シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

今日は、雨日和。

リアクション公開中!

今日は、雨日和。
今日は、雨日和。 今日は、雨日和。

リアクション

 
 
 紫陽花は雨に濡れて 
 
 
 空は梅雨空、灰色に閉ざされて。
 地上には緑の葉の中にぽっかりと、紫陽花色が揺れる。
 白、青、紫、ピンク……控えめな色合いは、混ざり合い、濃淡を作り。
 雨にけぶる幻想的な風景を生み出す。
 
 そんな中を、大きな傘をさした神代 明日香(かみしろ・あすか)と、黄色い傘に黄色いレインコートに長靴という出で立ちのノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が歩いてゆく。
「ノルンちゃん、向こうに行ってみましょう〜」
 自分の好きな色の紫陽花を探そうと、明日香はせわしなく群生地を歩き回る。その後ろを、『運命の書』ノルンが小さめの歩幅を急がせてついて行く。
「明日香さん、足下に気を付けないと滑りますよ」
「分かってますよ〜。あ、こんにちは、琴子先生〜」
 群生地をのんびりと散策していた白鞘 琴子(しらさや・ことこ)に挨拶するのもそこそこに、明日香は紫陽花探しに熱中する。
「もう、明日香さんったら……」
 ノルンは困ったように笑うと、琴子に丁寧に挨拶した。
「こんにちは、琴子先生。先生も紫陽花を観にいらしたんですか?」
「雨の日の紫陽花は格別の風情ですもの。梅雨の季節に紫陽花が咲くのは、まさに天の配剤ですわね」
 花色のガクアジサイに触れないぎりぎりに琴子が手を伸ばす。そこに、
「ノルンちゃーん、こっちですぅ〜」
 目当ての紫陽花を探したらしき明日香が、振り返って手を振った。
「明日香さんも十分に楽しまれているようですわね」
「ええそれはもう……」
 琴子と目を見交わして笑い合うと、ノルンは一礼して明日香の元へと向かった。
「とても綺麗です〜。ほら、こっちにはカタツムリもいますよ〜」
 明日香がしゃがみこんで観ているのは、淡い紫色の紫陽花だった。自然界の作り出した絶妙の色合いは、溜息が出てしまうほどに美しい。
 身を乗り出して眺めるけれど、自分の傘が紫陽花にかかっているのに気づくと、明日香は急いで傘を引いた。紫陽花にかかるのは天上の恵みの雨。遮ってしまっては紫陽花に申し訳ない。
「本当に綺麗ですね。ですが雨美人に相応しく、雨と琴子先生も素敵です」
 ノルンに言われ、明日香は通ってきた道を振り返った。琴子はまだ飽きずガクアジサイを眺めている。
「雨と和服って風情がありますし、琴子先生が綺麗な人だからですよ〜」
 声も潜めず明日香が言う。
 それが聞こえたのか聞こえなかったのか。
 一瞬、明日香の方を向いた琴子は、会釈のような……あるいは顔を隠すような仕草をすると、くるりと身を翻して道を戻っていった。
 
 
 茶店の方角へと歩いてゆく琴子の姿を見つけ、茅野 菫(ちの・すみれ)がはしゃいだ声をかける。
「傘なんてささずにいっしょに紫陽花楽しもう」
 菫は傘をさしていないばかりでなく、足下も裸足だ。
 脱いだサンダルのストラップを持ってぶら下げて、雨でぬかるむ地面の感触を楽しみ、顔に当たる雨の感触を楽しみ、とまさに全身でこの雨と紫陽花の組み合わせを楽しんでいる。
 傘をさしていないから、上を見上げれば梅雨空とそこから落ちてくる雨の滴がよく見える。
 肌に当たるのは優しい小糠雨。夏の夕立とは違う、包み込まれるような感覚だ。
 琴子は菫の姿にちょっと目を見張ったが、すぐに柔らかく微笑む。
「残念ですけれど、着物は雨に濡れるのには向いていませんの」
「そんなこと言わずにさ」
 強引に誘ってしまおうと踏み出した菫を見て、琴子は慌てて距離を取った。
「この楽しさを知らずにいるなんて、もったいないよ」
 菫は本気でそう誘うのだけれど、琴子はすっかり逃げ腰だ。
「ご遠慮申し上げますわ」
 と断るそばからもう急ぎ足で歩き出し。
「あまり身体を冷やしすぎないように気を付けて下さいましね」
 振り返ってそれだけを言い置くと、琴子は菫を残して歩き去っていった。
 
 
 
 紫陽花の茶店 
 
 
 紫陽花が美しく咲くのは梅雨のほんのひととき。
 それをパラミタで楽しめることを喜びつつ、菅野 葉月(すがの・はづき)は紫陽花を観て回った。
「ハイドランジアのピンクよりもガクアジサイの青の方が僕は好きですね」
 そう言って葉月は紫陽花を示したけれど、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)は気もそぞろ。
「さっき通ってきた茶店、色々な和菓子があったよね。寄るまで全種類残ってるかなぁ」
 ミーナにとってはまさしく、花より団子。見る楽しみよりも食べる楽しみの方が良い。
「先に茶店に行きますか?」
 ミーナの気持ちが和菓子に行ってしまっているのに気づいた葉月がそう言うと、
「うん、行こ行こっ」
 迷いもなくミーナは茶店へと飛び込んだ。
「うわぁ、色々ある……どれにしようかな」
 お品書きの文字を眺め、実物を眺め。ミーナはどれを食べようかと悩む。
「僕はあじさいまんじゅうと抹茶にします。和菓子の紫陽花をみて楽しみ、食べて楽しむのも、この時季ならではの楽しみですから」
「ワタシもあじさいまんじゅうと抹茶! それからお団子と、五平餅と……」
「そんなに一度に食べられるんですか?」
「余裕だもん。じゃあまずそれだけお願いね」
 葉月の注意もよそに、ミーナは注文を済ませた。
「あじさいまんじゅうと抹茶を2つ、それとお団子と五平餅……でいいですか?」
 皆川陽は心配そうに葉月の顔を見る。
「はい、そうして下さい」
 葉月が言うと、陽はほっとしたように下がっていった。
 ミーナは注文した品が届くのが待ちきれないように、身体を揺らす。
「ワクワクするなー。抹茶も初めの頃は苦いなって思ったけど、飲み慣れてくるといいものだよね」
 お菓子を食べた甘味が残った口の中に、抹茶の苦みを合わせると、和の妙を感じる。
「だけど薄茶はいいけど、濃茶は飲めそうに無いなー」
 あのどろっとした苦みは……とミーナは顔をしかめ、そして近くに座っていた琴子に聞いてみた。
「琴子先生は濃茶飲める?」
「ええ。お稽古の時に飲みますから」
 琴子は何でもないように答える。
「飲みにくくなかった?」
「そうですわね……飲みやすいものではありませんけれど、上手な方が点てた濃茶は慣れると美味しいものですわよ」
 でも、と琴子は思い出したように笑った。
「はじめて自分の点てた濃茶を飲んだ時は、飲むのに難渋しましたわ」
「へえ、そうなんだー。上手な人が点てたのだったらあたしにも飲めるかな」
 そうして琴子と喋っているミーナから、葉月は茶店の傍らに咲いている紫陽花に目を移した。
 季節は移ろいやすいもの。この紫陽花の花も夏になればなくなってしまう。
 けれどこうして紫陽花を見ながら喋った記憶は思い出となって残る。いつかまた振り返った時に、今の記憶を大切に思えると良い点…そんなことを考えながら。
 
 
「ふぅ……」
 一通り今いる客に注文を出し終えると、陽は汗をぬぐった。働くというのはやはり大変なことだ。
 でも頑張らないと、と陽は気合いを入れ直す。
 パートナーであるテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)の稼ぎに頼っているばかりでは男として情けない。自分の欲しいものくらい、ちゃんと自分で買えるようにならなければ。
 といっても陽には、テディのように冒険で稼いでくることなんて、到底できるとは思えない。となると、自分に出来そうなアルバイトをするぐらいしか、稼ぐ手段が思いつけなかった。
「ええっと……あれ? 抹茶が余ってる」
「おかしいなー。あたしはちゃんと注文分点てたはずだけど?」
 ミルディアが指を折って確認しているうちに、客から、抹茶まだー、の声がかかる。
「すみませんっ、今すぐ持っていきます」
 陽は大慌てで抹茶を運んだ。
 
 ……そんな陽の様子を、テディは物陰からそっと見つめていた。
 おろおろして抹茶を持っていく陽の姿を見ていると、自分が代わってやりたくなる。そして、陽は何もしなくて良いんだよと、大切に座らせておきたい。
 自分が冒険に出かけるのは、臆病な陽を護るだけの力が欲しいから。
 陽にお金を渡すのも、自分を頼って欲しいから。
 なのに陽は、頼ってくれるどころか悪いからと恐縮し、自分で何とかしたいとこうしてアルバイトを探してくるのだ。
 ひとりで何でも出来るようになりたい、と陽が言うたび、テディの胸は不安に引き絞られる。
 もしそうなったら……?
 自分はもういらないと言われてしまうのだろうか。
 陽はひとりで生きてゆき、自分は置き去りにされてしまうのだろうか。
(僕には陽しかいないのに……)
 寂しくて、哀しくて。
 降りしきる雨に濡れるのにも構わずに、テディはその場にひっそりと佇む。
 捨てられた子犬が飼い主を求めて、きゅんきゅん鼻を鳴らしているかのように。
 
 
 
 雨上がり 
 
 
 厚い雨雲の間から、太陽の光が射した。
 雨の滴を宿した紫陽花が、日の光を受けてきらきらと輝く。
 雨上がりの世界は、どこもかも光に満ちていた。
 梅雨の合間にわずかな時間現れる、貴重な晴れ間。
「あ、あそこに〜」
 茶店で休んでいた明日香が、見上げた空を指さした。
 
 空のよく見える野原では、レアティータが空を指さした。
「あ……虹……」
 大きな比較的はっきりした虹、そしてその外側にもう1つ、ぼんやりとした虹が空にかかっている。よく見れば、外側の虹は色の並びが逆だ。
「とりあえず目的は達成できたわけだ。良かったな、レム」
 待機中の暇つぶしにと買っておいた缶コーヒーはもうとっくに冷めている。涼は喉を鳴らして、それを美味そうに飲み干した。
「うん……嬉しい……」
「レム、そこにこっちを向いて立ってみろ」
「何……?」
 涼に言われ、レアティータは何だろうと考えながら虹に背を向けて立つ。
 それを涼は、
「目的が達成出来た記念として、な」
 二重の虹を背景としたレアティータの写真として、カメラに収めたのだった。
 
 
 優しく降りしきる雨。
 明るく輝く太陽。
 その橋渡しとなる虹。
 地球もパラミタも、変わらず自然は美しい。
 その自然を愛でる気持ちがある限り――。
 
 
 

担当マスターより

▼担当マスター

桜月うさぎ

▼マスターコメント

 ご参加ありがとうございました。

 リアクションを書いている間、窓の外では雨の音が聞こえていました。
 まだもうしばらく梅雨は続くのでしょうけれど、皆様のさまざまな雨の日の過ごし方を拝見して、私の梅雨の見方も変わってきそうです。
 
 リアクションにイラストをセットできるようになったとのことなので、いつもより、少し短めにページを分けてみました〜。
 雨の思い出にイラストをつけてみたい、という方がいましたら是非〜。

 ではでは〜。ご縁がありましたらまたどこかでお会い致しましょう〜。