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カナンなんかじゃない

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カナンなんかじゃない
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                              ☆


 領主エシク・シャムスはローザマリアに引っ張られて屋敷の地下へと旅立ち、広間に残った真言とルーカンは対ネルガル軍への防衛計画を練っていた。
 そこに参加しているのが、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)である。
「――分かったわ、この『勇者ヘリワード』も一度はネルガルに破れたものの、こうして南カナンに身を寄せることになったのも運命の導きというべき。女神イナンナのために戦うわ!」
 と、ヘイリーは勇ましく宣言した。

「――よし、今はネルガルに追われる身ではあるが、この『勇者フェイミィ』も女神イナンナとカナン王国のために戦うぜ!!」
 と、フェイミィも同時に宣言した。

「……何よエロ鴉」
「……何だよ、文句あんのか団長」
 横目で睨むヘイリーの視線に気付いて、フェイミィは横目で睨み返した。
 お互いの言いたいことは分かっている。勇者役は二人もいらないということだ。
 フェイミィは机を叩いて抗議した。
「せっかくカナンが舞台なんだぞ!? ここは当然オレがメインだろっ!?」
 それに負けじと声を上げるヘイリー。
「あら、それを言うならせっかくの戦場もの、ここはレジスタンスのリーダーとしてあたしが出なくてどうするのよっ!?」

 ちなみに、現実でのヘイリーは義賊『シャーウッドの森空賊団』のリーダーであり、英霊でもある彼女はかのロビンフッドのモデルであったとも言われている。
 対するフェイミィは、本当のカナンから本当のネルガルに追われて、今はヘイリーたち空賊と手を組んでいる本物のレジスタンスである。
 なるほど、両者の主張も理解はできる。

 机を挟んで睨み合う両者だが、やがて一つの結論に出た。
「そうだ、だったらリネンに決めて貰おうぜ!!」
「そうね、あたしが団長なんだから当然こっちにつくわよねっ!?」
 と、二人は共通のパートナーであるリネン・エルフト(りねん・えるふと)を振り返った。


「……もう……好きにすれば……」


 まあ、そのリネンは喧嘩する二人をどうすることもできずに、広間の隅で窓枠相手に人生相談をしていたところなのだが。

 そして、その様子を外から見上げていたのがやたら目立つモブ、橘 恭司と半ケツ サボテンである。

「ちょっと何してるのよ、リネンはあたしの弟子なんだからあたしの味方でしょ!?」
「いやいや、リネンには是非フリューネのポジションでだな!!」
 だが、すっかり盛り上がった二人にリネンの意思はまったく関係ない。
「バカ言ってんじゃないわよエロ鴉! リネンには勇者物語の王道、『勇者を勇気づける少女』の役があるんだから!」
 下手をすると掴み合いの喧嘩を始めかねない二人の前を、王国騎士ルーカンが制止した。
「――お二人とも、お連れ様がお困りですよ。
 王国の客人がいつまでも揉めていては全体の士気に関わります。
 どうでしょう、ここはひとつ――
 『勇者ヘリワード様を純粋な心で勇気付けた勇者フェイミィ様の盟友の天馬騎士リネン様』ということでは?」

「――いいわね」
「――ん、悪くねぇな」
 とりあえずルーカンの提言を飲む二人。
 本人を放って置いて盛り上がりを続ける二人の声を聞きながら、リネンは呟いた。


「……そういうのを……支離滅裂って言うのよね……」


                              ☆


 一方、国軍と義勇軍の指揮をルーカンに任せた真言は、ユーリエンテと共に廊下を歩いていた。
 大きな廊下の窓には眩しい陽の光が差し込んでいる。そこに、一人の女神イナンナが立ち、憂いの視線を外へと投げかけていた。
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)だ。
「……はぁ……」
 その様子を見たユーリエンテ――魔法少女イナンナはコトノハ・イナンナに話しかけた。
「ねぇだいじょーぶ? お腹痛いのー?」
 二人に気付いたコトノハ・イナンナは振り向き、魔法少女イナンナに微笑んだ。
「あ……いいえ、何でもないんです。ありがとう」
 そのまま、そっと可愛らしい頭を撫でるコトノハ・イナンナ。
 それを見た真人も、また窓の外を見る。
「……国の様子をご覧になっておられたのですか」
 こくりと頷いて、コトノハ・イナンナは視線を窓の外――街の方を眺めた。
「はい……どうしてネルガルは反乱を起こしたのか、と考えていました。彼は――とても信仰に篤い人でした。
 ……私利私欲からこんな争いを起こすとは、とても思えないのです。
 ですが、このような行動に出なければいけないような何が、カナンという国にあったのかと思うと……」
 そのまま魔法少女イナンナから目を離し、コトノハ・イナンナはまたため息をついた。

「……マコト?」
 真言は魔法少女イナンナを促して、その場を離れた。
「……お一人にして差し上げましょう」


 この国を背負う女神の重責を、垣間見たような気がして。


 そのまま廊下を歩くと、部屋の扉が少し開いている部屋があった。その仲から誰かの声が漏れている。
「ん……、こうか? いや違うな……よっと!!」
 真言と魔法少女イナンナの二人はその扉から仲を覗きこんでみた。
 その中にいたのは木崎 光(きさき・こう)だ。

「ん? 何だお前ら、のぞきか?」
 振り向いた光は、女神イナンナ役として気慣れないドレスをどうにか着込んだところだった。
 普段の素行の荒っぽさも相まってどうしても男に見えてしまう光だが、こうみえて実は女の子だ。

「いえ、声がしましたもので――失礼いたしました。ところで、少しよろしいですか?
 お召し物がその――サイズが合っていないように思えるのですが」
 と、部屋に入りながら真言は告げた。
 確かに、光が着たドレスは身長的には問題ないものの、とある部分――主に胸――の辺りが大きすぎるのか、服のほうが緩んでいる。
「わー、ぶかぶかだー」
 と、魔法少女イナンナも部屋に入って光に寄っていく。
 光は、そんな二人にニヤリと笑って見せた。
「ああ、これはいいんだよ……よっと!!」
 光は、掛け声とともに映画の参加者だけが使える役者特権で魔法をかけた。
 瞬く間に魔法が発動し、光の胸に本来ならば存在しないサイズの胸が出現し、緩いドレスの胸部分にぴったりと収まった。

「わー、すっごーい!!」
 素直に感嘆する魔法少女イナンナと、魔法によって偽装した胸を鏡で確認する光。
「ふむ……こんなもんか」
 呆気にとられている真言は、辛うじて尋ねた。
「ど……どうしてそんな偽装を……?」
 その問いに対し、光は事も無げに答えた。
「どうしてもこうしてもねーよ。考えてもみろ、女神イナンナってアーデルハイト様の妹なんだろ?
 アーデルハイト様といえば燦然と輝くつるぺた界の星!
 全ての巨乳を敵視する可哀想なゲフンゲフン、いや哀れなゴホンゴホン、とにかくアンニュイな女性の代名詞!!
 そのアーデルハイト様の妹がちょっと年くったからってあんなばいんばいんのむっちむちになるわけねーじゃん!!!」

「……はぁ」
 真言はといえば、光の超理論にいまひとつついていけていない。
 そんな真言を置いてけぼりにして、光は続けた。
「わかるか、つまりイナンナのあの乳は幻――全てはイナンナの偽装だったんだよ!!」


「な、なんだってーーーっっっ!!!」


 と、大げさに驚く魔法少女イナンナ。
 真言はもう苦笑いをこぼすことしかできないでいる。
「は、ははは……そうですか……にしても、まだ少しバランスが悪いような……?」
 ふと、胸が大きくなった光イナンナの全身図を眺める真言。
「ん、そうか? まぁこんなもん普段着ねーしこんなもんだろ?」
 当の光イナンナは意にも介さぬ様子だが、真言はすぐにそのバランスの悪さの要員に気付いた。

 綺麗なドレスと大きな胸、ボサボサの髪に眼鏡の奥で光る鋭い目つき。

 要するに、女性らしい要因が少ないのでバランスが悪く、違和感を与えてしまうのだ。
「……ふむ、失礼しますね、ちょっとよろしいですか」
 と、真言は鏡台の前に光イナンナを座らせた。す、とその眼鏡を外す。
「え、おい何すんだよ」
 戸惑う光の顔に、真言は次々に細工をしていった。ここは元々屋敷のゲストルーム、身支度のための最低限の道具は揃っている。

 普段から肌の手入れもしない光のために化粧水をぱたぱた。
 まずは化粧のノリを良くするためにベースを塗り。
 健康的な肌の色を誤魔化すために美白色のファンデーション。
 真っ白なお人形さんにならないためにごく薄付きのチークを。
 鋭い目つきを柔らかく見せるためにアイラインとアイシャドウも薄くブラウンに。
 あまり目だってない睫毛をカバーするためにちょっとだけクリアなマスカラとつけ睫毛も。
 仕上げにはケバさが出ないように薄いベージュピンクの口紅を。

「――何コレ」
 20分くらいすると、鏡の中に美しいドレスを纏った胸の大きい少女が現れた。
 もちろん、光イナンナである。
「あまり時間もかけられないので、この程度ですが。あまり濃くせずに、ナチュラルメイクですけどね」
 婦人の身支度、化粧も執事の嗜みなのだろうか。
 映画の中に限らず普段から執事をしている真言の腕前が発揮された瞬間であった。
「……ナ、ナチュラルメイクって化粧しないことじゃないのか……」
 見たことのない自分の姿に狼狽する光に向かって、真言は首を振った。
「いいえ違います。ナチュラルメイクとは、あまりお化粧をしていないように見せるためにしっかりとフルメイクをすることです」

 男子諸兄は、騙されぬようくれぐれもお気をつけ願いたい。

「……どうですか、気に入らなければすぐに落としますけれど」
 鏡の中を覗きこんで、少しそわそわした様子の光イナンナに真言は話しかける。
「い、いや……気にいらないってわけじゃねーけどさ……。あ、眼鏡……」
 光イナンナは、先ほど真言に外された眼鏡を求めた。真言はすっとそれを差し出す。
「あ、失礼しました……眼鏡がないと良く見えませんものね」
 渡された眼鏡をかけて、もう一度鏡の自分と目を合わせた光イナンナ。
「いや……その。眼鏡をしていないと……何だか落ち着かない……」
 少しだけ顔を赤らめているように見えたのはチークのせいだけではない。

 自分の顔を直視できずに俯く光イナンナの顔は、女神でも、男の子でもなく。


 ――12歳の、普通の、少女の顔だった。


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