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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

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第一章 索敵


「お願いです、力を貸して下さい!」
 少女の助けを求める声が、迷宮の中に響き渡る。
 訓練用の迷宮に、現れ出たるふたつの危機。
 闇に潜んでさまよう危機に、逃げ出す者は誰もいない。
 少女に応えて集いし者らは、話を聞いて動き出す。



 そしてまた、三つ目の危機が現れた。
 石と土とに囲まれた暗闇の中、口から呪詛の言葉を吐きながら、「それ」はゆっくりと歩きだす。
 所々にこびりついた光苔や、壁にかけられた弱々しい灯りが、ぼんやりとその姿を浮かび上がらせる。
 「それ」は少女の姿をしていたが、手にあるのは似つかわしくない長い柄の武器。
 そしてその眼は、獲物を求めていた。
「……どこ?」
 レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)の口元に、禍々しい笑いが浮かぶ。
 普段の彼女を知る者は、笑う事もできるのだ、と言われても信じないだろう。
 もっとも、こんな笑顔を向けられても、喜ぶ者もなかなかいないに違いなかった。



 迷宮の通路は、幅も広く高さもある。
 しかし、身の丈三メートルの巨漢が走れば、通路は少し狭苦しい。
「今回も帰還できるのはオレひとりになりそうだな」
 巨漢のジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は小走りに駆けながらそう呟く。
「おいおい、オレは見殺しかよ?」
 共に駆けるゲシュタール・ドワルスキー(げしゅたーる・どわるすきー)がそう言い返すと、「ちょっと状況がヘヴィ過ぎるぜ」とジャッジラッドが不敵に笑った。
「モンスターなんざいないはずのダンジョンに、何故かバーサーカーにミノタウロス。訓練用の迷宮って事で、今いるやつらは腕に覚えが足りないか、ショボい装備しか持ち込んでいないかだろうさ。切り抜けるには、アタマと、何より運が要るってもんだぜ、ゲシュタール」
「……で、お前はバーサーカーの嬢ちゃんと牛野郎のふたつを鉢合わせる囮になる。死にやすいのはお前じゃないのか、ジャッジラッド?」
「手前の運のタカは、手前がよく知ってるさ。オレは、こんな所でくたばる筈がない」
 自分はいつか裏社会の頂点に立つべき男、だからこんな迷宮の奥では死なない……それは、ジャッジラッドの信念だ。
 相方の信念の根拠はいまだによく分からないが、「オーケー」とゲシュタールは溜息混じりに頷いた。こういった手合いに限って悪運も強かったりする、事もある。
「じゃあ、こっちは打ち合わせ通りに落とし穴を作っておくぜ。おまえはしっかり囮をやってくれよ」
「任せておけ。お前こそ、穴の深さには注意しろ。浅すぎず、深すぎず、追いかけられて、追いつけない程度に間隔を開けるんだ」
「へぇへぇ、分かりましたよ」
 ジャッジラッドの注文に、肩を竦めるゲシュタール。
 分かれ道に差し掛かる。ふたりはそれぞれ別な方向へと走り出す。
「死ぬなよ」
「あんたもな」
 そんな声が、迷宮の薄暗がりの中で交わされた。

(……気配が変わったな)
 鬼崎 朔(きざき・さく)は立ち止まり、あたりに注意を払った。
 迷宮の中、暗がりの向こうには自分達と同じような冒険者の気配。微かに聞こえる足音や交わされる声が緊迫しているのが分かる。
(何かあったのか……むっ!)
 迫る気配。滑るように、ふたつ。咄嗟に暗がりに身を隠す。
 ふたつの気配は、朔のすぐ近くで止まり、静かに足音を立てた。どうやら今まで宙に浮かんでいたらしい。
(遠野先輩。ここに来てたんですか)
「えーと……あったあった」
 気配の片方、遠野 歌菜(とおの・かな)が、腕を伸ばし、壁を撫でて小さい穴を探り当てた。それは今し方に鬼崎が見つけた、矢を射ち出すトラップだった。
「んー、穴を塞いじゃえばいいかな?」
「トンカチ鳴らしてわざわざ敵おびき寄せるつもりかよ、カナ?」
 ぶっきらぼうにそう言ったのはもうひとつの気配、スパーク・ヘルムズ(すぱーく・へるむず)だ。
 スパークは日曜大工セットを取り出す歌菜の体を、「ほら、どいてろ」と後ろの方に退けると、床の一画を思い切り踏みつけた。
 壁の中から、ビュン! と音が鳴り、直後、反対側の壁面にクロスボウ用の矢が突き刺さっていた。
 スパークは何度か床を踏み直し、トラップが発動しない事を確かめた。どうやらこのトラップは、この一回きりで終わりらしい。
「じゃあ次行こうよ、スパーク?」
「ンな事しねぇでとっととこんな所出て行こうぜ? 道に迷ってる訳でもないんだろ?」
「あらぁ、怖いの?」
「んなわきゃねぇ。動き回ってるうちにどっちかに出会ったら、カナが危ねぇって……」
「心配してくれるんだ。やっぱりスパークは優しいねぇ?」
「……ばっか! アタマ撫でてんじゃねぇ!」
「でもさ、ここって罠だらけだもの、あの子がケガでもしたらかわいそうよ」
「……何でバーサーカーの事心配できるんだよ?」
「今はバーサーカーだっていっても、女の子だもん。さ、頑張って罠の解除、解除♪」
 快活に笑いながら、歌菜は乗ってきた空飛ぶ箒に「よっこいしょ」と腰掛けた。
 スパークは溜息をつきながらも、同じように自分の箒にまたがる。
「ハァ…仕方ないから、一緒に行ってやるよ」
「待って下さい、遠野先輩」
 朔は物陰から姿を現し、ふたりを呼び止めた。
「あら朔ちゃん?」
「『どっちかに会ったら危ない』とか、バーサーカーとか女の子とか、一体何の話ですか?」
「何だよアンタ。何も知らないのか?」
「こら、スパーク。言い方に気をつけなさい」
「知らないから訊ねています。何があったのでしょうか?」
 歌菜は朔に事情を話した――先ほどマリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)から聞いた話によると、現在この迷宮にはミノタウロスとバーサーカーが潜んでおり、そしてバーサーカーは小谷 愛美(こたに・まなみ)という少女である――
「話聞いたヤツらは、とっくにミノタウロスに向かったり、愛美って子の方に向かったりしているぜ?」
「で、私達は愛美ちゃんがケガしないように罠外して回ってるってわけ。朔ちゃんも一緒に行こう」
「……何でそういう話になるのですか?」
 突然の申し出に、鬼崎は戸惑う。
「だって、朔ちゃんも罠外して回ってるんでしょ?」
「いや、これは修行の一環で……」
「だったら一緒に行こうよ。人数多い方が心強いし、朔ちゃんも愛美ちゃんの事助けたいでしょ?」
「その愛美って子、自分はよく知らないんですが……」
「さ、次はこっちの方行こうか」
 朔の答えを待たず、歌菜の箒は進み出した。
 追いかけるスパークと鬼崎の眼が合う。スパークが「いつもの事さ」と溜息をつくと、朔も同じように嘆息した。
「…これも修行だ」
 そう呟くと、鬼崎はふたりの後を追いかけた。

 できる限りの忍び足で歩いていたジャッジラッドは、幾つ目かの曲がり角の手前で足を止めた。
 角の向こうから、足音が聞こえてきた。同じく、獣のような唸り声。
 馬鹿な、と思う。
(ミノタウロスがいるのは、もう少し先じゃないのか?)
 居場所について、先ほどのマリエルとかいう守護天使がデタラメを言ったのか。
 こんなに近づいていたとは。ミノタウロスに出くわすのは、確かにこちらの戦術だ。だが早すぎる。時間的に、ゲシュタールの方の仕込みもまだ終わってはいないだろう。
 完璧に計算が狂った。
 元来た道を振り返る。暗がりの中、十数メートル程はずっと一本道。最後に曲がった角の辺りに、小部屋の扉があった気がする。
 次の瞬間、ジャッジラッドはもと来た道を駆け戻り始めた。派手に鳴る自分の足音の他に、別な足音がかぶさって聞こえて来た。弾んだ呼吸は自分のものだが、唸りとも呻きともつかない声は、断じて自分のものではない。
「見〜ぃつけたぁ」
 凶悪な喜びを交えた声も、
「あなたの未来に、希望はありますかぁ? あはははははははは!」
 危険なものを含んだ甲高い笑い声も、ジャッジラッドのものではなかった。
「助けてくれええええっ!」
「だ・ぁ・め!」
 直後、その背後で何かが一閃。

 迷宮の中に、断末魔の声が轟いた。