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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●短冊に願いを込めて

 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は七夕祭りの会場でも、普段通りの格好だ。
「賑やかなものだ。いずれにせよ、伝統に根ざした祭というのはいい」
 普段のイーオンは研究三昧、あまり人との交流がなく不健康な日々ゆえ、こういった機会は大切にしたいと考えている。彼はしばらく、パートナーのセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)を連れて会場を巡った。
「なるほど、これか」
 やがてイーオンは短冊と笹を目にした。
「セル、書いていくか?」
「イエス・マイロード」それまでずっと無言を貫いていたセルウィーが、呼びかけられて短く答えた。
 恋愛成就の短冊は、紅。
 しかし彼は紅を選ばなかった。
(「セレスティアーナへの想いは、誰かにすがって成就を祈るものではない」)
 それがイーオンの信念だからだ。
 代わりに彼は白い短冊を選んだ。筆でしたためる。
『今まで関わってきた人間や、世話になった人間へ』
 感謝の念を、込めた。そして短冊のこよりを笹の枝にくくりつけたのだった。
 セルウィーも緑の短冊を選んでいた。機械的な文字で、ファミリーの健康長寿を願う一文をしたためると、
「………………健やかに」
 そっと告げて、枝に結わえた。
 このとき、おなじく短冊をつるしていた女性にイーオンは目を止めた。
 目を惹く姿だった。延ばした背筋は真っ直ぐに、夏のドレスは優雅に、そしてチョコレート色の髪は美しく、まっすぐ縦に巻かれている。花咲くような美貌であるのは言うまでもない。
「失礼、ラズィーヤ・ヴァイシャリー女史とお見受けしたが」
「これは見覚えのある方、お名前をうかがってよろしいかしら?」
 簡単に自己紹介を済ませ、イーオンとラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は談笑した。
 話の内容は他愛ないものだ。戦乱や政治などの堅苦しい話題は、お互い意識的に避けた。
 かわりに、百合園女学院があるヴァイシャリーの地などについて語った。
「ヴァイシャリーには何度かセレスティアーナに会いに行くとき足を運んでいるが、さすがシャンバラ一の景観であると感心している」
「お礼申し上げますわ。いつでも遊びにおいでくださいな」
 くすくすと微笑むラズィーヤの物腰は、まさしく貴婦人のそれである。堂々とした物腰であり、無闇に偉ぶることもなければ、意味なく卑下したりもしない。
 セルウィーは黙して語らず、二人の会話を邪魔せぬよう静かに茶を取り、給仕した。希に口を利いても、
「おかわりは、よろしいですか」
 と問いかけるだけだ。しかしセルウィーはラズィーヤに憧れのような気持ちを抱いているのか、その物腰をしっかりと、目に焼き付けるように観察しているのだった。
 別れ際、セレスティアーナを保護してくれている恩義を改めて表明したイーオンは、
「俺に出来る事があれば、いつでも手を貸そう。……もちろん、セレスに敵することはできないが」
 と、笑みを含んでラズィーヤに述べた。
 するとレディは、うやうやしくこう返答したのだった。
「有事には、頼りにさせて頂きますわ」

 その頃、ラズィーヤの契約者桜井 静香(さくらい・しずか)乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)と出会っていた。
 きっかけは、短冊に書き入れるべく筆に延ばした手と手が触れあったこと。
「えっ、あっ、ごめんなさい……! お、お先にどうぞ……」
 怯えた猫のように慌てて手を引こうとした七ッ音を、しかし静香は止めていた。
「ごめんね、僕のほうが後だったよね。気にしないで先に書いて」
 思わぬ言葉をかけられて、七ッ音は逆に、震えるほど緊張してしまった。
 静香が見ている。百合園女学院の校長にして容姿端麗、セレブといっていいあの桜井静香が――そう意識しただけで、七ッ音は空を舞う燕のように舞い上がってしまいそうになるのだった。
「い、いえ……あの……私……」
「どうかした?」
「あ……えーと、えと……」
 緊張のあまり七ッ音は二の句が継げなくなっていた。
(「やれやれ……」)
 すぐ後ろでこれを見ているのは、七ッ音のパートナー碓氷 士郎(うすい・しろう)だ。士郎がこの世界に来たのは、音楽や芸術といった自分の趣味を理解する人がほしかったからだ。七ッ音との契約によってそれが果たされているので、自分について現状、わざわざ短冊に書くほどのことは士郎にはなかった。
 しかし、だからこそ、士郎は七ッ音について願い事をしたため、笹につるしていた。
 黒い短冊に書いたメッセージは、『七ッ音が色々な人と仲良くなれますように』だ。
 こっそりと書いてつるしたから、七ッ音は気づいていないだろう。
(「願うだけじゃなく、ちょっとは手を貸してやらないとねぇ」)
 ぽん、と七ッ音の肩を叩くと、士郎は中性的な顔に微笑を乗せて静香に名乗った。
「ボクは碓氷士郎、こっちはボクの契約主の乙川七ッ音、二人とも蒼空学園さ。こっちの七ッ音はキミと友達になりたいみたいだよ。よろしく」
 なんとも大胆なことを口にする士郎に、七ッ音は真っ赤になってしまったが心配は無用だった。
「そういうことならよろしく、七ッ音さん。士郎さんも」
「は、はい、よろしくです」
「ところで、短冊書かないの?」
「何を書こうか決められないので……むしろ、静香さんのを……さ、参考に見せてもらいたいと思ってます……」
 やはり七ッ音はあがっているようだ。まあ実際、この状況で冷静になれというのは厳しいだろう。
 この返事を聞くと静香は破顔して、
「え? 僕? 僕はね、みんなが元気で一年過ごせるように、って書きたいな」
 と、緑の短冊に書いてつるしたのだった。
 七ッ音の興奮は収まってきた。静香の優しい願いに、心をなでられた気持ちになったからだ。
「じゃあ、私は」
 なので七ッ音は落ち着いた心で、黄色い短冊に書いたのである。
『音楽でみんなを幸せにしたい』と。
「音楽好きなんだ? 楽器演奏とか得意なの?」
「得意かと言われると自信がないですが、クラリネットを少々……」
 いいなあ、と静香は微笑み、一緒に短冊をつるして、
「ねえ、友達になったしるしに、屋台のソフトクリームでも食べようよ」
 と、七ッ音を誘ったのだ。
 士郎の願いは叶いそうだ。