シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

リアクション公開中!

【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

リアクション



第13章
帰って来る者


 三日月湖の北で、教導団と黒羊・ドストーワ獣人兵・ならず者らの連合軍との激しい戦いが行われた。
 岩城を守備する龍雷連隊に、本営からの援軍が加わり、教導団は黒羊側連合軍を何とか撃退した。

 本営から岩城までの合い間に位置する、三日月湖北の森。
 侵入してくる敵を防ごうと展開していた黄金の鷲や、騎狼部隊の者達も、戦いが終わって、敵の掃討や、捕虜を捕えている岩城の辺りにまで出て行った。
 北の森は、今、静かだった。わずかに、北の戦線から兵らの声が聞こえてきている。勝ち鬨のようだ。
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、騎狼部隊と共に、森を出て戦っていたが、戦いも終わりに近付く頃、何かの気配を察知したのか、この北の森まで引き返してきた。
 尋人……どうした? 獣人の私の超感覚でも感知しない何を感じたのだ?
 そう、思いつつ呀 雷號(が・らいごう)も付いてくる。
 北の森には、わずかに霧が立ち込めている。
「これは……先ほどの戦いの、アシッドミストがまだ残っているのではないでしょうね。……気を付けてください」
「いや。違うみたいだよ。オレには……」
 黒崎。違うのか。ここにいるような気がしたんだ。
 尋人は、辺りを見渡す。
 霧の中、木立にもたれるようにして、黒羊兵らの死骸が、幾つかゆらめいている。
「はっ」
「尋人?」
 尋人は、その一つに駆け寄った。霧の中に現れたのは……黒羊兵の鎧ではない。教導団? 討たれたのか。
「おい、あんた……? はっ」
 まただ。尋人は、後ろを振り向く。さっきは、あの木の下には遺骸はなかった。駆け寄る。
 上質な執事服を着た若い背の高い女性だ。
 あっ……隣の木にも。ゴシックドレスを来た女。倒れて伏している。その脇に、こちらはチャイナドレスの真っ白い女性。民間人……? 黒崎……違ったのか。もう少し、森を回ってみようか。いや、その前に、この人達は、本当に死んでいるのだろうか?
「いえ。この方々は、生きておりますね」
「……誰?」
 いつの間にか、黒い修道服を着た小柄な少女の姿があった。
 聖書のような本を携えている。
 しかし、死者の弔いに来たのではないらしい。この人達は、生きている?
「この書は、私の本体。私は、『禁書目録 インデックス(きんしょもくろく・いんでっくす)』。鬼院様? 教導団の傭兵の方ね?」
「ああ。一体、ここで何が? この人達は、何なんだい?」
「この方は……一条様」軍服の者を指して言った。「この方は、道明寺様に、イルマ様」執事服の女性と、その影にいたローブの女の子の姿も。
迦陵(か・りょう)様。私の主の方です。マリーウェザー様」チャイナドレス、ゴシックドレスの女性二人だ。
 名を呼ばれると、気付いたのか、「う……」と声を出し、動こうとする者もあった。やはり、生きているのだ。
「とても、深いところより戻ってきたようね……」
「……」
 尋人は、よく意味が解せなかった。雷號に問うても、互いに首をかしげるしかない。
 しかし、尋人には、何となく、直感めいた確信もあった。
 この人達は、黒崎のことを……黒崎の行方を知っているのではないか。この人達は、黒崎と一緒にいたのではないか。
「あんた……」
 尋人は、軍服の一人を、ゆすってみる。
「う、んー、んー……」
 まだ、半ば眠っているようである。
「今はまだ、いけない。本営に運んで、しばらくの間、寝かせておくのがいいでしょう」
 インデックスが静かに言う。
「なあ、もしかしてあんた、黒崎天音(くろさき・あまね)って人のことは、わからないかなぁ?」
 尋人が問う。
「黒崎天音様……。教導団の方ではない……。
 その方は、おそらく……まだ戻られていない」
「この森には、ってこと?」
 尋人は、言いつつ、いや、そうじゃない……という予感がした。
「……いえ。私が感じるには、そのお方は、まだ何処か深いから戻ってきてはいないのだと。
 このままでは、もしかしたら……」
「わかった」尋人は、その先をさえぎった。「何処へ行けばいいだろう?」
「もっと、ここより奥の方に、気配はある、……でも、その場所は近いうちに、なくなってしまうかも知れない。
 その場所だけじゃない、このヒラニプラ南部全体に、何か危うい印象を受けるのです。とても、儚いもの。何処かへ、流れて行ってしまいそうな……」
「……」
 どういうことなんだ、尋人は思う。しかし、黒崎を助けにいかないわけにはいかないだろうとも。
「ここは、おそらく安全……。何もない、ただの森。これからもずっと。
 だけど、この先は……砂漠? 異端の聖地、黒羊郷? そんなもの、あるのか……」
 インデックスは、その場に崩れるように、座り込む。
「砂のように、崩れ去って、流れていってしまう……」