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第4章 ハルピュイア

「なあ、まだ着かないの?」
「えっと、確かそろそろのはずなんですが……、っと、見えてきましたね」
 エッツェル・アザトースの案内の元、歩くこと数10分程度。この間、別のモンスターに襲われるようなことは無く、状況は概ね良好といえた。
 そんな彼らの前に1つの見覚えのある光景がやってくる。ハルピュイアが主に根城にし、レオン・ダンドリオンを含む11人の男が捕まっている大木と、それに囲まれた歌うのに適していそうな広場。そう、瑛菜が傷を負わされた、あのハルピュイアたちのテリトリーである。
「そうそう、ここだよここ。間違いない。ここでレオンが捕まったんだ」
「1発で見つかるとは、我々は運がいいですね」
「よし、それじゃそろそろ行動開始かな。まずは耳栓をして歌が聞こえないようにして、それから突撃開始――」
「おおっと、それはちょっと待った」
 今にもハルピュイアたちの前に出ようとする瑛菜の両肩に手が2本置かれる。片方の手の持ち主は朝霧 垂(あさぎり・しづり)、もう片方は葛葉 明(くずのは・めい)のものであった。
「あのな瑛菜、いきなり突撃なんかしたら、いくらこっちに戦う気が無くても、向こうが警戒してしまうだろ? レオンたちは別に殺されるわけじゃないんだし、ここはひとまず抑えてくれ」
 瑛菜の左肩を軽く叩きながら、垂はゆっくりとなだめにかかる。
「それはそうだけどさ……」
「大丈夫大丈夫。ゆっくり出て行って、その後で『戦うつもりは無い』って言えば、きっと向こうは信じてくれるよ。ま、ここは女のあたしたちに任せなさいって」
「繁殖したいなら男が必要だ。で、俺たちは女だ。つまり繁殖に使えないから魅了する必要が無い。結果、何もされない可能性が高い。俺たちがまず『話し合いに来た』って言いに行くから、OKが出るまでここで待っててくれ。な?」
「……しょうがない。それじゃあ、お願いしようかな」
 明と垂の笑顔と、両肩に置かれた手で納得したのか、瑛菜は2人に任せることにした。
「ま、一応耳栓はしておくかな……」
「いくら自分が女だからとはいっても、魅了される可能性はゼロじゃないもんね……、念のため念のため」
 女だから大丈夫だとは言ったものの、戦力の減少が目的で魅了の歌を使ってくる可能性はある。それに世の中には「女が好きな女」もいるのだ。ハルピュイアの中にそういった手合いがいないとは限らない。
 耳栓をつけた2人はゆっくりと茂みから広場へ身を移す。もちろんその姿はハルピュイアたちにしっかりと認識されることとなった。
「アレ、ドウ見テモ雌ヨネ……?」
「ユックリ動イテルカラ、襲イニ来タヨウニハ見エナイケド……」
 ハルピュイアたちの間で疑念が広がっていくが、やってくる雌たちの動きがあまりにもゆっくりであるため、激発するような者は出なかった。
 やがて2人は広場の中央まで足を進めると、そこでハルピュイアたちに呼びかけた。
「ハルピュイアやーい。降りておいでー」
「危害を加えるつもりは無い。まずはちょっとだけ話がしたいんだ」
 今度はハルピュイアたちの間にちょっとした動揺が生まれた。相手は雌だし、繁殖に使えないから魅了しても意味が無い。だがそれを逆手にとって、ああやって自分たちを引きつけて攻撃してきたらどうする?
「ドウスル?」
「ン〜……。敵意ハ見アタラナイノヨネェ……」
 それから2分ほど経った頃だろうか、数羽のハルピュイアが大木の上から降りてきた。どうやら話を聞く気になったらしい。彼女たちが地面に降り立ったのを確認すると、垂と明は耳栓を外し、会話ができるようにする。
「ようやく見つけたわ。あなたたち、勝手に人を攫っているでしょ? 話題になっているわよ」
「エッ、ソンナニ?」
 明のその言葉に、ハルピュイアの1羽が意外そうな顔をする。
「そんなに、なんてレベルじゃないわよ。現に今かなりの数の人間が近くにいるんだから」
「チ、チョットォ、ドウスルノヨォ。結構マズイコトニナッテルジャナイノヨォ」
「ウ、ウロタエナサンナ! はるぴゅいあハウロタエナイッ!」
「ああ、大丈夫。今は何もしないから」
 目の前で言い争いを始めそうになったハルピュイアを明がなだめる。
「でもこのままだと争いになるのは間違いないわ。もちろんそれはよくないわよね」
「ト、当然ヨ。私タチハタダ繁殖シタイダケナノニ……」
「もちろんあたしだって争いたくないわよ。だから1つお願いがあるの。みんなにはハルピュイアに手を出さないように言っておく。平和的に繁殖できるように知恵も貸す。だからその代わり、あたしたちを攫った人たちの所まで連れて行ってよ」
 数羽のハルピュイアが目の前で相談を始めるが、数秒もしない内に結論が出た。その提案を受け入れるという。
「……ウン、イイワヨ。私タチモ争ウノハ嫌ダシ。ジャ、ツイテ来テ」
「ありがとう。それじゃあみんなに言っておくわね」
 明は振り向き、茂みの中にいる仲間に向かって「大丈夫」という風に身振りを示す。それを確認した瑛菜たちが、ぞろぞろと姿を見せた。
 垂と明はそのままハルピュイアに導かれ、レオンたちの所へ向かう。他に瑛菜と、パートナーや友人が気になる者がその後に続いた。

 姿を見せた人間たちの数にハルピュイアは驚いたが、いずれも攻撃する意思を見せないため安心できた。いくら自分たちが空からの攻撃を得意とし、魅了の歌が使えるといっても、50人以上――その内20人程度は捕まえた雄の方へ行ったが――いる人間たちと戦うのは気が引ける。
 やはり恐怖は隠しきれないのか、ハルピュイアの顔が少々青くなっている。それを見たエッツェルがまず話を切り出した。
「いやはやまったく、大人数で押しかけてすみません。でもご心配なく、ここにいる人たちは皆、あなたがたに危害を加えたりはしませんよ」
「……デモ、武器ヲ持ッテルノモイルミタイダケド?」
 見れば確かに武装している学生もちらほら見えるが、これはパラ実生の相手をしようという者たちである。
「……大丈夫です。あれはまた別の手合いを相手にするためですから、本当、大丈夫です」
 本当なら全武装を取り払った方がよかったのだが、非常事態になることも考えられるため、そうも言っていられないのが現実だ。
「それにしても思うんですが、繁殖するには、相手は人間でないと駄目なんですか? イルミンスールにはモンスターや普通の動物もいるでしょうし、そっちでどうにかすればいいような気がしますが……」
「別ニ人間ジャナクテモ大丈夫デハアルンダケドモ……。他ノもんすたーヤ動物ハミンナ、私タチノコトヲ知ッテルカラ、アンマリ寄ッテキテクレナイノヨ」
 ハルピュイアが繁殖に必要とするのは「他種族の雄の子種」であり、人間にこだわる必要は無い。だがモンスターや動物というのは危機というものに敏感なところがある。そのため「あの場所に行くと危ない」という情報を元に、ハルピュイアたちのテリトリーに近づいてこなかったりするのだ。もちろん自分から捕まえに行けばいいのだが、相手が人間なら割と勝手に寄ってくるので、楽といえば楽なのである。
「ははぁ、それはそれで大変ですねぇ。それなら仕方ありません」
 いいつつエッツェルはハルピュイアの1羽に近づく。
「ハルピュイアさん。どうせなら私なんかどうですか?」
 魅了の歌を使われていないのに、エッツェルは自らハルピュイアに子種を提供すると言い出したのである。
 彼がこうするのもそれなりに理由がある。元々、趣味を追求しながら生きるのが信条の彼には性別・年齢・種族を問わず、相手が可愛ければ口説きに入るちょっとした悪癖がある。レオンが攫われて貞操の危機にあると知った時、彼は思った。ハーレムで羨ましい、と――もちろん初体験がモンスターなのはかわいそうだから助けるつもりではいたが。
 そしてハルピュイアの方にしても、これは嬉しい申し出であった。無理矢理連れてこずとも自ら繁殖に協力してくれる雄が現れるなんて!
「アラ、イイ雄ガ目ノ前ニ……」
「おやこのアンデッドの申し出に応じていただけるんですか。では早速そこの木陰にでも――」
「説得に来ておいて自分から魅了されてどうするんだ、この自称アンデッド野郎が!」
「ぞんびッ!?」
 一緒に来ていた泉椿が、持っていた碧血のカーマインのグリップ部分で、エッツェルの脳天を思いきり殴りつけた。奇妙な悲鳴を残し、エッツェルは地面と濃厚な口付けをかわしたまま気絶する。まあ彼は自らをアンデッドと呼称するネクロマンサーであるため、しばらく放っておけば自己再生能力――つまりはリジェネレーションのスキルで勝手に復活してくるだろう。
「まったく何考えてんだこの男は。せっかく用意した耳栓が結局ほとんど使われなくなっちゃったから、それだけでも結構空回り気味だってのに……。っと、いきなり驚かせてごめんな」
「イ、イエイエ……」
「さて、あたしとしては、まずおまえらに聞きたいことがある」
「ナ、何ヲ……?」
 顔を引きつらせるハルピュイアに椿はずいっと迫る。そして静かに質問した。
「おまえらの『雄』はどこにいるんだ?」
「……ハ?」
「つまり『ハルピュイアの雄』はどこにいるのか、って聞いてるんだ。案内してくれ。ちょっとそいつらに言いたいことがある」
 情に熱く、友人や困っている者を放っておけない性格をしたこのパラ実生は、いわゆる「イケメン」が好きな女である。そんな彼女が今回の瑛菜の依頼に乗ったのは、ひとえに「イケメンをモンスターに持っていかれたくない」という気持ちからだった。ハルピュイアにだって雄ぐらいいるはず。せっかく雌が繁殖期にあるというのに、一体何をしているのか!
「で、どこなんだ?」
 さらに迫る椿だが、ハルピュイアから返ってきた答えは彼女をある意味で落胆させるものだった。
「イナイワ」
「は?」
「ダカラ、はるぴゅいあノ雄ハホトンド『存在シナイ』ノヨ。生マレテイタトシテモ、場所ナンテ知ラナイシ」
「……なんですと?」
 聞けば、ハルピュイアというのは人間と違い「卵生」であり、その卵から生まれてくるのは、実はほぼ全て「雌」なのだ。ハルピュイアの「雄」も生まれなくはないのだが、その頻度は数10年に1度。そもそもほとんど生まれておらず、よしんば生まれていたとしても、探し出すのは非常に困難を極めるというのだ。
「ダカラ私タチハ『他ノ種族』ノ雄ヲ必要トスルノヨ」
「ソモソモはるぴゅいあノ雄ガワンサカイルナラ、最初カラソッチデ繁殖シテルワヨ」
「そ、そんなぁ……」
 椿はがっくりとうなだれた。彼女は、ハルピュイアの雄たちに意気地が無いせいで、雌が人間を攫っているものとばかり思っていた。そこでそんな雄たちに檄を飛ばし、雌に向かって魅了の歌を歌わせるつもりでいたのだが、そもそもその雄が存在しないとなれば、根本から計画が崩れてしまう。
「マア大体、雄ガタクサンイタトシテ、ソイツラガ草食ベルたいぷダッタトシテモ、アンマリ関係ナイシネ」
「ドッチカトイエバ私タチ肉食ベル方ナンダシ、コッチカラ搾リ取リニ行クワヨ」
 なんだそれは、結局自分の行動は最初から空回りしていたということか。椿はさらにうなだれてしまった。とはいえ、いきなりハルピュイアと戦闘になる可能性はゼロではなかったのだし、雄がほとんど存在しないことも知らなかったため、これは不運が重なっただけとも言えるのだが……。
「ま、まあ、もし気になる奴がいるんなら、離すなよ……。ハルピュイアじゃなくたって、イケメン捕まえんのは難しいんだからさ……」
「頑張ラセテイタダキマス……」
 落ち込む椿の姿に、なんだか申し訳ない気分になったハルピュイアであった……。