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お見舞いに行こう! せかんど。

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第十八章 人形師さんといっしょ。そのろく。


「それがし恋の病である!!」
「仮病じゃん?」
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)の叫びを、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)はさらりと一蹴した。
 鯉の――もとい、オットーの片想い相手であるリンス・レイスが入院したと聞いたその日から二日連続、顔を合わせればこのやり取り。
「リンスきゅんのことを思うとドキがムネムネ……身体も火照るというもの!」
「へーへーほー」
「なのでそれがし、入院したく存じる!」
「それか死ね?」
 会話のキャッチボールなど、光一郎には成立させる気は毛頭なかった。
「それがしリンスきゅんの御危機を聞き」
「それダジャレ?」
「ならばリンスきゅんの不安を和らげるべく共に入院し、ひとつ屋根の下あんちゃんがついてるぞぉぉと持ち前の義侠心を熱く滾らせ……」
「妄想じゃん? しかも古いし。どれくらいのちみっ子が付いてこれるんだよ」
「なので恋の病!」
「だからそれ、仮病じゃん。俺様のクラス、ジャスティシア様。つまり俺様が法律じゃん? 入院ダメゼッタイ! 決定!」
 言って、一升瓶でも投げておく。
 どうせ鯉だ。酒を投げておけば猫まっしぐらの鯉まっしぐら。
「それがしクラスはプリースト、修行の身なれど酒豪の身では、おおぅ……」
 ほらみたことか。
 しかしまぁ、見舞いに行きたいなら行きたいと言えばいいものを。ひねた攻め方をするものだからつい反対。いや真っ直ぐ言われても一刀両断するのだろうけど。
 んでもまぁ、
「俺様も言いたい事あるんだよねぇ」
 ふっと思い出されるのは、十五夜の夜。
「…………」
 あの時聞いたこと、あんた覚えてる?
 物騒な笑みを浮かべながら、
「病院行く?」
「む! それがし、恋の病とアルコール中毒! 今すぐに搬送するべきである!」
「え、鯉の病?」
「ちがーう!!」
 向かうは聖アトラーテ病院。

 病院に着いて、ローザマリア・クライツァールの見舞いだと茶化しに行こうとして失敗して(ローザマリアの病室に行ったら、なぜかグロリアーナがベッドで寝ていた。何を言っているかわからねーと思うが、以下略である)、見舞いにと持ってきた芋けんぴが空回りして。
 辿り着いたリンスの病室。
「誰も居やしねーじゃん、寂しい」
 はっきり言えば、出遅れている。
 もう面会時間だってさほど残っちゃいないし、
「しかも寝てるしぃ」
 おまけに相手は熟睡中だった。そりゃもう、無防備な寝顔である。まぁ、無防備なのはいつものことだが。
 後方でオットーが、「ぐはぁリンスきゅんの寝顔、寝顔……っ! それがしこれでご飯三杯は軽……」と騒いでいるが、全力で無視。
 ベッドに足を掛ける。靴を脱いだのはせめてもの優しさ。
 ギシ、とスプリングが軋んだ音を立てる。
 マウントポジションを成立させると、「ん、……」重さに気付いたのか、呻き声。
「……確か俺様、食ってるかって聞いたよね?」
 低く、耳元で囁くと、「!?」驚いて起きあがった。
「でも残念でした〜、すでに押さえこんでるしぃ」
「南臣!? ……なにしてんの」
「うわつまんね、驚いたの最初だけかよ」
 さすがに寝起きで同性にマウント取られてしかも間合いゼロ、には驚いたらしいが、名前を呼んだ後のリンスの声は急速に冷えていた。
 反応マジつまんねーと萎えつつも、退きはしない。
「いや、退いてよ」
「俺様、ジャスティシアの『先生』様」
「……?」
「そしてここは病院。患者は先生の言う事を聞くのが決まり」
「相変わらずのコミュニケーション能力だ。俺、南臣と会話が成立する気がしないよ」
「俺様先生の言いつけに背いて入院しちゃうなんて、リンスくんイケナイ子じゃん?
 よって、お・し・お・き」
 に、鯉を連れて来ちゃったよ。
 と、オチまで言う前に、
「ひ、ひゃあぁぁぁあ……!!」
 か細く、だけど大きな悲鳴。
「リンスさんが、謎の男の方に襲われています……っ!」
 オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)が、氷嚢と点滴を完全防備した病人武装で、ふらふらしながら立っていた。
「あ、ドーモー。芋けんぴ食べる?」
 とりあえず、警戒されてもなんだからと挨拶するが。
 はっきり言って、手遅れも甚だしい。
「ふ、不埒です〜……!」
 オルフェリアは全力逃走(それでも目算、50メートル10秒台のタイムで)。
 病室に響くは、遠くなっていく彼女の声と。
 『間もなく面会時間終了です』とのアナウンス。
「……はあ、それじゃ俺様帰る」
「何しに来たの」
「見舞いだけど?」
 あっけらかんと言うと、疲れたようにリンスがため息を吐いた。一体何を嘆いているのだろう。
「……できた! できたぞ、リンスきゅん! うさぎさん型林檎!」
 今まで静かだと思ったオットーは、指を血まみれにしながら幸せそうな顔。
「何、実は不器用説?」
 うさぎと呼ぶのもおこがましい林檎を見て、光一郎は笑う。
「食べれる場所ほぼないしぃ。鯉の恋空回りは激しいっスねぇ」
「……うん、気持ちだけもらっておく」
 さすがに血まみれ林檎を食べられるほど、リンスも肝は据わってないらしい。丁重にお断りされると、オットーはそれでも幸せそうに林檎を頬張った。
「って。頬張ってねーで帰るし」
「なんと!? まだ十分もここに居ては――」
「いーから。つかこれ以上駄々こねると入院させちゃうよ?」
「……そうしたら、リンスきゅんと一つ屋根の下で……おおうおおう」
「前言撤回、地球流しの刑」
 もっともそんなことしたら、地球側からクーリングオフの電話が殺到しそうだが。
 鯉の腕を引っ張って、ろくに挨拶もせずに帰る。
 それでもリンスは、「またね」なんて言ったから。
 だから彼、好きじゃないのよ。と心の中で、嘆息。


*...***...*


 さて、憧れの人形師であるリンス・レイスと南臣光一郎の、『ドキッ☆ 男同士で×××』な場面を見て逃げ出したオルフェリアはというと。
 驚きの場面を目撃してしまった病室に、再び戻って来ていた。
 オルフェの憧れで、素敵人形師さんが同じ病院に居るなんて……!
 チャンスなのだ。
 仲良くなるきっかけなのだ。
 だったら、会いに行くしかないだろう?
 ……たとえ肺炎を発症させて、四十度を超える高熱があろうとも。

 しかし前後不確定である。
 地面はぐらぐら、前は霞んで、上下左右がわからなくなるほどの意識混濁っぷり。
 そんな状態で病室を訪ねたら、
「あんた、大人しく寝てなよ……」
 呆れた声で、言われた。
 ぼや〜っとした目と頭で、リンスを見ると。
「……、もしかして、心配してくれてますか〜?」
「いや、なんでそうなるの」
「なんだか、優しい気がしたのです〜……」
「呆れてるだけだけどね?」
 首を傾げられた。
 こんな状態で訪れて、邪見にされるかな、と不安も多大にあったのだけど、憧れの人形師はそんなことしなかった。
「倒れられても困るし……寝てく?」
 自身のベッドを明け渡して、そう言ってくれた。
 感動が広がって、「はわぁ、あぁ?」不明瞭な声を上げても笑ったりはしないし、怒ったりもしなかった。
 隣に居てもらうのが、心地良い相手。
 なんとなく、そう思った。
「では、お言葉に甘えて――」
 と言いかけた時、
「オルフェリア様!」
 ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)の声が病室に響いた。
「あわぁ!? ミ、ミリオン……!」
「何処へ行ったのかと思えば……こんな、どこの馬の骨ともわからぬ人間に会いに行ったというのですか?」
 どす黒いオーラを漂わせて、ミリオン。
 殺意でも籠められていそうなほどに、鋭く強い視線。「ひぃ」と短く悲鳴を上げて、萎縮しきるオルフェリアとは対照的に、リンスはぼんやりとした目で、「誰?」と言っているし。
 リ、リンスさん……! ミリオンの視線にも動じないですっ! すごいですっ!
 オルフェリアの心の中で、評価は鰻登り。
「……やりますね」
「? どうも」
 皮肉めいたミリオンの言葉にも、やはり動じない。
 そうこうしていると、キィキィ、小さな音が聞こえて。
「……オルフェ……風邪の時くらい、大人しくしておけ……。ミリオンも、連鎖的に動くから……自分の仕事が、増える……。
 あと、人形師のベッドは奪うな……彼も病人だろう……。こっちに座っておけ。辛いなら……連れて帰るぞ……」
 音の正体――車椅子を引いた『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)が、言った。なぜか鼻が赤い。リンスさんに会いに行きます、と病室を出て行った時は、いつも通りだったのに。
 それと、車椅子。
 座れと言うけれど、
「にゃは。くるまいす、初めて乗るにゃー♪ 人形師ちゃん、くるまいすで遊ぶのにゃー!」
 椅子には夕夜 御影(ゆうや・みかげ)が座っているし、にこにこ笑顔だし。
 とてもじゃないが退かせない。
 どうしようかな、と迷っている間にも、熱でくらくらしてきた。
「いーから、ベッド使いなって。俺、もうだいぶ良くなってるから」
 ぽん、と頭に手が乗って、宥めるように言われた。
 ……同時に、ミリオンから爆発的な殺気が立ち上るが、気付かなかったふり。
「にゃ! オルフェいいなー、人形師ちゃん、みかげも撫でてー」
「撫でるの? ……毛並みいいね」
「にゃふ、にゃーはパラミタ最強の黒にゃんこだからねー! 毛並みも尋常じゃないよー!」
「パラミタ最強なら、病院で静かにすることを学ばないとね。教養不足だって笑われちゃう」
「にゃ! それはいかんのにゃ! しーなのにゃー……」
 言われて素直に語尾のボリュームを下げていく御影が可愛らしくて、オルフェリアは微笑む。
 うん、少し元気になってきた。
 病は気からなのだ! と握り拳。
 一方でアンノーンは、
「大丈夫……なのか? オルフェに、ベッドを明け渡して……体調は」
 心配そうな顔。
「元気」
「顔色……悪いぞ……?」
「心配してくれてありがと、でも大丈夫だから。それより俺は、あんたの服の丈が長くて誰かに踏まれないか心配」
「……さっき、……踏まれて……転んだ……」
 だから、アンノーンの鼻が赤くなっていたのか。顔面強打なんてお約束すぎる。
 ばつが悪いらしく、アンノーンはそっぽを向き。
 その先で、見た。
「……君は……なぜ、林檎を剥いている……」
 ミリオンが、手を傷だらけにしながら林檎を剥いている様を。
「お見舞いには林檎でしょう」
 本人は至って真面目に、真顔で、そう言って林檎を剥き続けるミリオンの姿に、オルフェリアは戦慄する。
 ……どこまで剥くのでしょうか……。もう、ほとんど芯しかないのに……!
 それに、なんだか、普段よりも割増し怖い。ぶすっとしているというか、不満そうというか……。
 そんなオルフェリアの視線に気付いたミリオンが、
「……オルフェリア様は、我と居るよりも、見知らぬ馬の骨と一緒に居た方が楽しそうなので……」
 じっとり、リンスを睨めつけながら、言う。
 あーそっか拗ねてるのかー、とリンスが頷いたけれど、オルフェリアには理解できない。
 何がって、
 こんなにミリオンが怖いのに、どうしてリンスさんは平静で居られるのでしょうか……っ!
「し、師匠と呼ばせてくださいっ!」
「? 何の?」
「全てに於いて、ですっ!」
「勝手にどうぞ?」
「ありがとうございます!」
「あと、病院では静かにするように」
「はいっ、……あ……?」
 大きな声を出したせいか、はたまたテンションが上がってしまったせいか、あるいは両方か。
 くらくらくら、ベッドの上なのに歪む景色。
 気付けば視界が暗転。
 ああ……っ、せっかく、お近付きになれたと、思ったのにぃっ……!
 自身の体調不良を恨めども、意識は遠のく一方で。
 その中で、指先に温かさを感じて。
 もしかして、リンスさんが手を握ってくれているのでしょうか?
 ちょっと、嬉しくなった。

「…………」
 ミリオンは、意識を失ったオルフェリアの手を握りしめて。
 ギッ、とリンスを睨むように見据えた。
「……馬の骨」
「ん」
「……貴方を、恋敵と認めます」
「誰の」
「なので、早く体調不良など治して、勝負なさい」
 万全の状態で、打ち負かしてやる。
 そのためなら、今弱っている所に、塩を送りつけることだって厭わない。
 剥いた林檎(の、芯)をリンスの口に突っ込んで、
「林檎は栄養豊富ですので、身体に良いでしょう」
 淡々と、しかし内には黒いものを秘めて、言う。
 そしてオルフェリアを抱き上げて、病室を去る。
 今日、オルフェリア様は、ちゃんと我のことを見てくれなかった。
 そのことに対する、悔しさと、寂しさを感じながら。