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第四章:食の旅
 ここで話は今より数時間前に遡る。
 どれくらい前かと言うと、まだ太陽が地平線に沈む前、空が橙色の頃である。
 バイトとはいえ、酒場で料理に舌鼓を打つ者達の「美味い!」の一言のために、森の中を歩く一行がいた事は意外にも知られていない。
「わぁ! 見て見て!! 野いちごだよッ!!」
「アゾートさん、あまりはしゃいでは先程の様に転びますよ?」
「大丈夫だよ真言ちゃん、私が手つないでるもの。ね、アゾートちゃん?」
「うん!」
 ワイワイと森の中を歩くのは、同じイルミンスール魔法学校の仲間である{SNM9998782#アゾート・ワルプルギス}、白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ)沢渡 真言(さわたり・まこと)。彼女らこそ、蒼木屋の食料調達員達である。

 野生の野いちごを見つけ、駆け出すアゾートとそれに手を引かれる歩夢を、後方でリュックを背負った真言が苦笑して見つめる。
「それにしても、思った以上に大漁ですね。背中が重たいですよ」
 真言がそう言って背中に背負ったリュックサックを地面に下ろし、野いちご狩りに夢中になる歩夢とアゾートを見つめつつ、額の汗を拭う。
「酒場ということでお酒のツマミもそうですが、果物をふんだんに使ったデザートとかも取り入れたら女性客も喜びそうですよね」
 腰を下ろした真言が、既に色とりどりの果物やキノコ、山菜、香草等の類がかなり詰まっているリュックを覗き込み、満足そうな顔をする。
「わぁー、酸っぱい! けど甘ーい!」
 野いちごを採取の傍らつまみ食いしたアゾートが幸せそうに、果実を噛み締める。
「ほらほら、真言ちゃんも、一杯あるんだよ!」
と、歩夢が真言の元へ掌一杯の野いちごを見せる。
「本当に美味しそう。じゃあ、一ついただきます」
 プチンという歯ごたえと共に、真言も頬を緩ませる。
「どう?」
「うん、美味しいです!」
「でしょう?」
 歩夢がニコリと笑う。
「何か、こうしているとバイトというか、ピクニックですよね」
「楽しいよね!」
 真言が食料調達員として森へ入って少しした頃、歩夢とアゾートと出会い、以後行動を共にしていた。……というより、危うくカラフルな毒キノコを食そうとしている二人を、博識のスキルを持つ真言が助けた、と言った方が正しい。
「これだけあれば、お肉の香草焼きとか、色々とアレンジしたキノコ料理とか、果物のカクテルとか、色々できそうですね」
「野いちごはどうするの?」
 モグモグと咀嚼しながらアゾートが真言に尋ねる。
「野いちご……そうですねー」
 歩夢が「あ!」と閃いた様な声をあげる。
「野いちごでジャムを作ったら美味しいんだよ! 焼きたてのトーストにかけたり、あとね、アイスクリームにも合うよ!!」
「……歩夢さん。それはどちらかと言えば喫茶店のメニューでは?」
と言いつつ、リュックに野いちごを詰める真言が「うん?」と考えを巡らす。
「そうですね……野いちごとミルクでジュースを作って蜂蜜を少し入れれば、お酒が飲めない人にも好評かも」
「あ! ボクもそれ飲んでみたい!」
 アゾートが元気よく、ハイ!と手を挙げる。
「蜂蜜!! 私も取りたい!! ……ん?」
 歩夢が耳をすまし、周囲を見やる。
「どうかしました?」
「真言ちゃん……何か、聞こえない?」
「え?」
「あと、何か……見られているような気配も……」
「獣でしょうか?」
 真言が立ち上がり、周囲を警戒する。
 ここは森の中。しかも結構奥深い場所である。獣が出てもおかしくはない。
「あ!」
 アゾートのあげた声に、歩夢と真言が同時に振り返る。
「ブーンブーンって、蜂さんの音がするよ! きっと近くに巣があるんだ!!」
「蜂の気配だったのですか……」
 真言が溜息をつく。
「ほら! 行っくよーーッ!!」
 そう言うやいなや、アゾートが一目散に森の奥へと駆け出す。
「待って! 危ないよ! アゾートちゃん!!」
 歩夢も慌てて後を追う。
 真言も二人の後を追おうとして、すぐに立ち止まる。
「……本当に、それだけでしょうか?」
「ほらー、真言ちゃんも、早くーー!!」
「はい! 今行きます」
と駆け出す真言。
 その背後で茂みがガサリと揺れ、中からうっすら聞こえる「ハァハァ」という荒い息づかいには気付いていなかった。