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少年探偵と蒼空の密室 Q編

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少年探偵と蒼空の密室 Q編

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第三章 殺人鬼と携帯食と姫君

 知ってる人は知っている、かわい維新です。
 僕の家は、かわい家って言って、それなりに有名な資産家なんだけど、遺産騒動があってね、人が死んだりして、犯人は僕の弟の王太郎だったんだ。
 数学少年で世間知らずだった王太郎は、勉強のしすぎで頭がおかしくなって暴走しちゃったんだよね。僕は、彼氏のナイスガイ歩不くんや歩不くんの双子の弟の麻美くんと協力して、名探偵気取りの弓月くるとをだし抜いて、真相を暴いて事件を解決しました。
ちなみに僕は、前途有望な八才の女の子です。お家騒動の後、持病のスポーツ心臓の治療のために、しばらく草原のサナトリウムにいってました。
 今日は、僕の大ファンで、なんでもしてくれるファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)ちゃんに誘われて、マジェステックに遊びにきたよ。
 さて、ここまでで、どれが本当かは内緒です。
 少女連続惨殺事件のせいで、マジェステックはガラ空き。普段は、学生やカップルに大人気のテーマパークなのにね。
 普通の格好した来園者がほとんどいなくって、スタッフというかここで生活している住人ばっかり歩いてて、車はなくて、石畳を馬車が走ってるし、十九世紀のロンドンに迷いこんだ感じがするする。
 ここの住人は、もともとこのへんの土地に住んでたシャンバラ人たちだって、きいたことがある。彼らは、イギリスの街並みによくなじんでます。
 にしても、ファタちゃん、遅いよ。
 待ち合わせの場所は、ここでいいはずだけど。なんか、この風景の中で携帯を使うのは、場違いな気がして、イヤだな。
 うん?
 どこかで見たような気のする人が、変装? していかにも別人ですって感じで歩いてる。これは、礼儀として、話しかけないといけないよね。
「こんにちは。以前、かわい家でお会いしましたよね」
「おおっ。そなたは、かわい家事件で」
「維新です。やっぱり、あの時の捜査メンバーの方ですよね。つっこむか、無視するかの二者択一しかなさそうなので、僕はあえてつっこみますが、その格好は、なんですか」
「これは、パートナーのレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)に着せられたのじゃ。うるさい。なにも言うな」
 似合ってない自覚はあるみたいだ。 
 麦藁帽子に淡いブルーのワンピース。服も本人もそれ自体は悪くないのに、明らかに組み合わせで失敗してる。
 前に会った時は、トンガリ帽子にマントの魔女っ子ファッションだったよね。
「わらわは、ミア・マハ(みあ・まは)じゃ。そなたはあの事件の後、施設に行っておったのだったかな」
「ええ。病気が全快したので、無事、戻ってきました」
「病気?」
「持病の結核です。僕は、薄幸の病弱少女じゃないですか、いやだなあ、忘れないでよ」
「うーん。そうか、そうか。罪を償ったようだが、虚言癖はそのままなのじゃな。そなたにも気をつけんといかんな」
 虚言癖? なに言ってるんですか。
「ミア。維新ちゃん。あっちで悲鳴がしたから行くよ」
 誰もいないはずのミアさんの横から声がした。続いて、駆けてゆく足音。
「レキじゃよ。囮になったわらわを光学迷彩で姿を隠して、ガードしておる。さて、レキを追うか。光学迷彩のまま、走っていかれても困るのお」
 なんだかわからないけど、僕もミアさんと一緒に路地へ。
 建物と建物の間の細く狭い路地に、女の子が倒れていた。足をおさえてうめいている。自分の力で起きれないみたい。服装からみて、マジェスティックの子だ。
「キミ、どうしたの」
 光学迷彩を解いて、姿をあらわしたレキちゃんが女の子に近づこうとする。
「きちゃダメ。見えない糸が張られてる。危ないわ。足を挫いたみたい」
 女の子はレキちゃん、ミアちゃん、僕に視線をむけ、まじまじと眺めた後、大きく口を開いた。
「きゃあー。誰か助けてえ。地球人が、契約者が、私を襲ったわ。助けて、誰かあ。殺される。バラバラにされるう」
「違うよ。ボクは、キミを助けたいんだ」
「レキ。ここは逃げたほうがよさそうじゃぞ」
「ボクは、彼女になんにもしてないんだよ。なのに、どうして、逃げる必要なんか」
「お客としてはともかく、事件のせいもあってか、地球人、特に契約者は、ここの住人に歓迎されておらぬようじゃ」
「そんなあ」
 レキちゃんとミアちゃんの話を聞いているうちに、こちらへくる足音がいくつも響いてきた。
「レキちゃん。ミアちゃん。僕は、逃げるよ」
 僕は、いきなり全速力でダッシュした。走りながら、適当に叫ぶ。
「地球人が女の子を襲って逃げた! ビックベンだ。ビックベンの方へ逃げたぞ。魔法の箒にまたがった青マントの少年だ。ネコと一緒だぞ」
 やたらと広いマジェスティックの地理は全然、知らない。だけど、どこにいても目につく時計塔、ビックベンは住人はもちろん、来園者でも知らない人はいないと思う。
 僕はさんざん叫んでから、むきをかえて、ビックベンとは逆の方へと走った。
 レキちゃんたち以外にも外からきた捜査メンバーはいるだろうし、となると弓月くるともいるのか。
 ったく、誰が呼んだか知らないけど、探偵なんて呼んだら事態がややこしくなる一方なのに。
 人の秘密を知る以外、なにもできない探偵はキライだ。
 しばらく走って足をとめると、僕は人気のない場所にいた。空き地というのか、なにもなくて人もいない。途中で、関係者以外、立ち入り禁止の標識をずいぶん無視したんで、入っちゃいけないとこにきてしまったようです。
「維新ちゃん。だよね」
「こんなところで僕を知る人とたびたび出会うとは、僕の知名度は八才にして、なかなかなものです」
「きみは、かわい家で人を殺して捕まっちゃったのに、もう、許してもらえたの」
 なんの話かわからないのですが、それは別の維新ちゃんの話ではないのかな。
 赤い髪をポニーテールにした、ダイナマイトバディのこの子は。えっと。
「次郎兄さんの映画に出演していた人だよね。名前は、透乃ちゃん。霧雨透乃(きりさめ・とうの)ちゃんだ。こんなところで、なにしてるんですか」
「少女連続惨殺事件の捜査だよ」
 ?
「さっき、捜査してる他の人にもあったけれども、事件は十九世紀の超有名事件の模倣っぽいから、捜査メンバーはやっぱりみんな舞台になったホワイトチャペルの街中をうろついてて、深夜に行われる凶行を警戒したり、情報収集をしてる人が多いんじゃないの」
「私は、こういう人気のない場所は、危険だと思うんだ。だから、ここらへんをパトロールしてるよ」
「普通の意味で危険だろうけど。ここで殺したら、ただの殺人で、再現でもなんでもないよ」
 そう言えば、透乃ちゃんは、かわい家の時、犯人側に協力したがってて、パートナーと一緒に流水ちゃんを。
 人気のないこんな場所で、この人といるのは危険な気がする。
「ねえ、他の捜査メンバーはみんなホワイトチャペル地区にいるのかな。私、このへんで他の人をみてないんだ」
「全員とはあってないけど、事件の性質から考えて、そうせざるおえないんじゃない。十九世紀の事件も別名ホワイトチャペル殺人事件だし。元になった事件の方を研究して、それぞれ捜査してると思う。変装して囮になってる人もいた」
「同じ捜査メンバーなのに、みんな作戦をあんまり教えてくれないんだよ。もっと、協力しあえばいいのに」
「うーん。民間探偵は、成果主義の個人行動が基本だからね。特にミステリにでてくるような一匹狼の名探偵タイプは」
「ふうん。勝手に好きなようにやってるんだね。囮になってる人って、どんな変装をしてるのかな。マジェスティックのスタッフに化けてる人もいるの」
「ここの住人のフリをしてる人も、いるだろうね。女の子が、住人のフリをして夜出歩くのが、この事件の囮捜査としては、セオリーだと思う。僕はよく知らないけど。それじゃ、ファタちゃんと約束があるんで、行くよ」
「情報ありがとう。バイバイ」
 透乃ちゃんの真意はともかく、僕らは笑顔で別れた。
例えばの話、動機は理解できないけど、彼女がまた今回も犯人側として動きたいとしても、犯人が過去の事件の模倣にこだわっている限りは、へたに手を貸すのも難しいし、結局、自分は自分で事件を起こして、捜査をかく乱させるくらいしかないのでは。
 というわけで、僕はケガをしたくないので、透乃ちゃんには、近寄らないようにしておこう。
 街中に戻ろうと歩きだして、少しすると、僕は背後からだれかに尾行されているのに、気づいた。
 小さな、でもしっかりとした足音が、一定の速度をキープしてついてくる。
 振り返ると、そこには、凶暴な本性をむきだしにした透乃ちゃんが、なんてことはなくて、清楚な感じのドレスの、銀色の髪の女の子が、賢そうな青い瞳で、僕を見つめ、ほほ笑んでいた。
「かわい維新さん。シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)です。かわい家事件の時には、お世話になりました。お元気そうですね。その後、いかがですか」
「きみは、ノーマン・ゲインの手先の」
 服装が違うのですぐにはわからなかったけど、知的で、お上品そうで、さわやかに笑ってるこの子は、あの、犯罪王の仲間、だったんじゃ。
「私は、ノーマンの手先で、パラミタ・ミステリ・クロニクルの道先案内人。
 そうかもしれませんし、そうでないのかもしれませんね。いつでも、私は私なのですが」
「きみも、ここに捜査にきてるの。ここは、事件の舞台になるはずのホワイトチャペルとは、ずいぶん離れてると思うけど。それとも、誰かと待ち合わせ」
「事件が模倣犯ならば、三件めは、ロンドン病院の裏の小路で、犯行時刻は午前四時頃でしょうね。一、二件めは、被害者がここに住む契約者の少女である以外は、死体の発見現場も、殺害方法も、死亡推定時刻も十九世紀の事件の再現でした。
もし、三件めからは模倣でないのならば、いつどこで事件が起きてもおかしくありませんから、私がここの住人のフリをして囮捜査をしているのも、あながちムダではないと思います。
私では、切り裂き魔に襲われそうな薄幸な少女にみえませんか
 捜査も大切なのですが、実は、せっかく、私の故郷のロンドンを再現したマジェスティックにきたので、ホワイトチャペル以外の場所もみてみたかったのですよ。
 十九世紀の故郷がどんな風だったのかと思いまして」
「きみに犯罪者が引っかかるかは疑問だけど、基本的に、女の子よりも、男の子に人気がありそうだね」
「それは困りましたね。私個人の希望とは正反対の評価です。それに、切り裂き魔の正体は、女だったという説もあるんですよ。もっとも、私は、切り裂き魔は、男女両方いた、つまり一人ではなかったと思っています」
この子は、どうして僕に、手の内を明かすような話をするんだろ。ひょっとして、僕に気があるのか。
「十九世紀の地球に、凶悪な契約者と、彼もしくは彼女を助けるパートナーがいたとしたら、二人はスキルを使用したりして、当時の警察では対処できない不可思議な事件も起こせたでしょうね」
「自信まんまんに語ってるけど、それは仮説だよね」
「裏づけがあるから、自信があるのではないでしょうか。
一 私は、すでに切り裂き魔の正体を知っている。
二 私はその一味である。
三 同じ犯罪者として、君には仲間意識を持っているので、私の知る秘密をきみにも知っておいてもらいたい。
 正解は、どれでしょう」
  この中に正解があるかもしれないのが、怖ろしいです。
 うむー。答えはどれだろう。
「難しい質問だったようですね。はい、これをどうぞ」
 シャルちゃんは、なにかペンで書き込んでから、僕に自分の名刺をさしだした。
 名刺の肩書きは、プライベート・ディテクティブ。余白に、手書きでホテルの名前と数字、おそらくルームナンバーが記されている。
「事件が解決するまでは、マジェスティックにいる予定です。質問のこたえがわからなくてもかまいませんから、よろしければ遊びにきてください。歓迎します。では、被害者の少女たちについて、もう少し調べたいので、失礼します。君も身の安全には、気をつけて」
 優雅に一礼してシャルちゃんは、行ってしまった。
 毒のある女王様に、僕は、気に入られたのかな。なにを考えてるのか、本心の掴めない人だ。
 彼女の部屋に行くかは、また考えるとして、ファタちゃん会わなきゃ。待ち合わせ場所は、よりによってホワイトチャペルのジョージ・ヤード・ビルディング。
 そのビルの一階にある不吉な名前のカフェ「マーサ・タブラン」。
 最初の事件の被害者の遺体が発見された場所だから、かえって安全だなんてファタちゃんは、言ってたけど、ここの状況から考えて、いま、ホワイト・チャペルで出歩いている女の子の過半数は、囮捜査の連中じゃないのか。犯罪捜査のことで頭がいっぱいの人が、うじゃうじゃいるなんて別の意味でデンジャラス。
 僕がカフェに戻ると、まだファタちゃんはいなくて、客の少ないカフェでみるからに怪しい三人組が異彩を放っていた。
 彼は、やっぱり、こちらから、いじってあげるのがお約束です。
春夏秋冬真都里(ひととせ・まつり)ちゃん。また女装してるの? ほんとは女装好きなんじゃないの」
「お、おまえは、次郎兄貴の妹のかわい維新。兄貴は元気か。よろしく伝えてくれ。おっと、違った。お、お、お、を…おほほほほほほ…あたしは、春夏秋冬真都里の妹の真莉奈だ…わ」
 この人、お芝居うまくないのに、またやってるよ。
ピンクのミニのワンピースに、ピンクのロングウェーブの、たぶん、カツラ。風船でもいれたのかバストが不自然にふくらんでる。
服のサイズが小さいのか、脚とか胸元とか妙に露出過剰気味で、ちょっと変態さんぽいです。
少女かどうかはおいといて、この人の痛々しさは、生まれながらの被害者体質のあらわれの気がする。
 囮としてではなく、いじめてくれオーラのでまくっている真都里ちゃん本人のキャラクターで犯人を引き寄せるんじゃなかろうか。
「まつりんは、少女ばっかり狙う犯罪者が許せなくって、知り合いのファタっちに相談して、女装して囮捜査をしてるんだよ」
 真都里ちゃんの横にいる黒いドレスの女の子が、楽しそうにはしゃいでいる。
 いやもう、この一人ちんどん屋状態自体が、すでに軽犯罪かもしれないし。実際、すれすれの線ではないでしょうか。
 ようするに、真都里ちゃんは、ファタちゃんにおもちゃにされてるわけだ。
 かわいそうに。
「もなちゃんは、小豆沢もなか(あずさわ・もなか)って名前なんだ。まつりんのパートナーだよ。いっくん、仲良くしてね。まつりんは、小さな女の子が大好きなんだ。いっくんも気をつけなよ」
「うるさい。俺はロリコンじゃない! 気になる子がロリなだけだ!」
「そうなんだよ。まつりんは、ただ、十才以下のぺろぺろキャンディを持った女の子が好きなだけなんだよ!」
「世間の目になんか負けるもんか。俺は強くなるんだぜ! いつか気になるあの人を守れるように…」
 あの人の方は、真都里ちゃんに守ってもらうほど弱いのだろうか。
 どこまでも果てしなく、痛い人だ。
「あの、教えて欲しいんですけど、真都里ちゃんの背後に立ってる、体が透けてるその女の子は誰?」
「うれしい…ワタシに…気づいて…くれ…たんだ。やっぱり、ワタシも…みんなに…気づいて…ほしい…かな…」
 ワタシ…ウルスラ・ヴァージニア(うるすら・う゛ぁーじにあ)
 僕の質問へのお返事が、真都里ちゃんの額に、浮かびあがった。赤い絵の具いや、血文字で。字はへたで読みにくい。
 ロリコンの真都里ちゃん、霊にまで憑かれてるんだ。
「うるるちゃんも、もなちゃんとおんなじで、まつりんのパートナーなんだよ」
 きみたちは、いったい、どの方面で、彼をサポートするのですか?
「真都里ちゃん。いろいろ大変だろうけど、がんばってね」
「おう。俺が事件を解決するぜ。維新。おまえもつらいこともあるだろうが、がんばれよ。じゃ、囮捜査に行ってくるぜ」
 額に血文字を残したまま、真都里ちゃんは、もなちゃん、ウルスラちゃんとカフェを去っていった。
 くるとが応援の捜査陣を招いたせいで、事件の二次、三次災害が起こりまくってるな。ホワイト・チャペル。探偵なんか頼るからさ。
 このまま、カフェでファタちゃんを待とうか、それとも、これはこれでおもしろいので、出歩いて、他の囮捜査の人を探そうか、迷ってしまうな。
 おっと。今度は、副局長だ。
「かわい維新殿ではないですか。ごきげん、いかがであろう? 藍澤黎(あいざわ・れい)です。その節は、御厄介になった。今日は、どうなされた。観光では、なさそうであるが」
 服も、高く結い上げた髪も真っ白で、今日も貴賓ある藍澤副局長は、同席してもよろしいかな、と優雅に断ってから、僕のテーブルの席についた。
 藍澤さんは、僕のお母さんの演出するお芝居で、新撰組の副局長をしたり、命を狙われた母さんを身を挺して守ってくれた人です。
「副局長も捜査にきてるんですね。変装したりして囮捜査とかしないんだ」
「街中には、そのような捜査メンバーがいくらかおられるが、我は、ホワイト・チャペルを中心に、マジェステック内のカフェやパブをまわって、情報収集をしているところです。貴殿も事件に興味がおありか」
「よくわかんないな。事件のせいで、これだけ個性的なメンバーがマジェステックに集まって、お祭り騒ぎしてるのは、すごいとは思うけど」
 フフと含み笑いをし、副局長は、テーブルに持っていた新聞や雑誌をおく。
「パラミタ全土で販売されているもの、マジェスティック内だけで流通しているもの、様々なメディアが、事件について興味深い疑問を呈している」
「例えば、どんな」
「なぜ、少女ばかりが殺されるのか? 必要以上に死体を損壊させる理由は? 犯罪現場がホワイトチャペル地区である必要性は?」
「副局長は、そういう疑問にこたえを見つけたの」
「我に自分なりの意見はあります。マジェステックに住む人たち、古くからこの地区に住んでいたシャンバラ人たちの、特に子供たちが、ケーキを食べながら、おもしろいことを教えてくれました」
 口元に手をそえ、副局長は僕の耳に顔を近づけると、そっとささやいた。
「この地区のシャンバラ人のお姫様が、ロンドン塔に幽閉されているそうです。いま、マジェステックはロンドン塔に住む、地球からきた悪魔に支配されているらしい。殺人もその悪魔の所業だと。殺されているのは、姫の友達のようです」
「なに、それ」
「我はもう少し情報を集めたら、お姫様を救いにいかねばならぬやも知れません。街中には、悪魔の手下があふれているとのことなので、この話は他言無用で願います」
 注文した紅茶がくると副局長は、香りを楽しんでからカップを口に運び、苦笑いした。
「しかし、ここの食べ物は、どれもイギリスらしい味がする。美味を犠牲にして、そこまで再現する精神には、敬意を表すとしよう」
 この街に、悪魔がいる。
 現実の、十九世紀、世紀末のイギリスには、魔術や怪しげな宗教が流行していたのかもしれない。
 本人が、オカルトそのものの歩不くんからそんな話をきいたことがあったな。
 なにげに表の通りに目をやった僕は、そこに見逃してはならない人物を発見した。
「副局長。また、どこかでお会いしましょう。以前、僕を虐待した悪魔がいたので、ちょっと行ってきます」
「維新殿。この街では油断されぬよう。では、いずれ」
 カフェを飛びだし、僕は悪魔たちにすぐに追いついた。やつらは壁の方をむき、なにか話している。
「児童虐待、列車脱線、バイオレンステロ探偵! おまえら、また破壊工作するつもりだろ」
「うわっ。かわい維新。あなた、死刑とか、終身刑じゃなかったの。シャバにでてきていいのか、この危険人物。ここで少女殺してんのあなたじゃないでしょうね」
「俺様は、もうおまえには騙されないんだから」
 一ノ瀬月実(いちのせ・つぐみ)とパートナーのリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)。ミニスカートの軍人少女と金髪の武士道少女のこの二人組に、僕は顔に熱湯をぶっかけられたり、かわい家の敷地内で列車脱線大事故を起こされたりしたんだ。
「私はいま、忙しいのよ。悪いけど、あなたの相手をしてるヒマはないわ。せーの」
 パン。パン。パン。
 !
 こいつ、街中で壁にむかって発砲しはじめたぞ。 
 テロだ。筋金入りの反社会勢力なんだ。
「犯人のメッセージが書かれてた壁を破壊って、あんた、どこのテロリストだ! この、一秒で地球を七周半するボケがぁぁーーー!!」
 リズリットに頭をはたかれて、月実は今度は、小銃の銃口を僕にむけた。
「ハンパなものまねしかできない模倣犯のメッセージの書かれた壁なんか、残しといても縁起悪いでしょ。壁ごと壊そうと思って。維新、事件の情報を知ってたら、教えて。つうか、私が引き金引く前にしゃべれ!」
 こいつ、前よりも、破壊力も凶暴性も増してる。それとも、本性がむきだしになっただけなのか。
「姫様。やめて。その子は、悪魔の仲間じゃないよ」
 僕の命を救ってくれたのは、薄汚れたシャツに半ズボンの、少年たちだった。
 僕も、八才で子供だけど、彼らはもっと子供らしい大人に愛されるイメージ通りの子供。
「変装しててもわかるよ。オーレリー姫様。ほら、これ、捨てたでしょ」
 少年の一人は、自慢げに、紙袋と小さな箱をさしだした。
「あ。私が捨てたフィシュ&チップスと、カロリーメイトの箱」
「あんた、観光地で買い食いして、道にゴミ捨ててんのか!」
 月実とリズリットのやりとりを少年たちは、キラキラした眼差しで見守っている。
 尊敬と憧れの視線? なぜ。
「イモの塊も、油でギトギトの白身魚のフライも不味くて我慢できなかったんで、捨てたのよ。それで、お腹が減ったままだったから、持ったカロリーメイトを食べたわ」
「私の見てない隙になにしてるんだ」
 月実とリズリットは、普通に会話してるんだけど、
「きっと、姫様は、俺たち下賤の者の食べ物なんて食べたことないんだよね。俺、この高価な食べ物の黄色い箱で、あんたがオーレリー姫様だってわかったんだ」
「ボクは、一目でわかったぞ。ピンクの髪で一発だったな。姫様が塔から逃げたって噂をきいて、みんなで街をパトロールして探してたんだ」
「俺も、いつも、家で姫様の絵を見てるから、すぐわかった」
 少年たちは、月実を姫様? だと思いこんでるみたいだ。
「姫様。俺たち、悪魔から姫様とこの街の秘密を守るよ。俺たちの隠れ家にきて」
「命賭けで守るぜ。さ。早く」
 少年たちに袖を引っ張られ、月実とリズリットは入り組んだ路地の方へと。
「おつきの人、あんたもおいでよ。絶対、大丈夫だからさ」
 悪い予感しかしないけど、僕もついでに。