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魔法使いの遺跡

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魔法使いの遺跡
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第4章 悠久に向けた声 1

 気絶から目覚めたとき、モーラの目の前にいたのはアンデットに吸血コウモリにティーカップゴブリンといったひと癖あるようなペットたちだった。
「ひ……ひあああああぁぁぁっ!」
「くすくすくす……」
「なんて趣味の悪いことをしてるんですか」
 泣きじゃくりながら逃げ回るモーラを愉快げに見ているシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)に、月詠 司(つくよみ・つかさ)の呆れた声が返ってきた。
 逃げてきたモーラを笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)が優しく抱き寄せる。モーラにとってはよきお姉さんといった紅鵡は、彼女の頭を撫でてあげた。
「大丈夫だよ、恐がらないで。ボク達がついてるからね」
「いやー、やっぱり女の子は驚かすに限るわね」
「もう、シオンさん! 冗談が過ぎますよ!」
 心の底から楽しそうに笑っているシオンを、紅鵡が叱りつけた。
 モーラもまだ泣き虫の子供といった印象だが、逆にシオンはそれをいじめるいじめっ子である。また、それを『意地悪』と理解してやってるのだから性質が悪い。
(はぁ〜……大丈夫かな、これから先)
 色々と不安は募るが、とにかくモーラのためには自分もしっかりせねばなるまい。
「ご、ごめんなさい、紅鵡さん……迷惑掛けて」
「ううん、そんなことないよ。それよりも、大丈夫? 落ち着いてきたかな?」
「は、はい」
 返事を返すものの、いつ何時またシオンの悪戯がくるかは分からない。
 なるだけ紅鵡はモーラから離れないようにして、万全の態勢でシオン対策に乗り出していた。
 もちろん、それは現在のこの状況が色々と問題を含んでいるからだ。厳密に言えば、つまり『こんなことをしている場合ではない』というわけだ。
 なぜならモーラたちがいるのは、何処とも知れない簡素な部屋だったからだ。先ほどのホールのような部屋と違うことは、雰囲気だけではなく広さとその荒れ具合から一目瞭然である。そんな殺風景なこの部屋と、先ほどまでいたホールに共通していることといったら床に魔法陣が描かれていることぐらいだろうか。
(転移……ですかね?)
 顎に手をやって、司は物憂げに考え込む。振り返ったシオンは、そんな青年の姿と格好とのギャップを見てから、プププッと小馬鹿にしたような笑いを漏らした。
「真剣な顔してても、そんな恰好じゃ様にならないわね〜」
「……誰のせいですか、誰の」
「にはははっ! でも司にぃさま似合ってる〜」
「…………」
 シオンと同調してケラケラ笑うのはパートナーの強殖魔装鬼 キメラ・アンジェ(きょうしょくまそうき・きめらあんじぇ)だ。司はげんなりとなって、心中で自分の境遇を嘆いた。
 ただいまの彼の格好は端正な顔立ちと知的な風貌とは裏腹な、まるで朝方の幼い女の子向けテレビアニメにでも出てきそうな魔法少女姿だった。フリフリのスカートの下から見える太ももがムダ毛処理されているのも、ある意味完璧な魔法少女と言える。
(まあ……シオンくんいわく、魔法少女じゃなくて魔法装女――女装した魔法少女――らしいですけどね)
 ため息を禁じ得ない司に、創世ノススメ ~出逢イ儚ク~(そうせいのすすめ・であいはかなく)――本名、マリアンヌ・シオン・エヴァンジェリステスが苦笑しながら言った。
「……司さんも大変ですね」
「ある意味毎度のことですけどね……。先輩も気をつけてください。あの人は必要以上に関わっちゃだめです」
「は、はあ……わ、分かりました」
 戸惑うモーラだったが、どちらかと言えばそれは、まだ司の“先輩”発言に慣れていないということも含まれていた。
 なんでも、遺跡に来る前にお師匠の家に行って来たのだという彼は、お師匠に弟子入りしたのだという。もちろん、それはこの場限りのことに過ぎないだろうし、今後も師匠が彼を弟子として扱うということはないだろうが――少なくとも今この場においては、モーラの『後輩』という肩書を得ているのだった。
(わ、悪い気はしないですけど……)
 モーラは恥ずかしそうに頬を紅くし、立ち上がった。
「にはははは〜! 待て待てネズミ〜!」
「あらあら……アンジェったら」
 魔物である一匹のはぐれファーラットを追いかけるアンジェに、のんびりとした声をかけるマリアンヌ。
「さあ、今すぐレッツ魔法装女!」
「ぬっふっふっふ……ほな、やったるか〜!」
 何やら不気味な薬を飲ませた途端、性格が関西風少女に変貌した司と一緒に暴れ回るシオン。
 そんな彼らは背後に置いておくとして、改めてモーラは部屋を眺めてみることにした。しっちゃかめっちゃかの騒動が背後から聞こえてきて苦笑が漏れるが、聞き流すことに徹した。
 改めて見た部屋の雰囲気は、それまで辿って来た遺跡内部のどれよりもはるかに崩壊的だった。崩れた壁に、儀式でも行っていたのかという祭壇、椅子やテーブルの破砕の痕。朽ち果てた内装は今にも死者を呼び起こしそうで、モーラは静かに震えた。
 そんな彼女の横にやってくる一人の少女がいた。それは赤毛の魔女――エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)だ。
「こうして見ると、探索者の手は入ってないということになりそうですわね。魔法使いウォーエンバウロンの隠し部屋……ってところかしら?」
 エリシアは冷静な分析を口にした。
 モーラは、彼女のことを聞いたことがあった。わずか十三歳という歳にして、賢人の域に達した赤毛の魔女。見習い魔女の間でも風の噂になっていたあの彼女が、今は自分の横にいる。それがなんとなく、緊張感のようなものも覚えさせられた。
御神楽 陽太(みかぐら・ようた)さんって人が……契約者だって聞いてたけど)
 どうやら今日はその契約者は不在のようだ。エリシアの軽い説明によると、なんでも『鉄道王』になるため奔走中、ということだった。
 そんな彼の代わりというわけではないだろうが、陽太のパートナーはエリシアともう一人――ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)もモーラの手伝いにやってきていた。
 彼女は落ち着き払ったエリシアとは対極的に、天真爛漫に探索を楽しんでいた。壁面に描かれた楽譜を見ながら、鼻歌を漏らしている。
 そんなノーンが、ふと気になったようにモーラに声をかけた。
「モーラちゃん、そんな小さくなってどうしたのー?」
「ひあっ……え、えっと、そ、その……」
 噂の魔女を前にして緊張していたモーラは、挙動不審にパタパタと手を振った。小首をかしげるエリシアが自分を見ているのを感じて、恥ずかしそうに顔を伏せる。
「あの有名なエ、エリシアさんと一緒で……ちょ、ちょっと、緊張してただけ、です……」
「わ、わたくし……ですか?」
 予想外のことだったのか、今度はエリシアが戸惑いの声をあげた。自分なんかで緊張なんてするのだろうか? 訝しそうに首をかしげるエリシア。
 だが、同じく魔法使いとして彼女を知る涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が、そんな彼女たちの間に入った。
「あなたが思っている以上に、あなたは私たちの間で誉れ高い人だってことだよ。私だって、まさか噂の赤毛の魔女と出会うとは思っていなかったからね」
「おにいちゃん、エリシアさんたちに会えるのも楽しみにしてたもんね〜」
 涼介のパートナーであるクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が、からかうように口を挟んだ。亮介が心なしか照れながら応じる。
「そりゃあ……私だって魔法使いですし。同じ志を持つ者としては、やっぱり楽しみにもなるってもんだ」
 そんなことを言う涼介とて、決して非凡な魔法使いではない。
 彼らの才能――特にエリシアに関しては赤毛という共通点があるせいか、モーラは力量の差に劣等感を抱かざる得ない。同じ赤毛で恥ずかしいといったような顔をするモーラ。
 と――
「!?」
 不快感を抱かせる声と一緒に、魔物が部屋へと飛び込んできた。モーラのことを気にし始めた涼介だったが、一旦はまず敵の対応に移った。
 敵はゴブリン5匹。冷静に対処すれば決して負けるような相手ではない。
「クレア、いくぞ!」
「しょうがないなぁ〜。じゃあ、わたしが正面からいくから、おにいちゃんは魔法で援護してね」
 クレアはそう言って槍を握りなおすと敵陣へと切りこんだ。正面突破の突撃に、ゴブリンたちは焦って陣形を崩してしまう。その隙を突いて、エリシアや涼介たちが魔法を繰り出す。
「モーラ! 準備はいいか?」
「は、はい……!」
「もふもふで超プリチーな白熊型ゆる族の俺様が守ってやるんだ! 安心して戦えよ!」
 杖を構えたモーラの横で、いかにも北極にいそうなゆる族――雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が彼女の防護に向けて万全の態勢を整えた。歴戦を戦い抜いてきた赤毛の魔女と魔法使い。二人の放つ炎と氷の魔法に加えて、ベアの契約者であるソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)もまばゆい稲光の雷撃を放つ。
 自分が、彼らの中で戦えるだろうか?
 そんな不安がモーラの頭をよぎった。同じ赤毛でありながらも勇敢に戦う魔女の背中が見える。彼女は決して臆することがない。まして、立ち尽くすことなどは想像もつかない。
 杖を構えたのは良いものの、モーラは指先が震えていた。恐怖はなくなったかもしれないが、不安は残る。自分なんかで戦えるのかと、問いかけても答えは返ってこない。
 すると、そんな彼女に亮介の優しげな声が聞こえた。
「モーラ……あなたなら出来るさ」
 それは背中を押す言葉だった。軽く、小さく。しかし――大きな一歩を踏み出すための言葉だ。
「魔法使いに必要なことは強大な魔力や豊富な知識ではなく、味方が熱くなったときにパーティで一番冷静でいられることだ。冷静でいることが出来ればどんな窮地に陥っても解決の糸口を見つけることが出来る」
 それが魔術師であり、魔道士。そして魔女でもある。
 モーラは顔をあげた。涼介が傍にいた。とんがり帽子の影で隠れていた彼の顔は、それでも穏やかに自分を見守ってくれているのだと分かった。
「……ただ、冷静と冷徹は違う。仲間を見捨てて助かるようなことは最も恥じるべき行為だ。真の魔道士というのは、心は熱く頭は常に冷静でいられる炎と氷を併せ持った人ってことなんだよ」
「そーゆーこと、ですわ」
 エリシアは軽く魔法を散らしてから飛びのく。モーラの傍に着地して、彼女は涼介に続けた。
「焦りも、不安も、恐怖も……わたくしたちにだって当然ありますわ。でも魔女は、魔法使いはそれを表に出さないようにしているだけですの。自分を偽る必要はありませんが、戦いにおいて魔女は他者を欺く。『常に自分が強い』のだと。『自分が格上』なのだと。それが、魔法使い。そしてそれが――魔女ですわ」
 エリシアだけではなく、ソアも彼女に続けてモーラに言った。
「そうです! モーラさんのお師匠様が難しい課題を出したのも、きっとモーラさんが無事にやり遂げることを信じてるからこそだと思います! モーラさんなら出来ますよ! 自信をもって!」
 赤毛の魔女と同じ修行中の魔法使い。彼女たち声は、モーラの心の中で何かに火を付けた。
 決心した顔で頷くモーラ。不安は募る。恐怖で震える。しかし、それでも泣きごとは言うまいと決めた。同じ魔法使いたちがこんなにも勇敢に戦っているのだ。
 ――自分が甘えてどうする。
 かつて師匠は言った。魔法は、第三者の目を得たとき真価を発揮する、と。敵、自分、そしてそれを見るもう一人の『自分』。師匠の言葉の意味が初めて分かった。いま彼女は、自分で自分を見つめていたのだ。
「地の底より出でよ煉獄の炎……其の力をもって敵をなぎ払うが良い。契約には我が名を刻まん。我が名は――モーラ・クレノア!」
 漂う魔力と自身との契約文言によって、力の増幅を計る。師匠から受け継いだ魔法は、灼熱の炎を生み出してゴブリンたちを焼き払った。
 逃げ出したゴブリンを追うことはしない。無益な戦いを避けるのもまた、冷静な第三者の自分が告げたことだった。
 無我夢中だったのだろう。
 炎を発した後、モーラはふらついた。地に両手をついて、なんとか倒れ込むのだけは回避する。そのまま荒い呼吸を整えるのに余力を費やして、ようやく彼女は立ち上がった。
 涼介たちが彼女に笑いかける。
「すごかったな……あんな火力を発揮するなんて、私もびっくりだ」
「同じ魔女としても……負けてられないですわね」
「うーん……わ、私も頑張らないと」
 彼女たちの言葉に、照れくさそうに笑うモーラ。
 もちろん、まだまだ自分は彼女たちに及ぶことはないだろう。それでも、仲間たちに少しだけでも近付けたのだとしたら……。そう思うと、自然と笑みがこぼれてきたのだった。
 涼介がモーラを促した。
「さあ、ここから先はどう進むか決めないといけませんね。かわいいリーダー殿」
「は、はい……!」
 先はまだ長い。
 未知なる場所からの脱出を求めて、モーラたちは先へ歩んだ。