リアクション
【十四 電磁破壊】
突然マーダーブレインとバスターフィストが、コントラクター達への攻撃を取りやめ、あっという間に走り去っていってしまったのには、皆一様に驚いた。
この場の者達には分からないことであるが、マーダーブレインとバスターフィストも、スパダイナの破壊に向かったのである。
「ど、どうなっているんですか……!?」
誰に問いかけるともなく、加夜が小さく呟く。するとその傍らで、あゆみが必死に左手の甲で輝くレンズを覗き込んでいるのだが、何も見えない様子で、ひたすらうんうんと唸っていた。
「うぅ〜ん、ピンクレンズマンにも、よく分かんにゃい……一体全体、どういうこと!?」
「いやぁ、でも……お兄さん、なぁんか嫌な予感がしちゃってさあ、もう辛抱たまらんって感じだねぇ」
いまいち意味不明な表現ではあったが、クドの直感が、何かとんでもない危機の到来を予言しているのは、ほぼ間違い無いであろう。
「ここで考えてても、何も始まらないわ。とにかく、追いかけてみましょう」
リカインの提案に全員が乗った。恐らくはクド同様、他の者達も嫌な予感を覚えているのだろう。
かくして、本隊の面々が固まってぞろぞろとスパダイナ方面へ移動して行くと、例のあの広大な空間に出たところで、別働隊と合流した。
その別働隊も、つい先程まで熾烈な戦いを演じていたスナイプフィンガーが突然、攻撃の矛先をスパダイナに向け始めたものだから、皆一様に呆気に取られて、ただただ眺めるしかなかったのである。
「あっ、正子さん!」
「おぅ加夜か」
珍しく正子が、いささか呆け気味の表情で加夜を出迎えた。矢張り別働隊の面々も、この不可思議な現象に頭がついていっていない様子であった。
ところが、スパダイナから内部で作業していた面々や、エージェント達を追っていった者達が飛び出してきて事の真相を告げると、一同の表情が一変した。
「そ、それで……美晴さんの脳波は、どうなったの!?」
理沙はオブジェクティブ達が自由を得たことよりも、美晴が無事なのかどうか、それが気になって仕方が無かった。
これには凶司が、急ぐような調子で早口に答えた。
「あっ、それなら大丈夫です。中に居たルカルカさんと真さんというひと達が協力してくれて、エメラルドアイズとの融合ポイントを解除してから、すぐにログアウトさせてくれましたから」
「そ、そうなんだぁ! 良かったぁ!」
理沙が反応する前に、美羽が心底嬉しそうな声をあげて、レティシアとふたり、喜び合っている。
だが、美晴の救出が成ったという事実が分かると、今度は急速に、不安と恐怖が一同を襲い始めた。
そこへ、衡吾が仏頂面でふらりと姿を現した。
「もう間も無く、ギブソンさんが電磁衝破弾ってのを使うから、早く逃げろってさ。伝言、確かに伝えたぜ」
「な、何なの? その電磁なんとか弾って?」
意味がよく分からず、歩が聞き返した。実は衡吾自身もよく分かっていないらしく、エージェント・ギブソンからの受け売りで、一応説明らしい内容を口にしてみたが、上手く伝わったかどうか。
「何でも、一定空間内のあらゆる荷電粒子を量子レベルで破壊する兵器らしいぜ。電子結合映像体だけじゃなくて、生物の脳波をも破壊してしまうらしい。だから、とにかく逃げろってよ」
小次郎とクリアンサ、そしてレイチェルの三人は、別働隊と同じか、或いは僅かに遅れた程度のタイミングでスパダイナ内への潜入を果たしていたものの、結局あまりにも大き過ぎる対象であった為、ほとんど何も出来ないまま、撤退を余儀なくされてしまっていた。
恐らくエージェント・ギブソンは、スパダイナの規模を敢えて黙っていたのだろう。下手に詳細を事前情報として与えてしまうと、自分達の行動が読まれてしまう――そういう危惧があったのではないか。
しかしいずれにせよ、先程出会った衡吾なる人物から、早く退去せよとの勧告を受けた以上は、もうここに留まる理由は無い。
ところが脱出の最中、思わぬ出会いがあった。
マーダーブレインに連れ去られた一部のコントラクター達を救出したエヴァルトと、スパダイナ内で偶然出会ったのだが、その救出されたコントラクター達の中に、リースが居たのである。
「しかし、破壊に来た筈が、結局は人命救助とはな……なかなか上手いことはいかないものだ」
脱出の最中、エヴァルトが時折、そんなことをぼやいていた。
「あっ! やっと来たぁ!」
ツァンダ南方山岳地帯中腹の、とある一角。
ミリーとフラットはアシェルタを本隊から呼び戻し、何が起きたのかを聞き出そうとしていたのである。ところがアシェルタはいまいち意味不明な台詞を繰り返すばかりで、要領を得ない。
仕方が無いので、自分達の目で確かめに行ってみるか、という内容の台詞をミリーが口にすると、この時だけはアシェルタは妙にはっきりした口調で、必死に引きとめようとした。
「い、今行ったら、死んじゃいます! 絶対、駄目です!」
その慌てぶりに、ミリーとフラットは呆れた様子で、互いの顔を見合わせるしかなかった。
* * *
蒼空学園の第三コンピュータ学習室では、フィクショナルからログアウトしてきたルカルカ、真、左之助の三人が、物凄い勢いで椅子から飛び起きてきた。
「ダリル! 美晴さんとこ行くよ!」
ルカルカの嬉しそうな、そして幾分涙声になっている叫び声に、ダリルと山葉校長は互いに顔を見合わせた。そんなルカルカの台詞を裏付けるように、真が言葉を添える。
「先程、美晴さんをログアウトさせてきた。もう大丈夫。今頃、目を覚ましている筈だから」
真の自信に満ちたひとことに、ようやく事態を飲み込んだ山葉校長が、心底ほっとした表情で胸を撫で下ろしていた。
「そうか、やってくれたか……色々、手間ぁかけちまったな」
「いや……これは、俺自身が望んだことだから」
真は若干はにかんだ様子で、頭を掻いた。そんな真を、左之助がからかうように、肘で小突いている。これには真も苦笑で応じるしかなかった。
「ほら、何やってんのよ! 早く美晴さんとこに行くよー!」
ひとり元気なルカルカだけは、とにかく一刻も早く、美晴のところへ行きたいと大はしゃぎだった。
真も左之助も、そして山葉校長も、ルカルカに半ば引きずられるような形で、廊下へと飛び出していった。
が、ひとり残されたダリルだけはどうにも、浮かれた気分にはなれずに居る。
伊ノ木美津子の名が、どうしても彼の頭の中で、嫌な響きを残していたのである。
『オブジェクティブ』 了
当シナリオ担当の革酎です。
このたびは、たくさんの素敵なアクションをお送り頂きまして、まことにありがとうございました。
私事で恐縮ですが、執筆期間の序盤に風邪と本業多忙が重なり、エラい目に遭いました。前にも一度、本業多忙と執筆期間が重なってバタバタしたことがあったのですが、今回は風邪の破壊力が加わり、危うく屍を晒すところでした。
最近は特に変な気候が多いようですので、体調管理には十分ご注意くださいませ。
それでは皆様、ごきげんよう。