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暗がりに響く嘆き声

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暗がりに響く嘆き声
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【食堂】

 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は魔道書である。
 自らも書物であり、知識欲はある。そんな彼女にとって書庫とは馴染み深い場所ではある。
 しかしながら、魔道書であるが彼女は料理本だ。図解付きだ。写真付きだ。子供にも読みやすくかつ丁寧な文字組で綴られている。故に、小難しく理屈っぽい書籍がズラリと並ぶような書庫は――、
「……辛気臭いですわ!」
 相性が悪いらしい。スタスタと出ていってしまった。
 源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)は不意に書庫を出て行くイコナを追って、食堂へと来てしまった。
「イコナ、どうしたんですか?」
 ティーが憤慨するココに訊く。
「動物解剖とか人体解剖とか脳解剖とか! そんな連中なんて読みたくないですわ! 気分が悪いのでココア一服したいです」
 イコナの言う連中とは書物の事だ。同じ書物なのに毛嫌いする彼女を見てティーは可笑しく思う。料理本はやっぱり調理場所と相性がいいらしい。こんなところにココアがあるとは思えないが、食堂の調理場へと入った。
 一応なりと、鉄心はテーブルに手を触れて、《サイコメトリー》で過去の風景を見る。当たり前だが、賑やかな会話と食事の音が聞こえてきた。子供の声さえ聞こえて来そうな錯覚を覚える。
 「くそ、外れカ! 札の一枚くらい入ってねーのカ!」
 レジスターの中を無理矢理引き出して空だと確認したアルフィー・ロージャス(あるふぃー・ろーじゃす)
「キミ、何やっているんだ?」
 火事場泥棒的なことをするアルフィーに鉄心が問う。対し、アルフィーの代わりにノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)がその問に答える。
「盗みはダメって言ったのに、聞かないんだもん!」
 廃屋とはいえ、人様のお金を取るのはいけないことだと、ノーンは思う。しかし、アメリカのスラムで貧困の更に貧困を知っているアルフィーにとっては善悪ではなく、生きるための自然な行動だ。
 しかし意外と鉄心には無関心な事だった。
「調査に関する重要書類を盗むんじゃなければ、別にいいんじゃいかな? ところで、ここには何か有りそうですか?」
「【ノクトビジョン】で見ても、調理器具とかばっかりでしたよ?」
 鉄心の問いにノーンがそう答える。それもそうだろう。ここは食堂であり、重要な手がかりがありそうな場所ではない。
「いや、丁度いいのがあるゼ」
 アルフィーが食器棚の下段を開ける。重々しい金庫が白い棚の中に鎮座していた。
「オレ、《ピッキング》持ってなくて開けれそうになかったから助かったゼ」
「《ピッキング》はティーが持ってたな」
 「やれるか?」と鉄心に聞かれ、ティーが頷く。
「やってみます。でも、いいんですか?」
 この金庫に金目の物が入っていれば、間違いなくアルフィーが盗み取っていくだろう。それをティーは危惧する。
「構わないさ。先に中を確認させてもらうことになるけどいいでしょうか?」
 仕方ないと、アルフィーは承諾した。自分では開けられないのだから、頼むしか無い。
 念のためティーはトラップも警戒するが徒労に終わる。素直にダイヤルを回して暫くすると、彼女は当たりの目盛りを引き当てた。
 鉄心が扉を開けて中を確認する。食堂の運営資金が入っているはずはなかった。代わりに、幾つかに纏められた書類が出てきた。「金じゃねえのかヨ!」と嘆くアルフィーを無視し、懐中電灯を当ててそれが何かを読む。
「食材の仕入れ表だな。しかし妙な物も仕入れているな」
「何かオカシイところでもあった?」
 ノーンが尋ねるので鉄心が書類の一枚を渡した。ノーンが書類に書かれている品目を読んでいく。
「パセリ、豚ロース、切り落とし(牛)、――ビタミンC、カルシウム?」
 仕入れの中には、ビタミン剤やミネラル錠などのサプリメントが大量にある。研究者たちの健康を考えての事なのか。しかし、その仕入れの量は料理に混入するにはあまりに多い。
「あからさまな経費の水増しって訳じゃないよね?」
 ノーンはそう捉えた。
「恐らくは、まともに食事のできなくなった被験者たちのためのじゃないかと。もしくは実験動物の餌か」
 施設に牢屋が完備されているのを考えると、動物に与える物と見たほうがいいだろう。と鉄心は考える。
「実験にあっていた人たちって、美味しいものも食べていなかったんですね……」
 早合点ではあるが、性格のやさしいティーがここの被験者たちの事を思い、表情を暗くする。
 鉄心が事細かに、書類を見ているとイコナが裾を引っ張って水筒を要求してきた。ココアの粉が見つかったらしい。
 彼女の性格上「わたくし、ココアはミルク派ですわ!」なのだが、長期保存の効かない牛乳があるわけもないので、仕方なくお湯でココアを作ることにしたのだ。
「そういえば、ノーンさんのパートナーはどうしたんのです?」
 粉を水筒の蓋へと適量入れ、イコナが尋ねる。
「おにーちゃんたちはまだ帰ってこないから……、今回もわたしが代わりに依頼を受けているの」
 おにーちゃんこと、影野 陽太(かげの・ようた)は未だにナラカから戻っていない。彼のことだ、今尚、御神楽環菜(みかぐら・かんな)の事で奮闘している事だろう。
「相変わらずなのですね」
 陽太の事情に納得し、イコナはココアパウダーに水筒のお湯を注いだ。甘い香りが発ち、蓋の中が満ちていく。――蛆で。
「ギャァァァ!!」
 蒼白になったイコナが悲鳴と共に持っていた水筒を投げた。
「あちィ――!! 何しやがル!?」
 水筒のお湯がアルフィーにかかる。突然のことに彼は怒るより驚いていた。
「虫が虫――! 虫ですわ!!」
「イコナどうしたの?」
 暴れるイコナを静止させようとティーが近づく。ふと、ティーがイコナの持ってきた、ココアパウダーのパッケージを見る。
「これ、もう三年前にはダメになってますよ?」
 賞味期限の表示を確認しティーが言う。粉末とはいえ、甘味剤を使っているのだからもう飲めた物じゃないだろう。虫が湧いていてもおかしくない。
「なんだ虫カ。脅かすんじゃネェ……」
 何故か胸を撫で下ろすアルフィー。だが、安堵したのもつかの間。彼の背後で食器が棚から落ちる。甲高い音に巨体が硬直する。
 あからさまに怖がっているアルフィーを背後で誰かがせせら笑う。
「なんダ! 幽霊カ!? さあこいヨ。相手になってやるゼ!」
 突如のポルターガイストに勇ましい声で身構えるアルフィーに「構えが逃げの格好だよ」とノーンがつっこむ。
「しかし、フザケている場合でもないな」
 皿が割れただけなら良いが、ここがどこかというのが問題だ。棚の皿に加えて、調理器具も浮き始める。鋭利で危険な刃物たちも。
「逃げるぞ!」
 鉄心の合図とともに、襲い来るポスターガイストの食堂から5人が逃げ出した。