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=第3章=   パニック寸前!?乗客に安心の声を!




 乗客がいち早く騒ぎ出したのは、当然のこと、モートンを止める人間の姿が著しく多い先頭の第1車両だ。
 第1車両から各車両へ、少なくとも3名の人間が走り去って行ったのを見れば、鈍感な者でもおかしな状態に気付くだろう。

 しかもあとあと、連結部に走った3名は、事情を説明して連れも率いる可能性がある。
 走って行った先々の車両でも、乗客が騒ぎ出すのは時間の問題だ。


 しかし事態はことのほか深刻のようだった。


 窓の外で、列車を引いているはずの機晶姫モートンに何かしら手を加えている人間たちの姿が、車両前部にいる乗客たちの不安を
 あおっていたのだ。
 声をあげて指差す乗客も現れ、そうすればもうこの車両には、異常事態を認識する者しかいなくなる。

 「もうそろそろ到着時間よね、なのにこの列車スピードが落ちてないみたい!」と、車両の中ほどから声が上がり、
 そろそろ手がつけられないような恐慌に陥りかけた。


 〜〜〜ュ♪

 〜〜〜ュュ、ユユ♪

 
 緩やかな音色が、瞬時でざわめきを押し流した。
 楽器の音のようだが、日本のものではない、個性的で独特な音だ。


「みなさん、落ち着きましょう」


 楽器の引き手は中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)――愛称はシャオという――だ。
 この楽器、実は中国の物で“二胡(にこ)”というのだが、なかなか心の落ち着く音色を奏でている。
 
 あっという間に乗客たちの声は雑談程度になり、隣同士で会話を始める。
 「さっき走って行った人たちは、きっと私たちを助けてくれるんだわ」と、内容は希望のある内容にとってかわった。


「シャオ、音色は一定に。緩急はいらないからね」


 セルマ・アリス(せるま・ありす)は、【心理学】の知識を使って、
 人が一番落ち着く周波数で二胡を奏するようにパートナーの少女に指示を出している。

 パートナーに手を出す輩がいないか注意しながら、セルマは銃型HCを取り出し、【アルマゲスト】のメンバーにつなぐためにツマミをいじる。

 他にもこの列車に乗り合わせたメンバーがいれば、連携がとれるかもしれないからだ。
 とっくに自分の役目を見極め、それぞれ動いていれば問題はないが、それも内部だけに限定された話だ。

 銃型HCに応答があった。


<もしもし〜セルマちゃん?ただいま飛行して列車を追尾中の詩穂ですよ〜!>


 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)のおちゃめな声がスピーカーから流れてくる。


<ワイルドペガサスちゃんでこれから虹の根元に行こうとしてたんだけど、この列車から光がポーンと上がってるのが見えたから、
 駆けつけてみたんだよ!>


 そのスピーカー越しに、更にもう一つ、エンジンをふかす音が聞こえた。


<詩穂さま、もう少しスピードを抑えて下さい!追いつけませんわ!>


 どうやら、パートナーのセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が、
 後方からまた別の乗り物で並走ギリギリに走っている模様だ。
 セルフィーナはヴァルキリーだが、飛行距離が短くたびたびの休憩が必要なため、文明が作った乗り物を使う方が効率がいいのだ。

 セルマは数分前、影野陽太からもらった情報――機晶姫の暴走と、貨物車の爆薬のこと――をかいつまんで詩穂に話した。


<わかったんだよ。情報が伝わってないかもしれない後方車両へ、乗客救助に行ってきま〜す!>
<待ってください、詩穂さまーー!!>


 バサバサッという羽の音と、ブオォオンという音が、同時に遠ざかって行き、じきに通信が切れた。
 銃型HCの元電源はオンにしておき、セルマはまず乗客をひとつうしろの車両に誘導するべく、声をあげる。


「乗客のみなさん、まずはゆっくりと立って、2車両目へ移動してください。」


 促され、車両前方にいた乗客が次々と後方へ向かって歩き始める。
 ・・・・・・ところが、連結部へ続くドアの前に人だかりができていて、進行は思ったように進んでいないのだった。


 人だかりの中心にいるのは、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)だ。


 セルマは元々、そのふたりを横目に見ながら、同じく救助活動をしていると思い放置していた。
 主に人々の進行を止めているカセノイに対し、リリィがその光景を傍観していることも、セルマの状況把握が遅れた原因だ。
 
 シャオと同様に、音楽で人々に訴えかけているまではいいのだが、その内容がいけない。


 カセノイが歌っているのは【悲しみの歌】なのだ。


「どうせ死ぬなら寝て待とう。夢見心地で旅立てるぅ〜」


 個性的な言い方ではあるものの、乗客たちの脱出意欲をどんどん削ぎ落しているのは明白だ。
 カセノイは、なぜ所持している竪琴の方を使わないのだろう。
 このままでは危ないと思い、セルマは先に、リリィの方へ説得に向かう。


「(リリィ、きみ、パートナーを止めてください・・・・・・!これじゃ逆効果なんだ!)」
「(あら、さすがに死にはしないでしょうし、大げさすぎますわ)」
「(大げさじゃない!見て!乗客たちが窓際に集まり始めてる!)」
「(まあ・・・・・・本当・・・・・・)」


 悲しみに暮れ、思想までも悲観的になった乗客が、窓から外に脱出しようとしているのだ。
 そんなことをすれば、反対に命にかかわる。

 ぼそぼそとやり取りを交わした後、リリィもさすがにパートナーの歌う歌が逆効果であると認知した。


「ストップ!ストップですわ!」
「ちょ、なんだよリリィ!お前が言っから一生懸命歌ったんじゃん!」


 そこで、リリィとカセノイの夫婦喧嘩のような小競り合いが勃発した。
 忠実で堅実なパートナーであるのは良い事だ。
 こうして喧嘩をするのも、またよりよい関係を築く礎になるのだろう。


 なにはともあれ、セルマは、我に返った乗客を再び2車両目へ誘導し始める。
 幸い、シャオの奏でる二胡の音は止まることを知らずに、一層の響きを持って奏でられていた。


 その時、セルマの肩を叩く手があった。
 セルマは手の方を向いて、瞬間、目の前にあった顔にびっくりする。

 びっくりするというのは、相手――ネルソー・ランバード(ねるそー・らんばーど)の顔がちょっと強面だったから、
 初対面のセルマはつい勢いで肩を縮めてしまったという話だ。


「どうやら大変なことをしてるみたいですね、手伝いますよ」
「えっ、あ、ああ、ありがとう・・・・・・」


 ただの、普通の、イイ人だった。

 ネルソーはどうやら超能力者(サイオニック)らしく、セルマは乗客の避難に手を貸してくれるように頼んだ。
 窓から乗客を避難させようという者が出てくるかもしれないし、その手伝いに回ってくれれば助かる。


「じゃあ、俺もまず後ろへ行きますよ」
「お、お願いします・・・・・・」


 軽い足取りでタンタンッと、ネルソーは人波をかき分けて後部車両へ消えていった。


(人間、見た目じゃないんだ、やっぱり)


 セルマは、世界の常識をひとつ、学んだ。




 *



 場所は変わり、第2車両では、演説会場で繰り広げられるような雄々しい声が、拡張器もないのに響き渡って、乗客を完璧に導いていた。
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)は、俳優も顔負けの身振り手振りで乗客を3車両目へと促している。


「この帝王が居合わせたことが、君たちの幸運だ。俺を信じろ、君たちは助かる!」


 乗客からすれば、自らを“帝王”と呼ぶヴァルのユーモアに心なごまされた部分もあるが、実際、本人は大まじめだ。
 そのおかげで、本当に乗客たちが安心している節も見られるのだから、大した統率力と言えよう。


「ヴァル、いったん乗客避難はこの先の3両目で止めるのだ。一番後ろの客車では全員を収容できないかもしれない」
「どうした!怪我人か!?」


 銃型HCを手に、ヴァルのパートナー神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)が帝王に告げる。
 どうやら彼が勘違いしてしまいそうなので、あわてて言葉を付け加える。


「違う違うッ・・・・・・4車両目に通信を取れる者がいて、その者が4車両目の状況を子細に報告してくれたのだ」
「なるほどな!なぁに、【根回し】はしてあるし、これより後ろはスムーズに乗客を誘導できるから大丈夫だ!」


 ヴァルの、私的会話なのか誘導指揮なのか分からない発言をスルーしつつ、ゼミナーは銃型HCに入って来た情報をまとめる。

 影野陽太らは機晶姫モートンを減速中。
 橘 カオルと草薙 武尊は2・3両目の連結部を切り離しに回っていて、どうやら援護係もいるようだ。
 途中で入って来た佐野 亮司の話はもっと興味深く、一番後ろにある貨車の中にある爆薬を、安全化しようと魔法を駆使しているという。
 

「どうやら、外から助けもやってくる・・・・・・これは、乗客を直接列車外へ降ろせるチャンスなのだよ」


 そう、少し前の話になるが、列車内から放たれた【光】と【火】の合図に気付いた者たちから、次々と連絡が入って来るようになっていたのだ。
 中には、本能的に列車が暴走しているのではと感付いた者たちも近づいてきているという。


(風は我に吹いてきた)


 帝王・ヴァンと、ゼミナーは更に誘導に熱を入れた。



 *




 乗客の騒ぎ声が波のように後ろにも伝播していく。
 1・2車両目をつなぐ連結部に辿り着いた草薙 武尊の隣には、御凪 真人(みなぎ・まこと)の姿があった。

 武尊が移動している途中に、急いでいる理由を聞きたそうに近寄って来たので、説明した結果ついてきたのだ。


「無闇に壊したり切り離したりするのは感心しません。他の手立てを考えませんか」


 先ほどから真人はこの状態だ。
 武尊はだから、道中何度も説得するために四方八方手を尽くし・・・・・・ではなく、口を尽くしていた。


「どこにあるか分からない物を探すより、手っ取り早いであろう!」
「しかしですね・・・・・・」
「おぬしと同じ考えの者は、他にもおるだろうが・・・・・・とにかく今は、確実に出来ることをするのみ」


 武尊には他に、爆薬を積んだ貨車の情報を伝える役目もあるのだ。




 *




 先頭車両から、2・3車両目をつなぐ連結部にて立ち止まった橘 カオルは、さっそく連結部を留め金ごと外そうと準備を始める。
 連結部は車両の外にあるため、少し派手なことをしても大丈夫だろう。

 
「原始的に行こうと思ったが、愛刀はさすがに、つっかえ棒にはたくないしな」


 キョロキョロとあたりを見回していると、ガタガタと後方でドアが開く音がし、酒杜 陽一(さかもり・よういち)が現れた。


「これなんか、使えるんじゃないか」 


 ポイッと陽一が投げてよこしたのは、予備にと用意されていた列車の配管だった。
 仮にも列車修復のための部品だ・・・・・・さすがに使うのはまずいだろうかと言う考えもよぎったが、
 非常事態から乗客を救うために使われるなら、配管も本望だろう。


「すまないな、ありがとう!」
「どうやらこの連結部分を壊したいように見えるが?」


 カオルは、連結部を破壊しなければいけない経緯を話した。


「なるほど、暴走機晶姫に、爆薬か。だが、もしかして連結部解除用のスイッチが用意されているかもしれないぞ」
「今ここですぐできることと、探し回って徒労に終わる時間と、どっちが確実だと思うんだ」
「公式的な手順を踏むのが、一番安全だと思っただけだ」


 そんな会話をしながら、カオルはもらった配管で連結部をどこから突けば効率がいいかを探し始める。
 見た目だけでも、陽一がただならぬ技の使い手であると分かったから、気持ちが楽になっていた。