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空賊よ、パパと踊れ−フリューネサイドストーリー−

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空賊よ、パパと踊れ−フリューネサイドストーリー−
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第2章 Yesterday was Dramatic - Today is OK(4/4)



 夜の12時も過ぎると、流石の広場も静寂に包まれる。
 そんな真夜中に、緋山 政敏(ひやま・まさとし)は広場に現れた。
 崩れ落ちた時計塔を見上げ、心に重くのしかかるものを受け止めていた。住民を救うためだったとは言え、この時計塔の破壊を促したのは彼なのだ。住民はこの崩れた塔に何を思うんだろう。怒りだろうか、悲しみだろうか。
「子ども達のためにも、そんな場所になっちゃダメだよな……」
 彼はひとり瓦礫の片付けを始めた。
 昼はボランティア活動で町を回り、夜はこうして贖罪をしている。そうしなければ気が収まらなかった。
「あまり根をつめると身体に毒よ」
 差し入れのオニギリを持って、パートナーのリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)がやってきた。
「あと、これも」
 そう言って、カシウナ特産野菜の漬け物も出した。
「前に聞き込みに行った食料品店で買ったの」
「無事だったのか、良かった……」
「うん、みんな元気そうだったわ。なんでも空から降ってきたお金で、なんとかお店を再開できたみたい。そのお金でまた仕事を始めたり、家を建て直したりする事が出来た人がたくさんいるんだって。不思議な事ってあるものね」
「そう言えば、空賊船が町の上空で壊れたって話を聞いたな。もしかして、その船から落ちてきた金だったりしてな。どこの誰だか知らないが、間抜けな空賊もいたもんだ。顔が見て見たいぜ」
 政敏が夜食を取ると、リーンは立ち上がった。
「……じゃ、私は近隣の家を回ってくる。夜中に作業するんだから、先に謝っておかないとね。頑張って」
 小さく鼻歌を歌ってその場を離れた。
 それから、しばらく作業に没頭していると、また別の声がかけられた。
「……こんな夜中に何してんのよ、携帯」
 不意にかけられた声に、政敏は振り返った。月明かりの下、セイニィは瓦礫の上に腰掛けていた。
「セイニィ……、すまない、もしかして起こしちまったか?」
「別に。こうもやもやした暑さだと眠れなくて出てきただけよ」
「ヴァンガードとは上手くやれてるみたいだな」
「まぁ、それなりに。ティセラとパッフェルもいるし……」
「迷いはないか……」
 政敏は作業の手を休め、セイニィを見つめた。
「もし、この先迷うような事があったら、とにかく一歩を踏み出す事を恐れるなよ。まぁ、俺が言うと嘘くさいかもしれんが、悩んだすえの答えなら支えてやるからな。頑張れよ、セイニィ」
 面と向かって言われ、セイニィは恥ずかしそうに目をそらした。
「……言われなくても、いつでも呼び出すわよ」
 携帯を見せた。スマートフォンに乗り換えたがってた彼女だが、まだ政敏の渡したものを使ってるようだ。
 セイニィなりに気を使ってるのかな……、そう考えると、政敏の顔はほころんだ。


 ◇◇◇


 穏やかな二人の姿を、鷹塚正史郎は物陰からそっと見守っていた。
 夜中にテントを抜け出した彼女に気付き、後をつけてきたようである。現在、セイニィの身柄はヴァンガードの監視下に置かれている。その動向に目を光らせるのは当然の任務なのだが、鷹塚は任務ではなく同僚として心配していた。
「……大丈夫ですよ、鷹塚隊長。セイニィさんには皆がついてるんだから、心配いらないわ」
 不意に、暗闇から月の下に出てきたのは、政敏の相棒であるカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)だった。
「隊長……、ありがとうございました、セイニィさんを見逃してくれて」
「ああ……」
 鷹塚はカシウナ襲撃の際、彼女を見逃した事を思いだした。
「私はただ最善の判断をしただけだ。礼を言われる事じゃない、君があそこにいたなら、そうしていただろう?」
「謙遜は必ずしも美徳じゃありませんよ。それでその……、セイニィさんの様子はどうですか?」
「どうって……、ヴァンガードとしては半人前以下だよ。仕事はサボるし、文句は多い……、すぐに人を殴る、ヴァンガードとしてと言うか、人としてちょっと問題がある。他の隊員が彼女に感化されやしないか心配だ」
 カチェアは苦笑した。
「……まあ、それでこそ彼女という気もするがね」
「……そうですか。隊長、セイニィさんのことよろしくお願いしますね」
「無論だ。しかし、彼女が心配ならいつでも隊に戻っても良いんだぞ、カチュア君」
 そう言われて、カチュアははっと顔を上げた。
「ご存知だったんですか……?」
 彼女はかつてヴァンガードに所属していたのだが、セイニィに協力する事になったため除隊したのである。
「でも、これはケジメですから」
 カチュアは微笑み、鷹塚と固い握手を交わした。
 その時、一条の閃光が闇を貫いて、広場に数台のトラックが流れ込むように入ってきた。先頭のトラックから降りてきたのはパパだ。続いて建築関係の人々……、大工とか左官屋、建築家がトラックから降りてくる。
「こんな夜中にすまないね、みんな。給金はたっぷりはずむから、良い仕事を頼むよ」
 建築技師から歓声が上がり、トラックから降ろされた巨大なライトが時計塔を照らし出した。
「おい、何をするつもりなんだ?」
 政敏がパパに詰め寄ると、ニヤリと笑って時計塔を指差した。
「これから、時計塔の修復作業を始めるのさ」
「そう、ハゲ……違った、パゲさんの言う通りよ」
 トラックから降りてきたオールウェイズふてくされ女子、八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)が言った。
 ちなみにパゲとはパパゲーノ略称であり、彼女以外は使っていない。そして、自分の付けた略称から、きっとハゲなんだろう、ズラなんだろう、とパパの生え際に哀れみの視線を彷徨わせているのは、完全なる無礼である。
「カシウナのシンボルだった時計塔を再建したらフリューネも住民も喜ぶし、ついでにフリューネ像風に時計塔を作ったらパゲさんも嬉しい。みんな幸せになれるとかっていう、ちょっと反吐の出る最高な計画でしょ」
「それは勿論さ。これで住民の支持を集めれば……、フリューネもパパを見直すはずだしね」
 優子の相棒にして、カシウナの地祇である港町 カシウナ(みなとまち・かしうな)がそこにやってきた。
「パゲ……違った、ズラさん。カシウナ復興にご協力頂き、心から感謝いたします。私たちも微力ながら貴方の頭皮の改善……違った、親子仲の改善に力を尽くしましょう。時計塔の完成の暁には、きっと二人の仲も元通りですわ」
「ちょいちょい物言いが気になるけど、パパの人柄と財力に任せない」
 それから、資材をトラックから降ろしている建築技師に近付き、カシウナはその手をとって挨拶して回った。
「働き者の綺麗な手ね」
 完全に言いたいだけの相棒を横目に、優子は携帯を手に取り、フリューネに連絡を取り始めた。
「平和記念ならフリューネも嫌とは言わないだろうけど、一応、彼女に了解とるから設計技師は待たせといて」
 しばらくコールすると、フリューネは電話に出た。
『優子じゃない、どうしたの?』
「時計塔再建計画が持ち上がってるんだけどさ、これフリューネの形にしていいわよね」
『は? ちょっと待ってどう言う事!?』
 ところどころ投げやりな感じで、優子は事情を説明した。
『うーん、空峡の決戦は私だけの力で勝ったわけじゃないし、それで私の像を造るのはちょっと……』
「そう言うと思った。じゃあ、今までカシウナ解放を手伝った奴ら全員の像にすれば?」
『それならまぁ……、でも、誰が手伝ったのかなんてわかるの? それにたくさんお金がかかるんじゃないの?』
「お金は支援者がいるから無問題。誰が手伝ったかは、私が知らなくてもマスターは知ってるから大丈夫」
 おいコラ、無茶言うな。
「まぁ、100体くらい銅像作ってもパゲは金持ちらしいし問題ないわよ」
『……誰よ、パゲって?』
 そうして、しばらく雑談をしたあと、電話を終えた。
「なんだ、フリューネのやつ。まだ起きているのかい?」
「そうみたい、なんか珈琲飲んでるって、男と」
「な……」
 パパは顔面蒼白で持っていた資料をバサバサと落とした。
 深夜……、珈琲……、男……、夜明けの珈琲を男と!? あらゆる危険な可能性が彼の脳裏を駆け巡った。
 パパはカッと目を見開き、その髪を黄金に逆立てた。
「ど、どこのウジ虫野郎だぁーっ!! この星ごと消してやる―ッ!!」
 穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによってパパは覚醒した。


 ◇◇◇


 古代戦艦の甲板には、フリューネとカルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)が立っていた。
 夜間作業で明るく照らされた広場を二人は見つめている。勿論、二人の手元にはカルナス自慢の珈琲がある。
「時計塔の再建計画か……。みんな、町のために頑張ってるのね、優子にパゲさんか……」
「思えば、この数ヶ月……、長いようで短かったな。雲隠れの谷なんてとこにも行ったし、戦艦島にも行ったっけ。でも、オレが一番印象に残ってるのは、雲海でバッドマックス空賊団とやりあった時の事かな」
「ああ、ブル。そんな奴もいたわね。でも、なんでそれが一番なの?」
「そりゃ、フリューネと初めて会った事件だからさ」
「ちょ、ちょっと……、変な冗談言わないでよ」
「女性を口説く時に冗談を言う奴なんて最低さ。オレはいつだって真剣なんだぜ」
 そう言って、頬を染めるフリューネを見つめた。
 二人はしばらく雑談をすると、カルナスが部屋まで送るよ、とその肩を抱いた。
「屋敷が燃えて大変だろうけど、何かあれば直ぐに俺に連絡してくれ。フリューネの為なら何だって力になるからさ」
「うん……、ありがとう、カルナス」
 カルナスはフリューネを軽く抱きしめた。
 いやらしい気持ちのないお休みのハグ……のつもりだったが、スケベ心とはあとから沸き上がってくるものである。
 し、しまった……、フリューネの胸がオレの身体に密着してる。こ、この柔らかさはヤバイ……、しっかりしろ、理性を保てオレ。ここでリビドーに押し負けたら、これまで培ってきた紳士のイメージが崩れてしまうんだぞ、うん。
「ああ、でも……、ふ、フリューネ……、オレは……!」
 噴き上がる衝動に身を任せそうになったその時、遠くでタァーンと言う音が聞こえた。
「うっ!!」
 次の瞬間、カルナスはドサリと崩れた。
「か……、カルナス、どうしたの!? だ、誰か、救急車! 救急車呼んで!」
 フリューネにゆさゆさと揺さぶられながら、カルナスの意識は三途の河の辺りをふわふわしていた。
 それを見届けるとパパはスナイパーライフルを下ろし、崩れた時計塔の上から降りてきた。
「パパの愛の大きさを思い知ったか! 次に近付いたら頭を吹き飛ばしてやるからな!」
 高らかに笑うパパの姿に、パパの動向をずっと探っていたグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)は限界に達した。
 物陰から姿を現すと、怒りの鉄拳で崩れた壁を殴りつけた。
「オイ……、いい加減にしろよ……、この大バカ野郎……!」
「むむ、なんだ、君は?」
「何が愛だ……、ふざけるな……! フリューネがひとり空賊と戦っている時……、戦艦島で傷を負った時……、ロスヴァイセ邸が襲撃された時……、マ・メール・ロアでの戦いの時……、お前は何処で何をしていた……?」
 グレンの鋭い視線に気圧されて、パパは言葉を飲み込んだ。
「『家族を守るために』を口実にただ金儲けをしていただけじゃないのか……? お前は何一つ守れていない……、いや、守ろうともしていない……。そんな奴に……、ロスヴァイセの名を名乗る資格はない……!」
「ぐ……、言いたい放題言ってくれちゃって、パパは忙しいんだ、帰ってくれ!」
 そっぽを向くパパだったが、その前にソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)が立ちはだかる。
「『愛は盲目』……、今の貴方に相応しい言葉です。貴方のフリューネさんに対する想いは本物かもしれません……、ですが、騎士や伝統を捨て、お金儲けに精を出した結果がこれです」
 グレンとソニアを交互に見て、パパはぴくぴくと青筋をこめかみに浮かべた。
「よってたかって、パパを悪者にする気なのかい……!」
「いい加減に気付いてください、一方通行な想いは『相手のため』ではなく『自分のため』なだけな事に……。そして覚えておいてください。人の信頼や想いはお金では決して買う事が出来ません……、相手の信頼や想いを得る事が出来るのは『相手の事を考えた想い』だけ……、私はそう思っています」
「パパはいつだってフリューネの事を考えているよ! 何も知らないくせに勝手な事を言うんじゃない!」
「うるせぇ!!」
 グレンのもう一人の相棒、李 ナタが一喝した。
「テメェは最低の最悪だな! そもそもだ! 自分の娘との仲直りがなんで他人任せなんだよ! 自分の事だろ!? 自分の力で何とかしてみせろよ! 他にも! 陰から娘を見守ってるだ!? なんで『陰から』なんだ!? テメェそれでも男か! フリューネの親父か! ロスヴァイセか! ただの覗きの変質者じゃねぇか!」
「う、うぐ……!」
 ナタの言葉は確実に物事の本質をえぐっていた。客観的に見れば、確かにパパはただの変質者である。
「そんなんだから勘当されて自分の娘に嫌われんだよ! フリューネにとってのウジ虫野郎はテメェだろ!」
「う、うるさぁーーい!! き、君達に何がわかると言うんだ!」
 度重なる説教にパパも限界に達した。パパはお説教と言うものが大ッ嫌いなのだ。
 三人が送っていた鬼眼や適者生存の視線をパパは跳ね返し、血煙爪を振り回して三人に襲いかかった。 
「上等だ、コラァ! グレン、ソニア!! このおっさんの性根を叩き直してやるぞ!」