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未踏の遺跡探索記

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未踏の遺跡探索記
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第2章 神殿に息づく者たち 1

 光が灯った。
 穏やかでありながら、呼吸を続けているかのように力強さをもった光だった。
 光術――光を操るその術を用いるは、鮮やかに湛える赤の瞳を持った女だった。たおやかになびく長髪が、手のひらの上で浮かぶ光の玉に照らされて幻想的な影を作り出している。
 そして影は……一つではなかった。
「こういう雰囲気の場所は、ロマンもありますけど、危険な感じも、しますね」
「そういうところだからですかね。皆さんお宝ゲットに燃えてるような……お宝は魔道書でしょうか?」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)の呟きに、誰ともなく声を返したのは山南 桂(やまなみ・けい)だった。お互いに美形の青年が二人であるが、その性質は大きく変わっていた。黄金色の金髪を伸ばしている翡翠の整った顔立ちに対し、桂のそれは女らしさの塊のようなものである。色気を発する桂の顔は女性と言っても過言ではないが、それを口にしてしまうことは禁句であった。
「魔道書のせいか分かりませんが、この遺跡、闇が濃い気がします。私は、平気ですが、のまれると厄介なことになりそうな気がしますわ」
 そんな二人に光術を操る美しき女――柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が加われば、美男美女のグループが完成する。
 彼らとともに遺跡を歩む五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、その美しさに感嘆の息を漏らした。少年のような素朴さを持つ少女は、自分の平たい胸と普通すぎる身体を見て、僅かにため息をつく。
「はあ……」
「ん、どうした、嬢ちゃん?」
「い、いや、な、なんでもないよ」
 問いかけてきたパートナーの雨宿 夜果(あまやど・やはて)に、終夏は慌てて声を返した。
 どうやら、自分と翡翠たちとのオーラの差を見比べていたようである。翡翠は別にしても、そもそもが精霊や英霊といったところで仕方がない気もするのだが、まかりなりも女であるということか……劣等感にも似たものは抱くようだ。
 とはいえ、それに気づく夜果からすれば、終夏とてそう外見的に悪いわけではない。むしろ、その少女らしい素朴で清潔感のある外見は、人の目を引きつけるだろう。
 ……知らぬは本人ばかりだ。
「しっかり、音楽の為だけにこんなアンデッドがうじゃうじゃしている場所に来るなんて、嬢ちゃん物好きだよなぁ」
「む……で、でも、いまもどこかで美しい場所が残ってるなら、それを見てみたいって思ってもいいんじゃないかな。それに、そういう処があったらいいな……って、私は思うし」
「ま、そういうのも嫌いじゃないけどな。んじゃ、オッサンはマッピングでもしとくかねぇ」
 夜果は愛用の手帳を取り出して、自分たちが通ってきた道を記し始めた。この神殿は、どうやら入口が一つとは限らないようであった。遺跡の正面にある入口が言わば正門なのだろうが、探してみれば、長年の時間で蔓に覆われた扉などが顔を出したのである。
 遺跡内の壁画は意外にも多人数で描かれているものが多かったし……もしかしたら大勢で住んでいたのかな?
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は『超感覚』で犬耳を生やして周囲を警戒しながらも、己の頭の中で考察を続けていた。
「ねえ、昶」
「んあ?」
 北都が声をかけた先で、狼耳を生やした白銀 昶(しろがね・あきら)が振り返った。八重歯を生やした口がぽかんと開いて、あまり頭が良さげな印象は受けないが、無邪気な子供らしさという点では、ペットのそれを思わせる少年だった。
 犬耳と狼耳で違いはあるが、こうして見ると仲の良い兄弟わんこのような印象を受ける。ピクピクと耳を動かしながら、北都は尋ねた。
「ジャタ族に纏わる伝記や記述なんかで、ここに関係してそうなものってなかったのかな?」
「ジャタに? んー……なんかあったかなぁ……あ、そういえば、前に緑の心臓を見つけたときは童歌が鍵になったんだっけ? ここも何か鍵みたいなのがあるのかなぁ」
 昶は首をかしげた。確かに、それも一つの鋭い意見であった。そもそも、こういった過去の遺物や遺跡というものは、他者の侵入を拒むように設計される傾向がある。それは、別に過去において特別というわけではない。近代文明が発達した現代の地球とて、セキュリティという名で他者を拒むことはそう少ないことはないのだ。
「鍵か……ここも、なにか隠すことでもしてたのかなぁ」
「かもしれねぇな。なんか霊的な実験とかしてたとか噂では聞いたが……」
 誰ともなく口にした北都に答えたのは、野太い声だった。
 豪傑と言うにふさわしい巨漢がそこにいた。髭を生やした勇敢な顔立ちに、本当に学生ですか? と言いたくなるほどの見事な肉体。小柄でのんびりとした雰囲気を持つ北都からは、まさに対極にいるような存在感だった。
 とはいえ……そんな見た目とは裏腹に、巨漢は眼鏡をかけて知的な顔を覗かせた。
「ま、俺はとりあえずこの時代の医療に関することが少しでも分かればいいんだけどなー」
「ラ、ラルクさんは……そのために遺跡に? 医者でも目指してるんですか?」
「おうよ。だから、色々な時代の医療技術や考え方について知識を持っときてぇんだ。……あー、まあ、あとは探索ついでに修行しておくのも悪くねぇかなってのもあったけどな。というか、そっちのほうがメインかも」
 小柄な探究者と医者を目指す巨漢……もしかすれば、案外気が合うのかもしれなかった。
 ふと、何かを思い至ったように、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が北都へ尋ねた。
「そういや……シェミーとかいう奴もここに来てるんだっけか?」
「そうですね、多分正面のほうから――」
 と、不穏な気配が北都たちの会話を遮ったのは、そのときだった。会話をすぐに中断した北都は、静かに目を鋭くした。通路の先の、その闇からは……
「アンデット……ですね」
 翡翠が冷静に呟いた。
「おおースケルトンにゾンビとか、まさにそれっぽい敵だな!」
 ゾンビとスケルトンという死者迷走の二種が、水の滴るような音と骨を打ち鳴らす音を不気味に鳴らして近づいてきた。
 先に動く――スケルトンだ。
「カカカカカ!」
 不吉な骨の音が響き渡った。しかと握ったボロい剣が、いかにも戦闘能力の引くそうな終夏を標的にする。が、鈍い音がそれを遮った。
「させねぇよ」
 にやりと笑って夜果が骨剣士の剣を受け止めると、それを合図とするかのように反撃が始まる。
 ずいと護るために飛び出た桂の構えた大鎌が、骨剣士をなぎ払った。
「ラルクさん!」
「よっしゃ、任せとけ!」
 桂に心強い返事を返し、ラルクが拳を眼前に持ちあげた。そこに宿るのは、ただの空気ではない。ドラゴン特有の怪力が、ラルクの全身を強化させてゆく。ただでさえ力と格闘術に長ける猛者だ――そこに竜が宿るということは、
「うらああぁぁ!」
 眼鏡をかけた知的な武人の拳が、骨剣士を思い切り砕いた。
「お前の動きを捉えるなんざ朝飯前だ。こいつでもくらいな!」
 そこには光の闘気がこもっており、魔の力に染められた死者たるスケルトンは、文字通り粉々になるばかりである。加えて、尋常ならざるその迅さは、敵の攻撃を避けるのにも一役買っていた。
「闇のものには光ってか? まぁ、なんかぶん殴ってる以上関係ない気もするがな……」
 軽口をたたくラルクであったが、それは彼の戦闘スタイルなのだろう。北都と昶は、彼一人では捌ききれぬ敵へ、逃さないとばかりに応戦した。
 桂だけでなく、翡翠と美鈴も後方から魔法で援護する。特に、ゾンビに対抗しうるのは光の力以外にも炎が有効と思われた。
「申し訳ありませんが……」
「眠ってもらいましょう」
 翡翠と美鈴の放つ炎が、ゾンビたちを包囲して覆ってゆく。終夏も、残された死者に対抗して懸命に闘っていた。
「おやすみ……安らかに」
 無論――そこにあるのは、ただ暴力と私欲だけにまみれる姿ではなかった。光術によって死者を浄化することは、彼女が彼女であるゆえの優しさである。ラルクや桂たちが葬る死者たちにも、せめてもの手向けとして光の道を開いてあげていた。
「さって、終わりか……」
 アンデットたちがいなくなり、北都の耳にも敵の気配は消え去った。
 ようやく戦いから解放されて、終夏は最後のゾンビに光術をかけてあげた。普段は光の力で敵を葬るものであるが、アンデットたちにとっては、その暖かな光が心地よいのだろう。最後にわずかにうごいたゾンビの口は、終夏に何を伝えようとしていたのだろうか。
「この人たちも、何かを求めてここにやって来たのでしょうね」
 終夏の傍らに歩み寄った美鈴は、ゾンビを見下ろしながら呟いた。冷静な物言いではあったが、死を司る精霊の一人であるせいだろうか……そこには、わずかな哀しみにも似た響きがあった。
「……人の想いが集った場所は、どんなに時間が経っても綺麗だと思う。きっと、この人たちもそんな『想い』の一つなんだよ。だから……それを見届けたい」
 終夏はそう答えると、すくっと立ちあがった。
「……それじゃ、行こう」
 みんなを促して、彼女は歩み始める。
「……って、おいこら終夏。あんま先に行くなっての……オッサンを置いてくなんてひどい!」
 オッサンの声にくすくすと笑いながら、終夏は仲間たちと先を進んだ。人の想いの集まる場所を探して。