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お見舞いに行こう! せかんど。

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お見舞いに行こう! せかんど。
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第十三章 だいすきなひとといっしょ。そのご。ぷらすあるふぁ。


「もぉ! 何でこんなになるまで黙っていたんですか!」
 病室に、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)の声が響く。
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)はそんな彼女の言葉に眉一つ動かすことなく、
「私は立ち止まるわけには行かないの。ちょっとでも辛いって言ったら、止まらなきゃいけなくなるじゃない」
 辛いと言った自分自身に引きずられるように。そして、周りもその言葉を受けて止めるだろうから。
「そんなの、時間の無駄」
 何よりも、自分が止まっている間に行方不明の兄がそれだけ遠くへ行ってしまうような気がして。
 その言葉は口にしなくても、ルイーザに伝わったらしい。痛々しいものを見るような目で見られて、
「お兄様の捜索……一日くらい、休んでもいいじゃないですか」
「だから、立ち止まっていたくないのよ。
 ……自己満足かもしれないけれど、兄さんを見つけるのは『ヴィルフリーゼ家』じゃなくて、『フレデリカ・レヴィ』――私自身でありたいの」
 そう言いながらも、思う。
 こうなってしまった以上、もう少し周りに頼るべきなのかな。
 さすがに倒れてしまうと、一日休む以上に時間を食うし。
 これからは、ここまでいく前にルイーザに声をかけよう。
「ごめんね。ちゃんと、次は言うから」
「そう言うなら、まだいいですけど……って、フリッカ!?  言っているそばから何をやっているんですか!」
 怒られて、え、とルイーザを仰ぎ見る。
「だからと言って休む理由にはならないもの」
 ベッドテーブルに広げた教科書、ノート、ペンケース。
 それらを「没収です!」とルイーザが片付ける。
「入院しているのですから、休む理由は十分! 私が居る間は、勉強なんてさせませんからね! 顔色だって真っ青で……ほら、横になってください!」
 ルイーザが居る間は勉強する隙を与えてくれなさそうだと、諦めて横たわったとき。
「入院したと訊いたのですが……」
 フィリップ・ベレッタが、病室を訪れた。
「なぜ、まだ身体を酷使しようとするのです?」
 かつかつ、ベッドに歩み寄りながら、言う。
 普段よりも静かな声音。冷たい雰囲気。
 もしかして、怒っているのかしら。
「あ――」
「フレデリカさんが、お兄さんのことを大切に思っていることも。学業や魔術のことを大切に思っていることも。僕、少しはわかっているつもりです」
「…………」
「ですが、ここまで頼りにならないと思われているとは、思いませんでした」
 悲しそうに言って、サイドテーブルに「お見舞いの品です」と、果物詰め合わせを置いて。
「お大事に」
 去っていこうとする。
 悲しそうに笑んで。
 去っていこうと。
 なぜだろう、それが痛い。
「待って、違うの!」
「……?」
 思わずかけた声に、フリィップが足を止めた。
「頼りないとかじゃなくて。私、頼り方を知らなくて。……なんて言えばいいのか、わからなかったの」
 頼れば立ち止まることに繋がりそうで、怖かったし。
 弱い自分なんて、いらないと思っていたし。
 だからそんなのを曝け出すのが、嫌で。
「あの、……あの」
 次の言葉を考えないまま、声をかけ続ける。
 フィリップが息を吐いた気配。それから、近付いてくる足音。
「じゃあ、次から頼ってください」
「え、」
「頼り方が分からなくても。頼ってください」
 フィリップにしては珍しく、無茶な言い分。だけど、そう言ってもらえたことが嬉しい。
「わかった」
 素直に頷くと、フィリップが優しく笑った。
「おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」
 目を閉じる。そっと、髪を梳いてくる彼の手が暖かくて。
 すぐに、眠りの世界へと落ちて行った。


*...***...*


 入院生活なんて、つまらない。
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は、強くそう思った。
 外には出れないし、自由に動き回る事も出来ない。病室に一人きりというのもなんだか寂しい。
「誰とも契約していない頃は、一人で旅をしていたから人に会えなくてもなんともなかったのにな……」
 孤独って、一人だからなるんじゃないんだな。
 ぼんやりと考えながら、
 陽子ちゃんに、会いたい。
 強く想うことはただそれだけ。
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)に、会いたい。

「うぅ……私がやりすぎてしまったせいで透乃ちゃんが……」
 泣きそうな声で陽子は呟いた。
「でも……腹部がグロ注意になっている透乃ちゃんも素敵でした……」
 その後、一転して恍惚とした表情と声で、言う。
「恋人同士なのに殺し合いとか……正真正銘の、殺し愛だな。ん? なんだそりゃ?」
 自分の言った言葉に自分で首を傾げながら、陽子の隣を歩く霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)
「ま、いいじゃないの。そういう愛だってあるのよ。ね、陽子ちゃん」
 さらにその隣を歩く月美 芽美(つきみ・めいみ)が、ふふふと笑った。
 透乃が今回、入院した理由。
 それは愛し合う者同士の、様々な意味を込めた殺し合いに近い手合わせの、結果。
 透乃と陽子の手合わせに入り込んで邪魔をするのは無粋だと、本当に死に掛けながら戦う二人を泰宏と芽美は見守るほかなく。
 最終的に陽子を叩きのめした透乃は、勝利を確認すると同時に倒れ込み。
 戦い終わった二人を病院に運んで、しばしの時。陽子が回復するのを待ってから、こうしてお見舞いに来たという次第である。
「透乃ちゃん、元気でしょうか?」
「っていうか、なんで陽子ちゃんは無事なんだ? 勝った透乃ちゃんの方が重傷っておかしいだろ」
「うーん、根性とリジェネレーションの差ではないでしょうか?」
「でも、透乃ちゃんは根性がありすぎて勝っちゃったようなものだしねぇ……」
 話しながら受付で見舞いの手続きを取り、透乃の病室に向かう。さほど歩かずに透乃の病室にたどり着いた。
 コンコン、とノックすると、中から「どうぞっ」少し上ずった、透乃の声。
 三人で顔を見合わせて、くすりと笑う。
 きっと、私達が来ることを楽しみにしていたのだろうと。
「透乃ちゃん、お加減いかがですか?」
 ドアを開けて、陽子が言うと。
「陽子ちゃんが来たから治ったよ!」
 ベッドから上半身を起こし、透乃がそう返した。
 もちろん治っているわけもなく、顔色は悪いし、包帯だらけで痛々しいことこの上ない。それでもにこにこ、満面の笑みで本当に嬉しそうにして。
「尻尾があったらパタパタ振られてそうね」
 揶揄して、芽美が笑う。
「ね、ね、陽子ちゃん! 再会のキスは?」
「え? 再会のキス……って、やっちゃんも芽美ちゃんも見てるのに?」
 早速いちゃつき始めた二人に対して。
「どうぞどうぞ」
「私達に気にせずどうぞ」
 泰宏と芽美は示し合わせたように、にっこり。
 そんな、でも。躊躇う陽子と、おあずけを待つ仔犬のように陽子を見上げじっとしている透乃。
「……、ん……」
 ベッド脇から、ベッドに膝をかけて。
 ゆっくりと、目線を合わせる。
 おかしいな、目が合っただけで、こんなにドキドキするなんて。
 どちらが先にそう思ったか。
 見つめ合うことに耐えられなくなって、透乃がきゅっと目を閉じて。
 そんな彼女へと、触れるだけのキスを落としていく、陽子。
 ぱちり、とデジカメで芽美が写真を撮るが、二人は気付いていなくて。
「……はぁ、久し振りの陽子ちゃん……」
 もっともっとと陽子の首に手を絡めながら、透乃はうっとりとした声で言った。
「もぅ。目的は、透乃ちゃんのお見舞いなんですよ……? 安静に、してください」
「してるもん」
「こういうドキドキだって、休息を必要とする身体には悪いかもしれませんよ」
「私のお薬は、陽子ちゃんだから。陽子ちゃんが居たら治っちゃうし、陽子ちゃんが居なかったら治らないよ」
「……もぅ」
 もう一度だけ、陽子が透乃にキスをして。
 もう駄目です、とばかりにベッドから降りる。
 ちぇー、と言いつつも満足げな顔で笑って、透乃は芽美を見た。
「芽美ちゃん、あとでデジカメデータちょーだいね」
「もちろんよ」
「デジカメ? えっ、芽美ちゃ……! 撮っていたんですか!」
 顔を赤くしつつ訊く陽子に、悪戯っぽく芽美が笑い。
「陽子ちゃんもデータ要る?」
「いっ……、ら、ないです」
 なんだ、と言う芽美に、なんだじゃないです、と陽子が頬を膨らませるのを泰宏が笑い。
「これ、見舞いの品!」
 大きな弁当箱を透乃に差し出した。
「お弁当っ?」
「ああ、透乃ちゃんは怪我くらいじゃ食欲落ちないだろ? だから、芽美さんと私で合作したんだ!」
「料理は専ら透乃ちゃんと陽子ちゃんの担当だから、ちょっと大変だったけど……楽しかったわ。のろけ話聞きたい?」
「のろけ!? な、羨まし……じゃなくて、ずるい……でもなくて、うぅ……!」
 ベッドの上でじたじたしそうになる透乃に、芽美は笑い、泰宏は肩を落とす。そんな様子に透乃は首を傾げた。
「? やっちゃん?」
「芽美さん……そんな雰囲気なんて微塵もなかったくせに……」
「陽子ちゃんと合えずに悶々としていた透乃ちゃんをからかいたくて冗談を言ったのよ」
「……というわけで、恋愛的な何かなんて、悲しくなるほどなかったんだぜ」
 どうりで、二人のあの反応。
「それから、私はにんじんジュースを作ってきました」
「わ、思い出の品」
「ふふ。忘れてはいけませんよね?」
 透乃は、うん、と頷いて、笑った。
 それを覚えていてくれて、持ってきてくれたことが、嬉しい。
「……、さて。顔も見れたし、私は帰るぜ」
 泰宏が、席を立った。「じゃあ」と芽美も立ち上がる。
「私も撤退しましょうか」
 ひらひら手を振る二人に、「え、もう帰っちゃうの?」口ではそう言いながらも、この後陽子と二人きりになれるのだと思うと――胸が跳ねる。
「顔を見るだけでよかったからな。早く元気になって帰ってこいよ、透乃ちゃん!」
「三人しか居ない家は、寂しいわ」
 それぞれそう言い、退出し。
 透乃と陽子は、目を合わせる。
「……ね、陽子ちゃん」
「……、はい」
「お弁当、食べさせてほしいな」
 ねだると、陽子は静かにお弁当のふたを開けて。箸でにんじんをつまみ、口へ運ぶ。
「ん、美味しい。……あと、にんじんジュースも飲みたい。……口移しで」
「えっ……そんな、あんまりキスばかりだと、私……」
「うん?」
「気持ち、が……」
「気持ちが?」
「……いけない事しか、考えられなくなっちゃいます」
 そりゃそうだ、そうなるように仕草ひとつ、言葉ひとつ、選んでやっているのだから。
 だって、短期間とはいえ、陽子に会えない入院生活のせいで。
「溜まってるの? 陽子ちゃん」
 お互い様に、そうなっているのでは?
「なっ、あ、……」
 口ごもり、顔を赤くする陽子はとても可愛くて。
 普段なら、このまま彼女を美味しく頂きたいところだけれど、今の透乃は怪我人の身。
「私。にんじんジュースのお礼、陽子ちゃんに味わってほしい、な……?」
 首を傾げて目線を下げ、上目遣いに陽子を見て。
 そう言うと、陽子がにんじんジュースを口に含んで、透乃の頬に手を当てた。そしてそのまま、口移し。
「ん、……」
 唇の端から零れたジュースを、陽子が舐め取る。暖かくて、くすぐったくて、身じろぎすると抱きしめられて動きが取れなくなって。
「……どうなっても、知りませんからね……?」
 熱を孕んだ陽子の声に。
 透乃は、頷く代わりにキスをした。
 舌を絡める、深い口付けを。


*...***...*


 尻が、痛い。
 歩くにしても何しても、どんなポーズをとっていても、痛くてしょうがない。
 座るのだって苦痛だし、トイレタイムなんてもう形容しがたいわけで。
 正直そんな理由で病院に行くのは恥ずかしくて、ずっと躊躇していたわけだが――痛い。
「諦めて病院へ行ったらどうじゃ」
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)に、諭されるようにそう言われ。
 ようやく、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は病院へ行く決心をした。

 肛門科にて。
「ハイ、寝て〜。ほら、お尻をこっちに向けてね、そうそう」
「あの、このポーズ、お尻の穴どころか大事な所まで」
 丸出しである。
 担当医師が女医であるということもあって、かなりの羞恥心があった。
 が、それも吹っ飛んだ。ここまで晒すなら、もう何にも構うことはあるまい。
 そう開き直り、堂々と恥部を見せることしばし。
「あぁ、これは痔瘻ね〜」
「……センセー、『ぢろう』って何ですか?」
 聞いたことのない病名に、不安と好奇心を六対四くらいの割合で尋ねてみると。
「痔瘻っていうのは〜お尻の穴の近くに〜膿がたまって〜おできみたいになることよ〜」
 ぽえぽえした女医から説明を受けた。
 なんと、そうなっていたとは。
「痛みは引くんですか? 薬とか?」
「ううん〜。それを切って〜膿を出さなきゃ痛みはなくならないの〜。
 でね〜それからね〜、根っこみたいなのがあって〜それを手術で取らないと〜完全には治らないのね〜?」
「手術ぅ!?」
 説明の最中に出た、手術という単語に過剰反応。
 だって、痔で手術なんてカッコ悪くて嫌ではないか。
「完治しなくても、痛みは取れるんです」
「あら〜」
 ぷす。
「ょね!?」
 言葉の途中で。
 女医さんの、細い指が、一本、ぷすりと、お尻の穴に――
「いってえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 絶叫。
「ほら〜ここでしょ〜この辺が痛いのよね〜?」
 ぐにぐに、ぐにぐに。
 揉まれる。痛い痛い、痛いから!
 みっともなく騒ぐなんて男じゃない、なんて思いは、数秒声を我慢してから吹っ飛んだ。無理だ痛いすごく痛い。
「痛い痛い先生痛い痛い痛いってば先生ッ!」
「ほっとくと〜根がどんどん深くなって〜手術するのが大変になっちゃうし〜。どの道〜手術しないと治らないのだから〜早めに手術した方がいいのよね〜」
 ぐにぐに、ぐにぐに。
 ぐにる指は止まらない。
「先生ぇっ痛いからぁ!」
「ね〜、手術しましょ〜?」
「解りました先生解りました! 手術します手術してくださ先生っちょもうぐにぐにしないで痛い痛い痛いってかなんか出ちゃう! 出ちゃいそうだからっ、先生ぇっ!」

 絶叫やら何やらが聞こえてきた診察室から。
 疲弊しきったアキラが出てきたのを見て、ルシェイメアは「む」と声を上げる。
「終わったか、どうじゃった?」
 聞くまでもなく、あまり結果はよくなさそうだが。
「なんか……入院して、手術受けろって……」
「ふむ。じゃがまぁ、ちょくちょく休んで通院するよりも、一度にまとめて休んで完治させた方が自分にも周りにもいいじゃろう。
 ……にしても、疲れきった顔をしておるのぉ。何か飲むか?」
「あと、下半身麻酔するから、トイレできなくなるって……尿道に管入れて……あとはおむつで……うぅぅ」
 気を遣った発言も、鬱に入ったアキラには届いていない。
 まあ、放っておけば治るだろう。いつまでも鬱鬱しい状態を続けるような奴ではない。
「では、おむつとその他もろもろ入院に必要なものを買いに行くとするかのぅ」
「尿道に管……おむつ……」
 ぶつぶつと、呟き続けるアキラを見てため息を吐きつつ。
 自分が先導してやらないと、今日は駄目そうだなと、「ほら行くぞ」ルシェイメアは腕を引っ張るのだった。