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リアクション
「はーい、お茶の間の皆さん、こんにちはー。秋月 葵ですっ」
マイクを持った秋月 葵(あきづき・あおい)が、めいっぱい伸ばした手の先で自分に向けて構えたデジタルカメラに向かってにっこり笑った。
「皆さんは、七夕の夜に起きた奇跡を知っていますかー? なんと、男の人が女の人に一夜で変わっちゃうということが起きたんです! 手術したわけじゃないんですよー? ほんとーに正真正銘女の人になっちゃったんです!」
彼女は、この奇跡の出来事を知ったとき、これだ! と思ったのだった。
今シャンバラで一番アツイ人物、笹飾りくんに1日はりついて『実録! 神秘の笹飾りくんの一日』を撮り、テレビ局に売り込むのだ。突撃リポーター・秋月 葵、鮮烈のデビューになること間違いなし!
「そして、それをしたというのがこの人! 七夕 笹飾りくんなんです!!」
じゃじゃーーーん、とカメラを登校途中の笹飾りくんに向ける。
笹飾りくん、ズームアップ。
もちろん盗撮用カメラというわけではないので、遠くから隠し撮りはできない。
デジカメを向けてくる葵の気配に気づいた笹飾りくんが、そちらを向いた。
着ぐるみの顔と表情は連動していないので、何を思っているかは分からないが、逃げたり避けようとしたりしないので嫌がってはいないのだろう。そう判断して、葵は撮影許可を交渉するべくとことこ近づいた。
「おはようございまーす、笹飾りく――」
「それ以上近づくな」
右の二の腕を軽く掴まれ、阻まれる。
カメラの中の笹飾りくんにばかり注意が向いていて気づけなかったのだが、笹飾りくんの周囲には数人の者がいて、まるで彼を守るように取り囲んでいた。
「あなた、彼のご学友ですか?」
「……いや、違う」
カメラごと向き直った葵に、写されるのを拒むように武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は枠外へと体の傾きを移動させる。
「俺たちは彼の護衛者だ」
「護衛? 何のためにです?」
「もちろん彼の持つ薬を手に入れんがため、襲撃をかける無法者どもから彼を守るためだ」
「え? そんな人いるんですか?」
葵は目をぱちくりさせてカメラから顔を離した。
まさかそんなおいしいネタがあるとは思っていなかったのだ。
「でもあなた、蒼学の生徒じゃないですよね? 彼を守りきれるんですか?」
「俺は登下校で彼を守護する。彼を狙っているのは蒼空学園の生徒だけではないからな」
「そして蒼空学園で守護するのがこの私! 生徒会副会長の小鳥遊 美羽よ!」
答えたのは笹飾りくんの脇についていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
夏の太陽の下、白さのまぶしい蒼空学園新制服・夏服バージョン。その腕には『蒼空学園生徒会』のゴシック文字が入った腕章が安全ピンで留められている。
「彼を狙う不届き者は、彼を迎えに行ってからだってもう何人もいたんだから! たとえばそこっ!!」
ビシィッ!! 美羽の目がサンバイザーの下で鋭く光り、右手の路地を指す。
「あなた、襲撃者ね!」
「――えっ?」
そこにいたのは短冊を手にしたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だった。
突然の出来事にとまどい、きょろきょろと周囲を見渡すが、いるのは彼だけ。後ろにもだれ1人いない。
つまり、指差されているのは自分なわけで。
「ち、違っ……俺は短冊をつるしたくて――」
「襲撃者はみんなそう言うのよ! でも本当は、つるしているフリをして薬を奪おうっていう魂胆なのよね! 知ってるんだから!」
ミエミエなのよ!
「違う! ほかのやつらはともかく、俺は――」
「うそをついたって分かるのよ! その目つきで一目瞭然! 言葉でいくらごまかそうとしたって、本音は隠し通せるものじゃないわ!」
てーーーーい!!
助走をつけて跳び上がるや、ひねりのきいたかかと落としをエヴァルトの頭頂に入れる。
これまで幾多の戦闘を経て研ぎ澄まされた彼女のミニスカキックは、もはや芸術レベル! この距離で狙われてかわせる者などめったに存在しない。
「ごばぁっ!!」
鼻血を噴いて地面に倒れたエヴァルトを、美羽は蹴った。
蹴った。
とにかく蹴った。
連れてきていたアーデルハイトの花妖精たち3人と一緒に容赦なくとり囲んでフルボッコにする。
「いいこと? この私がそばにいる限り、蒼空学園の生徒から略奪なんて許さないんだからね!」
親指で自分を指し、ピシッと決める美羽。
その一部始終をジーーーーッとデジカメ撮影する葵。
――いや、彼も蒼空学園の生徒なんですけどね。
「さあ行こ、笹飾りくん。予鈴鳴っちゃうよ」
笹飾りくんを促して、美羽たちはこの場を去って行く。
「あなた、女体薬を手に入れて、何をするつもりだったんですかぁ?」
ピクピクけいれんしているエヴァルトに、しゃがみ込んだ葵がマイクを向けたが、どう見ても白目をむいている彼に返答は無理そうだった。
「……今度はコメントがもらえるくらい、手加減して攻撃してもらおっと」
「ごめんなさいね、うちの美羽さんがご迷惑をおかけして……あの、これ、ほんの心ばかりなのですが」
ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が申し訳なさそうな顔をして、こそっとヒールを最低限動ける程度にかけた。
「でも……あなたが悪いんですよ? ひとの持つ薬を奪って願いをかなえようなんて、やっぱり良くないと思うんです。願いは自分の力でかなえないと、意味はないと思いませんか?」
などなど。
得々と説教をしたのち、ベアトリーチェは、すっ……とエヴァルトの手の下に1枚の紙を差し込んだ。
「よけいなことかもしれませんが、性転換手術を行っている病院の名前と連絡先です。こちらでお世話になってはいかがでしょう?」
予鈴が鳴り始める中、立ち去るベアトリーチェ。
「ち……違うんだ……俺はただ、短冊を、つるしたかっただけで…」
笹飾りくんに短冊をつるした者の願いがかなったということを聞いたから。
短冊をつるせば、願いがかなうと思って。
本当に、それだけだったのに。
道に倒れてつぶやく彼の言葉を聞きとった者は、残念ながらだれもいなかった…。
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