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第二ボタンを手に入れろ!

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第二ボタンを手に入れろ!

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第三章 10人のキューピット

「テティスさん!俺と結婚してください!!」
「は、ハイ!?」

 風祭 天斗(かざまつり・てんと)の突然の告白に、テティスは思わず素っ頓狂な声を上げた。

「ちょっと、天斗!アンタいきなり何してんのよ!悪ふざけにも、程があるわよ!!」

 いつの間にか、テティスの手まで握り締めている天斗を、アイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)が羽交い締めにして引き剥がす。
「ま、待ってくれアイナさん!俺はマジだぜ!テティスさんを口説き落とすためなら、例え雨が降ろうが槍が降ろうが!!」
「何言ってるんですか!この状況でテティスに告白するなんて!」
 優斗も止めに入る。
「離せ、隼人、優斗!お前たちには、お前の成長を一緒に喜んでくれる、母さんが必要なんだ!」
「誰が頼んだ、そんなコト!」
「ご、ゴメンなさ〜い、テティスさん。このバカ、今すぐ黙らせますから!」
 愛想笑いを浮かべ、ペコペコ頭を下げながら、天斗を物陰に引き摺っていくアイナ。

「ちょ……、オマ……!い、いや、これはホンのカルいジョークというか彼女の彼氏の気を引くための一種の芝居というか……!!ぶ、ブレイコウでしょ!……その、スンマセン、調子に乗っていましたーッ!だからメデタい日に血の雨をとかは、ヤメテーッ!ユルシテーッ!」

 天斗が引き摺られて行った紅白の垂れ幕の向こう側から、何かを殴るような鈍い音と、くぐもった悲鳴が幾つか聞こえ、やがて静かになった。



「皇、お前、テティスに第二ボタンあげたりはしないのか?」
 事の成り行きを心配そうに見守っていた彼方に、隼人が、唐突に訊いた。
「え?ボタン?」
「卒業式の日に、想い人から制服の第二ボタンをもらうと、その二人は結ばれるってヤツ。知ってるだろ?」
「あ、ああ……」
「お前、好きなんだろ、テティスのコト。お前から、渡しちゃったらどうだ?」
「お、俺は、別に……」
 隼人に背を向け、あいまいな返事をする彼方。



「皇先輩、御卒業おめでとうございますっ!」
 彼方の目の前に、いきなり【花束】が差し出された。滝沢 彼方(たきざわ・かなた)だ。
「あ、ありがとう……」
 彼方は動転しながら、花束を受け取る。
「でも先輩、本当に卒業してしまって良いんですか?」
「えっ?」
 突然の質問に、驚く彼方。
「何か、やり遺したことはありませんか?皇先輩、本当はもっと早くしなきゃいけなかった事、先延ばしにしてませんか?」
「や、やらなくちゃいけなかったコトって……」
 言いよどむ彼方。
「俺、ずっと前から、テティス先輩に憧れてました。先輩が気にしないなら、これからボタンもらいに行こうと思います。良いですか、皇先輩」
「ボ、ボタンって……」
「制服の、第二ボタンです。その意味、分かりますよね?それじゃ俺、ちょっとテティスさんのトコ行ってきますから」
 滝沢はくるりと踵を返すと、彼方の返事も聞かずに歩き出す。

「皇先輩、花の命は短いと言います」
 遠ざかっていく滝沢の背中を見つめることしか出来ない彼方に、フォルネリア・ヘルヴォル(ふぉるねりあ・へるう゛ぉる)が声をかける。
「だからこそ、花はあれほど華やかに咲き誇ります。人の想いもまた同じ。儚いから、尊いのだと。先輩は、この蒼空学園で咲かせられる花は、全て咲かせましたか?蕾はもう有りませんか?」
 彼方は俯いたまま、さっき滝沢からもらった花束を、じっと見つめている。

「ああもう、うじうじと!それでも男ですか!!」
 それまでじっと成り行きを見つめていたリベル・イウラタス(りべる・いうらたす)が、一際大きな声を出した。
「いい加減、けじめを付けなさいと言ってますの!貴方は今のままが一番と思ってるかもしれないですけれど、時間は決して止まりません。人は、良くも悪くも変わっていきますのよ!」

 彼方は、下唇を噛み締めたまま、俯いている。
 そんな彼方を、リベルは腰に手を当てたまま、見下したような眼で見つめた。

「貴方の考えてるコトなんて、顔を見れば分かりますわ。何ですか!イザとなって慌てるくらいなら、さっさと決断すれば宜しいのです。貴方は女王陛下を護るロイヤルガードでしょう?自分の想いすら貫けないような弱い人間に、人を護ることなど出来ますか!良い加減、弱い自分は卒業なさい、皇彼方!」

 その言葉に、彼方をはっと顔を上げた。

「ゴメン、滝沢。俺、やっぱり、やり遺したことがある」
そして、何かを決意するかのように、拳をギュッと握りしめる。
「君たちも、ありがとう。俺、ちょっとテティスの所に行ってくるよ」
 彼方は、フォルネリアとリベルの二人に向かってそれだけ言うと、テティスのところに駆けて行った。



「え〜!あなた、彼方さんの第二ボタン狙ってるの!?」
 背後からの突然の声に、テティスは振り返った。

「だって……。この学校で彼方さんと会えるの、今日が最後なんだよ。これが最後のチャンスなんだもん、ボタンもらおうと思って」
 辺りに目を配るが、声の主らしき姿は見えない。

「でも彼方さんっていえば、テティスさんがいるじゃない?」
「でもテティスさんって、彼方さんのコト、好きじゃないんでしょ?」
「ええ〜!そうなの!?」
「だって好きなんだったら、自分からボタンをもらいに行くでしょ?」
「そっか!そうだよね〜。好きなら、自分でもらいに行くハズだよね〜」
 それっきり、声は聞こえなくなった。
 彼方は、俯いたまま、自分の手をじっと見つめていた。

「ふぅ〜、つっかれた〜」
 テティスに見つからないよう、慎重に会場の外に出た芦原 郁乃(あはら・いくの)は、その場に座り込んだ。
「お疲れさま!」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、テティスに冷たいジュースを差し出す。
「アリガト〜!んぐ、んぐ、プハァ!あ〜、おいし〜い!」
 郁乃は、ジュースを一気に飲み干した。
「こっちはバッチリだよ!テティスさん、相当思いつめた顔してた♪」

 郁乃は、《隠行の術》と《隠れ身》、それに声色を巧みに使い分けて、あたかも二人の人物が話し合っているように見せかけた。テティスの不安を煽ったのである。
 今回の卒業式にあたり、彼方とテティスの中が一向に進展しないことに業を煮やした生徒たちが、ある目的のために集った。
「なんとしても、テティスが彼方のボタンをもらえるようにしよう!」というのである。

「上手くいったぞ!」
 隼人が、息せき切って飛び込んできた。
「彼方が、滝沢たちの挑発に乗った!今、テティスのところに向かったぞ!」
「やった!あと、もう一押しですね!」
「よおし、今度は私たちの番だよ!」
「はい!」
 美羽の言葉にベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、力強く答えた。



「ごめんなさい、テティス先輩」
 まっしぐらにテティスの元に向かった滝沢は、彼女の耳元で、
「これもクイーンヴァンガードの仕事だと思って、少しだけご一緒して下さい」
 と囁いた。

「テティス!」
 後ろから、彼方の声がする。
 その声に、内心喝采を叫びながら、滝沢はテティスの手を取った。
「テティス先輩、ずっと憧れてました。先輩の第二ボタン、俺にもらえませんか?」
「え……?」
 驚いて、滝沢の顔を見るテティス。

「ま、待って!」
 向こうから走ってきた彼方が、滝沢とテティスの間に割って入る。
「て、テティス……、俺……」
 テティスの手を握る彼方。しかし、そこから先を続けることが出来ない。

「彼方!」
 美羽が、彼方に呼びかける。
「テティスに、彼方の第二ボタンをちょうだい!テティスは、彼方のコトが好きなんだよ!」

「えぇ!?」
「小鳥遊さん!!」
 美羽の直球に、動揺する二人。
「テティス……。それ、ホントなのか……?」
「あ、あの、その……」
 そう言ったきり、真っ赤になって、俯いてしまうテティス。
 彼方もテティスの様子に、つられて赤面してしまう。

 一頻りドキマギした後、彼方は、改めてテティスに向き直った。今度は優しく、テティスの手を握る。
 さっきは動転していて気付かなかったが、テティスは、彼方とロクに手を握ったこともない。彼方に手を握られているという状況に、テティスの胸が高鳴る。
「テティス……」
「か、彼方……」
 見つめ合う二人。しかし、そのまま一分近くたっても、二人とも一言も発することが出来ない。

「……テティスさん」
 ふう、と一つため息をついて、ベアトリーチェが、テティスに寄り添った。そして、
「「ほら、テティスさん……。ちゃんと自分の口から言わないと、ダメですよ」
 と、そっと耳打ちする。

 テティスは、一つ大きく息を吸い込むと、
「か、彼方!彼方の第二ボタンをちょうだい!」
 ありったけの勇気を振り絞って、言った。
「う、うん……。俺も、テティスにもらって欲しい」
 彼方は、自分の制服の第二ボタンを外すと、テティスに手渡す。
 テティスは、手のひらに乗った彼方のボタンを、大切そうに胸に抱いた。
「テティス……。俺、テティスが好きだ。蒼空大学に行ってからも、いや、これからもずっとずっと、俺の側にいて欲しい」
「彼方……」
 テティスは、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、コクリと頷く。

 一部始終を、固唾を飲んで見守っていた追いコンの参加者全員から、どよめきと歓声が湧き起こった。