リアクション
葦原の和書 シャンバラにも書物はある。 太古からあった石板のような、およそ本という感覚とはほど遠い物から、地球との交流から急激に流入してきた書籍や雑誌、果ては電子書籍のような物まで、現在ある書物は多種多様だ。 当然、それを収納する建物、すなわち図書館も、ここしばらくの激動によって著しく変化している。あるいは、頑なに古い様式を保っているかだ。 学校ごとの差異は意外とはっきりしており、蒼空学園やシャンバラ教導団のような電子機器を得意とする学校は、データに偏った特殊な形態に変化しつつある。空京大学や、天御柱学院もこのグループに属するだろう。特に教導団以外はデータの相互利用が盛んなので、一般的な資料の場合は、かなり共有資産という考え方が進んでいる。もちろん、極秘資料は、細かくランク分けされ、存在自体が隠匿されているのは言うまでもない。 逆に、イルミンスール魔法学校の大図書室などは、別の意味で特殊だ。およそ本と呼べそうにない物まで、書物として収集されている。その中から、魔道書が再び脚光を浴びたのは記憶にまだ新しいところだろう。こちらは、他の地球的な学校と比べると、実にパラミタ的だとも言える。書籍が整理されて流入してきたのではなく、すでに大図書室にある書物が、発掘されるのである。禁書などは、何があるかさえもまだ判明してはいない。 薔薇の学舎や百合園女学院は、古式豊かな図書室が主流ではある。主に美術書や小説など、資料書ではなく芸術書が主流であり、そのほとんどは個人の所有物となっている。それゆえ、全体像は不明で、奇書や稀書の類が多数埋もれているのではないかとも言われている。 キマクに関しては、口伝の部族が多く、図書館という概念は希薄である。ある意味、地球の書籍、特に写真集などの流入によって、パラミタで一番変化した地域であると言えるかもしれない。 そして、ここ葦原明倫館では、書物は個人が記した物という概念が強い。 記録を記した和綴じ本は、葦原明倫館独特の方法で蔵本されている。 図書館というよりは、書籍蔵という趣を要している葦原明倫館の図書館に、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はやってきていた。 2017年に行われたサミットで、各校の校長たちによって議定書が交わされた。 それは、大々的に公示されたことだ。 その内容は、各校が協力してシャンバラ古王国の情報を集め、女王を捜索するというものであった。今となっては、ずいぶんと懐かしいような気もするが、当時は、復活した女王がジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)としてすぐ近くにいるなどとは誰も思ってはいなかった。 その後は、そんな当時の議定書の内容など吹き飛んでしまいそうな出来事の連続ではあったが。 鏖殺寺院によるダークヴァルキリーの復活。彼女は、後にエリュシオンの策略によって反逆者に仕立て上げられた女王の妹だと判明する。 それに続く闇龍による各都市の破壊の危機。だが、それは復活した女王によって退けられたものの、彼女はエリュシオンに囚われ、シャンバラ王国は南北に分かれる形で建国を迎えてしまう。 しばらくは、エリュシオンに実質占領された東シャンバラと西シャンバラが対立と協調を繰り返す時代があったが、女王がアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)に譲位を果たすことによって、シャンバラは真に独立することができた。だが、それは、エリュシオンに宣戦布告の口実を与えてしまう。 そして、発掘した最後の女王器の暴走。 大まかな歴史の流れはそんなところだ。もの凄く抜け落ちていることが多い気がするが、一般の学生に分かることには限界がある。 「だからこその、書物だよね」 書庫の棚に積みあげられた書物を物色しながら、宇都宮祥子は資料を探していた。 ずばり、彼女が今探しているのはサミットで交わされた議定書の写しだ。 シャンバラ国内外を含めてパラミタ大陸は大変な状況だが、それにもまして地上との関係が気がかりであるからだった。 おそらくは、議定書にその詳細な取り決めが記されているのではないかというのが宇都宮祥子の予想だったのだが、いくら探しても肝心の議定書が見つからない。 「地元の図書館で探そうとしたのが間違いだったのかな。しくじったかな。でも、最後まで諦めない!」 いくつかの小部屋に分散されて書物がおかれている葦原明倫館の図書館では、目的の本を探すが非常に難しい。これが、蒼空学園の図書館などであれば、データ検索で簡単に見つけられるのではないだろうか。 ほとんど一日議定書の捜索に時間を費やした宇都宮祥子であったが、さすがに音をあげて司書に訊ねることにした。最初からそうしていればよかったのだ。 「議定書? うーん、それはここにはないですねえ。ええと……2017年の出版目録にも載ってはいないようですけれど」 調べてくれた司書の答えは、宇都宮祥子にとっては意外なものであった。 議定書と言えば、公開されて当然だと思っていたが、概要は報道されているものの、正確な内容は公開されていないのだろうか。 「密約ということかしら」 そう思うほかない。 実際、各学校の後ろには、地球の各国が後ろ盾としてついている。暗黙の了解ではあるが、公式には各学校は独立を保っている。さすがに、一学生では、その裏に交わされたすべてを知る方法はなかった。 ★ ★ ★ 「いやあ、メンバーでもないのに手伝ってもらっちゃって、申し訳ないけど正直助かるぜ」 「困ってるときはお互い様じゃねーか。いいってことよ」 神条 和麻(しんじょう・かずま)に礼を言われて、日比谷 皐月(ひびや・さつき)が気にするなと答えた。 ここは葦原の大通りに出ている屋台だ。 神条和麻が、自分の入っているコミュニティ「インフィニティ」の活動資金のために出している屋台であった。 「それにしても、コミュの資金稼ぎなんて大変だなあ。いったい、どんなとこなんだ?」 「それはまあ、ちょっと貧乏でなあ……」 日比谷皐月に素朴な疑問を投げかけられて、シェラスコを削り取りながら神条和麻がごまかした。一応秘密結社であるのだから、秘密でなければいけない……だろう。 「じゃ、いっちょやりますか。いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。肉、いかがっすかあ〜!」 やる気満々の日比谷皐月が、通行人たちに呼びかけた。 「そこの焼き肉屋さん。後で出前頼めませんかね」 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、ひょいと屋台をのぞき込んで聞いた。 「もちろん、行けますぜ」 即答で神条和麻が引き受けた。 「じゃあ、後でここに配達願います」 紫月唯斗は、神条和麻にメモを渡すと、約束の場所に急いだ。 |
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