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幼児と僕と九ツ頭

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幼児と僕と九ツ頭
幼児と僕と九ツ頭 幼児と僕と九ツ頭

リアクション

「ふたりそろって『マジカル☆ツインズ』! どっちがどーっちだ♪」
「…………」
 眉間にしわを寄せる柚木 瀬伊(ゆのき・せい)を相手に、どうやら双子であるらしい完全にそっくりな10歳程度の少年2人は、どちらが誰であるかを当てさせるゲームに興じていた。
 ちなみにこの2人、実は体のみ幼児化した柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)と、全く影響を受けていない柚木 郁(ゆのき・いく)だったりする。
 3人は最初、合宿所内にいる他の契約者の世話に奔走していた。例えば貴瀬と郁はスキルを交えてケンカを行う契約者の集団を止めに行ったり、あるいは負傷した者の治療を行っていた。
「げんきだして、ね」
「ケンカはめっだよー」
 文章では非常にわかりづらいが、後のセリフが貴瀬のものである。頭に影響を受けていないのをいいことに、郁と同じ話し方をしているのだ。
 あるいは外見がそっくりであることを利用し、特に郁が先日ヴァイシャリーの某所にて楽しんでいた「魔法少女」の格好で周囲の目を楽しませたり――しかもその時の衣装は瀬伊の手作りである――と、規模こそ違うが結構やりたい放題だった。貴瀬が魔法少女に扮装していたのは「小さい子のフリをして遊ぶ」というのが目的だったからという……。
 瀬伊の方は意外とやることが無かった。元々探索の類が得意でなく、合宿所にて保育士代わりに動こうかと思っていたのだが、他に保育士を担当する契約者が多数現れたために手持ち無沙汰となっていた。そのため貴瀬と郁のゲームに付き合うことにしたのである。
「……こちらが郁だな」
 ほとんど同一人物と言っても差し支えない程度にそっくりな2人の内、瀬伊は片方がアリスの少年であることを看破してみせた。
「すごーい! どうしてわかったのー?」
 素直に感動してみせる郁。瀬伊はそんな彼に見分けがついた理由を説明する。
「片方の羽は、実は俺が作ったものだからな……」
「それって、たーちゃんのはねのこと? 瀬伊おにいちゃんって、そういうのわかるんだー」
 無邪気な笑顔を見せ、郁は瀬伊に笑いかけた。
 郁は貴瀬が幼児化したという事実を知らず、自分の近くにいるのは「たかせ」という名前のそっくりさんという認識しか持っていない。
(はゎわー、よくわからないけれど……いくにそっくりのこがいるのー)
 この時貴瀬は郁に対し、自分は郁の双子の兄弟であるとしか説明しておらず、今この場には「貴瀬おにいちゃん」はいないということになっているらしい。
 とはいえ郁としては、
「えへへ、いく、たーちゃんも、瀬伊おにちゃんもだいすきー」
 などと照れながら答えるわけなのだが。
「ところで貴瀬、お前は本当に大きい時の記憶が無いんだろうな?」
 たまたま郁が自分たちから離れたところを見計らい、瀬伊が高瀬に問いただす。先ほどから見ていれば、どうにも思考が幼児化したとは思えないのだ。もしかすると貴瀬は子供のフリをしているだけなのではないだろうかと瀬伊は考え、また事実そうだったのだが、やはり確かめてみないことにはわからない。
 だが当の貴瀬は完全にとぼけるだけだった。
「え、なんのこと?」
「郁とコンビを組んでこの状況を楽しむ辺り、普段のお前でなければ思いつかないだろうが」
「たかせ、こどもだからわかんなーい」
「おい……」
 どうやら最後まで白をきりとおすつもりでいるらしい。この時点で瀬伊はすぐさま考えるのをやめた。別に貴瀬の頭が子供であろうがそうでなかろうが、特に実害らしき実害が出ていないため、追及する必要性を感じなかったのだ。
「まったく、とりあえず迷惑だけはかけるなよ?」
「うん、たかせも、郁ちゃんと瀬伊おにいちゃんだいすきー」
 微妙に噛み合っていない会話を展開し、貴瀬は唐突に瀬伊に抱きつき、その頬にアリスキッスを送る。もちろん瀬伊はそれを嫌がったわけだが、表面上は無表情を貫き通した……。

 別な意味でパートナーに悩まされている集団がいる。
 身も心も幼児化した東雲 いちる(しののめ・いちる)は、自分の周囲に見知った人間がいないことを悟るや否や、戸惑いを隠せないままその場でおろおろしだした。イギリス人である彼女の祖母がいないということが非常に心苦しいらしく、しきりに周囲を見渡して祖母の姿を求めていた。
「おばあさま……、どこですか……?」
 泣き喚いたりすることは無かったが、それでも不安なのか、うっすらと目に涙が浮かんできた。
 数分ほど探し回ったがやはり見つからず、途方に暮れるがそこに別の者が現れた。
 今現在のいちるは知らなかったが、その人物とは彼女のパートナーであるギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)であった。
「……あなたは?」
 少々不安になりつつ、いちるは目の前に現れた男の姿を眺める。ギルベルトはその視線を受け、いちるの前にしゃがみこみ、顔の高さを揃えた。
「大丈夫だ。俺は祖母殿の知り合いの者だ」
「おばあさまの?」
「そう。エヴァ殿から、いちるを預かるように頼まれたのだ」
 泣きそうになるいちるをあやすための言葉だったが、ギルベルトの発言はあながち間違いではない。彼はいちるの祖母「エヴァ」のことを知っており、エヴァを尊敬してもいるのだ。
(なるほど。いちるはこの頃から祖母殿が好きだったのだな……)
 今でこそいちると恋仲であるギルベルトだが、当の恋人がそのことを知らないというのであればさすがにどうしようもない。まして、今のいちるはしきりに祖母を求めているため、ギルベルトは手を出したくとも出せないのである。もっとも、普段からしてそうほいほいと手を出すようなことはしないのだが……。
「とりあえず、祖母殿は今は遠くに出かけておられる。だからしばらくは俺たちが、祖母殿の代わりだ。どうかな?」
 自分の事を信用してもらうべく、ギルベルトはゆっくりと言葉を紡ぐ。いちるの方も、目の前の吸血鬼が悪人ではないとわかったのか、ギルベルトの存在を認めた。
「では、しばらくよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
 小さくなってしまった恋人を前にしてギルベルトはふと想像した。自分と彼女の間に子供ができたら、やはりこのような感じなのだろうか。
「ちょっとギルベルト、何そんな所で悦に入ってるのよ。気持ち悪いわよ」
「なっ!?」
 突然後ろからそのようなことを言われ、悦に入っていたらしいギルベルトは驚愕の表情のまま振り向く。
 そこにはギルベルトと同じくいちるのパートナーであるエヴェレット 『多世界解釈』(えう゛ぇれっと・たせかいかいしゃく)――愛称シュバルツとモルゲンロート・リッケングライフ(もるげんろーと・りっけんぐらいふ)がいた。
「な、何だその目は! いちるは……」
 そこまで言って、ギルベルトは声量を落とした。
「……いちるは恋人なんだから、それくらい考えてもいいだろう?」
「?」
「ああ、いや、いちる、何でもない」
 幼児化したいちるが首を傾げるが、ギルベルトは何とか誤魔化すことに成功した。幼児化した状態の彼女に「自分は恋人だ」と告げるのはさすがに厳しいものがあったのだ。
 反論されたシュバルツはニヤニヤと笑みを浮かべながらデジタルの一眼レフカメラを取り出した。
「まあ、その辺は理解するけどね。だって、私も似たようなこと考えてたし」
「は?」
「だって……、いちるが幼くなっちゃって、なんて可愛いのかしら! もうこんな機会なんて滅多に来ないんだし、この際写真に撮っちゃってもいいわよね!?」
「シュバルツ、あまりはしゃぎ過ぎると主殿を怖がらせてしまうと思うのだが……」
 カメラを両手にはしゃぐシュバルツをモルゲンロートがたしなめるが、それでも彼女の勢いは止まらなかった。
「何言ってるのよ、ここで写真に姿を残さないでどうするっていうのよ」
「いやいや、主殿が愛らしいのは認めるが少し落ち着きなさい」
「だが断る。というわけでいちる、お写真取らせて頂戴ね〜?」
 ギルベルトに続いてやってきた2人の内、女の方がやたら自分に近づき、何事か言っているのはわかったが、その内容がよくわからず、いちるは思わずギルベルトの方に視線を送った。シュバルツの存在それ自体に恐怖を感じているわけではないのだが、話についていけずに戸惑っているらしい。
「……単に、いちるの姿を写真に撮りたいだけだそうだ。他に何もしないだろうから、撮らせてあげなさい」
「……それくらいなら」
 ギルベルトから安全である旨を告げられ、いちるはシュバルツの要求をのむことにした。
「あの、この人……いえ、人なんでしょうか? 一体何なんですか?」
 デジカメの写真に姿を収められつつ、いちるはギルベルトに回答を求めた。彼女曰く、目の前のシュバルツは人間ではないのではないか、というのである。
「あら、私のこと、人間じゃないってわかるの?」
「えっ、違うんですか?」
 回答したのはギルベルトではなくシュバルツの方だった。
「そう、私は人間じゃないわ。実はね、本なのよ」
「本、ですか?」
「ええ、本よ。実際は『魔道書』って言うんだけどね」
 シュバルツの本体は「多世界解釈」というエヴァレットの提唱した理論について書かれた魔道書なのだが、この本それ自体がパラミタのものなのか、あるいはパラミタとも地球とも全く違うところから流れてきたものなのか判別が難しいという、いわば「いわくつき」の本なのである。本の化身であるシュバルツの姿を見ただけで、いちるは彼女が人間ではないということを見抜いたということになる。
「へぇ、結構鋭いところがあったのね。この頃から異種族っていうのに抵抗は無かったのかしらね……?」
 感心しつつ、シュバルツはカメラのシャッターを切り続けた。
「あら、いつの間にかメモリーが一杯になっちゃったわ」
 何枚もの写真をデータに収め、満足したシュバルツはようやくいちるを解放した。
 解放されたいちるが次にとった行動は「モルゲンロートに近づく」ことだった。
「ん、どうかしたのかな、主殿?」
 近づかれたモルゲンロートがいちるの視線に気づき、そちらに顔を向ける。何か珍しいものを見たような目つきで、いちるはじっとモルゲンロートの「顔」を見つめていた。
 だがその視線は顔を見ていたわけではない。厳密には、モルゲンロートの「髭」を見ていたのだ。
「……ああ、もしかしてこの髭が気になるとか?」
 魔鎧の男に質問され、いちるは首を縦に振る。
「触ってみたいんですけど……、だめですか?」
「ほう、触りたいと。まあそれは別に構わんが」
 言いながらモルゲンロートはその場に座り込み、いちるの手が顔に届くようにしてやる。許可をもらったいちるは、恐る恐るその青い髭に手を伸ばし、その硬い感触をしばらく楽しんでいた。
 モルゲンロート自身は特に思うところは無かったが、この状況を面白がらない者がいた。当然といえば当然だが、ギルベルトとシュバルツである。
「ほぼ初対面状態だというのに、いきなりそれか……!」
「私なんて写真だけなのよ。それなのに……!」
 今にも目の前にいる青い髪と青い髭を持つ男を射殺さんと2人は鋭い視線を浴びせる。
(な、なんだか、すごく鋭い視線を浴びているような……)
 視線そのものは背後から浴びせられており、モルゲンロートは自分を睨んでいるのが何者であるのか判断ができなかった。
 それからしばらくの間、いちるが2人の般若を呼び寄せて同じく顔や体に触れるまで、毛髪が青い紳士は顔を引きつらせていた。

「ま、まさか……、朝起きたら、朝斗が子供になっちゃうなんて……」
 合宿所の一角にて、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は震えていた。その震え方は怒りでも悲しみでもない。むしろ喜びに打ち震えていたのである。
 合宿に参加した榊 朝斗(さかき・あさと)が心身ともに幼児化した。最近どうにも多重人格者説が浮上してやまない元戦争孤児は、幼児化したことにより自らのパートナーのことを完全に忘れてしまっていた。しかも性格まで変化――というよりは「昔に戻った」と表現する方が正しい――したことにより、素直な甘えん坊に変貌しており、さらに体つきが少々女の子っぽくなるというオマケつきである。
 もちろんこの状況にルシェンは大いに喜んだ。
「朝斗の子供姿、可愛過ぎる!! いっその事、このままにしてこの朝斗を持ち帰っちゃ駄目かしら!?」
 この発言からして本日のルシェンがいかに暴走気味であることがおわかりであろう。
「ルシェン、いくらなんでもそれは却下です」
 そんなルシェンをたしなめるのはアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)である。鉄面皮とも呼べるほどに感情というものが備わっていない――最近はそうでもないらしいが――彼女は、今回同行した朝斗のパートナーの中では唯一まともな人材であった。子供を怖がらせないようにと猫耳と尻尾のアクセサリーをつけてきたこと以外は。
「またそんな固いこと言っちゃって。別に可愛がるくらいはいいでしょう?」
「それは構いませんがお持ち帰りは駄目です。ただでさえ朝斗はトラブルに巻き込まれやすいというのに、この状態ではさらに巻き込まれてもおかしくありません」
「……それは確かに」
 アイビスの説明にルシェンは妙に納得してしまった。
 確かに朝斗はどういうわけかトラブルに巻き込まれやすいという体質をしている。それがどの程度なのかは、今の彼の姿を想像すればおのずと理解できるだろう。何しろ、この合宿に参加しただけで唐突に幼児化してしまったのだから……。
「そ、それならせめて、着せ替えとかくらいは、してもいいですよね?」
 どういう理由なのか、パートナーを「男の娘」にしたがるルシェンは、やはり引き下がれないのかアイビスに食い下がる。アイビスの方も、それくらいならとルシェンの行動を認めた。
「……やりすぎ厳禁ですよ」
「わかってますって!」
 言いながらルシェンは、合宿所内で確保したらしい女の子の服を取り出して朝斗に迫った。服それ自体はピンク色をしたフリルが多めの、いかにも「かわいらしい」といったドレス風の洋服である。
(なんかよくわからないけど、るしぇんおねえちゃん、ぼくのほうみてよろこんでるみたいだけどどうかしたのかな……?)
 自身の状況をあまり理解できず、朝斗は近づいてくるルシェンの姿を呆然と眺めやった。
「ねえねえ朝斗、ちょっといいですか?」
 服を持ったままルシェンは朝斗の目を覗き込む。
「ん、なに、るしぇんおねえちゃん?」
「突然ですが、これに着替えてくれますか?」
「いいよー」
 本当に突然の申し出だったが、幼児化した朝斗はこれを快く受け入れた。普段であれば確実に拒否するところだったであろう。
 そうしてその場で朝斗はルシェンの持ってきた服に着替えた。もちろんその姿を確認したルシェンは狂喜乱舞である。
「このかっこう、にあうかな……?」
「かっ、可愛すぎるうううぅぅぅぅ〜〜〜!」
 叫びつつルシェンはその朝斗の格好をデジカメに残す。右の人差し指がシャッターボタンにかかる度に、男の娘と化した朝斗の姿はデジカメの中に収められていく。
「ねえねえ朝斗、そのままでお姉ちゃんと呼んでくれますか!?」
 今度はビデオカメラを構えてそう要求する。もちろん朝斗はそれに応じた。
「るしぇんおねえちゃん」
「も、もう1回!」
「るしぇんおねえちゃん!」
「は、破壊力総合レベル100!」
 意味不明の言語を口にして、ルシェンはその場で悶絶した。そして何を思ったか、ルシェンはカメラを放り出して朝斗を力一杯抱きしめた。
「ああ〜、やっぱり無理です! こんな可愛い朝斗を元に戻すなんて、私にはできません!」
「ち、ちょっと、るしぇんおねえちゃん……、苦しい……!」
「無理無理絶対無理! いっそこのまま探索メンバーが帰ってこない内にここからザ・グレートエスケープ――」
「はい、そこまで」
「へぶしっ!?」
 朝斗を抱いたまま悦に入っていたルシェンの脳天に拳を叩き込み、アイビスはそんなルシェンに怯えの色を見せた朝斗を回収した。殴られた方は、打ち所が悪かったのかそのまま失神を決め込んだ。
「まったく、だからあなたという人は……ん?」
 朝斗をルシェンから引き離していると、ふと下の方から視線を感じた。アイビスが下を見やると、朝斗がこちらの姿をじっと観察していた。
「……どうかなさいましたか?」
 一体どうして自分の姿を見ているのか。疑問に思ったアイビスに対して、朝斗が返した答えとはこのようなものだった。
「あいびすおねえちゃん……そのおみみとしっぽすごくかわいいね!」
「……は?」
 どうやら朝斗はアイビスが身に着けていた猫耳と尻尾が非常に気に入ったらしく、しきりに褒めていた。
「あいびすおねえちゃんにすっごくにあってるよ」
「そ、そうですか……?」
「うん、とっても!」
 褒めちぎりながら朝斗はアイビスに甘えるようにして抱きついた。褒められた方であるアイビスは、表情こそあまり変わらなかったが、どうやらまんざらでもないらしく、しどろもどろになりながら礼の言葉を述べた。
「それはどうも……、ありがとうございます」
 どちらかといえば感情を持たない方である機晶姫は、朝斗を前にして奇妙な感情を覚えていた。
(朝斗が子供になると、本当に女の子みたいですね……。しかし何というかこれは……、なんでしょう、こう、守りたくなるようなこの感覚は……)
 アイビスがその生まれた感情に「保護欲」あるいは「母性」と名付けるのはいつの日になるかはわからないが、少なくともそのきっかけは今日になったようだ。
「ん……?」
 そこで朝斗は視界の端に何かが動くのを察知した。
「どうしましたか、朝斗?」
 朝斗の様子に気がついたのか、アイビスもそちらに視線を向けた。
 視線の先には1体の小さな、全長40cm程度の「人形」が「歩いていた」。
「おにんぎょうが、うごいてる……」
 もちろん朝斗はわかっていなかったが、その人形とは彼のパートナーのちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)――通称ちびあさのことである。ヴァイシャリーのとある人形師に生み出された人形であり、製造過程で魂を持ったいわくつきの存在である――種族としてはどうやらゆる族が最もそれに近いらしいが、ゆる族特有のファスナーは持っていない。
 そんなちびあさを見つけた朝斗の目は獲物を狙う猫のように細くなった。言い換えれば「面白そうなおもちゃを見つけた好奇心旺盛の子供」といったところだろうか。
「朝斗?」
 様子の変わった朝斗に気がつき、アイビスが声をかけるが、その声を聞かず朝斗はちびあさに飛び掛った。
「おにんぎょう、つかまえたー!」
「にゃー!?」
 凄い早業だった。その場から数メートルの距離を一気に飛んだかと思うと、朝斗はその両手にちびあさの40cmの体を掴んだのである。人語を話すための発声器官を持たず、代わりに猫の鳴き声を発してちびあさは周囲に助けを求めた。
「ああ、駄目ですよ朝斗。ちびあさに乱暴してはいけません」
 その願いが届いたのか、ちびあさを全力で玩ぼうとした朝斗をアイビスが止めた止められた方はいまだその手に人形を掴んだままではあるが、拘束の手は緩めていた。
「え、このおにんぎょう、らんぼうしちゃだめなの?」
「はい、駄目です。その子も痛がりますから、できましたら離してあげてください」
「うにゃ〜……」
 今の今まで他の幼児化契約者におもちゃにされ、どうにかして脱出したら次はパートナーの番である。今日は厄日だろうかとちびあさは猫の言葉でぼやいた。
「は〜い、わかりました〜」
 その言葉が届いたのかどうかは定かではないが、朝斗はパートナーである人形をその両手から解放した。
「はい、よくできました。そのお人形さんは、大切にしましょうね」
「うん!」
 こうしてちびあさはパートナーの元へと無事に――そのパートナーに危害を加えられそうになったが――帰り着き、殴られて失神状態のルシェンはいまだに静かなまま、朝斗たちは平和な時間を過ごしたという……。

 このようにして様々な所で幼児化契約者によるトラブルが相次ぐ中、ハイナ・ウィルソンは他の保育士担当の契約者――さすがに「常時」というわけではなかったが――の手を借りながら、なんとか世話をし続けていた。
「ふう、さすがにそろそろ疲れてきたでありんすね……」
 今までほとんど出番が無いまま人知れず子供の相手をしてきたのである。冒頭で契約者に飛び掛られたことも手伝ってか、さすがに彼女の体は疲れを訴えるようになっていた。
 昼食を過ぎて今は夕方。少々早いだろうが、そろそろ疲れを癒してもいいのではないかと思いはじめていた。
 そこで彼女は風呂に入ることを決めた。この合宿所には大勢の客に対応できるように大浴場が整備されている。男女を分けられるほど広いわけではないが、そのあたりは時間帯を設定すればよく、それさえクリアできるのであれば2〜30人程度の契約者をまとめて放り込むなど造作も無いのだ。
 その旨を保育士担当の契約者につげ、ハイナは女性が先に風呂に入るよう合宿所全体に放送し――風呂の準備自体は女将や他の契約者が行った――自らも熱い湯に飛び込む準備を始めようとしたその時だった。
「おねえちゃん、どこ行くの?」
 そうハイナに声をかけてきた者がいた。声の主は少年であり、その少年は一体今まで何をしていたのか体中に泥と傷が貼り付けられていたのである。
「ん、おや、どうしんしたか。そんなに泥だらけの傷だらけで?」
「えっと、まあちょっといろいろあって……」
 口ごもる少年だが、ハイナはそんな彼の態度をあまり気に留めず、今から風呂に入るのだと告げた。
 その言葉を聞いた少年は自分も入りたいと主張するが、ハイナに断られてしまう。
「あ〜、今からは女子の番なんで、その後で入るようにお願いしんす」
「えー!?」
 その言葉に少年はこれ見よがしに残念そうな態度をとる。そんなに風呂に入りたかったのだろうか。
 だがその想像は次の少年の呟きによって否定された。
「せっかく修行から抜け出して巨乳のお姉さんにあれやこれやと洗ってもらおうかと思ってたのに……」
「おいおい……」
 思わずハイナが苦笑してしまう。外見上は5歳のようだがとんだ変態がいたものである。
「まあ入るのが女子ばかりなんで、少ぅしばかりは我慢してくんなまし」
 女ばかりのほぼ密室に男を放り込むわけにはいかないというのがハイナの理屈だったが、少年は不服そうな表情を見せる。
「まいったなぁ、これじゃせっかくの計画が――」
「計画?」
「え、ああ、いや何でもありませんよ? しかしそうか、そうなるとオレとしてはやっぱり……」
「やっぱり、何かな?」
「…………」
 ハイナの目の前で何事か呟く少年は、自らの背後から聞こえる声に身を竦ませる。なぜならその声は、少年の耳には馴染んだものであり、現時点では最も聞きたくない声だったからである。
「そうかそうか、そんなに風呂に入りたかったのか。それならそうと一言言ってくれればよかったものをのぅ?」
「そ、そうなんだよ! ちょっと修行で疲れちゃったりしちゃったもんだから、ここはひとっ風呂浴びてスッキリしようとだなぁ〜」
「ふむふむ。確かにそういう意味でのリラックスは必要だからな。だが……」
 背後に立っていた女性ががしりと少年の肩を掴み、そのままその体を反転させる。やはりというかなんというか、少年の視界に入ったのは、今はできれば会いたくなかった人物――飛良坂 夜猫(ひらさか・よるねこ)だった。
「それで、『ちぎのたくらみ』で子供に姿を変えて何をしてるんじゃ、オマエは?」
「……?」
 いまいち状況が読めないハイナは放置された形でその光景を観察する。どうやら少年とこの女性は知り合いかパートナー同士であるらしく、少年はどうも「ちぎのたくらみ」で姿を変えているらしいところまではわかった。だがそうなるとこの少年は、実際はもっと年上の存在ということになる。
「まあ何となくやろうとしていたことくらいは想像つくがのぅ。総司よ?」
「……チッ、バレたか」
 少年の正体は、ちぎのたくらみで幼児化したように見せかけた弥涼 総司(いすず・そうじ)だった。
 そもそも総司と夜猫の2人もこの合宿に参加していたメンバーだったのだが、こういった行事には身が入らない総司は早速とばかりに逃げていた。そこを夜猫に見つかり、先程まで修行させられていたが、今度はその夜猫からも逃げ、合宿所に辿り着いたのである。総司はヒュドラの瘴気の影響を受けなかったため、そのままの姿で合宿所に乗り込めば確実に身元がばれてしまい――何しろ総司は【のぞき部部長】として有名なのだから……――合宿の騒動に巻き込まれるのは必至だった。
 そこで総司は一計を案じ、ちぎのたくらみの効果を利用して、あたかも瘴気を浴びたかのように見せかけたのである。そしてここまで工作を行ったその瞬間、天啓というべき閃きが脳内で起こった。
「今までは葦原に来る機会が無かったからな……。せっかくのこの機会だ、かねてからの計画を実行に移すか……」
 子供の姿になった総司は早速とばかりに行動を起こした。
 彼の計画とは要するに、ハイナ・ウィルソンに風呂に入れてもらい、その体――特に胸を堪能することにあった。傷だらけで泥だらけの子供となれば、いくら相手が異性であっても拒否することはできまい。
「オレは巨乳が大好きだ……自分でも変態な性格かなァと思うんだがね……。でもよく言うだろ? 自分で変と思う人は変じゃあないってな……だからオレは変じゃないよな」
 精神に異常をもつ者はえてして自分は異常ではないと主張したがるものである。総司の理論はその逆、つまり異常を自覚できるだけの知能を持っているということは、その人間は異常ではないということになるわけだ。もっとも、それはあくまでも「自覚があるかどうか」という話であって、実際に異常なのかどうかは他人が判断するしかないのだが……。
「そう、オレは変じゃない。だからハイナを相手に堂々とのぞきをしても問題無い。完璧な理論ッ! オレってえらいねェ〜ッ!」
 そして結果がこうだった。いなくなった総司を追って合宿所にやって来た夜猫は、そのまま「総司の背後」を利用して隠れ身を行い潜んでいたのである。子供の体格を利用してどうやって隠れるのかは非常に謎だが……。
「まあそういうわけだから、できれば止めてくれないと嬉しいんだが……」
「明らかな犯罪を前にして止めない阿呆がどこにいると思うてか!」
 ぬけぬけと言い放つ総司に夜猫は、背後に黒い雷を纏いながら手にはめた鉄甲で轟雷閃のパンチを叩き込む。だが真正面から来る攻撃を読めない総司ではない。コンジュラーである総司はフラワシ「ナインライブス」を呼び出し、その攻撃を受け止める。
「ガードしろ! ナインライブスッ!」
 本体の体はあくまでも「ちぎのたくらみ」で小さくなったものであるため、呼び出された「ナインライブス」は通常サイズのまま夜猫の鉄拳を受け止めた。もちろん夜猫にも、まして総司の背後にいるハイナにもその姿は見えず、2人の目には何か空気の塊のようなものが拳を止めたようにしか映っていなかった。
「やれやれ……。ケガした子供を装ってハイナさんとモンキードゥする計画が台無しだぜ……。こうなったら師匠にも一肌脱いでもらうかな」
 相手はコンジュラーではない。だからこそ、自分のフラワシ攻撃は相手には感知できない。このまま真っ向勝負になれば確実に自分が勝つ。そうなれば後は思いのままだ。総司は勝利を確信した。
 だが明らかに敗北一直線であるはずの夜猫は、なぜか勝ち誇ったように口元を吊り上げていた。
「ほう、一肌脱がせると?」
「ああ。このままラッシュを叩き込んで再起不能(リタイア)にして……。いやー、待てよ? まさか師匠、あんたそうやってオレにラッシュさせるようにして、その隙にオレのこと、その脚刀で攻撃しよおって魂胆じゃあないだろーな」
「…………」
 一瞬だが、夜猫は計画を看破されたのか驚愕の表情を見せた。
「ああ〜ッ、やっぱり! 危ない危ない……!」
 総司は子供状態を解除しないまま、フラワシで夜猫の拳を押さえつけた状態を維持する。
「あんた、オレのこと……、そんなことに引っかかると! ……そんなバカだと思ってたなーッ! もう許さんッ!」
「いいよ……許されなくとも。だが、もう遅いんじゃよ……。すでにオマエは十分! 攻撃の射程距離に入ったことに気づいておらんのか……」
「は? 攻撃? な、何言ってんだ? まさかこの状態でオレを捕まえたつもりか? 師匠はコンジュラーじゃないからオレのフラワシが見えないんだぞ。見えないパンチが連打でやってくるんだぞ。このくらいの拳、すぐにはじき返してや――」
「気づいておらんようじゃの総司。この時点でオマエの勝ちはもう無いってことが……」
 普通に考えれば、確かにこの状況は夜猫にとっては不利だ。総司はこのままナインライブスのパンチを浴びせれば済むのである。
「な、何を言ってんだ!? アンタッ!?」
 あまりにも勝利を確信していると見える夜猫に、勝っていたはずの総司は内心でパニックを起こしていた。おそらく彼の頭の中では「理解不能! 理解不能!」とサイレンが鳴っているだろう。
「つまり、膠着状態になった時点でオマエがフラワシ攻撃を繰り出すということはすでに承知の上よ。オマエの武器はそのフラワシの拳であって蹴りはあまり無い。それを予測されているという時点でオマエの勝ちはもう無い」
「あ……。な、なるほど! ちょっと無理があるような気がするが理解『可』能。しまった!」
「そして次の瞬間、オマエの負けがすでに確定している」
「え、え!? ええ〜〜〜!?」
 再び「理解不能!」のサイレンが鳴り響く。一体何を根拠に夜猫は勝ち誇っているのだろうか。
「気づいておらんようじゃな……。今わしと正面きって口論しているということは、オマエの敗北なんじゃぞ〜、総司! つまりのぉ〜、オマエの背後にいる人物の攻撃から、誰がオマエ自身を守るんだ? ……あ?」
「あっ! 理解『可』能……ハッ!」
 この時点でようやく気がついた。総司の背後にいるのはハイナ・ウィルソン。そして今の彼女は全ての事情を理解し、腰から刀を鞘ごと抜き放っていた。
 その後は早かった。夜猫が総司から離れた――厳密にはその場から合宿所の窓に向かって駆け出した――瞬間を狙って、ハイナが全力の疾風突きを総司の背中に打ち込む。フラワシで防御しようとするが、ハイナの鞘が直撃する方が早く、そのまま彼の体は一直線に飛んでいく。走る夜猫は合宿所の窓を開け、そこから飛び出した総司の体に雷術の放射電撃で追い討ちをかけた。
「生ぬるいわッ! 行くぞッ、追い討ちッ!」
「どぎゃあーーーーーッ!!」
 哀れ、総司の体は、そのまま遠くの密林の方へと飛ばされていった……。

「しかし、今のは一体何でありんしたのか……」
 遠くへ叩き出された総司を回収するという名目で、夜猫はハイナと別れ、残された方は軽く頭を振りながら――もちろん身に着けているものは脱いでおいて、である――浴室へと入っていった。
 中では想像の通り、順番を先に指定された女性陣がゆったりと熱い湯を楽しんでいる真っ最中であり、ピンク色の声が響き渡っていた。これをうまく文章で表現できないのが残念である。
 大浴場の中にいるのは女性のみだが、その年齢層は様々で、ハイナのような「大人」もいれば、幼児化した、いわば「子供」も大勢いる。その中で、特に天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)の一行が目立っていた。
「ふははは〜! 我が一番風呂なのじゃ〜!」
「あっ、ずるーい! 私が一番だよー!」
 叫びながら心身ともに幼児化した結奈と、同じく心身ともに幼児化したパンドラ・コリンズ(ぱんどら・こりんず)は競い合うようにして浴室に駆け込んでくる。実際はすでに数人の契約者が湯船に浸かっていたのだが、そこはご愛嬌というものである。
「こらこら、風呂で騒いではいけんせん」
 ハイナが2人を注意するが、その瞬間、パンドラに天罰が下った。風呂場にて大はしゃぎすると必ずといっていいほどに発生するトラップ――石鹸に引っかかったのである。
「どわ〜〜〜〜〜!?」
 お約束のように石鹸を踏んづけ、そのまま摩擦無しの状態で床を滑り、湯船のふちに足を引っ掛け、その勢いを維持したまま頭から湯の中に突っ込んだ。もしかしたら湯船の底で頭を打ち付けたかもしれないが、それに構わず結奈はきっちり足から湯船に入った。
「もう、ぱーちゃんったら、そんなダイブなんかしちゃだめでしょ?」
「……それはツッコミ待ちでありんすか?」
 呆れたようにハイナは、ゆっくりと湯の中に身を沈めながら結奈に白い目を送った。
「あらあら、もう、結奈ちゃんもパー子ちゃんも服を脱ぎ散らかしちゃダメでしょ?」
 2人に続いて、こちらは無事だったらしいフィアリス・ネスター(ふぃありす・ねすたー)が浴室に入ってくる。その後ろからは、なぜかデジタルビデオカメラを構えたリィル・アズワルド(りぃる・あずわるど)がいた――ちなみにカメラには防水加工はなされていない。
「……リィル、あなたそれは?」
 その行動に気づいたのか、フィアリスがリィルのカメラを指差す。幼児化していないリィルの方はすまして胸を張った。
「もちろん、ゆいのコレクションの一部にするためのものですわ」
「……風呂の中なのに?」
「風呂でもどこでも、ですわ」
 リィルというこの吸血鬼は実はパートナーの結奈に片思い中であり、デジタルビデオカメラは自らが収集している「結奈コレクション」にするためのものだという。その動機は、
「小さくなったゆいなんて滅多に見られませんもの。こんな機会を逃すわけがありませんわ」
 とのことだそうだ。
「でもそれ、防水加工とかされてないから、間違いなく壊れますよ?」
「ふふふ……、それで諦めるワタシではありませんわ。たとえお風呂の中でも撮ってみせますわ」
「…………」
 フィアリスも、離れた所で会話を聞いていたハイナももはや何も言えなかった。
 結論から言えば、水に対する備えを怠ったカメラは、水分の襲撃に為す術が無いままあっさり故障し、パートナーの姿を収めることはできなかった。
「ああッ!? な、なんてことッ!? ワタシのカメラがぶっ壊れましたわッ!?」
「だから言ったのに……」
 泣く泣く精密機械を外に放り出すリィルを横目に、フィアリスは結奈の近くへと寄っていった――その際に脳天から湯の中に突っ込んだパンドラを回収していった……。
「まったく、合宿所内には平穏といわすものは無いのでありんしょうか……」
 湯船に肩まで浸かりながら、ハイナは大きくため息をついた。
 思えばこの短時間にいろいろあった。やれ秘境探索のメンバー集め、やれ精神が幼児化した契約者を扇動した騒動、やれ昼食の用意及び契約者の世話、エトセトラエトセトラ……。普段から葦原明倫館総奉行として、あるいは空京万博実行委員長として多忙な日々を送ってきたが、今回の騒動が最も激しかったのではないだろうか。マホロバでの大事件もそうだったが、あれは「話の通じる者」が相手だったこともあって、確かに大変ではあったがまだどうにかなった。だが今回の相手は基本的に「話が通じない」連中ばかり。精神的ダメージとしてはこちらの方が大きかったかもしれない……。そんなことを思いながら、ハイナは熱い湯を堪能する。
 そんな時に、一体いつの間に近づいていたのだろうか、ほぼ最初に起きた契約者扇動騒動にて「秘密結社構成員」を相手に大立ち回りを演じた御茶ノ水千代がハイナの体を凝視していた。
「……なんだぇ?」
 視線に気づいたハイナがそう声をかけると、千代はハイナの体から目を離さずに呟いた。
「……ん〜、どうすればみわくのボデーになれるのかなぁ」
「はい?」
「ちよはねぇ、大きくなったらハイナおばさんみたいにボンキュッボンなセクチーなレディになりたいんだ〜」
「ほほう……」
 スタイルの良いセクシーなレディと言われて、思わずハイナはその頬を緩ませる。「おばさん」呼ばわりされたのは確かに腹が立つが、そこはそれ子供の言うことだからと聞き流すことにした。
「それはやはり、適度な運動とバランスのいい食事が肝心でありんしょうね」
「なるほど〜。すききらいしちゃいけないんだね?」
「その通り」
 実際のところ、ハイナがスタイル維持のために何かをしているという話はあまり無く――葦原島特有の何かを利用してスタイル維持に務めているとかいないとかいう噂があったりするが……――実際にハイナ自身もあまり深くは考えていなかった。千代に対する返答は、いわば「ごく一般的なもの」にすぎなかった。
 だがそれでも幼児化した千代にとっては嬉しいのか、そのまま彼女はハイナと湯船の中で話しこんだ。そのままのぼせそうになったのは、また別の話であるが。
 またどうでもいい話だが、彼女たちより先に風呂から上がった女性――契約者扇動騒動の首謀者のパートナーである高天原咲耶が脱衣所に戻った際、脱いだはずの自分の服がなくなっていることに気づき、その場で騒動になったのもまた別の話である……。

「まったくおぬしらときたら! 毎度毎度自分の方向音痴を知ってか知らずか勝手に変な所を歩き回りおって!」
 秘境のジャングル、その入り口付近をずっと歩き回っていた【迷子探検隊】の面々――特に首謀者であるヴェルリア・アルカトルと水鏡和葉の2人は、途中で追いついたアレーティア・クレイスに道すがら説教されていた。
「だって、面白そうでしたし……」
「面白そうというだけでわらわたちを放って、勝手に動くなと言うておるんじゃ!」
「道なんてどこかで繋がってるんだから、いつかは元の場所に戻れるのに……」
「んなわけないじゃろう! 変に歩けば変な所に出るのが当然じゃろうが!!」
 道中で巨大生物の群れを退けてから、ずっとこの調子である。だが実際のところ、これでもまだ軽い方だった。アレーティアが怒鳴りつける程度で済ませていたのは、メープル・ジュガーが連れていたパラミタセントバーナードのおかげである。この犬が運よく帰り道を記憶してくれていたおかげで、「一応は迷子対策をしていた」と認められたのである。
 巻き込まれた方である柊真司とルアーク・ライアーとしては、ぜひともアレーティアにもっと怒ってもらいたいと願っていた。いくら毎回のこととはいえ、こうも迷子騒動に巻き込まれるとあってはさすがに心労に堪えるというものだ。
「今回はこの程度で済んだからよかったものの、もしここであんなチャチな虫以外の連中が押し寄せてきていたらどうなっていたか! いくらわらわたちが契約者だからといっても、戦闘力には限度というものが――」
 そうしてアレーティアが説教を続行しているその時だった。どこからとも無く悲鳴が「降ってきた」のである。
「……――ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッ!?」
 悲鳴の主は真司たちの目の前を落下し、頭から地面に埋まった。俗に言う「脳天杭打ち」の状態である。
「な……、何だこれは……?」
 突然の闖入者に、真司は思わず武器を手に取るが、落ちてきたそれ――弥涼総司がぴくりとも動かないことを知ると警戒を緩めた。
「……案外、面白そうなものが降ってきたかも」
「そうか? 俺には新たなるトラブルの火種、って感じしかしないぜ?」
 暇潰しのネタを見つけたとばかりに、地面に頭のみを埋めて直立する総司の姿をビデオカメラに残すリーラ・タイルヒュンと、それとは対照的にその場から離れようとするルアーク。ついでにメープルのセントバーナードが興味深そうに総司の体に鼻を近づけていたのが、なんともシュールだった。
 結局この後、やってきた飛良坂夜猫によって総司の身柄はお持ち帰りされることとなったという……。