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とりかえばや男の娘

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4章 闇を斬る音色
 数日後、一行は古寺を後にして葦原城下に向かった。十兵衛の怪我はまだ本復したわけではないが、彼のたっての希望で旅立ったのである。
 その時、竜胆は念願の若武者の姿をしていた。兄の藤麻のふりをするためでる。

 道中、竜胆は十兵衛に言った。
「先日の夜、不思議な夢を見ました」
 十兵衛は、とりたてて何も答えなかったが、竜胆は構わずに離し続けた。
「その夢の中で、私は珠姫にお会いいたしました」
 その言葉に、十兵衛の肩がぴくりと動いた。
 十兵衛は振り向いた。
「珠姫様にお会いしたと?」
「はい。長くて美しい藍色の髪をした、それは神々しい方でした。赤色の衣装をまとい、首には丸い石を連ねた首飾りを下げておられました。石の内部には不思議な光が宿っておりました」
 竜胆の言葉に、十兵衛が目を見開く。
「まさしく、珠姫だ。本当にお会いしたのだな」
 声が震えている。この男がこれほどの動揺を見せるとは……。竜胆は驚きを込めて十兵衛を見つめた。
「で、珠姫は、なんと申されたのだ?」
「ええ。私には苦難を乗り越える力があるから恐れるなと。そして、私には珠姫と同じ力が与えられていると。この笛を吹けるのが、その証拠だと」
「本当に……珠姫が本当にそう申されたのか?」
「はい……。あの夢を見た事で、私はますます珠姫様に興味を持ちました。一体、珠姫様とはどういうお方だったのでしょう? 十兵衛殿はお会いした事があるのですか?」
「ある」
 十兵衛は答えた。
「どのようなお方だったのです」
「愛、そのもののような方だった」
「愛、そのもの?」
「あの頃、私は血に飢えた獣同然だった。ナラカでの記憶はおぼろで……自分でもどうしてそうなったのか分からぬが、この剣で人を殺す事に快感を覚え、より強い相手を求めてマホロバをさまよっておった」
「ええっ?」
 思いもよらぬ独白に、竜胆はますます驚きを強くする。
「ふふ。……恥ずかしい話だ。そんなおりに出会ったのが珠姫だ。あの姫は、私の荒ぶった心と体を救ってくれた。以来、私は命に変えても日下部を守ると誓った」
「……そういうわけだったのですか」
 竜胆は、その時始めて十兵衛の柔らかい部分に触れた気がした。
「あなたも、ただの人としての気持ちをお持ちなのですね」
「何を言っている?」
「いいえ。何も」
 竜胆は首を振った。やがて、葦原の町並みが見えてくる。

 物売りや、瓦版売りの声。その中を歩いて行く異国風の人々。それらの中を通り、一行はついに日下部家の屋敷にたどり着いた。十兵衛と竜胆の姿を見ると、門番はすぐに門を開けた。
 そして、屋敷内に入ると、十兵衛は大声で呼ばわった。

「行方不明になられた、嫡子の藤麻殿をお連れした。皆の者お迎えの準備をせよ」

 すると、屋敷の奥から家臣達がわらわらと走って来た。そして、竜胆を見ると一斉に歓喜の声を上げた。
「おお、まさしく行方不明であらせられた藤麻殿」
「よくぞご無事で……」
「これで、日下部家は安泰じゃ」
 などなど口々に叫ぶ。中には泣き出す者までいる始末だ。
 しかし……

「待て、待て!」
 中から、二人の男が出て来た。他の侍達にくらべて豪華な衣装を着けているところから察するに、どうやら、重臣のようだ。
「これはこれは、腹黒殿に柳川殿」
 十兵衛が慇懃に挨拶する。
「どうされましたか? 若君のお帰りでござるが」
 すると、でっぷりとした腹の初老の男……腹黒大膳が言った。
「その者が若君であると? その証拠は?」
「これは異な事を」
 十兵衛が首をかしげる。
「このお顔、この姿。よもや見忘れではございますまい?」
 すると、大膳の後ろにいた痩せた小男……柳川吉安が皮肉っぽく口を曲げた。
「ふん。世の中には似た人間が三人はいると申すからな。刹那殿が家督を継ぐのに反対して来たおぬしの事、どこの馬の骨とも知らぬ者を藤麻殿にしたてたとしても不思議ではないわ」
「まあ、待て、柳川殿」
 大膳が言う。
「十兵衛とて、日下部家に忠義を誓うもの。よもや、偽物をしたてるような事はしまい。しかし、柳川殿の心配もごもっとも。そうだ、なあ、十兵衛殿。その者が藤麻殿だとの確たる証のために、一つその者の右肩を見せてはくれぬか?」
「右肩?」
「左様。その者が、真に藤麻君だというならば、右肩に星型の痣があるはず」

 ……痣だって?

 一同の顔が青ざめる。

 右肩の痣など竜胆にはない。なす術も無く立ち尽くす竜胆を、あざけるように吉安が言った。
「そう。それは、よい手でござるな。ほれ、そこな者。早う右肩を見せてみろ」
 しかし、竜胆に見せられるわけがない。
「ほれ、どうした。見せられぬか?」
 大膳があざ笑う。
 ……この二人は私が偽物だと知っているんだ。
 竜胆は思った。
 ……分かっていて私をなぶり者にしているのだ。
 しかし、なぜ知っているのだ? それは、藤麻が戻ってくるわけのない状況にある事を知っているからに他ならないからではないのか? だとすれば、藤麻の失踪の原因はこの男達が作ったという事ではないのか? 
 そう思った途端に、胸の底から怒りがわき上がってくるのを感じる。
 断じて、こんな奴らに日下部家を渡してはならぬ……。
 そう思うや否や、竜胆は叫んでいた。
「察しの通り、私は藤麻ではない!」
「なんだと!?」
 家臣達の間に殺気が走る。
「ホレ見た事か」と、柳川が満足げな笑みを浮かべる。
 竜胆は言葉を続けた。
「確かに、私は藤麻ではない。しかし、私は日下部家の正統な跡取りである。私の名は、日下部竜胆。16年前、邪鬼の呪いを避けんがために市井に預けられた藤麻の双子の弟である」
 朗々と叫ぶ竜胆に、家臣の間に動揺が走る。無理もない。藤麻に双子の弟がいた事など、今まで誰も聞いた事もなかったからだ。
「えーい、騙されるな!」
 大膳が叫ぶ。
「全ては、こやつの世迷い言だ。さっさと、こいつらを切り捨てよ」
 しかし、家臣団は動こうとしない。あまりにも竜胆の姿が藤麻に似ていたからだ。かといって、竜胆の言い分を認めたわけでもない。どうしてよいか分からず成り行きを見守ろうとする者がほとんどだった。
 動こうとしない家臣にかわり、忍びの者が飛び込んで来た。六角道元の配下だ。道元は、あの後十兵衛達の目を逃れ、こちらに先回りしていたようだ。
「切り捨てよ」
 大膳の言葉を合図に忍び達が襲いかかって来た。