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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

リアクション

 SCENE 16

 クランジ『Χ(カイ)』との戦いも熾烈を極めていた。たった一体ながらクランジは縦横無尽に鞭を使い、身を躍らせ、ヒューマノイドマシンを掴んでは投げて阿修羅のごとき強さを見せる。だが一行とてやられっぱなしではない。
(「少しでいい。ほんの少しずつでも、ヤツの戦闘力を削る……!」)
 中原 一徒(なかはら・かずと)は我が身を殺し、ひたすらにカイの足止めを行う。時に背後をとり、時に通風口から狙い撃つ。敏捷な相手故そのすべてが命中したわけではないが、時間をかけて徐々に精度が上がってきたようだ。かすかにだが、カイの行動パターンも見えてきたような気がする。敵は先読みが得意だ。得意すぎるほどに……。
 長い戦いと絶え間ない緊張感で西宮幽綺子も、水を被ったかのように汗に濡れている。それでも彼女の頭脳は衰えない。いや、死地にあってますます冴えている。ついに発見したのだ。
「見つけた! クランジの廃熱装置! 踵よ!」
「踵を狙う、ですか……難しいですね」
 音井博季の口調は軽いが、彼にも普段のような余裕はない。息が乱れていた。
「クス……でも博季ならできるはずよ。あの子を止めることが」
「どういう根拠でおっしゃるので?」
「だって、博季だから」
 やれやれ、と博季は苦笑いする。しかしこれで元気が出たのは紛れもない事実だ。
「皆さんも聞いたでしょう。敵の弱点はもうわかりましたよ!」
 一行の士気を鼓舞しながら、自身もまた挑みかかる博季である。
 ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)は敵ながら、クランジに敬意を感じていた。
(「完璧な戦士だ」)
 と。
「ああいう従者が欲しいものだな、大魔王の側近として」
「ふふふ、やめておけ、ジーク。それは無理だ」
 ノストラダムス・大預言書(のすとらだむす・だいよげんしょ)が呟いた。
「なぜだ?」
「それは自分の予言ゆえだよ。鋼の魔宮に安息が訪れると共に紅き焔による破滅が訪れるであろう」
「……聞いた俺が愚かだったな」
「おい! 即否定か!」
 そのとき、カイの足元に一徒が倒れ込んだ。それも、死んだように前のめりになってうつ伏せになったのである。
(「彼は一体何を……?」)
 同じ戦場に立つ九条風天までも戸惑ったが、彼はすぐにその意図を理解した。
「やるようね、彼」
 狙撃銃を構えたまま、スコープ越しの光景にローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は笑みを浮かべている。
 クランジは、足元の一徒を、完全に無視して背を向けたのである。
 直後電気に撃たれたかのように、一徒は起き上がってクランジの足首を掴んでいた。
「やるしかないぜ!」
 全力攻撃! 組み付くようにして相手の動きを封じ、轟雷閃の一撃を叩きつける!
「放熱部。破損」
 カイは無表情で言い放つと、天井のパイプに鞭を巻き付け、逃れるようにして一徒から離れた。
 だがそのパイプは一条の銃弾によって撃ち落とされている。クランジはバランスを失って落下した。
 射手はローザマリア、間髪置かず、彼女はクランジの眉間に狙いを付けている。
(「クランジは先読みが得意、だけどそれが墓穴につながったわね」)
 だから、一徒の行ったあまりに突飛な行動に反応しきれなかったのだ。
 カイの行動速度は目に見えて遅くなった。息切れするような音を口から発しているし、攻撃力も落ちている。それでも彼女は、戦闘への意志を何ら減じてはいない。
「任務続行」
 まるで己に言いきかせるように、そう呟いているのが聞こえる。
(「命ぜられるがまま敵を手にかける――かつての私と同じね。あの子は、自らの持つ尊厳も不条理に抗う術も奪われ、殺戮者としての運命を強制された、もう一人の私なのよ」)
 ローザマリアは引き金を引いた。銃弾がクランジの頬を掠めた。
(「けれど、あの子に同情する事は出来ないわ。元よりそれは私が判断出来る事柄ではないもの。
本当に残念な事。私がでななくて、私の任務が、あの子に更なる過酷な運命を強いる事になるのだから――」)
「ただ、残念でならないわ」
 ローザの唇から言葉が洩れた。哀しい、というのとは少し違う。ひたすらに残念だった。その声を聞いたのか、
「御方様……確かに、彼の敵に情け容赦をかける余裕などありませぬ」
 上杉 菊(うえすぎ・きく)がローザの前に跪いて述べた。
「しかしながら、救う事は出来るかと存じます」
 ローザマリアは応えない。しかし、引き金に乗る指を止めたのは「続けて」と言っているのと同じだ。
 菊はいくらか早口で続けた。
「一か八か、彼の者を機能停止に追い込んだ上で再起動し、御方様と契約関係を結ぶのです。完全破壊という死を与える以外に彼の者を救う手立ては、是を於いて他にありませぬ」
「そういうことなら、あたしに任せてもらおう」
 典韋 オ來が剣を手に、ローザと菊の前に立った。
「機能停止にすりゃいいんだろ。ようやくあのクランジも弱ってきたところだ……やれる!」
 二人の回答も聞かず、典韋は駆け出した。
「個人技やスタンドプレイが状況を打開する事だってあるんだぜ!」
 そのクランジを現在、緋桜遙遠が牽制している。
「疲れが見えてきたようですね。このまま降参……してくれるわけにはいきませんか」
 鞭を伸ばし遙遠の槌を絡め取ろうとしたカイだが、逆にその腕を砕かれ、後転してダメージに耐えている。
「右椀部。欠損。作戦続行」
 カイの視界が、銀色のものに染まった。
「悪ぃが、付き合えや」
 それは典韋の髪。典韋は、相手を抱えてクリンチの体勢に入ったのだ。無論、典韋自身は左腕の鞭を浴びて感電する。それでも放さない。腕を放すより、こうして相手にもダメージを回したほうが有利だとわかっているのだ。
「この機を逃してはなりません!」
 ブラダマンテ・アモーネ・クレルモン(ぶらだまんて・あもーねくれるもん)は典韋に構わず、いや、典韋だからこそ耐えられると信じて、カイの背にライトニングウェポンを浴びせた。さらなる電流がカイと典韋の間を流れる。
「やるのだよ!」
 ノストラダムス・大預言書がジークフリートを促す。わかっている、とジークフリートは口の端を吊り上げて、
「ふはははっ、最小限の労力で最大の効果を!」
 雷術を駆使、雷のエネルギーを操作して標的を長時間感電するように仕向けた。
「状況は悪化修正(イン・ア・トリック)、中々どうしてハードな任務ね。けど――全て支障無く遂行する。私達は必ずやれる」
 ローザマリアのスコープは、再びカイの額を中央に捉えていた。
「そして私はそれを確信している」
 絞るように、引き金を引く。
 力尽きたか典韋が、クランジの体から滑り落ちて床に伏せた。
 しかしクランジも棒立ちになり、目を見開いたまま後頭部から仰向けに倒れたのである。
「とどめを刺したのですか?」
 と問うブラダマンテに応えてローザは、
「いいえ。気絶射撃のはず、完全破壊には至っていない……はずよ」
 つづく出来事はあまりに展開が早くて、その場にいた誰もが、すべてが終わってからようやく自体を理解したほどだった。
 残った左腕でクランジ『Χ(カイ)』は飛び上がった。
「任務失敗」
「しまった! 彼女は……!」
 誰よりも早く、博季がカイの意図を察している。博季は無我夢中で則天去私を放った。少しでも、少しでも距離を離さなければ。
「人の命を、想いを踏みにじることは許さないッ!」
 渾身の一撃はカイの胴を捉え、鋼鉄の壁をぶち抜いて屋外まで叩きだした。
 それでも、決定的瞬間には間に合わなかった。
 ――カイは自爆したのである。
 まっ白な光に空間が満ちた。
 天井も、壁も、あらゆる場所に穴が開き、その場にいたメンバーの大半が吹き飛ばされていた。

 奇跡的に一命を取り留めた典韋に、ブラダマンテが応急処置を行っている。
 誰もが手傷を負っている。無事な者はない。
「博季ならできる、って言った通りになったわね」
 と言う幽綺子に膝枕されながら、博季は空を見つめていた。あの一撃が間に合わなければ、とても出はないが被害はこんなもので済まなかっただろう。
「何言ってるんです……失敗ですよ」
 僕は彼女を救えなかった――博季にしては珍しい、ふてくされたような口調だった。
「元々、分の悪い賭ではありました」
 クランジ「だったもの」の残骸を調べながら、菊は沈んだ声で告げた。
「仕方ないわ。あの子だって、最初からそういう覚悟だったのだろうし」
 ローザマリアがとりあげたのは、カイの肌を構成していたものの一部だ。
 ジークフリートは目当てのものを発見した。
 機晶石。ただし、完全に砕けてしまっており、もはやその破片でしかない。
「焔による破滅が訪れるであろう、か、大預言書の予言が当たったな」
「えっ」
 当のノストラダムス・大預言書のほうがこれには驚いたらしく、
「言われてみればそうであった! ふふふ、自分の予言能力がたまに恐ろしくなる」
 などと言っている始末だ。
 ジークフリートは軽く笑って、
「敵とはいえ強者には敬意を」
 砕けた機晶石を握り、瞳を伏せる。