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第13章 昼休み・校舎内(3)

「隼人、ねえ隼人ってば! 何ふぬけちゃってるのよ〜っ」
 昼休み中、ずーっと隼人を待って廊下に立ち尽くし、始業5分前のチャイムで教室に戻ってきたアイナは、席でぐったり机に突っ伏している隼人を見つけて、あわてて駆け寄った。
「うるっさいなぁ〜」
「何よ、心配してあげてるんじゃないっ。どうしたっていうのよ」
「ルミーナさんに、会ってきた」
「ええっっ? そんなばかな! だって私、ずっとあそこに……ううんっ。それでどうしたのっ??」
(どう見ても、幸せいっぱいってふうじゃないわよね、これ。それって…)
 本気で心配しているアイナを見上げる。その顔を、じーーーっと見て、隼人は言った。
「席につけよ、授業始まるぞ」
 その言葉と同時に、教室のドアがガラリと開く。
 しぶしぶ、自分の席に戻るアイナ。
 隼人は、体を起こしながら、頭の中でずっとリピートしているルミーナの言葉をもう一度思い出した。
「隼人さん。あなたは、私が知る男性の中で、多分、一番好きな方です。あなたといると、優しい気持ちを感じます。
 でも、だからといって、これは恋でしょうか? 私は、違う気がするのです。
 私の中には、熱い気持ちを持つことを、まるで子どものように恐れている私がいます。
 私は未熟です。他人と深いつながりを持つことを……そしてその相手をいつか失うことを恐れ、それくらいならここで止めてしまおうと考える、とても未熟な人間なのです。そんな人間が、恋などできるはずもありません。
 時間をください、隼人さん。このことは真剣に考えさせていただきます。もしかするとあなたの意に添わない結論になるかもしれません。ですが間違いなく、これこそが私の心の奥底からの思いという答えが見つかったら、そのときは、真っ先にあなたに聞いていただきたいと思います」
(「違う気がする」「恋などできるはずもない」……これって、振られたことになるのかなぁ? 俺。
 はっきり告白すれば、宙ぶらりんじゃなくなると思ってたのに。待つ側に回っちまった)
 ――くそっ。
 ショック状態から冷めるにつれ、徐々に、冗談じゃない、という、怒りのようなパワーがムラムラ沸いてきて、隼人は机の上で拳を固めた。
(じっと待つなんて、できるかよ! ただひたすら待って、それでルミーナさんの気持ちが冷めたりしたら、それこそバカみたいじゃないかっ。
 ルミーナさんが迷ってるんなら、俺がその迷いを吹き飛ばしてやる!)
 明日からまた、アタック開始だ。
 隼人はそう決意した。

「ふーっ、外はあっついわね〜」
 昼休み終了のチャイムとともに校舎内へ駆け込んで、師王 アスカ(しおう・あすか)はひと息ついた。胸には抱き込むようにスケッチブックを持っている。
 日差しの強い外とは違って薄暗いエントランスホールには、もう彼女しかいなかった。みんな5時限目の始まりを前に、もう教室へ入ってしまっているのだろう。校庭の一番後ろでスケッチをしていた彼女は、片付けをしていた分、人より遅れてしまったのだった。
 もちろんバタバタ大急ぎで片付ければこんなに人から遅れることはなかったが、イルミンスール魔法学校所属の彼女は、べつに授業があるわけでなし。人から遅れようが、気にもならない。
「アスカ、もうそろそろ教えてくれてもよいだろう」
 あとに続いて入ってきたルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が、柱に凭れながら訊いた。手には、ダイニングルームのトレイとカラのグラスが握られている。
「昼休みの間中、ずっとスケッチばかりしていて。あれに一体何の意味があったのだ?」
「犯人があの中にいる可能性が高いからですわぁ。だって、自分が送ったメールで起きた騒動ですもの〜。見に来ていないはずありませんわね〜」
「なに? じゃあ分かったのか?」
「いえ、ぜんぜん〜」
 ガクッ。
 ルーツの両肩が派手に落ちる。
 あの暑い外に長時間いたのは一体何のためだったのか。あれだったらまだ2人の女生徒に話を聞くなり、スマキになった生徒に話を聞くなりしに行った方がよかったのではないか。
 だが、そう考えたルーツが提案したとき、アスカはその案を却下したのだった。
 いわく。
「確かにスマキの生徒の方はともかく、2人の女生徒を【説得】すれば犯人に早くたどり着くことができますわねぇ。なにしろ、犯人が数日間拘束していたのであれば、絶対に犯人と接触してますもの〜。
 でも、そもそもそこで疑問がわくのよぉ〜。例えば人には言えない事をされて、それを脅迫の材料にされて言えないとしても、そんなのあの校長さまに言えば、必ず秘密裏に処分してくれるわぁ。なのにそれをしないなんて。
 そこで考えられるとして一番有力なのは、その2人は犯人になんらかしらの感情、あるいは同情を持っていて、それで口を割らないんじゃないかしら〜? そんな決意の2人を、あなた説得できる自信はある〜?」
「それは…」
「だれにでも、秘密にしておきたいことはあるわぁ。それを無理やり聞き出す権利は、だれにもなくってよ。そしてそれは、その2人の女生徒にもあてはまる権利ではなくて〜?」
 だからアスカはスケッチを選んだのだ。説得は、それをしたい者がすればいい。自分は、自分にできることで犯人に近づこうと。
 全ての絵に登場する人物、あるいは何か不自然な行動をとる人物を特定すれば、犯人が分かるかもしれない。
「でもねぇ、ああいうイベントになってしまうと、ほとんどの人がその場にいて、動かないんですのよね〜」
 これは計算外だったわねぇ。
「……アスカ…」
 るーるーるー。
 じゃあ結局、涼しい校内で情報収集していても良かったんじゃないか、と悲しくなってきたルーツだったが。
「だが、何も得られなかったにしてはやけに上機嫌ではないか」
「あーら、何も得られなかったなんて言ってませんわよ〜」
 ふっふふん♪
 軽くステップでも踏むように、アスカは校内に向けて歩き始める。
「なんだと? アスカ、何が分かったんだ? 犯人が分かったのか?」
「すっかり喉が乾きましたわね〜。先に喫茶室へ行ってますから、あなたはそのトレイを返してきてくださいな〜」
「アスカっ!」
「幸せは〜、あ〜るいってこない♪ だ〜から歩いていくんだね〜♪」
 授業の邪魔をしないよう、小さく口ずさみながら、アスカは喫茶室へ向かったのだった。