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泥魔みれのケダモノたち

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第7章 沼の主

「ハムーザちゃーん! いったいどこにいるの?」
 毒の沼地の奥の奥まできて、エリカは戸惑っていた。
 みわたす限り沼地が広がっているが、どこにもハムーザの姿はみえない。
 にも関わらず、エリカは確信していた。
 ここ以外に、ハムーザ3世がいると思われる場所はなかったのだ。
「ここは、沼地の中心のようだな。マイナスエネルギーの収束する流れを感じるぞ」
 斎藤邦彦がいった。
 そのとき。
「ぶきーっ!」
 不気味な叫び声が、沼地に響いた。
「あら? あそこの岩が動いているわ!」
 エリカが、驚くべき光景を目にして声をあげた。
 ゴゴゴゴゴゴ
 遥か向こうの方角にみえる巨大な岩が、震えながら浮かびあがってきたのだ。
 そして、岩の下から、巨大な手足と、頭が顔を出す。
「カメちゃんですわ! ちょうどいいです。ハムーザちゃんを知らないか聞いてみましょう」
 巨大なカメをみて、エリカは驚いた様子もなく駆け寄っていく。
「よせ。危険だ」 
 斎藤の忠告も耳に入っていないようだ。

「あー、あんた、危ない、危ないよ」
 カメの近くにまできたエリカの前に、東條カガチ(とうじょう・かがち)が現れ、そのまま走ろうとする彼女を制止した。
「あなたは?」
「俺は東條カガチ。あのカメは、この沼の主、ダークキッコウだ。奴こそマイナスエネルギーの力でこの沼地を生み出した元凶だ。うかつに近づいたらどんな目にあうかわからないぞ」
 東條の説明を、エリカは神妙な顔で聞いていた。
「そうなんですね。教えてくれてありがとうございます」
「いやいや、礼には及ばない。俺に任せな」
 東條は笑って、自らダークキッコウに近づいていく。
「何をするんですか?」
「別に。ただ、文明を憎み、黒鬼たちに人を襲わせている奴にひとこと申し上げたいだけさ」
 東條はダークキッコウの巨大な頭部の直近にまで進んだ。
「ぶきーっ! 何ダ、お前ハー?」
 ダークキッコウは東條を睨みつける。
「いや、聞いてみたくてさ。なぜ、黒鬼たちに人を襲わせるんだい? そんなにでかい身体してさ」
 東條はまっすぐダークキッコウをみつめて、いった。
「ふん、下らんことを。私は文明が憎い! 私は、かつて、ちっちゃくて可愛いカメとして、縁日の出店で売られていた。とある人が私をみつけて気に入り、飼ってくれることになった。最初はよかった。だが、私が成長するにつれ、飼い主は『大きくなって飼いづらい』と言い始め、ついに私は公園に捨てられたのだ。それから、私は公園を訪れる人々から無数の虐待を受け、最後は甲羅を割られて死んでしまった。そのときの私の無念の気持ちが、お前にわかるか?」
「そりゃあ、気の毒だとは思うけどね」
 東條はうなずいた。
「だが、私は、人間たちは本来あそこまで残酷で汚れた存在ではないと考えた。では、何が人間がダメにしたのか? 答えは、文明だ。自然と共生してきた人間が、逆に自然を傷つけ、破壊するようになった原因は、人間に自然を加工することを教えた文明にある! だから私は文明を憎み、人間から文明の象徴たる衣服を剥ぎ取るよう黒鬼たちに命じたのだ! さあ、わかったらお前もその衣を脱ぎ捨てるがいい!」
 ダークキッコウはギラギラした目で東條を睨む。
 東條はため息をついた。
「やれやれ。そんなこったろうと思ったよ」
「何だと!? 私をナメたような口を聞くな!」
 ダークキッコウが怒鳴ると同時に、東條の周囲の泥が隆起し、あらたに生成された黒鬼たちがいまにも東條に襲いかからん勢いで動きまわり始めた。
 だが、東條は動じた様子もなく、抜け抜けといってのけた。
「なァんてこった、たかだかか弱い人間風情追い返すのに、こんなたっぷりお仲間つくらねえとかなわねえってかい。そんなんだから、あんたの大っ嫌いな文明とやらにいいようにされちまうんじゃねえのかい」
「黙れ! 私のいうことがわからないなら、もう話すつもりはない!」
 怒るダークキッコウなど怖くないといった風で、東條は続けた。
「いや違うな、あんた自信ねえんだろ。だからよ、ぜーんぶ文明とやらのせいにしてんだろ。でけぇのはその亀の頭だけかい、デカブツよぉ。キンタマもでけぇっつうんなら、服ひんむいてぶん投げるとか、ちっちぇえことしてねえでてめえでぶつかってこいや」
 東條の言葉に、ダークキッコウは激昂した。
「ぶ、ぶきーっ! 私が犠牲者であることは説明したはずだ。私の哀しみなど知らぬ顔で話すお前は許さん! よし、かかれー!」
 ダークキッコウの指示で、黒鬼たちが動けない東條に襲いかかってきた。
「うわー! ちっ、ものすごい力ですねぇ。でも、いつもそんな風で本当にいいんですかねぇ?」
 全裸にされ、泥の中を転がされながら、東條はうめく。
「まったく、あんたこそ俺の話を聞いてないんじゃないですかねぇ? マイナスエネルギーのせいで思考が狂ってますね。あんた、本当に自分の意志で動いているんですか? 何かに操られてませんか?」
 東條は自分の言葉が響かなかった原因を推測しながら、泥の中で気を失った。
「大丈夫ですか? 東條さん、かっこよかったです!」
 エリカは東條を抱き起こし、その身体を安全なところまで運んでいった。

「ぶきー! 貴様ら、まず文明を捨てろ! それから、闘争本能のママに闘え!」
 ダークキッコウは口から泡を吹きながら、狂気のにじむ言葉を吐き散らす。
 エリカとその周囲の生徒たちは、恐るべき毒ガメと黒鬼たちを前に、なすすべもなくたたずんでいる。
 そのとき。
「あっ、あれは、ハムーザ3世ちゃん!」
 エリカが思わずすっとんきょうな声をあげた。
 エリカたちに向かって少しずつ移動を始めたダークキッコウの巨大な甲羅の上に、震えながらうずくまる、一匹のゆるスターの影があったのである!
「ハ、ハム〜。ここはどこハム? 怖いハム〜」
 ハムーザ3世は、自分が巨大なカメの甲羅の上にいることにも気づかず、突然「岩」が動き出したことにおびえて、自分ではどうすることもできないようだった。
「ハムーザちゃん、待ってて! いま助けに行くわ!」
 ついにペットを発見したエリカは、矢も盾もたまらず駆け出していた。
「ダメだ、もう少し隙をうかがうんだ」
 斎藤邦彦の叫びも、エリカには届かない。
 一度思いつめたら一直線、がエリカのスタイルであった。
 だが、走るエリカの前に、またしても一人の生徒が立ちはだかる。
「待って。斎藤のいうとおりだよ。ここはマナカに任せて!」
 春夏秋冬真菜華(ひととせ・まなか)が、エリカをいそいそと押し戻す。
「春夏秋冬さん! わかりました。ここはお任せします」
 エリカはなおも走りたそうだったが、やはり春夏秋冬をたてることにした。
「きっとハムーザ3世ちゃんを助けてみせるよ! みてて」
 春夏秋冬はダークキッコウに向かって駆け出していった。
「くらえ! 甲羅を割ってやる!」
 春夏秋冬はワルサーの弾丸をダークキッコウに撃ち込む。
 だが。
「ぶきーっ! そんな攻撃がなんだ!」
 ダークキッコウの身体が黄金色に光り輝いたかと思うと、次の瞬間、弾き返された弾丸が春夏秋冬を逆に襲っていた。
「わあっ」
 春夏秋冬は危ないところで弾丸をかわす。
「どうやら、体内にマイナスエネルギーが濃縮された、核ともいえる物体が眠っているようだな」
 斎藤が呟く。
「あっ、わー!」
 ダークキッコウと向き合っていた春夏秋冬を、黒鬼たちが取り囲んで、襲い始めた!
 春夏秋冬は全裸にされ、泥の中を転がされてゆく。