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今年最後の夏祭り。

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今年最後の夏祭り。
今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。

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第四章 それぞれに夜は訪れ。? 〜大切なあの人と一緒〜


 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)に誘われて、加能 シズルは夏祭り会場付近の喫茶店までやってきた。
 なぜ、待ち合わせ場所が喫茶店なのか。わからないけれど、ここで待っていてほしいと言われたから、待つことにした。店内は空調が効いていて、涼しい。
 ボックス席に座り、何も頼まないのも不躾だろうとアイスティーを頼んで待っていると、
「お待たせしました」
 つかさがやってきた。正面の席に座る。
「シズル様、本日はお越しいただきありがとうございます」
「ご丁寧に、ありがとう」
「こうしてお呼びしたのにも理由があります」
「夏祭りじゃなくって?」
 問うと、つかさは頷いた。
「夏祭りを、シズル様と一緒に楽しみたい、その気持ちはありますが。まずひとつ、はっきりさせないといけないことがあります。
 前回の非礼を謝って頂けないでしょうか?」
「非礼?」
「先日、学校紹介の場にて、『女子のぞき部』の面々を卑劣呼ばわりしたことです」
 学校紹介の場で、入部を勧められた女子のぞき部。部室に連れ込んで、見せられて、驚いて。
 不埒だ、とは言ったけれど、卑劣とは言ってない。
 が、たぶん、つかさにとっては『何と言われたか』が重要なのではなくて、
「私が部室に連れ込んだ行為が卑劣なのは認めます。ですが、部員は皆真面目に活動しているのです。部活動の名前と、活動の一部を一目見ただけで全てが卑劣と言われるのは心外でございます」
 自分が居場所としている、好きなところを貶されたことが重要なのだ。
「私の言っている事に間違いはありますでしょうか?」
「ないわ。暴言を吐いたこと、謝ります。ごめんなさい」
 素直に謝ると、沈黙が落ちた。
 頼んでいたアイスティーが届く。場がもたなくて、アイスティーのグラスにささったストローで中身をくるくる回していると、
「私はのぞく事も、のぞかれる事も好きですからあの部にいます」
 つかさが沈黙を破った。
「普通は変なのでしょうけれどもね、世の中には色々な方がいます」
「……そうね」
「シズル様は異性などをのぞいて見たいとは思いませんか?」
「……はい?」
「異性の全て、です。のぞいて、のぞかれて。生命の神秘を」
「ふふふふ、不埒ですっ……!」
「ですから。不埒と呼ばれるのは心外であって――興味、ございませんか?」
「な、」
 なくはない。というか、シズルも思春期の女の子だ。興味がないはずは、ない。
 だけど、これまで自分にも他人にも厳しくしてきた。ストイックに生きてきた。
 そんな、だから、揺れるけど、気になるけど!
「入部はできませんーっ!」
 脱兎のごとく、駆け出して行った。

 残されたつかさは、ため息を吐く。
 さすがシズル、一筋縄ではいかないらしい。
「こういった祭りの場で言い過ぎましたし、一緒にお祭りを楽しもうと思っていたのですが」
 出て行かれては、それもままならない。
 もう一度呼んだら、来てくれるかしら。
 のぞき部部長として呼び出すのではなく、同じ蒼空学園の生徒で、友人として呼んだら。
「来てくれますかねぇ?」
 一人呟いて、ケータイの電話帳からシズルの番号を呼び出した。


*...***...*


「亜璃珠お姉様、あの、どこへ……っ!?」
 泉 美緒崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)に手を引かれ、転びそうになりながらも人混みを歩いていた。
 呼び出されて待ち合わせの場所に行き、亜璃珠と会うと、彼女はすぐに美緒の手を引いて歩きだした。
「小夜子? 今から向かうから。待たせてるわね、すぐに向かうわ」
 電話で話しているのを聞きながら、人混みを抜けていく。
 誰か知らない人にぶつかって、よろめいて、だけど転ばない。亜璃珠がしっかり手を繋いでいてくれるから。前を歩いてくれるから。
 こんなにたくさんの人の中で、離れることなく、進んでいく。
 その感覚が、なんだか心地よい。
 手を引く亜璃珠に半ば身を任せていると、ふっと人混みを抜けた。
「小夜子!」 
 亜璃珠が手を振る。相手は、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)。控えめに小さく手を振る彼女が、繋がれた美緒と亜璃珠の手を見て少し表情を硬くした。美緒が慌てて亜璃珠の手を離す。
「何、美緒。どうしたの」
「な、なんでもありませんわ、お姉様」
 曖昧に笑って、周りを見回した。
 あんなに居た人は遠く、この場所には自分たち三人以外人はいない。
「こんばんは、美緒さん。ここ、素敵でしょう? 穴場なんですよ」
 小夜子が言った。
「邪魔が入らずに花火見学ができる。そんな穴場なんです。飲み物や食べ物も買ってありますし、今日はゆっくりと花火を観ましょう」
「はい」
 頷いて、小夜子が座っているレジャーシートの上に腰を下ろした。亜璃珠もそれに倣い、座る。
「小夜子、ありがとね。場所確保してくれて」
 亜璃珠は小夜子の頭を撫でて、小夜子はそれを恥ずかしそうに、でも嬉しそうに受け入れて。
 ちょっとだけいいなぁ、なんて思って、……いいなぁだなんて、わたくしったら、と自戒して。
 直後、亜璃珠に抱き寄せられて自戒崩壊。顔が赤くなる。
「お姉様っ」
「あら、イヤだった?」
「そ、そんなことありませんっ」
「じゃあ小夜子みたいに素直に甘えなさいな。素直な方が可愛いのよ」
 嫣然と笑う亜璃珠にクラリとする。
 小夜子は、亜璃珠が言うように彼女の腕の中で幸せそうに微笑んで。
 いたと思えば、「そういえばまだ自己紹介をしていませんでした」不意に言って、凛とした顔に戻るからよくわからない。
「冬山小夜子です。白百合団所属に所属しています。何か怖いお兄さん達に絡まれて困ったら呼んでね。手助けできると思いますから」
「はい。小夜子お姉様、よろしくお願いします」
 自己紹介をして、再び亜璃珠の腕の中に戻り。
 上がる花火を、観る。
「美緒のことももっと知りたいわね」
「わたくしのこと、ですか?」
 美緒は首を傾げる。何か、お姉様の気に入るようなことを話せたかしら。
「わたくしは、泉美緒と申します」
 まずは名前から、と思ってそう言うと、小夜子は笑い、亜璃珠は呆れたような顔をした。
「? えぇと……?」
「名前は、知ってるわよ。あなたって少し天然なのね」
「そ、そうでしょうか。えぇと、他には……旧華族出身、ということくらいしか。わたくし、変わったところはありませんわ」
「美緒さん、華族の出身だったんですか。あ、ところで今日はパートナーのラナ・リゼットさんは?」
「家で休んでいます。あまり体調が優れないようで。何か用事が?」
「そうなんだ……ううん、用事はないんです。以前百合園女学院に来た事があるって聞いて。あの人の歌声は勿論、とても美人らしいですし。一度会ってみたいな、って思ったんです」
「でしたら、今度うちにいらしてください。歓迎しますわ」
「本当? じゃあ、お言葉に甘えます」
 小夜子が、嬉しそうに笑う。
 呼ぶ時は、クッキーを焼いて美味しい紅茶を淹れて、素敵なお茶会にしよう。
「私も、自己紹介をしておきましょうか」
 満を持して。亜璃珠が言った。
「……と言っても、私も別に今更紹介することはないと思うけれど」
「お姉様のことだったら、なんでも知りたいのに」
 小夜子が亜璃珠にすり寄りながら、言う。ああやって、素直に甘えられたら気持ちいいのだろうな。思っていたら、亜璃珠に抱き寄せられた。
「ねえ、美緒。
 アイリスや瀬蓮のこともあるし、これからごたごたするかも知れないし、巻き込まれるかも知れないのよね?」
「あ、…………はい」
「その時あなたはどうしたい?」
 問われて、考える。
 どうしたいか。
 そんなの。
「巻き込まれたとしても、百合園女学院の生徒としての誇りを失わず、胸を張って行動したいですわ」
 決まっている。
 はっきりきっぱり言い切ると、亜璃珠が満足そうに笑った。
「それでこそ私の妹ね」
 そして、髪の毛を梳いてくる。
「頼りなさいよ、私のこと。私だって、お姉様なりにお節介を焼きたいのよ」
 妖艶に笑う彼女を見て、頷く以外できなくて。
 花火が上がる夜空の下、どことなく淫靡な雰囲気に呑まれて酔ってしまいそうだと、美緒は思った。


*...***...*


「瑛菜?」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、人混みの中熾月 瑛菜を見かけて声を上げた。
 ローザの声に気付いた瑛菜が、きょろきょろと辺りを見回す。
 手を振って、ここに居るよとアピールしてみると、
「ローザ、ライザも!」
 瑛菜は二人に気付き、人混みもなんのそので駆け寄ってきた。瑛菜の手には、金魚が二匹泳いでいる袋と、綿飴。祭りを楽しんでいるらしい。
「久しぶり! ライブ以来かな? 元気だった?」
「うむ。熾月瑛菜よ、其方こそ息災であったか?」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が問い返す。瑛菜は満面の笑みを浮かべて、「もちろんでしょっ」と白い歯を見せて笑った。
「ライブ競演以来……というと、かなり久しぶりだの」
「うん、だから声をかけてもらえると思わなかったよ」
「案ずるな。女同士の友誼とは存外堅いものよ。たとえ、この大地が二つに分かたれたとしても、な」
 ライザの言葉に、瑛菜が再び笑った。周りの人も元気にさせるような笑みだ。
 そんな彼女の笑顔を見て、ローザは思う。
 シャンバラは二つに分かれてしまうと言うけれど。
 東西を、意識する気もないししたくもないけれど。
 いつかそうなると言うのなら、掛け替えのない友達との友情を深める機会はそんなにないかもしれない。
 今しかないなんて、思いたくないから。
「丁度よかったわ」
「え?」
「一緒にお祭り、見て回らない?」
 そう言って、誘った。
「もっちろん! 一人で来てたから、ちょっと寂しかったんだよね。誰にも会わないしさ」
「何、バンドのメンバーともか?」
「この人混みだしね……瑛菜を見つけられて、良かったわ」
「へへ、あたしも嬉しいよ、ローザ!」
 にこにこ笑って、瑛菜が二人の輪の中にごく自然と入ってくる。
「どこ見てまわろっか?」
「うむ、わらわはヤキソバを賞味したいと思っておった」
「祭りのヤキソバって格別美味しいんだよね。知ってた?」
「なぬ。ふむ、瑛菜は物知りなのだな」
「あ、屋台あった! おじさんヤキソバください!」
 瑛菜が買って、ライザに手渡し。
 湯気と香りがのぼるそれを、ライザが頬張った。
「うむ、美味だの。瑛菜、其方も食してみぬか? 中々の美味ぞ」
「食べる食べる。ローザは?」
「私は……待って、あれやりたい」
 ローザは射的の屋台を指差した。
 ちゃり、と小銭を台に置き、銃を手に取る。
「ねえ瑛菜、何かほしいもの、ある?」
「えぇ、取ってくれるの?」
「そのつもり。なんでもいいわよ」
 シャープシューター、スナイプ、エイミング。射撃の腕には覚えがあった。彼女の、瑛菜の望むものならなんだって撃ち落とせる自信もある。
「んー……じゃあ、あの音楽ゲームのソフト。……でもさ、景品のゲームって、すっごい取りづらいよ。大丈夫?」
「任せて」
 獲物を、見る。
 どこを撃てばどう揺らぐか。どこに当てれば落ちるか。
 真剣に、空気が張り詰めるほどに集中し。
 撃って、撃って、撃って、落とす。
「う、わぁ……!」
 瑛菜が歓声に似た声をあげるのを聞いて、ローザは微笑む。
「はい、これ。プレゼントよ」
「本当に取っちゃった……! すごいよローザ!」
「射的なら私の十八番だから。何か欲しい物があれば遠慮なく言ってね?」

 歩きながら、いろいろな話をした。
 一番多かったのは、音楽の話。
 誰の曲がいいとか、誰の曲はあまり好みじゃないとか。
 驚くほど趣味が合って、とても楽しくて。
「今後のバンド活動はどうするのだ?」
 ライザの一言に、打てば響くと言った調子で答えを返していた瑛菜が一拍、黙った。
「瑛菜? どうしたの」
「ちょっとね、うん、珍しく今からドキドキしてるんだ」
「え?」
「何事だ?」
「部室が……ライブハウスが手に入ったからさ。
 ――ゲリラライブをやろうと思ってるの」
 どき、と、話を聞いているだけのローザの心臓も、高鳴る。
「ゲリラって」
「うん。パラ実や、キマクで。やる。だから今からドキドキしてる」
 へへ、と悪戯っぽく彼女は笑い。
「成功させるよ」
 黙った時の、一瞬見せた不安そうな顔はどこへやらの、会心の笑み。
「……うん。瑛菜なら、成功させるに決まってる」
 ローザの言葉に瑛菜が笑う。
 その時、花火が上がった。
「わ、大きい……」
「綺麗なものね。聞いて、瑛菜。例え何があろうとも、私はあなたとの友誼を信じ続けるわ。ずっと――」
「ローザ……」
「花火の消える儚さも、また美しきもの。――だが、変わらず決して消えぬ友誼程、美しきものはあるまいよ」
「ライザも……。
 ねえ、あたし、今すごく嬉しい」
 わかる? と二人に向けて笑った瑛菜の顔は、なんだか泣きそうな顔だと思った。


*...***...*


 教導団、校門前。
 水渡 雫(みなと・しずく)は、不安と期待と喜びで綯い交ぜになった胸を押さえて、レオン・ダンドリオンを待っていた。
 新入生歓迎会で、レオンの投げた手榴弾をバットでかっとばした。その程度の面識しかないレオンだったが、妙に気になるし、居ると何となくほっとする。
 そんな相手だから、早くパラミタに馴染んでもらいたかった。
「レオン君を見ていると、なんだか弟を思い出してしまうんですよねえ……つい世話を焼きたくなるというか」
 ぽそりぽそり、呟く。
「お友達、できたんでしょうか。学校では、馴染めているんでしょうか。うぅん……」
「悪ぃ、遅くなった!」
 呟いていると、レオンが到着して。
「こんにちはレオン君。行きましょうか」
「ああ。……で、その煙幕は何だ?」
「あ、私、男の人が苦手なので。夏祭りって男の人が多くて怖いじゃないですか。なので、念のためです」
 俺も男なんだけど、とぼやくレオンの声は聞こえないふりをしておいた。
 雫の男性への苦手意識は、『男性』という認識が産むものだ。つまり、『男性』として見ていなければ、平気。弟のような存在として見ているレオンなら問題はなく。
 けれど、それを言えば傷ついてしまうことくらい、安易に想像ついたので。
「楽しみですね」
 笑って誤魔化して。
 いざゆかん、夏祭り。

「花火すっげー!! 超すっげー!!」
 子供のように瞳をきらきらさせて、土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)が歓声を上げた。
「やっぱ夏祭りっていいなー!
 このメンバーで夏祭りは前にも行ったけど、あの時は訓練だったし、楽しくなかったし。
 夏祭りつったら楽しむべきじゃねーか。なぁ?
 そ、そりゃ、団長がいねーのはちょっとさびしぃ……け、ど……。
 ……って、あれ?」
 消えていく声に、普段ならパートナーのサラマンディア・ヴォルテール(さらまんでぃあ・う゛ぉるてーる)や、はぐれ魔導書 『不滅の雷』(はぐれまどうしょ・ふめつのいかずち)がからかってくるところなのに。
 今日は何も言ってこないから、おかしいなと思って振り返ると、二人の姿は見当たらず。
 あれ、はぐれた? うそやっべ、あたし迷子? そう思う間もなく。
「……土御門先輩」
 夏祭りに来ていたレオンの、困惑したような、呆れたような、見てはいけないものを見てしまった、とでも言いたいような、そんな声と表情に。
「う、あ。レ、レオン、さん……聞かれてました、ですか、……今の」
 どこから、とは言わない。言えない。そんな処刑を自ら望むような発言なんてできない。
 首を横に振ってくれ、と強く思った。
 しかしあっさりと、縦に振られた。
「……どこから」
「花火すっげー、から」
「あ、わ、あああ……!」
 最初からじゃないか! なんてお約束な……!
 独り言として喋ってしまったことを悔やみながら、けれどすぐに思考は方向転換される。
「……ええい、もう開き直る! 他の団員とか教官とか、特に団長には絶っっっっ対、黙っとけよ!!」
「え、は、はいっ!」
 剣幕に気圧されて、レオンがびしっと敬礼する。
 雲雀はよし、と頷いて、
「あとできたら一緒にあたしのパートナー達探してくれねーかな……」
 気弱そうに、頼んでみた。

「あらら〜、それで、土御門さんははぐれてしまったのですね」
 その後、レオンは屋台に並んでいた雫と合流し。
 両手に花で、屋台を巡る。
「べっ、別に迷子になったとかじゃねーからな!」
「はい」
「あっちが迷子で、あたしが探してやってんだ!」
「土御門さんは、面倒見の良い方なんですね」
 顔を赤くして、必死の否定を続ける雲雀と、それをにこにこ笑顔で受け流す雫。
 なんだかいい感じの友達になれそうじゃないか、と思う。
 俺は? ふと、自分の中の誰かが問う。
 できたのか。できるのか。友達が。
 別に、不安なわけではないけれど。
「レオン君」
「え、あ? 何?」
「学校、楽しいですか? お友達、できましたか?」
 雫に問われて、押し黙る。
 どうだろう。楽しい。友達も居る。だけどすぐに頷けなくて、そんな自分に戸惑って。
「雫は? 雲雀先輩は?」
 逆に問うていた。
「私? そうですねー、戦争もありますし、楽しいとばかりは言えませんけど。
 友達や……レオン君とも出会えて、幸せだと思いますよ。
 弟と離れ離れでいるのが、少し寂しいですけどね」
「あたしは、うん。同じ感じだな。
 楽しいばっかりじゃ、ねーけど。だけど、あたしのことわかってくれる人がいて、好きな人も居て、出会えて。そういう人たちを守る術もあって。幸せだ。……あ、ちょ、誰にも言うなよ! わかったな!?」
 そうか、幸せなのか。
 だからこんなにも、いい笑顔になれるんだ。
「俺は、まだまだこれからだ」
 そう思った時には、口をついて出ていた。
「これから、雫や雲雀先輩みたいに。胸張って幸せだって言えるような学園生活を、これから作っていく」
 宣言に、
「お手伝いしますよ?」
 雫はにこにこと変わらぬ笑顔で。
「無事にパートナー探しが完了してからなら、まぁ……手伝ってやらねーことも、ねぇけど。あ、ちょ、勘違いすんなよ! こら! 先輩として後輩を見てやるだけだかんな!」
 顔を赤くしながら、雲雀が言って。
 なんだ周りの人に恵まれているじゃないか。
 幸せもきっと、遠くないと。


*...***...*


 チビ共と祭りに来るのも二回目か。
 そう、サラマンディア・ヴォルテールは、あんず飴を舐めながら思った。
「今回は前と違って、特に気遣わなくていいのが楽……って、あ? チビ?」
 呼びかけようとしたら、相手が居ない。
「カグラ、止まれ。雲雀が居ねえ」
「え?」
 はぐれ魔導書 『不滅の雷』こと、カグラに声をかけると、彼女は不安そうな顔をして立ち止まり。
 きゅ、とサマランディアの服の裾を掴んだ。
「? 何だ、……」
 言いかけて、カグラが妙に不安そうな顔をしていて。
 祭りの喧騒が、聞こえなくなった。
 ふるふると、小さく震えるカグラの手。
 俯いて、伏せられた瞳。泣き出しそうに歪んだ顔。
 一瞬の戸惑い。
「珍しく浮かねえ顔してやがんな」
 しかしすぐに軽く声をかけた。
「せっかくの祭りだってのに、どうした?」
 返事を待たずに言葉を継ぐと、
「…………あとどれくらい、皆でこないに楽しできるんやろ……?」
 長い沈黙と、か細いか細いカグラの声。
「シャンバラは、東と西に分かれてしもた。いずれ敵対してしまうよ」
「まだしてねえよ」
「せやけど。……せやけど、……精霊さんはイルミンスールの森にある、ヴォルテールの縄張り出身やんね?」
「ああ」
「東と西がいつか、ほんまに敵になってもうたら、仲間の精霊と戦わなあかんかも知れんよ? ええの?」
 そんなの、良いわけない。
 だけど。
「何を言い出すかと思ったら……。
 あいつと契約した時点で、あのチビとは運命共同体だろ。
 ……雲雀は、覚悟を持って俺と契約したんだ。俺だって覚悟は決めてる。
 今更逃げるような卑怯な真似はしねえよ。ヴォルテールの精霊を甘く見ねえでくれ」
「せやけどっ、精霊さん……オレとか、仲間とか、めっさ大事にしてくれる人やから! ……辛いんちゃうかて、……森、帰った方がええんやないか、て……」
 すん、と洟を啜るような音。声も、震えている。だけど泣いていない。
 強い子だ。
 強くて、優しい、いい子だ。
 こんな顔をしているのに、辛そうなのに、人のことを先に考えられる、いい子。
 そんな子を、独りで耐えているか弱い子を。
「お前置いて帰れるかよ、カグラ!」
 見捨てるような真似は、できない。したくない。
 抱き寄せて、鼓動が合わさりあうほど強く抱き締めて。
 あんず飴が道に落ちたのも、見知らぬ他人の視線が集中することも全て無視して。
「せ、いれい、さんっ」
「俺はどこにも行きやしねえから、泣くなって」
「……っ、ほ、ほんま? ほんまに? ええの? ええの? 後悔、せぇへん……?」
 我慢の限界だったのか。声が、完全に泣き声に変わる。震える身体を抱きしめて、
「しねえよ。おまえの傍にいる」
 優しく強く、宣言した。
「……っ、あ、……精霊、さ……」
「それと。呼び辛えなら、『ディア』でもいいから。『精霊さん』じゃなくて、ちゃんと名前で呼んでくれや」
 髪の毛を梳くように撫でて、「な?」と呼びかける。「うぇ、」と嗚咽。抱きつく力が増して、泣き声も増して、それの合間に、
「ディ、ア。ディア!」
 名前を呼ぶ声。
 精霊さん、ではなくて、ちゃんと自分の名前を呼ぶ声。
「ああ」
「ずと、ずっと、一緒おって……っ! また一人になるん、もういややねん……っ!」
 優しく優しく、髪を撫でて。背中を撫でて。
 カグラが落ち着くまでそうしていて。
 そっと涙を拭ってやった。
 大丈夫だから。ずっと一緒だから。
 何があっても、離れたりしないと、微笑みながら。