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リアクション
第8章
「こ、これは! 何というときめきだ!!」
クルセイダーの一人は驚愕した。何しろ、一人の少女のときめきを計測したところ、持っていたセンサーが耐え切れずに爆発してしまったのである。
その少女、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は困っていた。両手で抱えて持ちきれないほど買い込んだチョコを、センサーを爆発させたクルセイダー達が現れて取り上げられてしまったのだ。
「何するのっ!! そのチョコレート返してよぉ!!」
だが、返してと言われて返す強奪犯はいない。
「やかましいっ!! こんなにチョコを買い込んで、一体どれだけたくさんの相手に配るつもりだったのだ!!」
クルセイダーの言い分も理解はできるが誤解している。
フレデリカの目当てはあくまで一人。その一人のために日夜研究を欠かさない彼女は、完璧な一個のチョコを作るために研究用のチョコを山ほど買い込んだのだ。
「ひどい! ちゃんと一人よたった一人! そのチョコで研究して完璧なチョコを作って今度こそ振り向いて貰うんだから!!」
「何ということだ、ここまでバレンタイン文化に毒されているとは!! 哀れなる少女よ、安心するがいい。この毒は我々でしっかり処分してやるからな!!」
会話が噛み合わないとはこういうことか。
話が通じないフレデリカの言葉のトーンが徐々に下がっていく。
「返して……返してよ……」
――そして、何かが切れた。
「……ふ、ふふ……あ、ははは……あははははははははは!!」
フレデリカは突然笑い出した。
突然の変貌にクルセイダーは驚くが、フレデリカはもうそんな事は気にしてもいない。ゆらりと首を傾げてクルセイダーを見つめる。
いや、その焦点はもう合っていない。
「……どうして……どうして返してくれないかなぁ……? そんなに私と彼の邪魔したいんだぁ……?」
紅の魔眼!! そしてアボミネーション!!
「ひぃっ!!?」
びくぅ、と身体を硬直させるクルセイダー。だがもう遅い。
赤い瞳を紅に染めて全身からファイアストームを噴き出して迫る、紅い魔王ヤンデリカの前に腰を抜かしてしまった。
「あははははははははははははは!!!」
怒りのままにクルセイダー達をこんがりと火あぶりにするフレデリカ。
パートナーのルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が現れて止めてくれるまでその攻撃は続いた。
「もう、フリッカ!! それはやめなさいって言ったじゃないですか!! そんなんじゃ彼に嫌われてしまいますよ!?」
ぴたりと、フレデリカの動きが止まった。それと同時に全身から噴き出し続けていた炎も収まっていく。
「ル、ルイ姉……」
「ほら、深呼吸して……落ち着いて、ね?」
「う、うん……」
さすがに紅い魔王と言えども彼のことを持ちだされたら聞かないわけにはいかない。
「もう、フリッカったら、やりすぎよ」
軽くフレデリカの頭を小突いて叱るルイーザ。
「う、うん。ごめんなさい……」
「さ、帰りましょ」
と、二人は大人しく帰路につくのだった。
後に黒コゲになったクルセイダーを残して。
あ、命に別状はないので、たぶん。
☆
「――知らんな」
と、夜の街を見回っているカメリアは答えた。質問を出したのはコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)だ。
『パラミタにはパンツァー・イタチューンという愛欲の神様がいるそうですが、カメリアさんは知りませんか?』と。
言葉の意味はさっぱりまったくこれっぽちも分からんが、と。とにかくカメリアは『知らん』と答えた。
「そうですか、知りませんかぁ」
と、コトノハは残念そうに呟いた。
「大体、最近まで山に引きこもっていた儂が他の神のことなど知っているわけがなかろうが」
カメリアの待ち合わせの相手とはコトノハだった。最近変態が出没するというので見回りに誘われたのだ。
「そうですかぁ。まあ、それはともかくとして独身男爵とやらが現れたらお願いしますねっ♪」
「とは言うがなあ、夢の中でHな事などさせてやっても、現実の欲望が解消するとは限らんぞ? その者の欲望の対象が本当にそこにあるとも限らぬし」
と、カメリアは呟いた。コトノハは独身男爵が現れたらカメリアのヒプノシスで眠らせ、その夢の中で欲望を叶えさせて現実の事件への欲望を解消しようというのだ。
「いいえ、独身男爵も結局『性欲』という欲望を『食欲』に変えているに過ぎません、きっと上手く行きます!」
その自信はどこから来るのか。
コトノハのパートナーであり夫でもあるルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は真面目な顔で頷いた。
「まあ、それはともかくとしてだ。バレンタインは我々の結婚記念日――そんな日にこんな事件を起こされては捨て置けぬ」
「そうですよ、それに今年からはもう一組の結婚記念日になるんですから♪」
コトノハは同行していた蓮見 朱里(はすみ・しゅり)とアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)に微笑みかけた。朱里は照れ笑いを浮かべる。
「ええ……そうですね」
アインもやや頬が赤い。
そう、朱里とアインは今でこそ周囲にほぼ夫婦同然として見られていたが、今年の2月14日当日についに結婚式を挙げる予定になっているのである。
夫婦同然、から本当の夫婦になれるということで、朱里とアインの喜びもひとしおだ。
周明けにはもうバレンタイン当日。朱里のお手製のウェディングドレスはもう完成しているし、教会も手配済み。
残るは当日渡すバレンタインチョコレートの用意だけ……と、最終段階の買い物に出た時にコトノハ一行に遭遇したのである。
ちなみに、朱里とアインの養子、黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)は荷物持ちだ。歩きながらコトノハとルオシンのパートナー、蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)と仲良くおしゃべりしている。
「そんでさ、母ちゃんのドレスすっげーきれいなんだぜっ!」
「へー、いいなー」
まあ、子供は子供同士、と言ったところか。
「へへへ、早くバレンタインにならねえかな、それにバレンタインってチョコレート食い放題の日だろ?」
何か、根本的な知識が欠落している健勇を、夜魅は笑った。
「えー、何それ? バレンタインは愛の告白の日だよー」
健勇は10歳、夜魅は12歳。実年齢が年上なこともあるが、やはり女子の方が早熟なのだろうか。
いや10歳なら分かっていてもいい年齢です、お母さん。
それはともかくとしても、週明けには結婚式を迎えた朱里&アインの新婚カップル。
もう半年もすれば出産を迎えるコトノハ&ルオシンの先輩新婚カップル。
この二組がときめきセンサーに引っかからないわけがなかった。
「チョコレイト怪人っ!! 奴らのチョコを奪えーっ!!!」
突然現れたチョコレイト・クルセイダーとチョコ怪人。
クルセイダーはコトノハと朱里達6人を遠巻きに囲み、逃げ場を奪ったところでチョコ怪人が襲いかかった。
その怪人がまたヒドい。
「チョコパンメーン!!」
「チョコレイト・レディ!!」
「チョコレイト・ビッグダディ!!」
「チョコ・ザ・ヒップ!!」
一気に4体も現れたわけだが、それぞれが筆舌に尽くしがたい形状をしていた。
チョコパンメンは全身がチョコでできたやたらと丸顔の計人なわけだが、無理やり自分の身体を食べさせてくる迷惑な怪人である。ちょっと口では言えないような部分を重点的に食べさせようとするからさあ大変。
チョコレイト・レディは名前こそ一見普通に見えるが、やたらと胸が巨大にデフォルメされた怪人である。というか胸が上半身を埋め尽くしていて、顔は見えない。その胸の先からミルクチョコを吹き出して攻撃する。
チョコレイト・ビッグダディはレディの対とでもいうべき怪人だが、もうすでに人間型をしていない。強いて言えば、温泉街の秘宝館で良く見ることができる男性の象徴的なものに手足が付いているとでも言えばいいだろうか。その先端からやたらとネバっこくて白くて嫌な匂いのするホワイトチョコを吹き出して攻撃する。
ここまで来ればチョコ・ザ・ヒップについてはもう解説の必要すらあるまい。要するにおしりマンだ。その割れ目かから茶色のチョコレート飲料を吹き出して攻撃する。
うん、君ら最低だから。
その存在のあまりのヒドさに呆れ返る一同。その隙を縫って怪人達は一斉に攻撃を始めた!!
「さあ、僕の身体をお食べよーっ!!!」
まずはコトノハに襲いかかるチョコ怪人。元々彼女が襲われないようにと着いて来たルオシンだったが、さすがに反応が遅れてしまった。その間にチョコパンメンはコトノハに覆いかぶさり、無理やり口を開かせて自らの股間部分のチョコを捻じ込んでいく。
「いやっ! ん、むぐぐぐ……!!」
それを見たルオシンは激怒した。
「おのれ、コトノハに咥えさせていいのは我だけだ!! ちくわチョコを食べてパワーアップ!! つぶし溶かして、ただのチョコにしてくれる!!」
今なんか言ったか、と突っ込みたくなるがたぶん突っ込んだら負け。
懐から颯爽とちくわチョコを取り出したルオシンは、それを食べて攻撃力を極限まで高める。
そのまま自らの光条兵器である『エターナルディバイダー』をソードモードで取り出し、圧倒的な破壊力でチョコパンメンを叩き飛ばす!!
だが、その隙を突いてルオシンに襲いかかる怪人達!!
「レディ・ホワイトビーム!!!」
チョコレイト・レディの胸の両先端から白いチョコレイトビームが噴出し、ルオシンの顔面にヒットした。
「ぐぁっ! しまった……!!」
顔面を中心にして、ルオシンの身体がホワイトチョコでコーティングされていく、そこにチョパンメンの呪縛から解き放たれたコトノハが反撃する!!
「ルオシンさんにおっぱいをあげていいのは私だけです!! くらいなさい!!!」
突っ込んだら以下略。
栄光の刀から放たれた爆炎波がチョコレイト・レディを襲い、その身体をドロドロに溶かしてしまった。
だが、その隙を突いて更にコトノハに襲いかかる怪人達!!
「ダディ・ボンバー!!」
チョコレイト・ビッグダディの先端から発射された白い粘着質のチョコレイト・ビームがコトノハに直撃した。
「きゃあああっ!!!」
こうして二人は白いチョコ彫像にされてしまったのだった。
「朱里、危ない!!」
一方のアインと朱里は他のチョコ怪人の相手で忙しい。
超カカオ怪人は99%カカオでできたチョコ怪人だ。何故カカオ100%の怪人は『チョコ怪人』で99%の怪人は『超』がついているのかは永遠の謎であるが、一言で言うと偶然だ。
それはともかく、アインは超カカオ怪人が放ったチョコレイト・ビームを受けてしまった。
ビームに狙われた朱里を庇うためである。アインは徐々にチョコレートでコーティングされていく
「に……逃げろ、朱里……」
「アイン、アイン!!」
庇われた朱里は、チョコレートの侵食を止めようとしてその顔面を覆おうとしているチョコレートを猛スピードで舐め取っていく!!
「ん……あむ……はぅ……」
「しゅ、朱里!?」
驚いたのはアインだ。いくら自分を助けるためとはいえ、公衆の面前でそのような姿態を晒す恋人に戸惑いを隠せない。
「だ、ダメだ朱里、そんなみんなの目の前で恥ずかしいこと……!」
純情なアインは、目を閉じて必死に息を荒げてチョコをぺろぺろと舐めていく朱里の姿を見て激しく赤面した。
だが何とその顔面の熱でアインを覆っていくチョコが見る見る溶けていくではないか!
これが愛の力か!!
それでいいのかという突っ込みもナシの方向でひとつ。
「よくもアインを酷い目に合わせたわね、許さないわよ!!」
朱里は超カカオ怪人のチョコレイト・ビームの発射口である両手のノズルに向けて氷術を放った。
「うぉっ!? こ、これではチョコレイト・ビームが発射できない!!」
焦る超カカオ怪人に、健勇と夜魅の二人が襲いかかる!!
「うぉー、チョコだ! ちょうど腹減ってたんだよ、いただきまーすっ!!」
健勇は育ち盛りの男の子、運動量も多いのでいくら食べても食べ足りない年頃だ。ビームを封じられた超カカオ怪人に取りついて頭からがぶりと噛みついた。
「ん、結構固いなっ!! それにチョコなのになんで甘くないんだ!?」
「そのままじゃ食べにくいよねーっ!!」
夜魅もまた育ち盛りの女の子、健勇が超カカオ怪人にそのまま噛みついたのを見て、超カカオ怪人をファイアストームで溶かしてしまう。
「あまくないの? だったらこれでどうだーっ!!」
じゃーん、と元気いっぱいにバッグから取り出したのは一房のバナナである。
「お、バナナと食うと結構いけるなコレ」
「でしょー?」
超カカオ怪人を溶かしたチョコレートフォンデュで、健勇と夜魅はおなか一杯になるまで楽しんだのだった。
あ、コトノハとルオシンは夜魅が火術で溶かしましたので、悪しからず。
☆
琳 鳳明(りん・ほうめい)は南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)に誘われてツァンダの街でショッピングを楽しんでいた。
ちょっと有名なお菓子のお店があるというので、チョコレートを買いに来たのだ。
「ヒラニィちゃんがお菓子買ってくれるなんて、珍しいこともあるもんだねっ」
特に悪気もなく、鳳明はご機嫌な様子で呟いた。
対してヒラニィも気分を害した様子はなく、鳳明を生暖かい視線で見守りながら並んで歩いている。
「ふん、わしだってたまにはな」
無邪気な鳳明は、可愛くラッピングされたチョコを持って微笑んだ。
「帰ったらお茶淹れるから、このチョコみんなで食べようねっ!」
「そうだな。それに――ほれ、そのチョコを参考にしてバレンタインのチョコを作ったら良いではないか。どうせ手作りするのだろ?」
ヒラニィが鳳明の胸に持たれたチョコを指差す。鳳明はその笑顔を見てうるうると瞳を滲ませた。
「ヒ、ヒラニィちゃん……私のためにそこまで考えてくれるなんて……うん、頑張って素敵なチョコを作るからねっ!!」
しきりに感激する鳳明。
連れだって歩く二人の前に、一人の少女が飛び出してきた。
それは、チョコレイト怪人達と戦うカメリアだった。健勇や夜魅、朱里とアイン、コトノハとルオシンもいる。
「カ、カメリアちゃん!?」
鳳明は驚きの声を上げた。かつて夢の中で美しくも恥ずかしい想像込みの思い出を暴露されてから、鳳明はカメリアが苦手であった。
そんな鳳明を横に置き、ヒラニィは叫んだ。
「む、出たなチョコレイト・クルセイダーとやら!! わざわざエサを用意して見回りをしていた甲斐があったというもの!!」
その言葉に鳳明は首を傾ける。
「え、見回り……? 今日はお買い物だよね……? それにエサって……?」
無言で鳳明の顔とチョコを交互に指差して示唆するヒラニィ。ニヤリと笑った。
「えーっ!? エサって私のこと? あ、じゃこのチョコって!? あ、どうりですぐに帰らないでウロウロすると思ったよ! ヒラニィちゃんヒドい!!」
鳳明の文句をスパっと無視して、ヒラニィは戦闘を続けるカメリアと並んだ。
「噂は聞いている、おぬしがツァンダの地祇の一人、カメリアだな! わしは南部 ヒラニィ! ヒラニプラ南部の地祇!!」
驚きながらも、さほど身長の変わらないヒラニィに並んでファイティング・ポーズを取るカメリア。チョコ怪人達は、偶然とはいえさらなる援軍の登場に戸惑っている。
「ぬ、助太刀感謝するぞ、ヒラニィとやら。儂はカメリアじゃ、以後見知り置け」
「うむ。――しかしそれにしても――」
ヒラニィはカメリアの頭のてっぺんからつま先までをまじまじと眺めた。
「?」
「似ている……」
ヒラニィはカメリアと自分の姿をじっくりと比べて見た。
ぱっと見10〜12歳くらいの年齢で。
ヒラニィは足首まで届きそうな長い赤髪、カメリアは足首まで届きそうな長い黒髪。
つり目で気の強そうな顔。
妙に大人びた喋り方、一人称は『わし』。
「――おぬし、わしの2Pカラーだな?」
ヒラニィさん、格闘ゲームじゃないんですから。
「――ほう、それを言うならお主こそ儂の2Pカラーとも言える、というわけじゃな」
カメリアさん、格ゲーどこで知ったんですか?
「我々を無視するなーっ!!」
見つめ合う二人に対して文句を言うチョコ怪人。ヒラニィは我に返り、カメリアに告げた。
「む、そうであった。ここは我々二人の地祇としての力――地祇力(ちぎぢから)を合わせる時!!」
差し出されたヒラニィの手を握り返すカメリア。なんだかんだ言って、ノリはいいのだ。
「うむ、良かろう!!」
発射されたチョコレイト・ビームをひらりとかわして高くジャンプし、二人はチョコパンメンを挟みこむように着地した。
ヒラニィは高らかに左腕を掲げた。
「いくぞカメリア! 怪人狩りだ!!」
同様に左腕を掲げるカメリア。
「おう!!」
「地祇パワー・プラス!!」
「地祇パワー・マイナス!!」
二人はタイミングを合わせ、的を絞れずに戸惑うチョコパンメンに襲いかかる。
「愛とか勇気とか友情とか努力とか勝利とかそれっぽい諸々の――!」
「超★ギャラクティカボンバー!!!」
二人が同時に突進し、チョコパンメンの首を同時にアックスボンバーで挟み込んだ。どうせ相手はゴーレムと遠慮なしに叩きこんだ必殺技は、チョコパンメンの首を跳ね飛ばし、その機能を停止させる。
見ると、コトノハや朱里達も他の怪人を制圧しているところだった。
互いの左腕をがっしりとクロスさせ、即席の友情を称え合うヒラニィとカメリア。カメリアは、愉快そうに笑った。
「はっはっは。お主、なかなかやるのぅ!」
それを受けて、ヒラニィも満面の笑みを浮かべて答えた。
「ふっ――おぬしもな」
と。
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