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美緒と空賊

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美緒と空賊

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第三章

「――あれか?」
空賊の問いにゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が笑みを浮かべて頷きます。
「ああ、俺様の情報によるとあそこには百合園の生徒が山ほど乗ってるらしい。大漁が見込めるぜ」
彼らの視界の先には、美緒たちの乗った飛空艇がありました。
そう、ゲドーは空賊たちに、いい獲物と称して美緒たちの乗った飛空艇を勧めたのです。
さっそくその飛行船に狙いを定めた空賊たちは、どかんと特大の砲弾を一発。
見事船尾に当たったそれに驚いてか、様子を見に顔を出したのが百合園の生徒だということを見てとるや否や、素早くハンス・ベルンハルト(はんす・べるんはると)が乗り込みました。
ごつりと少女の背に銃身を当てると、静かに囁きます。
「静かに。殺しはしないわ」
その硬質の感触に両手を上げる少女を見て、ハンスは頷きました。
それを合図と空賊が乗り込んできます。
それに混じってガルム アルハ(がるむ・あるは)もぴょーんと乗り込みました。
まるで考えなしに動き回り、百合園生を捕まえます。
「いうこときかないと怒っちゃうよー!」
こんな姿をレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が見たら何というでしょう。きっと怒るに違いありません。
けれどそんな彼女も今はいませんでした。
ガルムは思うままに走りまわります。そんなガルムのポシェットから顔を出した花妖精がひとり。
リコリス・リリィ・スカーレット(りこりす・りりぃすかーれっと)です。
「コソコソしていると思ったらこんなことしてたのね……」
注意しなきゃ、と身を乗り出すと――
ぽきゃっ☆
「いたっ!」
「リコリス!」
振りまわしたガルムの手がリコリスの頭に当たります。
はっと視線を向けたガルムの顔に浮かぶ驚きと、むっとしたリコリスの眼差しが行き合いました。
「こそこそしてるから付いて来てみれば…空賊ごっこ?」
「ごっこじゃないもん!」
「遊びじゃないとしても、こんな危ないマネ……」
「もー! あたい子どもじゃないんだからほっといてよね!」
先ほどまでの威勢はどこへやら。怒られモードとお説教モードに入りそうになっている二人を眺めながら、斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は苦笑しました。
「あー、何か学芸会のお遊戯みたいになってきたなぁ」
「これが……ロマンなのか」
ちっとも冒険じゃないぞ、と鳥野 島井(とりの・しまい)がぼやきながら、怯える少女たちを見渡しました。
「ロマンを手に入れようぜ」と言われてきたのに、これはまるで誘拐ではありませんか。
誘拐するにはちょっとばかり強すぎる少女たちも混ざってはいるようでしたが、島井はしょうがないかと傍らで雄叫びをながら少女たちを捕まえようとする邦彦を見遣りました。
「ヒャッハー! 大人しくしろ! ……疲れるな、これ」
捕まえたらしい少女を空賊たちの船へと送りながらの言葉が、何処かまんざらでもなさそうに聞こえるのは気のせいでしょうか。
「どういうことなんですか? どうして……」
一方で予期せぬメンツの襲来に、驚愕の声を上げる美緒の背後に、ふいに人影が現れました。
「静かに」
振り返ろうとする美緒の耳元にネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)の声が落ちてきます。
じっとして、と言ったネルは痛みのない程度に美緒を拘束すると、事情をかいつまんで説明してくれました。
自分たちが本当に美緒たちに危害を加えるつもりなどないこと、空賊に加担しているのは演技だということなど。
「なるほど…わかりました」
説明を聞いた美緒たちは、なるほどと頷いて大人しく捕まることにしました。
計画では元よりそのつもりだったのですから。
此処で下手に騒いでしまっては計画が台無しになってしまうかもしれません。
あとは追跡組が何とかしてくれるでしょう。アジトさえ付きとめてしまえば援軍だって来てくれるはずと、美緒たちは抵抗を諦めたふりをしました。



「よしっ、予想通り動きが出たわね。準備はいい!?」
「うんっ!」
飛行船の様子を窺っていたヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は、空賊の船が飛行船を離れるのを見てリネン・エルフト(りねん・えるふと)へ問いかけました。
力強く頷いたリネンに頷き返して、ヘイリーは皆に指示を出します。
「行くわよ、野郎ども!」
野太い雄叫びと共に数機の飛行船が出立しました。各々が距離を取りながら尾行を開始します。
「“黒髭”を名乗った男の顔を……一度拝んでやるわ」
アジトへ帰っていく空賊たちを追いながら、ヘイリーは小さく呟きました。
「お、動いたな!?」
「追いましょ!」
同じく十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)たちも別方向から追跡を開始。
「急ぐぞ」
パートナーのミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)たちと付かず離れずの位置で相手を窺います。
追いながら特に暴れている様子もない空賊に、
竹野夜 真珠(たけのや・しんじゅ)がぽつりと呟きました。
「でも何で百合園生狙うんだろう?」
「おそらく、メイドさんのハーレムでも作るのではないのか?」
ガラン・ドゥロスト(がらん・どぅろすと)が冗談交じりに答えます。
「メイドハーレムじゃなくて『メイドさん』ハーレムなのか?」
と首を傾げると、ガランは真剣な声音で
「つぐむよ。メイドはさんが付くか付かないかで全くの別モノになるのだよ。」
と諭します。呆れたようなミゼが、まったく、とため息をつきました。
「いいから追うよ! 見逃すわけにはいかないでしょ!」


後ろから楽しそうな鼻歌が聞こえてきます。
が、打って変わって横からは鋭い視線が突き刺さります。
「私たちで空賊捕まえちゃおう!」
と意気込むアニス・パラス(あにす・ぱらす)
「うかれすぎてると失敗するわよ」
と何故か面白くなさそうなスノー・クライム(すのー・くらいむ)
そんな二人に囲まれて、佐野 和輝(さの・かずき)はやれやれと首を振りました。
(なんて言うか、この空気何とかしてくれ)
何だか凍りつきそうだと、思った矢先に通信が鳴り響きました。
どうやら和輝だけに宛てた通信ではないようです。スノーも、周りの人間たちも通信に意識を向けていました。
「聞こえるか? アジトが割り出せたぞ」
聞こえてきたのは樹月 刀真(きづき・とうま)の声でした。
確か刀真は漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)と先日起きた同様の事件を調べていたはずです。
もう割り出しが出来たのか、と通信に意識を向けた和輝たちに一つの場所が提示されました。
「……なるほどね、急ぐぞ!」
「はいっ!」
「俺たちも出来るだけすぐに後を追う。逃走経路の確保に努めるから、引き続き慎重に頼んだ」
そう告げて刀真からの通信が途切れました。
それと同時にナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)もラズンからの通信を絶ちます。
シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)に向き直り、ため息をつきました。
「場所、わかったよ」
地図上、ナコトが指し示した場所に頷いて、シーマも追跡モードに入りました。
「全く……アルコリアにも困ったものだ」
「空賊はともかく、人質のみんなに迷惑かけてないといいんだけど」
「それは無理と言うものだろう」
「見つけたわ! あそこね!」
シーマの呟きがヘイリーのあげる声にかき消され、指し示された先には朧気ながら大きな影。
それは件の“黒髭”の率いるという、空賊団のアジトでした。



「もうすぐ団体様が来るみたいだぞ」
高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)の言葉に、閃崎 静麻(せんざき・しずま)が頷きました。
次いで服部 保長(はっとり・やすなが)クァイトス・サンダーボルト(くぁいとす・さんだーぼると)を交互に見遣り、小さく頷きます。
「俺たちは帰ってきた連中が無事に百合園生を降ろせるように、ドック周辺の守りを固めるとするか」
「ええ、そうしましょう。足というものはとても重要なものですから」
「それじゃあ俺は戦いに備えておこうかね。コンジュラーを相手にしないとも限らないだろうしな」
「それが得策だろうな」
静麻も頷き、ぐるりと辺りを見回します。が、空賊の姿はありません。
よほど不用心なのか、この場所の守りは自分たちに任せてくれたということなのか。
どちらにせよ都合がいいことには代わりありません。
けれど、問題が一つ。
「ドックはどこでしょう……?」
「それならこっちだよ」
疑問の声をあげた保長に答えたのは日比谷 皐月(ひびや・さつき)でした。
「案内するから早く」
「時間がありませんから」
如月 夜空(きさらぎ・よぞら)も皆を促します。
空賊たちの帰還が、そのあとに続く“団体様”の来訪が迫っているのでしょう。
一同は頷くと、皐月の案内に従ってその場を後にしました。