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Trick and Treat!

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11.はっぴーはろうぃん*おうちデートもおつなもの。


 ヴィオラ・コード(びおら・こーど)がライオリンの形のクッキーを焼いている姿を見て、作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)――通称ムメイ――は涙を拭う素振りをみせた。
「……なんだよ?」
 そんなムメイを見て、ヴィオラが怪訝そうに問いかける。
 ムメイはうんうんと頷き、
「今回だけは少年に偉いと言ってやりたい……っ」
「はぁ?」
「何度嬢ちゃんにアプローチしても全く気付いてもらえないのに……っ! こうしてクッキーを作るけなげな姿に俺は心を打たれたぜ……!」
「ほっといてくれない?」
「よっしゃ! OK任せとけ!」
「あ、本当?」
「少年の為に、この俺様が一肌脱いでやろうじゃないの!
「いやだからほっとい」
 ほっといてって、と言うヴィオラの言葉はすっぱり無視して。
 まず仮装ならこれ! と狼男の衣装を押し付け。
「嬢ちゃーん!」
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)の許へと、走って行く。
 おっと忘れるところだった。
「少年! お菓子を渡すのはちょっとあとにしなよ!」
 そう言ったらもうスウェルのところまで一直線だ。


 残されたヴィオラは、
「えぇ? ムメイ?
 ……行っちゃった。また妙な事を……何があるって言うんだ?」
 独り言を呟いて、渡された衣装に視線を落とした。
 スウェルは動物が良いと言っていた。
 だから、猫耳と肉球付きの靴や手袋を着用しようか、と考えていたけれど。
「まあ、狼も動物だよな」
 せっかく用意してくれたんだから、着ないという選択肢をわざわざ選ぶこともないだろうと。
 狼男に着替え始める。
 ――猫じゃなくても、スウェルは喜んでくれるかな。
 思うことは、ただ一人。
 大切なあの人が、喜んでくれるか否か。


「はいよ嬢ちゃん、仮装ならこれを着なよ」
「ん」
 ムメイに渡された犬耳と、もふもふとした衣装。
 言われるがままに、その恰好に着替える。
「スカート、もふもふ。かわいい」
「嬢ちゃんもよく似合ってるよ」
「うれしい」
「ところで嬢ちゃん。ハロウィンについてお勉強だ」
 勉強? と首を傾げると、ムメイが得意げに指を一本立てて見せた。
「まず。『トリック・オア・トリート』って言うことは知ってるな?」
 ん。と頷く。すると「かしこいかしこい」と頭を撫でられた。
「じゃあ、そうやってあの言葉を言う相手。最初は契約者じゃないといけないってことは知ってるかい?」
「知らない」
「そういうものなんだ」
 わかったかい? と頭を撫でてくるムメイに、
「ん。わかった」
 こくり、再び頷いた。
「じゃあ行っておいで。そうだね、俺より先にヴィオラがいいな」
「なぜ?」
「だってヴィオラとの契約の方が先だろう?」
 それもそうだ。
「勉強に、なった」
「それでね? お菓子をくれなかった場合は――」
 そっと、耳打ち。
 こそこそ、教えてもらった内容に、スウェルはこくんと頷いて。
 ヴィオラのところまで、たったった。


 ヴィオラの許へと向かうスウェルを見て。
「ふっふっふ。頑張れよ〜少年!」
 ムメイは笑う。
 上手く行くと良い。
 ハロウィンなのだから、幸せに。


「トリック・オア・トリート」
 スウェルにそう言われて、ヴィオラは止まった。
 ムメイに、お菓子を渡すのは後にしろ、と言われた事を律義に守って。
 ああ、でも、スウェルがお菓子を欲しているんだ。
 渡さないわけには……でも、ムメイだって何か考えがあって渡すなと言っているのかもしれなくて。
 ――……どうしよう?
 困っていると、
「ん」
 スウェルが背伸びしてきた。
 催促? 悪戯? どうしよう。やっぱりあげればよかった!
 後悔が脳内を駆け巡った瞬間、
 ちゅ、
 と小さな音。
 柔らかな感触。
 温かな体温。
「???」
「頬に、キス」
「……え!?」
 スウェルの行動に、言葉に、疑問符が浮かんで止まらなくなる。
 どういうことだ?
「ムメイが、言ってた。
 お菓子、あげない。頬にキスする、いたずら。
 頬にキスすると、動かなく、なるらしい?」
 硬直したヴィオラに、スウェルは問い掛けてくる。
 ……なるほど。
 そういう、ことか。
 ドアの陰で、くすくすと笑っているムメイになんて言ってやろう?
 ありがとう、は違う気がするし。
 かといって、スウェルに嘘を教えるな、と怒るのもなんだか違う気がする。
 困っていると――
「契約相手は、ムメイも、一緒」
 スウェルが、ムメイの許へ。
 ……え?
「だから、ムメイにも。
 トリック・オア・トリート」
「……っ!!?」
「え、ちょ。俺、お菓子……!」
 ムメイはお菓子を用意していなかったらしい。
 おろおろと、ポケットを探ったり、辺りを見回したりするが、ない。まさかヴィオラが作ったと明白なクッキーを奪うわけにもいかないから。
「頬に、キス」
 スウェルの宣言。止める間もなく、有言実行。
 硬直する時間。
「…………?」
「…………」
「……あー、あの。少年? 悪気はなかっ――」
「スウェルに嘘を教えるな」
「……はい、すみません」
「??」
 ただ一人、何も分かっていないスウェルはきょとんとした眼で二人を見る。
 そして、ほんの少し、ほんの少しだけ。
 常に一緒に居る二人のみが気付くであろう程度に、ほんの少しだけ表情を柔らかくして。
「お菓子がなくても、ヴィオラと、ムメイが一緒。
 ……とても、楽しい」
 そう、言った。


*...***...*


 遠野 歌菜(とおの・かな)の本日の目標。
 美味しいお菓子を楽しくたくさん作って、仮装行列に参加する人へと配ること。
 まずは楽しく作るため、
「♪」
 エプロンをつけて気合を入れた。
 やっちゃうよ? と。
 今までで一番美味しく作っちゃうよ? と。
 不敵に笑って、鼻歌交じり。
 そんな調子でも、気合は十分。
「……はれ?」
 ふと、そんな歌菜の視界に飛び込んできたのは、月崎 羽純(つきざき・はすみ)で。
「なんで羽純くん、エプロン着けてるの?」
「偶には手伝おうかと思ってな」
 それは珍しい。
 調理中にちょっかいをかけてくることはあっても、手伝ったりなんてしないのに。
 でも、羽純くんが一緒なら、と歌菜は余計にやる気が出る。
「よし、じゃあ、一緒にがんばろ!」
 とびきりの笑顔でそう言うと、「……ああ」歌菜から目を逸らし、羽純が頷いた。
「あれ、羽純くんエプロンのリボン曲がってるよ。タテ結びになっちゃってる」
 直してあげる、とかがんで腰紐をほどく。
「……こら」
「え?」
「こういうことは、そう簡単にするもんじゃない」
「紐、直してるだけだよ?」
「それでもだ」
「?? 駄目なの?」
 だって、曲がっていると変じゃないか。気になってしまうじゃないか。
 異性の腰(の、あたり)をずっと気にしている方が、よほどおかしいのでは。
 きょとん、と見上げていると、羽純が息を吐いた。
「もういい。……ああでも、俺以外にはやるなよ」
「? うん」
 俺が直す! とでも言いたいのだろうか。羽純くんはお世話焼きだなあと微笑ましく思う。
 それと同時に、羽純が盛大にため息を吐いた。「?」疑問符を投げかけても答えてくれない。
 リボンを結び終えて立ち上がったところで、
「……何を作るんだ?」
 問われた。
 今日作るお菓子は、すでに数々のレシピ本を見て目星はつけていた。
 なので得意げに胸を張り、
「ええとね。まずは定番のクッキーだよね。パンプキンケーキも外せないよね。
 あとはかぼちゃプリンも作りたいし、マフィンもいいなって思ってるんだ〜♪」
 すらすらと答える歌菜。
 レシピも材料も、テーブルの上に広げておいてある。どっさり。そんな擬音が似合う量だ。
「……凄い量だな」
「うん! だって、みんなに配るもんね!」
「……配る?」
「え? うん、このお菓子は配るんだよ?」
 無邪気に笑って、言葉を続けた時。
 羽純が、せっかく結び直した紐をほどいて、エプロンを脱ぎ捨てて。
「面倒になった。手伝うのはナシだ、がんばれ」
 キッチンを出て行ってしまった。


 面白くない。
 何もかも、面白くない。
 異性の腰のあたりになんてことなく触ってくる無防備さも、俺だけにしておけという言葉の意味を理解していないようなぽけーっとした顔も。
 手作りのお菓子を、誰とも知らない人間に配ろうとしていることも。
 てっきり。
 てっきり、自分やブラッドレイや――親しい人物だけ集めて、それで和気藹々とハロウィンパーティをするのだと、思っていた。
 それなのに、あんなこと言うから。
 面白くない。
「ちょ、羽純くん! どうしたの、急にっ」
 キッチンから歌菜が飛び出してくる。気に留めないまま、羽純は歩く。
「どうしたの? 私、何か変なこと言った?」
「…………」
「配るって言ったから?」
「……、…………」
「……もしかして、羽純くん。拗ねてる?」
 ……拗ねてる?
 どうしてそういう答えになった。
 足を止めて振り返る。
 歌菜が、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。その顔が、にへら〜っと弛緩していく。
「なっ……」
「拗ねてくれたんだ!」
「違う。そういうのじゃ、ない……たぶん」
 拗ねるなんて。
 だってそれは、嫉妬だろう?
 そんなの、なんだか。
「…………」
 居心地が悪いではないか。
 なのに、歌菜は。
「えへへ〜♪」
 嬉しそうに笑うから。
「……何だ」
「ううん、羽純くんが嫉妬してくれたのが、嬉しかったんだよ」
 ――なぜ?
 嫉妬なんて、重くて、醜くて、弱い。
「それに羽純くん、早とちりだよ。確かにお菓子は配るけど――はい、これ」
 歌菜が差し出したもの。
 それは、お店顔負けのレベルで綺麗にラッピングされた袋。大きさもかなりある。
「羽純くんへ、特別製のお菓子だよ」
 ……特別?
「私が用意しないわけないじゃない」
 特別とは、
「どう、特別なんだ?」
 情けない話だけど。
 彼女の口から、『特別』と聞いて、今まで萎んでいた気分が持ち直した。
 だから、本当に嫉妬していて、そして、歌菜が自分を特別扱いしてくれたことにいい気になって。
 ……ああ、なんだかカッコ悪いけど。
 でも嬉しいんだから、しょうがない。
「と、特別は特別だよ!」
「どう?」
「どうって、ええ、えー!」
 からかってしまうのも、しょうがない。
「教えろ、歌菜」
「……あ、愛情たっぷりってこと!」
 そうか。
 それは確かに、特別だ。
 ――他の誰にも、やれないな。
 ふ、っと笑んで、踵を返してキッチンへ戻る。
「は、羽純くん?」
「気が変わった。手伝ってやる」
「本当!? やった、羽純くんとお菓子作りできるんだね♪」
 なんだ。
 そんなことでも、歌菜は喜んでくれるのか。
「……いつでも、手伝いくらいならしてやるぞ」
 トリートのお返しのおもてなしだ、とばかりに言ってやると。
 照れたような笑みを、返された。


*...***...*


 今日はハロウィン。
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は、今朝方赤羽 美央(あかばね・みお)に「今日、お時間くださいね!」と言われていた。
「美央ちゃん……何をするのか言ってなかったけれど、時期的にハロウィンと関係あるのかしら?」
 ヴァイシャリーの街では仮装行列が行われていると聞くし、近所の家や店も、それ相応の飾り付けがされていた。
 美央も、そうなのだろうか?
「でも、用意するものは無い、って言われたのよね……」
 電話の内容を思い出す。
 今日、お時間ありますか? あったら、うちに来ませんか?
 ……ハロウィンというには、あまりにあっさりとした誘い文句だが。
「ま。お呼ばれに対して手土産もないなんて、不躾だしね」
 唯乃は袖をめくりエプロンを着け、キッチンに立つ。
「お菓子くらいは持っていきましょ」
 無駄になることもないし、ハロウィンだし。
 去年のイベントで出店の景品として作った時に評判も良かったし。
 きっと喜んでくれるだろう。そうすれば、唯乃も嬉しい。
 レシピをぺらぺらとめくりながら、今年はどれを作ろうか、と思案した。


 下宿屋『しゅねゑしゅてるん』の食堂にて。
 美央は唯乃を待っていた。
 そわそわ、そわそわ。
 落ち着かないで、椅子に座って左右に揺れて。
「遅くなっちゃったわ。ごめんね」
 その声を聞いて、椅子から文字通り飛び上がる。
「いえいえ、突然のお誘いに乗って頂きありがとうございました!」
 それからぺこりとお辞儀した。
「で、どうしたの?」
「ふふふー、これですっ! じゃーん♪」
 お披露目したのは、
「これは……幽玄草?」
 年に一度、ハロウィンの日にしか咲かないという珍しい花。
「朝出かけて、見つけてきたんですよー! ちゃんと二輪持ってきたから、ふたり分作れます。えっへん」
 胸を張ると、「よしよし」と頭を撫でられた。背伸びしてぷるぷるしながらもそうしてくれるのがちょっと面白い。
「で、これをどうするって? 作るって言ってたけど……」
 そう思っているのがバレたのだろうか。すっと手が離された。
 名残惜しく感じつつも、本来の目的を達成させるべきだと美央は思って、
「ドライフラワーにしましょう」
 提案。
 唯乃が大きな目をぱちくりとさせた。
「私、作ったことないわよ?」
「大丈夫です、私がつくり方知ってますから!」
 ぐっ、と握り拳。
 材料ももう、用意してある。
 あとは唯乃が了承してくれれば、一緒に作れる。
 そして、作った暁には――。
「いいわよ」
「! やったぁ♪ じゃあ、作りましょうっ!」
「ええ。……って、どうして電子レンジへ向かうの」
「ふふふ〜♪」
 ドライフラワーは、通常室内や窓辺で自然乾燥させて作るもの。
 だけど今日見付けた花に対して、そして今日しか咲かない花にそんなことをしている時間はなくて。
 どうしよう、と悩んでいる時、本屋さんで読んだ本に書いてあったのだ。
 『電子レンジ処理法』。
 耐熱容器にシリカゲルを入れ、その上にドライフラワーにしたい花を置く。花を傷めないように気をつけながら、上からもシリカゲルをふりかけて花を埋め、そのまま加熱。
 そうすると、
「……あ」
「ね? 簡単ですよね〜♪」
 簡単に、短時間でドライフラワーの出来上がり。
 唯乃も同じように、たどたどしい手つきで作り。
 ちーん、という音とともに、ドライフラワーが完成する。
「呆気ないくらいね」
「他にも作り方はあるんですけどね。一週間とかかかっちゃうんですよ」
 風通しの良いところに吊るして作る方法も。
 茎の細い花が折れないように、にワイヤーを差し込んで乾燥させる方法も。
「なんでしたら、今度そちらも試してみます? あれなら変化も楽しめると思うんです」
「ええ。……ちょっと、面白かったし」
 唯乃はそう言って、笑ってくれた。
 目的の半分は達成できた、と美央は思う。唯乃が楽しそうにしてくれているから。
 あとは、
「唯乃ちゃん」
「?」
「トリック・オア・トリート!」
 ドライフラワーにした幽玄草を、彼女にプレゼント。
 咲いた花を大好きな人にプレゼントすると、思いが伝わるというその花を。
 伝説のとおり、大好きな人へと。
「受け取ってくれますか?」
「もちろん。そういう美央ちゃんこそ、私からのトリック・オア・トリート、受け取ってくれる?」
 差し出されたのは、幽玄草。
 と。
「え、お菓子?」
「作ってきたの。お呼ばれしたのに手ぶらだなんてみっともないわ」
「気にしなくていいのに……!」
「でも、丁度良いじゃない? ドライフラワー作りが早く終わって、時間はたくさんあるんだから。
 お茶を淹れて、二人でゆっくり、ハロウィンを過ごしましょう?」
 それは、素敵な提案だ。
「じゃあ、お茶淹れますね」
「ええ。お願い」
 お茶を淹れて、戻ってきて、目につくのはドライフラワーにしてもなお鮮やかな色を放つ幽玄草。
 ハロウィンだけに咲くなんて。
 その日一日で終わってしまうなんて。
 そんなの、悲しいから。
 いつまでも留めておきたかった。
 今日は確かに、今日だけで終わるけれど。
 ずーっと一緒に居られるようにと願いを込めて。
「ねえ唯乃ちゃん!」
「なあに?」
「ずっと一緒に居ましょうね。ドライフラワーみたいに、ずーっとずーっと変わらずに!」
「あら、いい方への変化は要らないの?」
「え、それは必要です。もっともっと、もっともっともっと仲良くなりたいですもん!」