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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第9章 野生馬捕獲でヒャッハーしよう・2日目(2)

 一方、西のカハ側では。
「ふははー、馬ー、馬がいっぱいいるのですー」
 目をキラキラ……でなく、ギラギラさせながら、妙なテンションで草地にいる野生馬の群れを眺めて高笑うメイドがいた。
 めっちゃ鼻息も荒い。
「はうぅ…。ね、ねぇ、なんか今日のベディさん、ちょっとおかしくないですかぁ? な、なんであんなに張り切ってるんです…?」
 こしょこしょ。少し離れた所から土方 伊織(ひじかた・いおり)サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)に耳打ちする。
「うーむ。今日というか、昨日の時点からすでに舞い上がっておったと思うが……なにしろあやつは円卓の騎士の英霊じゃからの。未来の軍馬と聞いて、じっとしておれんのじゃろう」
 にしても、まだ何もしてないというのに無駄に力みすぎな気もするが。
 そのサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)がクルッとこちらを振り向いて、ドキリとする2人。
「さあっ、早く……早くあの馬たちを捕まえましょう! 今すぐですッ!」
 あ、聞かれてたわけじゃなかったみたい。
 ほっと胸をなでおろしていた伊織の前。ベディヴィエールは颯爽と馬にまたがった。
「目指すはあれ! あの牡馬!! あれこそわが馬とするにふさわしいのです!」
 と、群れの中央で立って周囲の様子を伺っている、大きな栗毛を指す。
「ええ〜!? いきなりあれってレベル高くないですかぁ? 僕もサティナさんも、馬は超初心者なんですけどっ。
 それに「わが馬」って……僕たち、捕獲のお手伝いに来てるだけで――」
「いざ行かん! 皆の者、我に続けえぇっ!!」
「はうぅ、駄目です、聞いてません〜っ」
 わはははー、と笑って馬を走らせるベディヴィエールに、伊織は目を覆ってしまった。
 周囲の牝馬には目もくれず、まっすぐ牡馬目がけて突っ走る。
「仕方がない。我らも行くかの」
 教わった通り、心持ち前傾姿勢で馬を歩かせた。初心者なので、振り落とされないよう鞍のグリップを持つ手に手綱もがっちり握り込んでいる。
 調教馬はここまで上ってくる間に2人の腕前を把握していて、並足の速度で進み、決して駆け足になろうとはしなかった。2人が捕獲の様子を見せなかったため草地を走り回っている牝馬には目もくれず、先を駆けるベディヴィエールの後をかぽかぽ追っていく。いまいち緊張感がない。
 ベディヴィエールはといえば、馬を完璧に乗りこなし、自分を待ち受けるように立つ牡馬に、にやりと口元を緩ませた。
「野生馬には気性の荒い者が数多くいますが、得てしてその様なものこそが良馬に成り得るのです! そして賢い馬を屈服させる方法はただ1つ! こちらの力を示し、私が彼と同格以上の存在だと教えること!!
 いざ勝負です!」
 ベディヴィエールの放った投げ縄を、牡馬はひょいと避けた。十分距離が縮まったと見るや、くるっと背を向け、牝馬たちとは逆方向に走り出す。
「ふふっ。自らおとりとなって牝馬たちを逃がすつもりですねっ。もとより、私のねらいはあなたのみ! 逃がしませんからっ。――はあッ」
 馬の速度をさらに上げ、左から大きく回り込んで右の崖下へ追い込もうとする。
「お嬢様、サティナさん、逃げられないようにそちらをふさいでいてください!」
「えっ……ええーーっ!? ど、どうしよう? どうしよう? サティナさん〜」
 もしもこっちへ向かってこられたら……あんな大きな馬、縄で抑えるなんて無理。ってゆーか、そもそも縄かけるのも無理っ! グリップから手放せないからっ。
「まぁ、もしもの場合は雷撃で痺れさせれば良かろう」
 この状況に、サティナは少し達観してしまったようだ。
「はわ……サティナさん、それ駄目ですー。馬がけがしちゃいますぅ」
「む? 雷は禁止じゃと。それでは我に勝ち目が……ええい、まぁ、よいわ」
「とか言ってるそばからサンダーブラスト発動してるしっ!」
 なんで2人とも僕の話聞いてくれないの!?
 きゃーっ、と伊織が頭を抱える。
「ようは、当てなければよいのじゃ」
 ベディヴィエールの追い込みをうまくすり抜けてこちらへ向かってくる牡馬の足元目がけ、サティナはサンダーブラストを数発撃ち込んだ。
 ヒヒヒヒーンと馬がいななき、驚いて前足を持ち上げる。そのまま横にドッと倒れた。
「ほりゃ、捕獲じゃ、伊織」
 起き上がろうともがく牡馬を見て、サティナが事もなげに言う。
「う、うん…」
 伊織は馬から滑り降りると、恥ずかしそうにもじもじしながら子守歌を歌った。
 ようやく立ち上がった牡馬は、子守歌に反応して再びその場に足を折る。伊織にたてがみを撫でられながら眠る姿は、ユニコーンと処女の乙女そのものだった。
「よう似合うておるぞ、伊織」
 サティナがニヤニヤ笑って見下ろしている。
「や、やだな、サティナさんてばっ」
「むー…」
 カーッと顔を赤くした伊織と、その足元ですやすや眠る牡馬を見て、ベディヴィエールが複雑そうな顔をした。
「いさぎよく諦めるのじゃ。牝馬はともかく、牡馬は譲ってはくれぬわ」
 それはベディヴィエールにも理解できた。でも感情的には納得できない。それくらい、この牡馬が気に入ってしまった。
(交渉するのは、自由ですわよね。何事もしてみる前に諦める必要はありませんわ)
 あとでリヤドさんに訊いてみよう。もしなんだったら、セテカさんに口添えしてもらうという手もあるかも。
「さあ、牝馬を集めるぞ。どうせこの周辺におるじゃろうからの。牡馬が捕まったのじゃ、そう抵抗はせんじゃろう」
 というか、草地に伊織と牡馬だけにしておけば、それだけで普通に牝馬は戻ってきたので、あとは伊織が至れり尽くせりで牝馬の願い――牡馬と一緒にいること――をかなえてやれば、おとなしく捕獲されてくれたのだった。
 3人は、12頭の野生馬を連れてキャンプ地へと戻って行った。



 そして今ここにもう1人、腕組みをし、向かい風に敢然と立ち向かいながら、だれにも分からないテンションで馬の群れを見ている男がいた。
 その名は高柳 陣(たかやなぎ・じん)。かつて奇跡の生還を果たし、以後なぜか「眼鏡ゾンビ男」の称号をもらってしまった男である。
「馬……馬か…。なぜだろうな。馬と聞くだけで、どうしようないくらい俺の胸が熱く高鳴るんだ。こう、ムラムラモヤモヤして、全身が熱くほてってきて、じっとしていられないというか、足踏みしたくなるというか…」
 ――いやもう、勘弁してください。ほんと、それ、だれにも分からないです。
「これはもう、グラニを兄貴と呼ばせていただいて、舎弟にしてもらえるよう頼むしか!」
 だってここで一番の馬は、グラニだから! どうせなら頂点の馬の下につくべきだろう?
「そうだろう!? なあティエン!!」
 荒ぶる魂の高まりそのままに、陣はティエン・シア(てぃえん・しあ)の両肩を揺さぶった。
「えー? 僕に同意を求められてもー」
 そりゃそうだ。
「陣! 私、分かるわ! その気持ち!」
 両手を胸の前で組んで、星のように輝く目でユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)がずずいと前に出た。
 ドキドキ、ワクワク。
 うさんくささ120%のユピリアの主張は、何か別のことを期待している顔つきだ。
 大方「陣、さあ私の両肩を抱いて、私を揺さぶって、その胸に抱きしめて〜……いやん!」とか考えているのだろう。
「そうか! 分かってくれるのか!!」
 ポイッとティテンを放り出し(――ってオイ)、ユピリアの差し出した手を握り込む。
「ええ陣! そして私、彼らとうまく接触する方法を知ってるわ!」
「本当か!?」
「ええ! もうバッチリ! 間違いなし!!」

 …………で。
 なぜかティエンが、馬がよく来るらしい水場で上着を脱いだ露出度高い格好で、太ももまで水につかりながら鼻歌交じりに水遊びをしているのだった。

 それを、風下の茂みの影からこそこそ見守っているユピリアと陣。
(――おかしいわ。水辺で水浴びをしながら馬を待つのって、若き女性であるべきなんじゃないかしらっ? 花も恥らうお年ごろの、美人で、無垢で、清純な…)
 そう、まさにこの自分のような!
 なのにどうして陣は「じゃあティエン、よろしくな」なんて言ったのかしら????
「――おい、ユピリア。本当にこれでいいのか? なんか、ただのスケベ野郎が覗き見してるだけにしか思えねーんだが…」
 馬が視界からいなくなって、テンションが下がってきたらしい。常識がよみがえってきた頭で陣がつぶやく。
「ええそうねー、まったくねー」
 グデグデにやる気のなくなったユピリアが、いじけてごろんごろん転がりながら生返事をする。
「って、おまえがたてた作戦だろーが!」
 バン!
 転がりかけたユピリアの顔の横に、陣が手をついた。そのまま真上から見下ろされて――――
(こ、これってチャンスじゃない!? 茂みの中に若い男女が2人、寝転がって上と下。聞こえるのは水辺のせせらぎ……うわ。やだ。そんな…っ、まだ周りは明るいのにっ)
「……いやん、陣ったら、近くにティエンがいるのに…」
 でも少しだけならいいわよね。キスくらいなら許してあげてもいいかも。んー……
「寝たフリしてごまかすな。ちゃんと起きてんのは分かってるんだ」
 ムニ、と片手でユピリアの頬を挟み持ち、タコ顔にする。
「……しどいっ…」
「で。これでどうしてグラニが来るって?」
「――そんなの、馬の気持ちになって考えてみたら分かるじゃない」
 頬をさすりさすり答える。
「馬の気持ち?」
「そうよ。たとえばどうして牡馬はあんなに牝馬と一緒にいたがると思う? ほら、まるで私と陣みたいじゃない? いつも一緒にいるの。あなたが牡馬で私が牝馬。そう考えてみたら分かるんじゃないかしら? 牝馬はなぜ牡馬と一緒にいたがるのかしら? そう、牡馬と牝馬は愛し合っているからなの! そして今は恋の季節! 牡馬はすぐそばにいる牝馬を身ごもらせて、愛の結晶を生み出すのよ! 私と陣にあてはめて! だから私も陣との愛の結晶を生み出す権利があるの!! だって、私は牝馬だから! 陣、私の種馬になって!!」
 全く意味の分からない愛の力押し論法で押し切ろうと、陣を押し倒すべく突っ込んだのだが。
「あ、グラニ!」
 ひょいとアッサリ避けられて、ユピリアは茂みを突っ切ってジャボンと水の中に頭から突っ込んでしまった。
「い、いたたた……って、えっ!? グラニ!?」
 まさか! と水の中から顔を上げる。
 水辺には、いつの間にか子馬を入れて30頭近い群れが集まっていた。そしてその奥には、彼らが水を飲むのを見守っている大きな黒馬がいる。まなじりの釣り上がった、燃えるようなサファイアの瞳。
「うそぉ……ほんとに来た…」
 すっかり毒気を抜かれた思いで生ける伝説に目を奪われている彼らの前、水の中のティエンがそっと、水辺の馬の1頭に手を差し伸べた。
「あのね、僕、教えてもらったの。馬は人の心が分かるから、怖がったりしちゃダメなんだって」
 静かに、平坦な声で。視線を合わせたまま、ゆっくりと話しかける。
「知らない人に怖がられたりしたら、僕だって悲しいし、腹が立つものね。僕、きみを怖がったりしないよ? ほんとだよ? だからきみも怖がったりしないで……お願い。
 きみ、すごくきれいだね。茶色の目も、たてがみも、ぴかぴかしててとってもきれい。……ね? 僕と仲良くしてくれるかな? そっとそっと、触らせてね」
「…………くはあっ!!」
 波紋も立てない動きで少しずつ近づいて、やっと鼻先に触れられたというのに。
 陣が突然立ち上がって、ティエンの努力をだいなしにしてしまった。
「駄目だ!! ハートが熱く燃えたぎりすぎて、もう……もう我慢できねえッ!!」
「陣! その熱い想いを私にぶつけてっ! 陣の熱い体ごと、私が全て受け止めてみせるからっ!」
「無駄無駄無駄無駄ぁ!!!」
   ドーーーン
 足にすがりついてきたユピリアを、突き飛ばすようにしてひっぺがした。
「ユピリア、おまえが何を言おうと無駄だ!! 俺は……俺は今、四本足(しかも美脚)にしか興味ねぇんだぁ!!」
「陣……そんな…! 私、2本しか足持ってないのに!!」
 ――え? そういう問題ですか?
「目を覚まして!! 相手は馬なのよ!?」
「なら、俺も馬になる!!」
 ジーッと首まで一気にチャックを引き上げた陣が振り返る。そこには、馬の着ぐるみ肉じゅばんで丸々と太った陣がいた。
「陣ッ!? どこからそれを!?」
「なんか、俺のBUを見た寺岡MSがこれを思いついたらしいんだーーーっ!!」
 馬の着ぐるみ姿で茂みを飛び出していく陣。
「グラニ! 今日から俺も馬になる! 俺をおまえの群れに入れてくれ!!」
「待って陣!! あなたが馬になるなら私も馬になるわ!! 連れて行って!」
 やはり馬の着ぐるみ肉じゅばんで丸々と肥えたユピリアが、あとを追って飛び出した。
 ここまでくると、はた迷惑な執着もいっそすがすがしく思えてくるというものだ。
「よーし! みんなで夕日に向かってダッシュだーっ!!」
 陣とユピリアは、群れの最後尾について走り出した。群れの一員となれたうれしさで、腹の底から笑い声を上げながら。(馬たちは単に、現れた変な2人におびえて逃げているだけだと思うが)
「……えーと。僕、どうしたらいいの?」
 水辺には、ぽつんとティエンだけが取り残された。