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   4

 ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は、女子受刑者側の食堂で、配膳に不公平がないか監視していた。基本、女子房の看守は女性だけと決まっているが、食堂は例外である。
 配膳は、体が弱い受刑者や、問題行動など一切起こさない受刑者に割り振られることになっている。その際も、シチューはおたまに二杯まで、白飯は茶碗に八割盛りetcとマニュアル化してあるのだが、これは特定の相手に多くよそうことで、他の受刑者とのトラブルが起きるのを回避するためだ。
 それでも、好意を持った相手に「贔屓」をしたくなるのが人情。
 故にブルタは、目を皿のようにして――といっても、現在魔鎧の身体であるため、どういった目かは判別できないが――見回っていたのである。
 だが、彼の目に留まったのはトレーの上ではなく、その盛り付けをしている少女であった。
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)。可愛らしい少女である。だが、ブルタの記憶に間違いがなければ、彼女は至って健康体である。おまけに誰しも喜ぶ配膳係を、苦痛の表情で行っている。マスクをしているが、それは目を見れば分かった。
「体調が悪いのかい?」
 ブルタに声をかけられ、アリアは手にしていたサラダ用のトングを落としてしまった。カララン、と軽やかな音が食堂に響く。
「大丈夫かい?」
 ブルタは大きな体を屈めて、トングを拾ってやろうとした。が、アリアは素早くそれを拾うと、
「すみません」
と一言謝り、「代わりを取ってきます」と言うなり厨房へ駆けて行ってしまった。
「いけ好かない女だね」
 隣の女子受刑者が言った。この女は捻挫しているらしく、歩くときはひょこひょこと足を引きずっていたが、時折その足が逆になるのがブルタは気になっていた。
「あの女、自分がちょっと可愛いからっていい気になってるのサ」
「そうは見えないけどな……」
 むしろ、怯えているようだった。ブルタは自分の容姿にあまり自信がなかったから、逃げ出す女、怯える女には耐性がついていたが、アリアはこちらを見ることすらしなかった。
 つまり、ブルタ自身ではなく、「他人」を警戒しているように彼には思えた。
「あんな女、気にするこたあないサ」
 その女子受刑者が、ブルタの腕に自分の腕を絡ませてきた。ブルタは――肉体的には存在しないが――眉を寄せた。
「ちょいと頼みがあるんだ。アタイ、ちょいと体調が悪くてサ……。医務室に行きたいんだ。アンタ、ジャスティシアだろ? アンタの言うことなら、医者も信じるからサ……」
 看守は身元さえ確かならクラスの制限はないが、しかしジャスティシアはその中でも信用度が高かった。なぜなら――、
「嘘だろう、それは」
 耳元で囁かれた甘い声も、【嘘感知】にかかれば違和感となってしまう。今の言葉に嘘があるとすれば、一ヶ所だけ。
 ブルタは女を引き剥がすと、頭のてっぺんから爪先までまじまじと眺めた。
「な、何だよ! やらしい目で見るんじゃないよ!」
 それが当然の反応だ、とブルタは思った。もっとも、目の前にいる女のように、すれっからしは好みではない。何より今は、ジャスティシアとしての正義感が全てに勝っている。
「後できちんと報告しておく」
「何だよ……このドラム缶!」
 女のキーキーとした甲高い声も、ブルタには気にならなかった。それより、先程のアリアの様子――そう考えていた彼の目の前を、柳玄氷藍が通って行った。

 ――モロ好み!!

 ブルタはアリアのことをすっかり忘れ、フラフラと氷藍の後をついていったのだった。


 午後になり、外での作業組は再び出て行った。
 美羽とベアトリーチェは、女子房の見学をすることになり、クローラたちに代わってプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が二人の案内役となった。
 体力が必要な外での作業と異なり、中での仕事は根気と手先の器用さを要求されることが多い。また、長期刑務所でない以上、出来ることも限られており、単純作業に終始するのはやむを得なかった。
「考えようによっては、根気と集中力の鍛錬にもなります。軽犯罪者の多くが、そういった性質に欠けるために安易な犯罪に走るものですから」
 ヒールの音がコツコツと廊下に鳴り響く。
「どんな仕事をしているの?」
と美羽。
「ご覧になれば分かります」
 にこりともせず、プラチナムは言った。
 ノックをして扉を開けると、監視役の女性看守が近づいてきた。プラチナムが手早く用件を告げると、どうぞと手で指し示す。
 プラチナムに続いて部屋に入った美羽とベアトリーチェは驚いた。
 一室に集められた女性たちの目の前には、山のような衣類が積まれていた。
「何をしているんですか……?」
 ベアトリーチェの問いに、分からないのかとでも言いたげな表情をプラチナムは浮かべた。
「あれは古着です。まずは着れる物、切れない物に分けます。後者はそのままウエスとして回されます」
「ウエスって?」
「分かりやすく言えば、雑巾です」
 ならそう言えばいいのに、と美羽は呟いた。
「更にそのまま使える品と手直しが必要な品に分けます。前者はそのまま、リサイクル品として出されますが、後者は文字通り直しが必要となりますので――」
「あのっ、先生」
 まだ幼さを残す少女が手を挙げた。基本的に看守の名前は受刑者に知らされていないため、彼女らは「先生」と呼ぶ。
「何か?」
「あの、ええと、その」
 少女はもじもじとしている。その上目づかいを見た美羽は、
「あー、こりゃフォーリンラブっちゃってるね」
とベアトリーチェに囁いた。そう思って見てみると、多くの受刑者がプラチナムに憧憬の眼差しを向けている。
 少女はしどろもどろだった。話しかけたいあまりに、質問の内容を考えていなかったようだが、当のプラチナムはそんなことに全く気付いていないらしかった。
「もう少し、話を頭の中で纏めてから質問しなさい」
「はい……」
 少女はしゅんとなったが、しかし、プラチナムと話が出来て嬉しそうだった。彼女に嫉妬の目が向けられ、とたん、「はい」「はい」とあちこちから手が挙がる。――いや、ただ一角、素知らぬ顔をしている二人がいた。
「知ってるか、アズ? あの女、可愛い顔してるけど強盗犯の仲間なんだぜ」
「ええー? 本当―?」
「自分は巻き込まれただけなんですぅ、って顔してここにいるのさ。共犯者は本棟で五年は食らってるはずだ」
「女って怖いねー」
「なあ?」
 自分たちも女のくせに他人事のように話しているのは、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)佐伯 梓(さえき・あずさ)である。長机の前に二人仲良く並び、更に肩を寄せ合い、「この服可愛いねー」「パクッちゃおうか?」などと話している。
「そこの二人、離れなさい。作業中です」
 プラチナムが金色の瞳を細めて睨んだ。
 ナガンはニヤリと笑うと、すっと立ち上がった。おもむろに、上に向けた手の平を自分の前に持ってくると、深々と頭を下げる。
「申し訳ありません」
 道化じみた仕草に反省などしていないのは明白だったが、プラチナムは小さく唸り、
「強制的に離されたくなければ、大人しく作業をしなさい」
と、踵を返した。
「はーいっ」
 梓は子供のような無邪気さで返事をして、ナガンを見てぺろりと舌を出した。
「怒られちゃったー」
「仕方がない。少し、静かにしてるか」
「でも俺、飽きちゃったー。外で廃墟の片付けがよかったなー」
「とんでもない!」
 ナガンはかぶりを振った。
「外での作業は男と一緒なんだから、アズなんて真っ先に狙われるぞ!」
「ええー? 大丈夫だよ、俺、こう見えて結構強いんだぜー?」
「それでも心配なんだ。いいか、刑務所ってのは生き残るためには強い奴の下につくのが一番なんだ。逆に言えば、強い奴のやることには誰も逆らえないんだよ!」
「そこの二人! いい加減にしなさい!」
 プラチナムの【適者生存】が効果を発揮した。今度という今度は、ナガンも梓も押し黙ったまま、作業を続けることになった。