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黒薔薇の森の奥で

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黒薔薇の森の奥で
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 ウゲンの墓所には、すでに早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)、そして鬼院 尋人(きいん・ひろと)と、その契約者呀 雷號(が・らいごう)西条 霧神(さいじょう・きりがみ)がいた。黎と陽、テディの姿もある。
 一団になったのが功を奏したのか、彼らはこうして、ウゲンの元にたどり着くことができたのだ。
「さすが、エリートのボクに出来ない事などないね」
 ナンダはそう言うと、おしゃれなマスクに隠れた口元に、満足げに笑みを浮かべた。首から提げた大蒜や十字架も、どうやら使わずに済みそうだ。
 相手は吸血鬼なのだから、夕方や夜の行動は避けて、出来れば明け方を狙って行動するつもりだったが、あいにく他にそのような考えの者はいなそうだった。
 そのため、単独行動はさけたい! という思いから、他の薔薇学生徒に同行してきたのだ。結果、それがうまくいったといえる。
 ……もっとも、ナンダ自身の動機としては『保身』ではなく、あくまで『エリートは他人を守るのも仕事』と考えているからだった。現実問題として守れるかどうかは、どうあれ。ナンダの自信だけは、人一倍にある。
 やれやれ、と思いつつ、呼雪は携帯電話を開き、何度目かのため息をついた。
「やっぱり、ダメみたいだね……」
 同じく確認をしていたのだろう。尋人がそう言う。
 携帯電話で、校舎に残った天音や友人たちと連絡をとりあう手はずだったが、あいにく森の中は圏外になったままで、そちらに関してはまったく上手くいかなかった。
(黒崎先輩……)
 学舎で待つ天音のことを思い、尋人は内心でそう呟いた。墓に無事たどり着いたと報告をしたいのに、なんとも歯がゆい。
「仕方がない」
 予測が外れることも、ままあることだ。今はそれ以上に、ウゲンを連れて帰ることが先決だ、と呼雪は足を進めた。
 ……森の中。黒い薔薇に囲まれ、守られるようにして、一人の子供が眠っていた。
 彼がそうなのかと訝るほどに、まだその姿は幼い。薔薇学の制服を着てはいるから、おそらくはそうなのだろうが。
 金色の髪と、青白く透き通るような肌。微かに胸が上下することから見ても、眠っているだけなのは間違いはなさそうだ。
「彼が……ウゲン?」
 ナンダのイメージとは、だいぶ隔たりがあったのだろう。意外そうに呟く。
 不思議なのは、それだけではない。ずっと眠り続けていたというのに、痩せこけたところはなく、むしろつい先ほど夕食をお腹いっぱいに食べて、幸福な眠りについたばかりといった雰囲気だ。その口元には、微かな笑みすら浮かんでいる。
「おはよ〜う、朝ですよ〜」
 ヘルがそう声をかけるが、ウゲンの瞼はぴくりとも動かない。肩を掴み、軽く揺さぶったところで、同じことだった。
「……ダメだな、起きない」
 頭をかきつつも、ヘルの青い瞳は注意深くウゲンを観察していた。吸血鬼の聖地で眠っているということは、ウゲンもまた、吸血鬼なのではないかと内心で疑っていたからだ。
 しかし、今のところ、同じ吸血鬼であるヘルから見ても、ウゲンはただの地球人だ。それも、幼い。
「どうしよう……」
 尋人が、困った顔で黎を見やる。
「抱いて連れて行こう。途中で目が覚めるかもしれない」
「そうだな。カミロが来る前に、できれば」
 黎の言葉に、呼雪が同意した。
「そうですね。私も賛成します」
「ウゲンは、私が連れていこう」
 雷號が腕を伸ばし、幼い少年の身体を、黒薔薇の中から抱き上げた。
 霧神と雷號がいち早く同意したのは、理由がある。どちらも、尋人を早く危険な森から連れ帰りたいからだ。
 ことに霧神は、今回の件については、校長に対して憤りすら抱いている。
(こんな森に尋人を向かわせるだなんて……まったく)
 なにかあれば、全力で守るつもりはあるし、そこらの吸血鬼なぞに負けるつもりはない。だが、そもそも不本意だ。
 雷號は、霧神ほどではないにせよ、この森の独特な雰囲気には閉口するものがある。
「同じ森の住人として……なんというか……タシガンは変わっているな」というのが、彼の率直な感想だ。
 しかし、そこへ志保と骨右衛門、そしてサトゥルヌスが駆け込んできた。
「どうした?」
「カミロが、来る……!」
 志保の言葉に、一同に緊張が走る。
 それからすぐに、詩穂を退けたカミロたちが、その姿を現した。
 ……ただし、クリストファーとクリスティは、尋人の存在に気づき、その身をやや後ろに隠していた。
「…………」
 一度は腕に抱いたウゲンを、雷號は尋人の腕に預けた。そうして、自分は霧神とともに、尋人を庇うように立ちはだかる。ウゲンのことも、渡すわけにはいかない。
 ヘルもまた、呼雪を庇うようにその前に立つ。
「ウゲン」
 だが、彼ら一同が目に入らないかのように、カミロはただまっすぐにウゲンを見据え、低く名前を呼んだ。
「…………」
「……あ!」
 ウゲンを抱いた尋人が、変化に最初に気づいた。
 小さな子供の瞼が、ゆっくりとあがっていく。緑の瞳が、ぼんやりとした光を宿していた。
「ウゲン」
 再度、カミロがその名を呼ぶ。するとウゲンは、カミロの方を見ないままに、静かに答えた。
「……ナラカを見てきたよ」
 ナラカ。それは、パラミタ人にとっての『地獄』だ。それを見てきたのだと、少年は告げる。
「ナラカはね、たくさんの生き物が殺しあう場所だった……」
 ウゲンは再び目を閉じる。
「……そうか」
 カミロはそれだけを言うと、何かを納得したかのように背中を向けた。もうここに用はない、とばかりに。
 実際に、彼にはそれだけで充分だったのだ。
「行くぞ」
 ルイーゼと、この道行きで増えた者たちを伴って、カミロは姿を消した。
「…………」
 半ば呆然とそれを見送る尋人の腕の中で、ウゲンが再び目を開く。
「おはよ〜う、よく眠れた?」
 それに気づいたヘルが、先ほどとあえて同じような調子で声をかけた。
「……うん。……君らは、誰?」
「お迎えに来たんだよ。ジェイダス校長が、君を待ってる。……わかる?」
 目を丸くして、それからウゲンは困ったように眉根を寄せ、首を振った。
「わからない……。ボク、記憶がないみたいなんだよね」
「記憶が? じゃあ、今の、ナラカっていうのは……」
 尋人の問いかけに、ウゲンは「夢だよ。……でも、眠る前のことは、……思い出せないや」
 考え考え、少年は答える。
 嘘をついている様子ではないが、しかし……。
「とりあえず、校長もとに連れて行こう」呼雪の言葉に従い、彼ら全員は、学舎への帰路についた。
 再びうつらうつらとしはじめたウゲン。その正体という、新たな謎とともに。