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薔薇と桜と美しい僕たちと

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薔薇と桜と美しい僕たちと
薔薇と桜と美しい僕たちと 薔薇と桜と美しい僕たちと

リアクション

【5】


「テ、テディ……こんなところに僕なんかが居たらだめだよ……」
「桜見たかったんだよね? 何がだめなの?」
 躊躇って先へ進みたがらない皆川 陽(みなかわ・よう)の手を引っ張って、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が言う。
「だって僕は美しくなんてないし……」
「大丈夫だって」
「どうして?」
「まだ止められてないから」
「それはテディがルドルフさんの居ないところからこっそり入ったからなだけだもん。すぐに見つかって出てけって言われちゃうよぅ……」
「それでもいいじゃない。だってそれまでは桜が見れるよね?」
 なおもぐじぐじと後ろ向きな意見を呟く陽だったが、テディにそう言われてしまうともう何も言い返せない。
 桜が見たいのは本当だし、出て行けと言われるまで桜が見られることは本当なのだ。
「そうそう。見事な桜さ、ご覧よ。愛でていこうじゃないの」
 声がして振り返る。東條 カガチ(とうじょう・かがち)がそこに居て、着物と羽織りと纏めた髪を風になびかせて桜を見上げていた。
 言われるがままに、陽は桜の木を見上げた。
 綺麗だ。
 日本で見た桜と同じように、綺麗で、綺麗で。
 不意に涙が零れ落ちそうになって、俯いて我慢したらテディに頭をくしゃりと乱暴に撫でられて余計泣きそうになってしがみついた。
 懐かしい。思い出す。胸が締め付けられるような。ああ、でも、それでも、僕が生きているのは『いま』だから。
「この世界はさ。美しいも醜いも、貴いも賎しいも、過去も未来も全部内包してそれでこそ美しいんだと思う」
 カガチの呟きが聞こえる。テディにしがみついているから陽から彼の顔は見えないけれど、さっき見たのと同じ、桜を心の底から愛でるように、愛おしそうな目で、うっすらと微笑んで、それはそれは綺麗な横顔を晒しながら言っているのだろうと思う。
「ガワの美醜に拘ってばかりいたらさ。そういうの、見えなくなっちゃうんじゃねえかな。あんたがあんたのことを美しくないって思うのは自由だよ。でもそんなことどうだっていいだろう? ご覧よ、この美しい桜を。美しい世界を。胸を張ってさ」
 言い終わったところで、もう一度テディが陽の頭を撫でた。今度は優しく。
「桜は美しく咲こうと思って咲いてるんじゃないよ。ただ生きているだけ。僕は思うんだ。美しい桜も、それを見て美しいと思う人の心の動きも全ては生きていればこそだから。生きていることが美しいって」
「だねぇ? パラミタじゃあどこぞで血生臭いドンパチやってたり、女王候補がどうだとか、何とか寺院がなんだとか。酷ぇ話ばかり耳に入る。でも桜って奴ぁこんなに綺麗に咲き誇る」
 顔を上げた。
 背筋を伸ばして、少しだけ胸を張って、桜を見上げた。
 少しだけ、近付けた気がする。
「あんた」
 カガチが笑った。
「イイ顔になったじゃないの」
「なっ、ヨメに惚れないでよ!?」
「どうだろうねぇ?」
「だめだめだめ! ヨメは僕のヨメなんだから、だめ!」
 段々と騒々しいやり取りになってきた。陽が止めるか否かで迷っていると、横からぬぅっとお重が差し出される。驚いて声も出せずに提供者を見ると、また驚いた。巨大機晶姫レイオール・フォン・ゾート(れいおーる・ふぉんぞーと)がそこに居たから。
「えっ、えっ……?」
「花見といえば、桜の下で作ってきたお弁当をつつくものであろう。いかがかな?」
「あ、はい。いただきます」
「あっちにシートを敷いてある」
 先行するレイオールに置いていかれないようにと陽がついていくと、テディとカガチもそれに続いた。
「なんでついてくるの?」
「悪いかい? 宴席は大勢で囲んだ方が賑っていいだろう?」
「そうだけど。ヨメに手ぇ出さないでよ?」
「あはは」
「っきー! 手ぇ出したらウルトラスーパーやっつけるし!」
 相変わらず騒々しいパートナーに、陽は困った顔をしてレイオールを見上げる。表情は読み取れない。うるさくして、怒ってはいないだろうか。
「あの、……うるさく、ないですか?」
「賑やかなのは嫌いじゃない。気にすることはないのだよ」
「そうですわ。さあ、座ってくださいまし」
 レイオールの言葉に、小鳥遊 椛(たかなし・もみじ)が続いた。椛の座っているシートの上には大量の料理が用意されていた。まだ蓋の開けられていない重箱もある。
 座ると、レイオールが皿と箸を用意して回った。椛がおしぼりを渡す。
 なんだか気を遣わせているようで、何か手伝ったほうがいいだろうかと陽がそわそわしていると、
「気にすんなよ、レイオールも椛も世話を焼くのが好きなんだ」
 桜の木の下に寝転んでいた篠宮 悠(しのみや・ゆう)がそう言った。
「もう。悠は少し手伝おうとする気持ちを持つべきですわ」
「オレがそういう気持ちを持つ前に椛が全部やってる」
「あら、じゃあわたくしは何もしないほうがよろしいのかしら?」
「それで椛の構いたがりが暴走しないならどうぞ?」
「もうっ。ああ言えばこう言うんですから……。あ、どうぞ気になさらないで召し上がってくださいまし」
「そうだ、気にするな。椛と悠のあのやり取りはいつものことなのだ」
「あ、はい……。じゃあ、いただこうか?」
「うん、いただきまーす」
 陽とテディが一緒に手を合わせて声を上げて、渡された箸で料理を皿に取り分けた。
 そして、ひと口。
「あ……美味しい」
「うん! 美味い! すごいなー椛さん」
「うふふ、良かった」
 遠慮の欠片も見せない勢いでテディが料理を食べはじめる。なんだか申し訳なく思いつつも、陽の手も止まらない。それくらい美味しい。椛はそんな二人を見て嬉しそうに笑っている。
 悠が気だるそうに起き上がり、皿と箸を手に持ってお重をつつきはじめた。
「……ん。ま、美味いな」
「あら、わたくしの料理の上手さを一番知っているのは悠ですのに。何ですの、その意外そうな声は」
「これだけ作れば失敗の一つするかと思ったんだけどな」
「たとえそんな失態を犯したとしても、誰かに悟られないようにするものですわ」
 嫣然と笑って、椛が言う。と、その椛の後ろから
「レイオールさんから美味しい料理があるって聞いて来たよ!」
 元気のいい声をあげ、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)がシートの上に座った。透乃の横に緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)がちょこんと座る。
「私もお弁当作ってきたんだ! みんなで一緒に食べようよ!」
「いいですわね。はい、お皿とお箸ですわ」
「ありがとうございます、椛さん」
「お酒もあるよー、陽子ちゃんいっちゃう?」
「少しなら。透乃ちゃんのお酌を断るわけにはいきませんもの。……ああ、でも、少し、もう無理、と言いながらもお酌を止めてくれない透乃ちゃん。私の許容量はとっくにオーバーしていて大変なのに、透乃ちゃんはサディスティックな笑みさえ浮かべていて、ほらもっといけるでしょう? と注ぎ足す……そんなシチュエーションも、いいですわよね……うふふ」
 恍惚の表情で陽子が言う。ドMトリップが始まってしまったらしい。透乃は、いつものことだねと笑いつつ陽子の杯に少量の酒を注いだ。
「ああ、透乃ちゃん……だめです、そんな。そんなたくさん、私、飲めませんわ……」
「さーて、私も飲もうっと」
 杯を手に取り、手酌で飲もうとしたときにカガチが酒瓶を取った。
「ん?」
「手酌じゃ盛り上がりに欠けるんじゃないのかねぇ? 俺でよければ注いでやるよ」
「ありがと、おにーさん。おにーさんも飲む?」
「未成年なんだけどねぇ、俺……。まぁ、偶には悪くないかな」
「えっうそ。未成年だったの? ありゃー……」
「……未成年だよ。19歳」
「見えないね」
「……こう、正面切って言われると凹むもんだねぇ……」
 賑って行く中、ぼんやりと料理をつまみ、食べ、悠は呟く。
「レイオールはここに何人集めるつもりなんだよ……」
「いいであろう? 悠は普段寝てばかりで交友があまりないから、こういう時に友達を作るべきなのだ」
「余計なお世話だ。ダルいは正義、寝て過ごして何が悪い」
「悪いとは言わぬ。ただ、友人はいいものだ」
「そりゃ、わかってるけど……ていうかレイオールはオレのかーちゃんか。世話焼きめ」
「あら? 世話焼きでわたくしの右に出ようと?」
「負けぬぞ」
「あーもう、めんどくせぇ……」
 どこか、楽しそうに。


*...***...*


 桜の下に、簡易テーブルセットを設営した清泉 北都(いずみ・ほくと)は紅茶を淹れる。
 ポットはあらかじめ温めておいて、茶葉をその中に直接入れて、沸騰したお湯をポットに注ぐ。ポットの蓋を閉めて、そのまま蒸らす。
 カップも温めながら、北都は席に座っているクナイ・アヤシ(くない・あやし)を見た。クナイの隣にはエリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)が座っている。美しいエリオの隣に居てもクナイは美しくて、安心というかほっとしたというか、どこか誇らしい気分になった。それが表情に出ていたらしく、
「北都? どうしたんです、にこにこして」
 クナイに問われてしまった。
「あ、えっと……クナイが、」
「私が?」
「……なんでもない」
 その美しさに安堵し誇りに思っていたと本人に言うわけにもいかず、言葉を濁した。クナイは疑問符を浮かべつつも深追いして聞いてこようとはしなかったのでほっとして、紅茶をカップに注いだ。
「どうぞ、エリオさん」
「ありがとう、いただくよ」
 どこから見ても優雅な振る舞いでカップを手に取り、ひと口。その飲んでいる姿だけでも絵になる。それくらい美しい人がすぐ近くに居る。自らのパートナーは、その美しさに引けを取らない美麗さで、けれど、自分は?
 考えて勝手に落ち込んだ。クナイはそんな北都を見て心配そうにはするが、直接何かと尋ねてはこない。その距離感が北都は落ち着く。
「北都。君の淹れる紅茶は美味いな」
 にこ、と微笑んでエリオが言った。それだけで落ち込みが飛んでいく。褒められた。認められた。それは単純なことだけど、すごく嬉しい。
「北都の淹れる紅茶はいつも美味なんですよ」
 クナイがそれに便乗してくれた。空になったカップに紅茶を注ぎながら、北都は微笑む。
「うん。僕、見た目では目が綺麗、ってことくらいしか褒められたことが無いけれど……紅茶はね、褒めてもらえるんだ」
「綺麗? 誰に言われたんです、それ?」
「褒められたって言っても、その後に「赤ちゃんみたいで」って付け足されたから微妙なところだよ?」
「ああ……そういう意味ですか」
 安堵したクナイは、注ぎ足されたカップを手に取り、桜の花を見た。
「綺麗ですね」
「桜か。なかなか管理も大変なんだがな。こうやって大勢の人に見られて綺麗と言われて、ああこれならあの大変さも報われる、なんて思ったりするんだ」
「ありがたいです」
「?」
「桜は、日本人の北都に馴染み深い花ですので。それを校長先生に気に入っていただいたことも、エリオ様が世話をしてくれてこんなにも綺麗に咲かせてくださったことも。ありがたいです」
「そこまで言ってもらえると、少し照れるな」
「本当の事ですので。……ところで、薔薇園の時も感じたのですが、イエニチェリの仕事はどこまでがその範囲なのでしょう?」
「イエニチェリの仕事がどこまでだろうか、なんて考えたことはないな」
「ないのですか?」
「ああ。俺の目的は、あくまでシャンバラ復興だ。そのためにルドルフの力を必要としている。だから俺もルドルフに協力している。それゆえどこまでがイエニチェリのの仕事かなんて、俺には興味が無いんだ」
「じゃあエリオさんはイエニチェリになりたいとは思ってなかったんだ」
 別の声がして、全員が一斉にその声の主を見る。
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が少し寂しそうな顔で立っていた。
「あ……、良かったらお茶淹れるから、飲んでいかない?」
 北都がそう言って座るように促すと、クリスティーは少し躊躇いつつも着席する。
「ボクね、エリオさんに訊きたいことがあって来たんだ」
「何だ?」
「イエニチェリって、シャンバラ人でもなれるの?」
 エリオは紅茶をひと口飲んでからクリスティーを見た。真っ直ぐなその目に気圧されたように一瞬身体を震わせ俯いたクリスティーだったが、すぐにエリオに向き直る。
「……そんなに硬くなるな。なんだか悪い事をしている気分になってしまう」
「あ、ごめんなさい。……だめかな、とか不安になっちゃって」
「そんなことはない。イエニチェリはジェイダス校長の課す条件を満たせば、シャンバラ人だろうがなんだろうが、なることは可能だ」
「本当!?」
「ああ、本当だ」
「良かった」
 そう言ってクリスティーは立ち上がる。北都がカップとポットを手にしたまま、困惑した表情でクリスティーを見た。
「飲んでいかないの?」
「ごめん! ボク、パートナーを待たせてるんだ。今度ゆっくりできる時に、飲みに行ってもいいかな?」
「うん。いつでも待ってるよ。その時は、是非パートナーさんと一緒に来てね」
「もちろん! なんだかバタバタしちゃってごめんね、またね!」
 庭園の奥へと走って行く背姿を見送って、北都はクリスティーにと淹れた紅茶をどうするかと考える。エリオやクナイのカップに注ぎ足す、というのは飲ませすぎな気もするから。
 そんな風に困惑していると、
「北都も座ればいい。一緒にティータイムというのも悪い事ではないだろう?」
 エリオから助け舟が出た。
 けれど、と思う。自分は美しくなんてないのだから、その席に座るのは、と。
 躊躇していると、クナイが北都をじっと見つめた。銀色の瞳に吸いこまれそうになる。
「北都は、美しいと思います」
 心を読んだようなタイミングでそう言われたら。
「……じゃあ、うん。……お言葉に、甘えます」
 それ以外に言えようか。


 北都とクナイとのティータイムを終えたエリオが、ルドルフのところへ戻ろうと歩いている時だった。
「……エリオ、さん」
 控えめな声が聞こえてきた。振り返った先に居たのは、淡い桜色の着物を着た、伏し目がちな青年。今にも壊れて消えてしまいそうに儚く、儚さゆえに美しい彼は一歩前に出てからエリオへ一礼した。
「こんにちは。僕はハーポクラテス・ベイバロン(はーぽくらてす・べいばろん)といいます」
「知っている」
「え?」
「薔薇学の生徒なら大抵は把握しているんだ。ハーポクラテス、俺に何か用か?」
「訊きたいことがあるんだ」
 思わずエリオは苦笑する。今日はよく質問される日だ。
「? 何か僕、変なこと言ったかな?」
「いや、こっちのことだ。気にしないでくれ。それで、訊きたいこととは?」
「薔薇の学舎の目指す美しさってどんなものかなぁ、って。それから、エリオさんは個人的にどんなものが美しいと思うんだろう? って」
 そう問いかけてから、ハーポクラテスは俯いた。長い睫毛がふるふると震えている。何かを我慢しているような、そんな印象を受けた。
「薔薇学がどんなものを目指しているのかはわからない。俺個人が思う美しさは、人間だ」
「にんげん?」
「ああ。生きようとして一生懸命生きて、思いのため目的のために心血を注ぎ――そんな人間が美しいと俺は思う。生きていることが美しいと、そう思う」
「……たとえば、死にたがりでも?」
「死にたいと思うようなことが起こるまで頑張ったんだろうな、そういう奴は。そこまで頑張った奴がどうして美しくない?」
 答えを聞いて、一層ハーポクラテスは俯いた。最終的にしゃがみこんでしまい、エリオは困惑する。
「具合でも――」
 悪いのか、と問いかけようとして、彼が泣いていることに気付いた。
「わからないんだ」
 掠れた、涙声。
「美しいってことが、わからない。……そんな僕が、ここに――学舎に居ても、いいのかな。僕の居場所は、あるのかな……?」
 切なげな呟き。零れる涙。
 沈黙。
「桜は綺麗だと思うか?」
 その沈黙を破ったのはやはりエリオで、問いかけにハーポクラテスはこくんと頷いた。
「桜の綺麗さに、感動したりしたことは?」
 再び頷く。
「それが美しいということだ」
「……え?」
「綺麗なものを綺麗だと素直に思い、その綺麗さに心打たれる。それが美しいということだ。たとえ美しさについて君がよくわかっていなくても、きみは美しい部分を持っている。だから、そんなことを思わなくていい。君の居場所はここにある」
 しゃがみこんだままエリオを見つめるハーポクラテスに微笑みかけて、エリオは桜を見上げた。
「桜はこんなに綺麗で、それをそのまま綺麗だと思えるハーポクラテス。君は十分美しい」


*...***...*


 エリオがそんな風に誰かの相談に乗っている時。
「見ろ、このオレの美しさを!!」
 吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が上半身に着ていた服を脱ぎ捨て、筋肉を見せびらかすようにしてポージングを決めていた。
「…………」
「なっ、テメェコラ視線そらすな! オレの筋肉を見ろ! この上腕二頭筋を!!」
 ノーコメントなルドルフに対し、様々なポージングに移行する。ダブルバイセップス・フロントからサイドトライセップスへ。さらにはサイドチェスト。これ以上なく美しい筋肉だ。ただ、ルドルフが望む美しさとは違っていたかもしれない。相変わらずノーコメントである。
「竜司の肉体は桜よりも美しいデスネ世界一デスネー」
 そんな竜司を見て、朱 黎明(しゅ・れいめい)が完全なる棒読みで褒め称えた。満面の笑みだが作りもの臭さが満載だ。その上チパチパと拍手までしている。馬鹿にしているようしか見えないが、決して馬鹿になどはしていない。多分。
 もちろん竜司は黎明がどう思ってその拍手を送っているのかなんて気付かず、「だろ!? さすがれーめーだぜ!」とさらにポージングを決めた。
「……さて、筋肉お馬鹿さん……もとい、竜司はひとまず置いておいて。どうも初めましてイエニチェリ。私は朱黎明。話をしたくて来ました」
「ほう? 君は肉体美を示したりはしないのか」
「竜司と一緒にしないでください」
「では何を持って美を示す?」
「それです、私が話したかったことは。美しいものはこの世界に多くあるでしょう。音楽や演劇。そういったものも確かに美しい。だが私が主張したい美しさは、違う」
 はっきりと言い切って、黎明は竜司を見た。相も変わらずポージングを決めている。竜司の横では高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が「まだやんのかよ……」と呆れ半分ため息混じりの声を上げている。
「私が主張したい美しさは、竜司のようにいつでも、どんな場所でも、自らのしたいと思ったことを実行に移す。他人の事をあれこれと考えずに行動することができる。時にそれは他人に不快と思われるかもしれない。それでも確固とした自分の欲望を持ち続ける。……そういったパラ実生の姿こそ美しいのではないか。私はそう考えている」
 黎明の言葉を受けて、ルドルフは考え込むように腕を組み顎に手を当てた。そして結論が出たらしく、ふっと笑う。
「そうだな。そんな生き方も立派で美しい」
「思ったよりもあっさりと認めるんですね?」
「認めるさ。私は美しいものが好きだ。そして美しいものを教えてくれて、私がそれを理解できる心を持っている。そういうことも好きだ」
「……なんだか意外ですね。そんなものは野蛮だ! と怒るかと思ったのですが」
「まさか。人の意見を頭ごなしに否定する、そんなことは美しくないだろう?」
「ああ、そういう価値観で」
「納得したかい?」
「まあ一応は」
「ところで、君の連れの彼はどこへ行ったのだろうね?」
「はっ?」
 気がつくと竜司が居なかった。竜司と喋っていたはずの悠司は、少し離れたところで桜の木を見上げている。
「悠司、竜司は?」
「んぁー? なんか「オレの筋肉美に敵う奴ぁ居ねえのか!」とか言って、筋肉を見せびらかしに行った。多分あっち」
 竜司が向かった先を指差すと、黎明はその方向へと走って行った。
「……あーんなこと言いつつも、何か問題起こさねーように適度に世話ぁ焼いてる。そんな黎明の気遣いだって美しいだろ?」
 悠司は誰にともなく呟いて、ルドルフを見た。
「あんたの思う美しさって何だよ?」
「どれだけ努力できるか。自分を磨けるか。そんなところだな」
「ん、大体俺の予想通りだわ」
「つまらん答えだったかな。君はどう思うんだ?」
「俺なんかはねぇ? 人が生きてる、それだけで美しいんじゃね、って思うんだわ。桜が好きで、それをいいなって思って見られるなら、それで。……こういう回答じゃダメかい?」
「いや。君はエリオと仲良くできるかもな」
「は? なんで?」
「美しさの価値観が似ている気がする」
「……ふーん?」
「花見を楽しんでいってくれたまえ。これ以上ここに居ると、お友達を追えなくなるだろう?」
 言われて振り返る。竜司も黎明も、どこにも姿が見当たらない。
 庭園の広さを鑑みて、そう簡単には見つからないだろうなと思って肩を落とした。
「ま、桜が綺麗ならそれだけでそこに居る価値はあるんだ。いいさ、見つからなくたって」
 そう言うと、悠司はルドルフに背を向けて歩き出した。急ぐつもりはない。走るつもりもない。ただのんびりと歩いて、桜を愛でて。
 たまにはそう言うのもアリだろう。
「じゃあな。また機会があったら話してみたいもんだ」
「ふ、楽しみにしておこう」
 ルドルフに手を振って、悠司は庭園へと姿を消した。


 そう簡単には見つからないと思っていた竜司だったが。
 案外簡単に見つかった。
「やるじゃねーかてめえ! その筋肉気に入ったぜ!」
「おぉ、それは俺のセリフだぜ竜司! おっさんと張り合える筋肉とはな!」
「ちょっとぉー、ラルクさんは私と一緒にお酒飲むんだからねぇー! あなたが出てくる幕じゃないのだわぁ」
「オレの魅力がわからねぇってかこのピンク髪っ」
「わからないわよぉー」
 こんな濃い会話を大声でしていたら、気付かないはずが無い。
 桜がとても綺麗に見られる場所で、竜司とラルクが筋肉美の見せ合いをしていた。そこにベファーナがちょっかいをかける。
 そして黎明はシートの上に座って、アリドラから皿と箸を受け取って、サトゥルスお手製のお重をつついていた。
「……ええと? なにこれ黎明。俺、脳の許容量オーバー気味」
「同類を見つけたらしいな。それより悠司、この料理は絶品だ。振る舞ってもらうがいい」
「……ま、花見ってのは本来宴会するもんだしな。俺も邪魔させてもらうか」
「うん、座って。アーリー、お箸とお皿、お願いします」
「コラァ」
「ふん、賑やかになったものだ」
 各々が呟いてシートに座って、花見は盛り上がって行く。


*...***...*


「……あ」
「……あ゛」
 ルドルフとの勝負を終えて、桜を愛でながら歩いていたララが見つけたのは、フリフリのエプロンドレスに身を包んだ鬼院 尋人(きいん・ひろと)だった。
「……そういう、趣味が……」
「違うっ、これは霧神が無理矢理っ……!」
「無理矢理? それは人聞きの悪い……というより、尋人? 君はこの期に及んでまだそんな風にぐちぐちと言うつもりですか? まったく、美しさの欠片もない……」
 尋人が抗議の声を上げた瞬間、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)が機関銃のようにまくしたてる。
「今回のテーマは『美しさ』なのですよ? もてなしの為に、私たちも美しく装ってもてなすのが然り。なのでこのエプロンを着用するのは必然です。それにこれは百合園の方が尋人に似合うものを、と選んでくださった服なのですよ? その時の経験を活かすことも騎士道。そうでしょう?」
「……くっ」
 言い返せない。
 確かに尋人は体育祭の時の競技の一つで、執事として人に仕えることを学んだ。エプロンはその時にも使ったもので、あるいはそういう用途で使ったものなのだから今後も、という考えに行きつくのかもしれない。
 しかし、いかんせん可愛すぎはしないだろうか。
 少女趣味満載で、これでもかというほどふんだんにフリルがあしらわれていて、女の子が着るべくして着たなら可愛いのだろう。可愛いと思う。
 しかし、尋人は男である。どこからどう見ても少年だ。そんな自分が着ていて似合うのだろうか? 甚だ疑問である。
「……だからと言って、君。その格好は……」
 ララの茫然としたような声と、視線が、痛い。
「……オレの格好には構わないでくれ。それより紅茶はどうだ? 霧神お手製のドーナツも用意してある」
「いただこうか。先ほど決闘してきて少し疲れたんだ」
 着席するララに紅茶を淹れながら、尋人は驚く。
「決闘? 花見をしに来たんじゃないのか?」
「花見も目的だがな」
 ふふ、とどこか楽しそうに笑うから、それ以上は訊かないでおいた。
 楽しすぎて嬉しすぎて誰かれともなく話したくなることもあれば、自分だけのものとして取っておく思い出もある。
 そうして紅茶を淹れることに集中している尋人から少し離れたところで、霧神は黒崎 天音(くろさき・あまね)を着席させていた。
「あんなところでこっそりと写真を撮らなくてもいいのでは?」
「本人の目の前で撮っても怒られそうだしな」
 天音はくすくすと笑った。画面には、フリフリのエプロンドレスでララに紅茶を振る舞う尋人の姿。
 手際良くボタンをカチカチと押してメール画面を開き、添付して送信。
「おや。メールですか?」
「うん。元気よく跳ねる髪を持つ誰かさんにね、面白いものを、と思って」
「まったく趣味の悪い……」
 天音の行動に対して、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)はそう評したが、怒っているような口調ではなくむしろ心ここにあらずといった口調だった。天音がブルーズを見ると、ブルーズは桜を珍しそうに見ているところだった。咎めることをすることはあっても、興味の対象はもっぱら桜にしかないようで、それはどこか微笑ましい。
「これが桜か。……っ、」
 そう呟いたかと思えば、桜の花びらが鼻に入りそうになってくしゃみをしているし。
 舞踊や音楽を見て喜んでいたし、そういったことが好きなのかもしれない。単に物珍しさからかもしれないが。
「来年も来るかい、ブルーズ?」
「ああ。来よう」
「そうしたら、また私はこうしてテーブルと椅子とお茶とお茶菓子を容易してこういった空間をセッティングしましょう」
「それはいいね。霧神の淹れる紅茶も手作りのお菓子も美味しいよ」
 霧神の手作りドーナツをひとつ平らげて紅茶をおかわりした天音が言うと、霧神は嬉しそうに笑った。
「桜を見ながらの飲食というのも風流ですね。タシガンの人にもそういう楽しみに参加して、地球人の良さを知ってもらいたいものです」
「そうだね。一緒に楽しめたら、きっともっと楽しいだろうね」
 呟いて天音は桜を見上げた。
 メールは届いただろうか。
 写真を見て少しでも笑ってもらえたら嬉しい。
 そしてできることなら次は一緒に桜を見たい。
「美しいといえば、心が美しいあの方々がすぐに思い浮かびます……」
 ぽつりと霧神が呟いた。
「え?」
「え?」
 その言葉に声をかけると、かけられた本人の方が驚いていた。どうやら無意識の呟きだったらしい。数秒置いて察したらしい霧神は照れたように笑ってから言った。
「尋人はだいぶ心を開くようになりました。そのきっかけは、しきりにお茶会を開いてそういう楽しさを広めてくれた方達のおかげです。いつか私たちも、誰かの心を開けるような存在になれば……」
 そうして桜を見上げる。
 ああ、綺麗だ。
 天音も霧神と同じように、桜を見上げた。
 すぐ傍では、ブルーズのくしゃみやララの押し殺したような笑い声、「笑うなっ! オレを見るなっ!!」という、以前心を開かなかった尋人のものとは思えない、感情たっぷりの叫び声が聞こえていた。