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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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                              ☆


 その頃の誠一は、ニンジャ人形3体を相手にしていた。
「おぉっと、さすがに3体はキツいですねぇ……」
 さすがに相手はニンジャである。繰り広げられる忍刀による攻撃に気を抜くと、すかさず手裏剣が投げつけられる。
 たちまち誠一は表通りから裏路地に追い詰められてしまう。

「ちち……これはいけませんねぇ……」
 誠一は呻いた。鎖鎌の長い射程範囲に誘導され、すっかり逃げ場を失ってしまった。
「ケケケケケ!! さっきマでの余裕はどウしたぁっ!?」
 3体のニンジャは、一気に勝負を決めようと誠一に襲いかかる。

 そこで、誠一はタイミングを見計らってスイッチを押した。
 何の?
 それは決まっている。


 ――罠だ。


「グォァァァッ!!」
 3体のニンジャ人形を無数のベアリングの弾が襲った。
 ただの弾ではない。あらかじめ『テロルチョコおもち』でタガネに仕込んで隠しておいた即席クレイモア地雷だ。
 ネーミングはユニークだが、テロルチョコおもちは要するにプラスチック爆弾。その使用方法は無限であると言える。

「いやぁ、まともにやっても良かったんですがね、まぁ、騙された歌姫さんの意趣返しってことで」
 誠一はニンジャ人形の一体を疾風突きで貫いた。比較的ダメージの浅い2体は一度表通りへと距離を取る。


 そこに現れたのが、ジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)である。魔鎧ザムド・ヒュッケバイン(ざむど・ひゅっけばいん)を装着した際の彼の精神状態は、著しく不安定だ。

 ――すなわち、狂人そのもの。

「アーギャッギャッギャ!! お前らぁ、呪いの人形だってなぁぁアぁぁっ!?」
 ニンジャ人形のうちの一体に問答無用で切りかかるジガン。技術も効率も関係ない、力任せでムチャクチャな切り方だ。
「ヌっ!? だが、この程度……ッ!?」
 一度ジガンの攻撃を受け切って、距離を取ろうとするニンジャ人形。
 だが、その考えは甘かった。

「ギャギャギャギャギャッ!! どうでもいいガキの災厄い程度ッ!! それがイヤだッてんならよぉッ!? 俺のこの狂気とかドウよっ!! 背負えるもんなラなぁっ!?」
 狂人に退却も後先の考えもない。次々に漸激を繰り返すジガンのスピードは、ニンジャ人形の対応速度を徐々に越え始めた。
「――ぬ、ぬウウうっ!!」

「悪意も害意も殺意も災いも狂気も! 全部ゼンブぜんブ俺のもんだ!! その程度が恐くてしょうがねぇ小物人形が、びびってんじゃねーッッッ!!!」

 やがてジガンが手にしていたブージは、ニンジャ人形の胴体を貫いた。そのまま長い柄を利用して、敵を地面に叩きつけるジガン。
 そこに、もう1体のニンジャ人形が忍刀で突きかかった。

 ドスリ。

 嫌な音がして、ジガンの口から鮮血がほとばしる。
 横腹から深く突き刺さった刀は、もう少しでジガンの命を奪いかねないほど傷を負わせた。

 だが、そこまで。

「――いいね、その狂気」

 ジガンはニンジャ人形の頭を掴んで、そのまま地面に押し倒し砕いた。
 誠一の罠で戦力を大幅にダウンさせてしまったニンジャ人形たちは、もはやまともに戦える状態ではなかったのだ。
 痛みを感じない人形特有の弱点と言えた。

「ギギギャギャギャッ!! オラ、どうした、かかって来いよぉ!?」
 ジガンはすでに戦闘力を失っている人形を蹴散らし、その頭部を踏みつけた。
 そこを、パートナーであるノウェム・グラント(のうぇむ・ぐらんと)が制止した。
「ジガン、いい加減に離れなさい! もう勝負はついてる!! あと傷の手当もしないと!!」
 まるで見境というものがないジガン、放っておけば敵味方の区別なく襲いかからないとも限らない。

 ぴたりと、ジガンの動きが止まった。魔鎧でありながらジガンの精神に影響を与え続けているザムドが、干渉を止めたのだ。

「――ふん、つまんねぇな」
 と、ジガンはニンジャ人形の頭を踏み砕く。


 砕かれた破片が、風に乗って散った。


                              ☆


「さて、この無益な戦いもそろそろ決着といきたいものですね」
 赤羽 美央(あかばね・みお)は、百々の前に姿を現した。魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)を装着した彼女は、ドレス形の鎧に身を包んでいる。
 百々は、その美央をじろりと睨んだ。
「ふん――無益か。お主ら人間にとってはその程度じゃろうな」
 だが、その言葉に首を振る美央。
「いいえ、そういう意味ではありません。そもそも、災厄ばかり背負わされたい者などいません。あなた達のように全く救いもなく、ただ一方的に災いをもたらされてしまったというのなら、私達にも反省すべき点があるのかもしれません」
「ふん、救いか――」
 百々は苦々しく呟いた。吐き捨てるように言葉を繋ぐ。
「勝手に災厄など背負わせておいて、結局はそのような増長慢!! わらわの望みなどお主らの知った事ではない!! 少なくともおぬしらの自己満足のための救いなどではないわっ!!」
 激昂する百々、その両脇に控えた随身人形2体が、すっと前に出た。
「姫様、ここは我々が」
 随身人形は、それぞれが弓と刀で武装した若者と老人の衛士だ。
 百々は、鬼の形相で美央を睨みつけながらも、一歩身を引いた。
「よかろう、まずはこやつらの相手をしてもらおうか。話はそれからじゃ」
 どうせ言葉だけで納得させられるとは思っていない。美央は頷いた。
「分かりました。約束ですよ」
 ふん、と百々は鼻を鳴らして飛び去っていく。
 それを見送る美央に、随身人形2体が次々と矢を射掛けた。

「やはり、そう簡単には近づかせてもらえませんね」
 美央はコキュートスの盾を構え、次々と飛来する矢を弾く。
「美央、落ち着いている場合ではありませんよ」
 サイレントスノーは美央を諭した。遠距離の戦闘能力に乏しい美央としては、接近しなくては話にならないのだ。
「はい……分かっています!!」
 美央はその場から大きく空に飛び上がった。ドラゴンの動きを取り入れて行なう強力な打突技、龍飛翔突である。
 ファランクスの構えで無数の矢を防ぎつつ、空中を一気に接近した。
「やぁっ!!」
 随身の若人形に突きを繰り出すが、敵も軽やかな動きでそれを避ける。
 だが美央もそこは折り込み済み、龍飛翔突はあくまで接近の手段に過ぎないのだ。

 しかし、接近してからの方が実は大変だ。
 いかに防御力に優れるパラディンと言えど、1対2の状況で耐え続けるのは困難。
 片手の飛竜の槍、片手にコキュートスの盾で2体の随身人形の漸激を防ぐ美央。
 次々に押し寄せる刀の嵐を、しかし美央は辛うじて防いでいった。
「とはいえ……このままでは追い込まれてしまいますね……」
 と、美央が呟いたその時。

「――ギギッ!?」

 老人形に大きな隙ができた。
 物陰に隠れていた美央のパートナー、エルム・チノミシル(えるむ・ちのみしる)が随身人形に梓弓を射掛けたのである。
 邪気を祓う梓の木でできた矢が、人形の視界を塞いだ。
「――いける!!」
 美央はこのチャンスを逃さなかった。
 歴戦の防御術を活かし、体捌きで老人形の死角に入り込んで若人形の方へと体勢を崩させる。

「――フッ!!!」

 気合を入れて放ったランスバレストが、2体の人形の右腕を武器ごと弾き飛ばした!!
 美央は一方的な防戦に耐え、2体の武器を同時に狙えるこの瞬間を待っていたのである。
「よし、今なら!!」
 春の精霊からもたらされた『破邪の花びら』を取り出した美央。
 彼女は、邪気を祓う花びらの力を攻撃ではなく、人形の浄化に使えないかと考えていた。花びら自体が持つ神聖の力を美央の精神力で増幅すると、花びらが大きな光を放った。

「――ギ、ギ、ギ……」
 戦闘力を失った2体の人形はその清らかな光に包まれて、やがて霧散して消えていった。

「やはり、戦闘力を失わせた後ならば、花びらは有効のようですね……」
 美央は深くため息をついた。戦闘に勝利したとはいえ、隙を狙っての防御戦は著しく体力と精神力を消耗するものだ。
 それはそれとして、と美央は物陰のエルムに声をかけた。

「……危ないから隠れてなさい、って言いましたよね……?」
 ぎくり。とばつの悪そうな顔をしてエルムが出てきた。
「だって……みお姉は隠れてろって言うけど、僕だって戦えるんだよ? それに、結局みお姉もそれで助かったじゃないか……」
 とはいえ、言いつけを守らなかったエルムに悲しげな視線を見せる美央に、エルムの語気はどんどん消沈していく。
「……ごめんなさい」
 まあ、助かったことは助かりましたけど、と美央はエルムの頭を撫でた。

「さて、後は皆さんにお任せですが……そろそろ市民の皆さんの避難も終わった頃でしょうか……」
 と、美央は空を仰いだ。随身人形がいた辺りからほのかな光が浮かび、空へと消えていった。