は小規模なものであったが、思わず声をあげる三人。
「あぶな……タライの中に爆弾とはね。そこそこ考えてはあったみたい」
 素早く後ろに跳んだ唯乃をはじめ、誰も怪我をすることは無かった。
 だがしかし。それで終わりではなかった。
 爆発の影響で、そこかしこの床板が次々と陥没し始めたのである。
「え?」
 それは単なる落とし穴の誤作動にも思われたが。実は穴はまるで円を描くように設置されており。それらが一斉に落ちれば、廊下の中央がどうなるかというと――

ミシ……ミシバキ……バキャベキイッ

「なっ!?」「きゃあああ!」「ぎゃ、むぎゅ……!」
 重みに耐えられなくなった廊下が本当に壊れ、立っていた地面全体が一気に巨大な落とし穴へと変貌したのである。まさか何も仕掛けられていない場所が崩れるとは夢にも思っていなかった全員が、まとめて落とし穴の餌食になっていた。
「いったぁ……腰打った……」と、朔。
「嘘でしょ? あの床板やピアノ線はフェイクだったの!? 廊下自体から注意を逸らす為のものだったなんて」と、唯乃。
「分析するのは後にして早くどいてくださいです! 重いですよっ」と、エラノール。
 せめてもの救いは単に廊下が陥没しただけゆえ、下の階に転落なんてことにはならずに三人とも多少足や腕を擦り剥く程度で済んだことだった。
 穴から這い出した唯乃は埃や木屑を払い落としつつ、
「やられたわ。最初のうちはつまらない罠で油断させておいて、そこから本命の罠で仕留める心理トラップだったなんて……しかも廊下をほとんどまるごと罠に利用するなんて、どこまで手が込んでるのかしら」
 口では悪態をついてはいたが、
「それに、このやり口に気づいたら気づいたで、この先はどんなつまらない罠にも細心の注意を払わなくちゃならなくなる。どっちに転んでもかなり厄介だわ」
 対照的に口元には笑みが浮かんでいた。
「これは前言撤回しないとね。罠というものを、人間の心理まで含めてかなり計算した上で組み立ててる。これホントに9歳の子が作ったのかな」
「最近は、そういう小さい子ほど侮れないものですよ。尤も、可愛らしい子供は別の意味でも脅威ですけどね」
 子供好きな朔はそう言い、辺りの罠をひとつひとつ入念に調べて解除していく。
 唯乃とエラノールも先程に比べ慎重に罠を探索しながら進み始めた。
 おかげでかなり歩みが遅くなる三者。
 そんな彼女らを、司はひとり隠れ身を使って密かに眺めていた。
(それにしてもさっきの罠は危なかったです……危うく私まで餌食になるところでした。ただ、あそこまで大掛かりなものの近くには、恐らく隠れてはいないでしょうね)
 周囲の状況を注意深く観察しつつ、光の捜索に専念している司。
 司としては、落とし穴のような罠より人をその場から引き離すような罠がある場所こそが重要だと踏んでいた。
 そしてしばらくして差し掛かったあと場所。
(ふむ、なるほど……となるとこの辺りでしょうか?)
 そこは、三階へ続く下り階段だった。
 その一帯は春も近いこの時期だというのに、見事に凍り付いていた。どうやら氷術で滑りやすくしておいたのだろうとわかる。これで三階から上がろうとした人や、こうして歩いてきた人を下へ落とそうという魂胆だと考えられたが。
(そこまでしているのなら、もしかすると……)
 司は壁などを探り、さらに高身長を生かし滑らないよう気をつけながら天井も入念に調べていった。すると天井の板の一枚がガタリと外れ、そこから司は天井裏を覗き込んだ。
「あっ……」
 すると。そこには、隅の方で膝を抱えて丸くなっているひとつの影があった。
「おや? 貴女が光くんですか?」
 その影はビクッと身体を震わせる。どうやら図星らしい。
「あはは、怯えないで下さい。私はただ、かんざしを受け取りたいだけですから」
「…………」
「もし時間があるのなら少しお話でもしませんか?」
「……ちょっと、待ってくださいですぅ」
 ごそごそと、なにやら降りる準備をしている様子なので一度司は下へ戻り、今のうちにと電話をかけはじめる。
「あ、もしもし。ウッチャリ君? 光くんを見つけたので、すぐ四階の階段のところに来てください。え? ああ、すみません。ここはですね――」
 と、その最中に何かがコトリと降って来た。
「え?」
 直後それが弾けて辺りに煙が包まれていった。

 利経衛は突然切れた電話に、急いで目的の四階へ向かうべくドタドタ走っていた。
「はぁ、ふぅ……も……だめでござる……」
 が、三階まであがったところで早くも息切れしていた。
 階段を上がるだけならさほど苦労もないだろうと思われそうだが、葦原の校舎は戦国の城と酷似している。城の造りというのは様々あるが、侵入した敵を容易く上へ行かせない為に階段を一続きにしていないことがままある。
 要するに、上へ上がるには校舎をあっちこっち移動しなければならないのだ。
 となればスタミナに余裕がない利経衛がこんな調子になるのは当然で。加えて三階に到達してから、あちこちに罠が仕掛けられており余計に体力を消耗させられているからでもあった。
 おまけにいつの間にか同行していた皆ともはぐれてしまって、精神的にも利経衛は参ってしまっていた。
「もー、大丈夫? 急ぐんでしょ、ほら早く行こうよ」
 唯一、途中で合流した小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だけが今はついてきてくれている。
「はぁ……はぁ……拙者は少し休憩するでござる……」
「えぇ? なに言いだすのイキナリ」
「拙者では、とても光殿の罠を潜り抜けることなど不可能でござる……ここは他の皆に任せた方がよいのではないでござろうか」
「なに甘えたこと言っちゃってるの! 利経衛の試験なんだから、やっぱり利経衛が頑張らなきゃダメだよ」
 そして美羽は後ろに回ると、ミニスカートから伸びた脚をブンブン振り回して、利経衛を追い立てていく。
「ほらほら、しっかりしないと無理やりにでも進ませちゃうよ!」
「あわわ、わかったでござるよ……」
 あくまで蹴る真似だけの美羽だったが、利経衛は渋々ながら走りを再開させて、
 ドゴッ
「むぎゃ!」
 壁から飛び出してきた鉄球に思いっきり脇腹を直撃されて膝を折っていた。
「あ……ま、負けちゃダメだよ! ほら利経衛、ファイト、ファイト!」
 美羽は自慢の美脚を勢いよくあげての、妖精のチアリングを開始する。
「うぐぐ……こ、こうなれば、やぶれかぶれでござる!」
「頑張れ、頑張れ、利・経・衛! 負けるな、負けるな、利・経・衛!」
 そのチアリーディングのおかげで体力を回復させた利経衛は再び走り出し……
 ガコ
「あ」「え」
 そして。利経衛は上へとのぼっていく美羽の姿を見た。
(どうして彼女は急に上へいってしまうんでござろうか? ああそうか。拙者の方が落とし穴に落ちてしまったんでござるな……ああ……)
 そう気づいた頃には、せっかく上ってきた校舎をまっさかさまに逆戻りしたのだった。

 利経衛が落胆しつつ落下している頃。
 春美とディオネア、朔、唯乃とエラノール、そして司は三階の階段付近で合流していた。更に綾香、アポクリファ、アカシャ達三人もその場に駆けつけている。
「そちらにはいましたか?」
「いえ、こちらにもいません」
 先程、光に撒かれてしまった司はもう一度四階を探し回ったのだが。
「この階にはもういないみたいですね……はぁ、光くんの内気さは予想以上です」
 ということで現在は皆揃って三階へ移り、各々光を探しているということだった。
「ここにもまた罠がありますね。それにしても、ここまで沢山仕掛けるのに一体何時間かけたんでしょうか」
 光の罠解除にもいい加減慣れてきた朔は、もう罠に嵌まることはなくなっていたが。
 その代わり朔の傍には、トラバサミ、まきびし、黒板消し、折り紙の手裏剣、切断された竹、鉄球、数本の矢、ムカデ、納豆、剃刀の刃、トリモチ、人体模型、液体の入った瓶、などなど。
 ばかばかしいものから、本気の罠までとんでもない量の罠が山積みになっていた。
「なるほど……この罠は、床板のトリモチと天井のウニの二段構えなのね」
「こっちのはわざと矢が目の前を通過するよう仕掛けられてるのですよ。これは精神的に追い込む為の罠なのですね」
 唯乃とエラノールもいくつか罠を解きつつ、時折それらを興味深げに眺めている。
「こんなに多く罠が仕掛けられているなら、近くにいるのはまず間違いないのだけど」
 そして。殺気看破で周囲を探る綾香は、凹んだ床や壁のでっぱりなど光が隠れていそうな場所にいくつか見当をつけて指差し、パートナー達にヒソヒソ声で指示を出していく。
「ふたりとも。あそことあそこに牽制でいいから、攻撃をしてみてくれ。もし光が隠れてて出てきたら私が確保するから」
「牽制、ですね? 了解ですわ」
「はぁ〜い。注意を引き付けるんですねぇ〜?」
 それを受けたアカシャは建物に火をつけないように注意しつつ、火術で火の玉をつくりそれらを漂わせていく。そしてアポクリファはその火の玉のひとつめがけて、氷術で呼び出した飛礫状にした氷片を撃ち込み。それによって発生した水蒸気で、霧を発生させた。
 ふたりがそうした牽制攻撃を行なっている最中、綾香は隠形の術で姿を隠し。
(さて……後は光が出てくるのを待つだけ、ん?)
 綾香は、微かに壁が動いたのを見逃さず。そして霧の中を動く気配を感じた。
(よし、どうやら当たりを引いたよう……だっ!)
 そのまま一気に間合いを詰め、ダメ押しとばかりに光術で目くらましを喰らわせる。
「……っ!」
 辺りがまぶしく彩られ、姿を露にされたその影はなおも逃走を図ろうとしたが、
「光ちゃん、みーつけた!」
 そこへ反対側に回り込んだ春美とディオネアが、逃げ場を塞いでいた。
 他の皆も周りに集まってその影……緑色の忍び装束を纏ったアリス忍者、光を取り囲む。ついに逃げられないと悟った光はぺたんと尻餅をつき、ちょっと涙目になっていた。
「ふぇ……つかまっちゃったですぅ」
 子供らしいその小さな体躯、お団子に結った栗色の髪、その髪に挿してある牡丹のかんざし、赤く染まった頬に、濡れ気味な黒の瞳。その他、子供要素満載な光の姿に、
「か、可愛いいぃいいいいいいいいいいい!」
 まず朔が人目もはばからず思いっきり抱きしめていた。
「わたくし、光さんが恥ずかしがりになった理由、なんとなくわかった気がしますわ」
「はいぃ。それはもう色んな人に可愛がられたんでしょうねぇ」
 目を白黒させて戸惑う光を眺め、アカシャとアポクリファはそう呟いていた。
「さて、光。良ければ私の知る罠の技術とお前の、お互いに教えあわないか?」
 やがて見かねた綾香が朔を引き剥がしつつそう切り出すと、
「私も色々トラップについて話聞きたいわ」
 唯乃もそれに同調する。
「あ、はい……わかりました。光にわかることでしたらお答えしますですぅ」
 光はおっかなびっくりではあったが、こっくりと頷いていた。そんな可愛らしい仕草に、今度は春美がよしよしと頭をなでて。
「それじゃ、春美達とも遊んでくれるかなー? かくれんぼの他にも色々したいですし」
「それとこれはボクからのお友達のしるしだよ、朝に見つけたんだ」
 ディオネアは優しく微笑んで四葉のクローバーをプレゼントしていた。
「あ……ありがとう、ですぅ」
「それと、かんざしを貰いたいが……私の百合の髪飾りと交換するか?」
 場が和んできたのを見計らい、綾香は本来の目的も切り出す。
 それに光は特に抵抗の意も示さず、黙って髪のかんざしを抜いて綾香に手渡して。お返しに綾香も百合の髪飾りを渡すのだった。
 そんな彼女達の様子を眺めて、ほっと一息をつく司。
「これで目的達成ですが……肝心のウッチャリ君はどうしたでしょうか? さっきから、電話も繋がりませんし」