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カナンなんかじゃない

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カナンなんかじゃない
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                              ☆


「終わりすぎだろ」

 もう一度、半ケツ サボテンは突っ込んだ。
 その突っ込みを聞き逃したメキシカンな衣装に身を包んだやたら目立つ背景、橘 恭司は戦場を見つめていた。


                              ☆


「ようこそいらっしゃいました……さあ、どうぞこちらに。私がお相手して差し上げますわ」
 と、秋葉 つかさは義勇軍の勇士を招いた。
 匿名 某は1000体のネルガルと共に空中戦艦に乗り込んできた。
 そこで敵の大将、ネルガルを探すうちにつかさに遭遇したのである。
「……」
 突入の際に、康之とはぐれてしまっていた。
 そこに一人、余裕の表情で迎え出たつかさに、某は戸惑いを見せている。
「ふふふ……まあ、そう固くならずに……さあ、おいでませ」
 と、つかさが案内したのはベッドである。
「……?」
 ベッドの上に乗り、衣服をはだけさせるつかさ。
 その陰から覗く、白く透き通る肌。フラットな体型も却って人間味を感じさせない、現実離れした色気があった。
「……どうせ殿方の望みなどひとつでしょう? さあ、おいでなさいな……」
 と、怪しくしなを作って某を誘うつかさ。


 その時、南カナンの街外れで某の帰りを待つ綾耶は、はっとした表情でお守りを見つめていた。
「……な、某さんが……危ない……?」
 見ると、いつの間にかお守りにと貰った指輪の宝石に、ヒビが入っている。
 綾耶は、必死に祈りを捧げた。
「某さん……どうか無事に帰って来てください……」


「……やめておくよ」
 某は、そう言ってつかさにシーツを放り投げた。
 そのまま、背を向ける。
「……え」
 今度戸惑ったのはつかさの方だった。
 目の前の男が何を言っているのか理解できない。
 どうして、この男は敵陣に乗り込んでおきながら敵である筈の自分を襲いもせず、殺そうともしないのか。

「……女子供を殺す気はない。もちろん、酷い目に合わせる気もな」
 そのまま、歩き去ろうとする某。
 某の背中に、つかさは声をかけた。
「お、お待ちなさい!! 私をバカにしているのですか!? ここは戦場ですよ、本能の赴くままに振舞ったらよろしいではありませんか!?」
 ベッドから降りて、シーツを身にまとう。

「……さあな。でも俺は……もう一人にだって悲しい顔はして欲しくないんだ。
 ……そんな、泣きそうな子供みたいな……顔してるヤツ、殺すわけにはいかない」
「……!!」
 つかさは珍しく顔を紅潮させて狼狽した。
 もちろん、つかさはそんな表情をしていたわけではない、演技は完璧だった。

 けれど、それは演技。
 演技は、しょせん演技にすぎないのだ。

「……あたなは……」
 と、つかさが某の背中に追いすがろうとしたその時。

「某ぃーっ!! ここかあーっ!!」
 と、入り口のドアを蹴飛ばして相棒である大谷地 康之が飛び込んできた。
 そして、某とその後ろから迫るつかさを見て、即座に状況を判断する。

「某、あぶなーいっ!!」


 何をどう判断したんだお前は。


 某が止める間もなく、手にしたトライアンフでつかさを追い回す康之。
「きゃーっ!! きゃーっ!!
 ちょっと、本気で戦闘するなんて聞いてませんわよ!! 裸の私が勝てるわけないじゃありませんかーっ!!」
 と、辛うじて身に纏ったシーツもぼろぼろにされたつかさは、部屋の奥から通路へと逃げて行く。


 もはやただの布切れになったシーツから、すらりと綺麗な足が覗いていたけれど、今度は何の色気も感じなかった。


                              ☆


 こちらは、空中戦艦のコントロールルーム。
 王国騎士団の裏切り者、金住 健勝とレジーナ・アラトリウスは、王国騎士団長ルーカンを演じる沢渡 隆寛によって追い詰められていた。
 自らも出撃しようとしていた健勝はとレジーナは、乗り込んで来たルーカンによって追われていたのである。

「さあ、ここが貴殿達の墓場となるのです」
 と、女王のサーベルを構えたルーカンは冷淡に告げた。
 元々騎士の英霊である彼、ここにきて騎士団長の役柄なのだから、特に演技をする必要はなかった。

「う、うるさいであります!! 自分はこんなところで死ぬのはゴメンであります!!!」
 と、こちらは演技などまるっきりできない健勝、一応ファンタジー映画であることも考えずにラスターハンドガンを乱射する。
 だが。
「……これで終りですか」
 ルーカンの歩みは止まらなかった。苦し紛れに撃ったハンドガンは狙いを外し、僅かに数発をルーカンの身体にヒットさせただけだった。
「この程度の痛みは何でもありません……貴殿達の裏切りによって散っていった騎士達の痛みに比べれば……」
 じりじりと迫るルーカンに、後ろからレジーナが襲いかかる。
「えーいっ!! ケーキ食べ放題のためーっ!!」
 正直言えば、さっさと映画を終わらせて帰りたいレジーナだった。
 そのレジーナの攻撃をひらりとかわし、手にした女王のサーベルで振り向きざまにレジーナの胴体を見事に薙ぐルーカン。
「きゃあーっ!!」
 倒れたレジーナの血を払い、ルーカンは健勝に改めてサーベルを突きつける。
「最後に聞いておきましょう……どうして王国を裏切ったのですか」

「し、仕方なかったのであります!!
 ネルガル軍に入れば高給のうえに三食昼寝付きと聞いて!!
 この誘惑にかてる軍人などいないのであります!!!」
 聞くや否や、ルーカンは健勝に向かってサーベルを振り下ろした!!

「うわあああぁぁぁーっ!!」
 真っ向から斬られた健勝は、レジーナの上にばったりと倒れる。
 それを見下ろしたルーカンは、冷酷に言い放つのだった。

「今のあなたは騎士でしょう……。
 そんなに昼寝がしたければ、ナラカでゆっくりとするがいい」


                              ☆


 つかさを撃退した某と康之は、戦艦の心臓部、エンジンルームにやって来ていた。
 コントロールルームで暴れた健勝とルーカンのおかげで戦艦はコントロールを失い、もはや戦艦としては沈み行く運命にあった。
 そこで某と康之を迎えたのが、イーオン・アルカヌム――ネルガルである。

「――良くぞ来た、勇士よ」
 悪役らしく威厳ある態度で、ネルガルは二人を迎えた。
「お前がネルガルか……」
「こいつを倒せば戦争も終わる――いくぞ、某!!」
 戦闘態勢に入る二人。だが、部屋の奥から一同に声をかけた女性がいる。
 ルシェン・グライシスだった。

「お逃げ下さいネルガル様!! もうこの船は沈みます!!」
 カナン神官でありながら、征服王ネルガルに味方した彼女。それも強い国を作るためと考えてあえて挙兵したイーオン・ネルガルの志を知ってのことだった。
「何をしている。キミ達は早く脱出し、この国の行く末を見守ってくれ――さあ行くぞ!!」
 だが、イーオン・ネルガルはそんなルシェンの言葉に構わず、サンダーブラストで強力な雷を発生させた。
「うぉっ!?」
「ちぃっ!!」
 某と康之の二人の頭上に炸裂する雷。
 エンジンルームの機材が壊れ、機械の山がネルガル自身を含む三人に降り注いだ。
 それと同時に戦艦には火の手が上がり始め、エンジンルームも次第に炎に包まれていく。
「危ない、ご主人様!!」
 榊 朝斗――ネコ耳メイドあさにゃんは、破片を避けてルシェンを庇った。
「ネルガル様、逃げて下さい!! あなたこそこのカナン王国に必要な人間なのです!!
 あなたこそ、あなたこそ女神イナンナを――!!」

 しかし、イーオン・ネルガルは右手を上げてそのルシェンを制する。
「――いいのだ。それを語る気はない。さあ、行け!!」
 その右手からブリザードが吹き荒れ、ルシェンの周囲の炎をかき消した。
「逃げましょう、ご主人様!!」
 あさにゃんはネルガルに追いすがろうとするルシェンを抱きとめた。
 イーオン・ネルガルの作り出した氷に阻まれて、ルシェンも彼の元へ行くことはできない。あさにゃんに半ば引きずられるようにして、ルシェンの姿は見えなくなった。
「さあ、決着をつけよう!! ――まさか、国を、民を護ろうという者がこの程度で倒れるわけではあるまい!?」
 力を集中し、最後の魔法を発動しようとするネルガル。

 某は、先ほどの破片から康之を庇って、腹部に深い傷を負ってしまっていた。
「な、某!! しっかりしろ!!」
 だが、その康之を押しとどめ、某は言った。
「大丈夫だ……問題ない。それより、ここで倒れるワケにはいかない。
 ……アレやるぞ。肩、貸してくれよ」
 某は、装着していたロケットパンチを片方だけ外し、康之に手渡した。
「お、おいアレって……無茶だ、お前は怪我してるんだぞ!!」
 戦友の身体を気遣う康之を、しかし某は怒鳴りつけた。
「馬鹿野郎! そんなこと言ってる場合かよ!!
 俺は大丈夫だ、この戦いを終わらせて、綾耶の元に帰るまでは死んでたまるかよ!!」
 某は綾耶から貰ったお守りのペンダントを引きちぎり、康之の眼前に突き出した。
 その瞳が、真っ直ぐに康之を射抜く。

「――分かった」
 康之は頷き、ロケットパンチの片方を受け取り、自らの腕に装着する。
 もう片方の腕で某を支え、共に立ち上がった。

「さあ、来るがいい!!!」
 イーオン・ネルガルは叫んだ。
 禁じられた言葉により極限まで高められた魔力は、もはや一人の人間には制御しきれないほどの雷を発生させようとしていた。
 血を吐きながらも、某と康之は叫ぶ。
「ああ、言われなくても、行ってやらあああぁぁぁっ!!!」

 二人の気合が極限まで振り絞られる。
 全ての精神力を絞り出して込められた二人のロケットパンチは、常識を超えるスピードで発射された!!


「タイラント・パニッシャーーーッッッ!!!」


 そのロケットパンチは、自身の武器としての限界すらを超えて、火花を散らしながらイーオン・ネルガルの胴体へと突き刺さる!!
「ぐおおおぉぉぉーーーっ!!」
 イーオン・ネルガルは、自身の作りだした雷ごと後方へと吹き飛ばされ、そのまま戦艦の心臓であるエンジンの中へと押し込まれていく。

「見事だ、勇士たちよ。この国を……女神を、頼んだぞ……!!」
 轟音が響き渡り、エンジン内部で大爆発を起こすイーオン・ネルガル。

「やった!! やったぜ某!!」
「ああ……」
 だが、某のダメージも深刻だ。
 急いで某を連れて脱出する康之。

 その影で、役目を終えたフィーネ・クラヴィスは、そっと姿を消した。
 エンジン内部では、小刻みに爆発が繰り返されている。
 イーオン・ネルガルに痛みはない、もとより痛みを知らぬ躰を駆使して体力も魔力も限界を振り切ってここまで来たのだ。
 だが最期。
 自分の歩んできた道と、これからこの国の行く末を思い、少しだけ胸が痛んだ。


 ――すまない、イナンナ。


 もう、声を発することもできなかったけれど。


                              ☆


 戦艦が落ちようとしていた。
 こうなるともはや白兵戦どころではない。各地で小競りあっていたネルガル兵と国軍、義勇軍たちは、戦艦崩落に備えて退避を始めた。

「逃げろ!! この辺りも巻き込まれるぞ!!」
 九条 ジェライザ・ローズは部下たちの避難を指揮し、戦友の冬月 学人と共に奮戦中だった。
「おい、俺たちもそろそろ――」
 と、学人の言葉に振り向いたローズは、ふと瓦礫の傍に人影を見たような気がして、走り出した。
「あ、おい!! ロゼ!!」
 学人の制止も聞かずに、いつ頭上の戦艦が落ちてくるかも知れないというのに、ローズは走った。

「大丈夫か……!!」
 それは、ローズの部下の一人だった。どうやら、瓦礫に足を挟まれて動かなくなっていたようだ。
「あ、ありがとうございます……!!」
 と、礼を言って駆け出して行く兵士。
 それを見送り、他に逃げ遅れた者はいないか見渡した瞬間。

 頭上の戦艦が大爆発を起こした。

「――え?」
 逃げる間はなかった。
 あっという間に巨大な影が迫り、ローズの人影を押し潰していく。
「ロズ、ロズーーーッ!!!」
 学人は、その光景をただ見守るしかなかった。

「お、いいねえ、すっげぇ迫力!!」
 それを見ていたハイテンションカメラマン、天真 ヒロユキは必死にカメラを回した。
 戦艦の大爆発!!
「おー、これはすごいねーっ!! ……ところでジュレールはどこ行ったのかなぁ?」
 と、もう一人のカメラマン、カレン・クレスティアもその様子をカメラに収めた。
 さらに大爆発!!
「……もう、せっかくでしたらかわいい女の子を撮りたいですのに……」
 と、文句を言いながらも藍玉 美海も撮影を続ける。
 おまけにもう一回大爆発!!!

 様々な角度から三度の爆発を律儀に演出した空中戦艦は、その任務を全うした。
 その爆風で久世 沙幸のスカートが舞い上がったのを見逃さず、カメラに収める美海。


 後には、ただ学人の叫び声がこだまするだけだった。


                              ☆


 ……誰だろう。
 誰だろう、俺を呼んでいるのは。

「……なにがし! 某っ!! しっかりしろっ!!」
 某は、辛うじて目を開けた。目の前にいて、自分の体を揺すっているのは康之だ。
「……ああ……なんだよ……康之か……」
 何となく視界の端で、誰かが歓声を上げているのが分かる。
 康之は、傷ついた某を辛うじて引きずり、1000体のネルガルの助けを借りて戦艦の外に脱出していたのだ。
 もう秘薬の効果は切れている。そこにいるのは皆、義勇軍の仲間たち。

「……ああ……俺たちは……勝ったんだな……」
 手を見ると、綾耶から貰ったお守りのペンダントをまだしっかりと握っていた。
 チェーンはちぎれ、月雫石にはヒビが入っていたけれど。
「ああ、そうだ某!! 俺たちは勝ったんだ!!!」

 その康之の言葉も、どこか遠い世界の言葉のように、某の耳に響く。

「ああ……そうだな……これで、これでやっと帰れる……帰れるんだ……綾耶の……ところへ……」
 ぱたりと、ペンダントを手にした某の手が落ちた。
「……某?」


 ――ああ、そう騒ぐなよ、うるさいじゃないか。
 勝ったんだから、少しくらい休ませてくれないか。
 ああ、そうだよ、勝ったんだな。
 帰ったら――綾耶にまず何て言おうかな。

 そうだな――


 ――ひと眠りしてから、考えるか――


「某、某ぃ――なにがしいぃぃっっっ!!!」