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温室の一日

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温室の一日

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2.ケルベロスにタネ子を……いち。

「それでは、タネ子さんを頼みましたですぅ」
 タネ子の根元までやって来た神代 明日香(かみしろ・あすか)は、片手を上げて、今にもこの場所から立ち去ろうとしていた。
「お願いしますです」
 パートナーのノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)も、ぺこんと頭を下げる。
「え? あれ? どこに行くんですか??」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、きょとんとした表情を見せた。
「あ、えっとぉ……そのー…害虫がどんなものか気になりまして…」
「見に行きたいと思ったのです」
「あぁ、そっかぁ」
「結果お伝えしますので、こっちをお願いしたいですぅ!」
「お願いします!」
 明日香とノルニルは真剣な眼差しで言った。
「はい、わかったです。害虫ちゃん…やさしい子だと、いいですね!」
 ヴァーナーはにこにこ笑った。
 そして上を見上げて。
「ボク達はこっちを……」
 はるか上空に揺らめくタネ子へっど。
 思わずごくりとつばを飲んだ。

 温室奥地探検隊と分かれて、頭採取組は残された。
 人数が減って、心なしか弱気な気持ちが芽生えてくる。
「タネ子って、デカイよな……」
 林田 樹(はやしだ・いつき)が呟く横で、パートナーの林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が明るい声を出す。
「う!う!! ねーたん、こた、またかんさつにっきかくお。たにぇこしゃん、いつあたまふえるか、こた、みっけるんらお!!」
「……観察日記かぁ…でもその瞬間は見られないと思うぞ」
「う?」
「頭を落として終わりだ。残念ながら今回は時間が無い」
「うっと、うっと、じゃあ、こたも、ねーたんといっしょに、【光学迷彩】れかくれんぼしにゃがら、にっきかくお。ねーたんが、あぶらくらったら、【弾幕援護】するお。ねーたんが、きちゃらめーっていったら、こた、いかないお」
「分かった。でも危ない真似はするんじゃないぞ?」
「う!」
 樹はコタローの頭を優しく撫でた。
 素直に樹の言うことを聞くコタロー。まるで幼稚園の園児みたいだ。差し詰め樹はその幼稚園の先生というところだろうか。
「……じゃあ行きましょうか。三つの頭がありますので、3グループに分かれて対処してはどうでしょう?」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、タネ子を見ながら息を吐いた。
(張り紙を見てやって来ましたけど、噂通りと言うか変わった温室ですわ。まあ食虫植物とは言え、一応管理人さんが大事にされているものだから、傷付けない様にしないといけませんわね。攻撃せず防御、もとい回避に専念して近付きますわ)
「それにしても……あのハマグリ頭が、ケルベロスの餌になるなんて…すごいですわ……」
 小夜子は感嘆の声をもらした。
「──みんなで一緒に木登りだよ!」
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)がやる気満々の目をしながら、拳をぶんぶん振り上げる。
「私は今までに2回ほどタネ子ちゃんに立ち向かったけど、まだ一回もあのハマグリ頭を落としたことないんだよね…。だーかーら! 今回は! この手でタネ子ちゃんのハマグリ頭を落としてみせるよ!」
「透乃ちゃん……あんまり無理はしないで下さいね」
 パートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が心配そうな声を出した。
「だーいじょうぶ! 害虫がいるから行くなって言われている奥も気になるけど……それよりもやっぱりタネ子ちゃんだよ! ふふふ、首を洗って待っててね!」
「………」
 ハマグリ採取に燃えている透乃に気付かれないよう、陽子はこっそり周囲を窺った。
 やっぱり触手は見当たらない。
 透乃や他の人達がタネ子に登り、だいぶ上まで行ったのを確認したら、陽子はわざと触手に捕まって……あんなことやこんなことをされたいと思っていた。
 だが結果は……
「……どこにも見当たらないですね」
(皆さんには内緒ですが……凄く期待していました…)
「──透乃ちゃんに誘われて来たわよ〜。これが卑猥な植物〜?」
「ひぅっ!」
 もう一人のパートナー、月美 芽美(つきみ・めいみ)の『卑猥』という言葉に、陽子は敏感に反応した。
 だだだ大丈夫…。私の秘めた思いは、知られていないはず。
「でかいわね〜。予想以上だわ〜」
 恐れもなく、芽美ははしゃいだ。
「このタネ子ちゃんによじ登って首の根元をたたけばいいのね〜。楽勝よ〜そんなの」
「おぉー強気だねぇ! 負けないよ、芽美ちゃん!」
 透乃が芽美に向かって笑った。

「……俺は、気分転換がてら体を動かす程度にしておく。適度な運動も頭脳労働には必要だからな」
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は言った。
「要は動かなければ食用とは見なされないはず。魔力で応戦だ。そして…タネ子の頭を持って帰って研究したい……」
 イーオンの熱い眼差しに、パートナーのアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)は、とろけそうになった。
 かっこいい〜〜〜
「アルには、落ちた頭を拾いに行ってもらいたいのだよ」
「バーストダッシュで取ってきます! でもイオ? 根をつめすぎるのも良くありません。もう少し休養らしい休養をとられては……」
 怒られるのを承知でアルゲオは告げた。
「あのケルベロスをまかない得る栄養価……。地球にはない速度で自在に動く品種だし、息抜き程度にはなるか」
 だが、イーオンの頭は研究のことでいっぱいだった。
「イーオン…これは予想外に暇だぞ。休憩するというから遊びに行くのかと思えば……」
 勝手についてきたもう一人のパートナーフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)が、のんびり浮遊するタネ子を見て、ため息をつく。
「アル、お前はもう少し主体性のある遊びは提案できないのか? イーオンとくっついてるだけで幸せ〜など、生娘でもあるまいに」
「なっ……! 何を馬鹿なことを仰るのですか!!」
 赤くなってそっぽを向くアルゲオに、フィーネは満足そうな笑みをこぼした。

「……ふわぁ、眠いのです」
 氷見 雅(ひみ・みやび)のパートナー、タンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)が、眠い目をこすりながら呟いた。
 今日も雅に引っ張り出され、されるがままに引きずられていく。
「あのタネ子とかいうヤツ、一筋縄ではいかないようね……でも名コンビのあたし達に出来ないことはないわ! そう、頭をつかうのよ、頭を! 分解出来る機晶姫、タンタンの頭をタネ子に投げつけるのよ!」
「え〜…」
 雅に嫌そうな顔を向けるタンタン。
「大丈夫よ、タンタン!機晶姫なんだから、首から上だけでも飛べるはずよ! いざとなればきっと首からブーストが出るわ。頑張って戻ってくるのよ!」
「ブースト…まだ装備なんてしてませんけど……」
「腕が鳴るわ〜」
 聞いているのかいないのか。
 タンタンのツッコミを無視して自分の世界にひた走る雅。
「そうかぁ……今回は触手は無しですかぁ」
 その横で、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が、つまらなそうに言った。
「……あ、いえ! 違います! タネ子さんの実の味が忘れられないだけです。そして管理人さんに感謝の気持ちとして仕事を引き受けさせて頂きますした。今回は、ケルベロス君の餌のためタネ子さんに再度挑ませて頂くのです!」
 ルイは慌てて訂正した。
「その意気ですよ」
 パートナーのリア・リム(りあ・りむ)が、にこやかな笑顔を向ける。
「お世話になった管理人さんの為、そしてまたタネ子さんを食べるため! 主に実をもう一度食べる為頑張るのだ!」
「…そんなに美味いのか? ダディ、リア」
 椎堂 紗月(しどう・さつき)が興味深そうに聞いてくる。
 パートナーの小冊子 十二星華プロファイル(しょうさっし・じゅうにせいかぷろふぁいる)も目を輝かせていた。
「美味しいのだよ〜あの極上のプリンの味は忘れらない」
「プリンかぁ〜」
「美味しそうですわぁ」
「それじゃあ早速、食前の運動がてらタネ子収穫に向かおうぜ!」
 紗月は、拳を突き上げた。
(温室で害虫が湧いたらしいけど……俺、虫は大っ嫌いだし……ダディのタネ子収穫の手伝いで正解だな。根っこは傷つけるとまずいみたいだし、そこには注意して触手に轟雷閃とかで攻撃かな。火使うのはまずそうだけど電気ならまぁ大丈夫……だろ……大丈夫…かな…?)
 蒼くなったり慌てふためいたりしている紗月を横目で見ながら、十二星華プロファイルはこっそり思った。
(温室の巨大植物……ですか。そんなもの本当に食べれますの……? まぁ、見た目のおかしな物ほど美味しかったりもしますけれど……)
 ふいに鼻歌を歌い始める紗月。
(ま、紗月がやる気になっているのなら止めてもきっと無駄ですわね。私も魔力の続く限りサポートしてさしあげますわ)
 十二星華プロファイルはふっと笑った。
「紗月さん達に、必ずタネ子さんを食べさせてあげますよ!」
 ルイは固く誓った。
「……噂には聞いていたけど、本当に美味しいみたいだね…やっぱり口にしてみたいかな…」
 繭住 真由歌(まゆずみ・まゆか)はルイや紗月達の話を聞いて、気持ちが更に大きくなった。
「やあ、僕はしょくしゅ先生。担当教科はしょくしゅ科さ!」
「え……」
 パートナーのノートリアス ノウマン(のーとりあす・のうまん)が、いきなりわけの分からないことを言った。
 ノウマンの肩に乗っている真由歌は、ぎょっとして見つめる。
 AIにファジーさが足りないと思われた為、擬似会話アタッチメントを接続したのだが、その結果ファジーすぎてメモリから読み込んだネタでしか会話が出来なくなっている。
「……正直この装備は失敗かな」
 真由歌はため息をついた。
 ノウマンのアタッチメントについては、帰ったら外そう……
「仕事は面倒だがタネ子さんの頭を食べるのは楽しみだ。と言うか……タネ子さんを甚振ってやるよ」
 根に持つタイプの真由歌は、以前の出来事の復讐に燃えていた。

「あーぁ…ったく面倒くせぇなぁ……」
 篠宮 悠(しのみや・ゆう)は、いかにもぶーたれた顔で、大きく伸びをした。
「……嫌なら、今日の夕食は私好みの味付けにさせてもらいます」
 サボろうとした所をパートナーの真理奈・スターチス(まりな・すたーちす)に脅され、タネ子採取に渋々参戦する羽目になった。
 真理奈としては前衛が欲しかっただけなんだが。
 もう一人のパートナー、天上天下唯我独尊 丸(てんじょうてんがゆいがどくそん・まる)は、後ろで少し寂しそうにしていた。
 ケルベロスの餌云々よりも、同じ触手の使い手としてタネ子と雌雄を決したいと思っていたのだが、肝心の触手が無い!
 どこにも無い!
「わたくし、つまらないぞ」
「俺だってつまらねぇっつうか、早く帰りてぇよ!」
「いつまでごちゃごちゃ言っているんですか。ここまで来たら腹をくくって下さい」
「……」
 悠は深いため息をついた。