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霧の先の町、海のオルゴール

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霧の先の町、海のオルゴール

リアクション


第二章 その名前「ラクエル」
 
 
 「や、こんにちは」
 海の眼前に御凪 真人(みなぎ・まこと)は立っていた。片手をサッと挙げ、海に合図する。
「どうも……」
 頭を軽く下げ、申し訳程度に海は挨拶する。
(相変わらずクールですね)
 海の冷めている態度に苦笑いしてしまう。
「何か分かりましたか?」
「いえ、まだ特に……」
「そうですか。なら――」
「受け止めてくださーい!」
 不意に、2人の真横から声が掛けられた。
 真人が声のした方へ顔を向けると小さな箱が空を舞っている。
「取れ――」
「ふっ」
 真人の声よりも迅く海は飛ぶ。空を切るように高く腕を伸ばす。
「っ……」
 上空の風が左右に薙いでいた。伸ばした爪先より、高い位置を箱が飛ぶ。
「っと」
 控えていた真人が笏を振り、瞬間的に箱を海の届く範囲へと押し戻す。
「くそっ」
 体を捻転し、海は再び腕を伸ばす。バスケットボールの要領で箱を掴み取った。
「やれやれですね」
 ホッと息を吐き出し、海の持つ箱を見つめた。
「ありがとうございまーす!」
 見ると少年が駆けてくる。幼さをまだ感じさせる少年だった。金の髪にエメラルド色の眼をしている。その両眼は海の持つ、箱に注がれていた。
「箱は大丈夫だよ!」
「すいませーん!」
 
 「はい」
 海から受け取った小さな箱を先程の少年に手渡す。
「ありがとうございます」
 ハニカミながら少年は嬉しそうに笑った。
「君、名前は?」
「ラクエルって言います」
「そっか、ラクエルは此処に住んでいるのかい?」
 笑顔を絶やさない様に真人は質問を続ける。
「生まれてからずっと住んでます」
「ねえ、オルゴールって聞いた事ある?」
「えっと、町で売ってる奴ですよね?」
「うん。君の手に持ってるのもそうなのかな?」
「ええ。僕のは祖父から貰った物ですけど」
 嬉しそうに真人にラクエルは掌のオルゴールを見せる。
「聞いてみます?」
「聞く聞く!」
「「?」」
 ヒョッコリとアレイが3人の間に入っていた。
「や、始めまして。オレ、アレイ・エルンストって言うんだ。アレイって呼んでくれ」
「はは、宜しくね」
 真人が差し出した手をアレイが握り返す。
「宜しく頼むぜ!」
「えっと……」
 置いてけぼりを喰らったラクエルが2人を見ていた。
「ま、そういう訳で。オレにも聞かせてくれよ!」
 一瞬、戸惑った表情を見せたラクエルだったが、オルゴールを聞いてくれる人が増えたのが嬉しかった様だ。直ぐに快諾をしてくれた。
「では、どうぞ」
 オルゴールの蓋が開け放たれ、優しい音色が流れ始める。小さい音色は潮風に乗り、遠くへと運ばれていく。

 「こっちから聞こえる」
 入っていた楽器屋から首を出すと、音色が聞こえる方へと耳を傾ける。
「確かに聞こえますね」
 付き添いのセス・テヴァン(せす・てう゛ぁん) が店から出ると耳に手を翳す。
「行ってみますか?」
「行こうぜ」
 良さそうな楽器の見繕いを止め、ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)は外へと飛び出す。
「ええ、楽しみですね♪」
 アイリの手を取り、音色のする街路へと導く。音色に導かれ、2人は鳴り止まぬオルゴールへと歩む。

「ここだな!」
「ええ、そうですよ」
 そうして、2人は海たちの元へとやって来た。
「♪〜……」
 オルゴールからの音色が止まり、周りに音が戻る。
「どうですか?」
 そっとオルゴールの蓋をラクエルは閉じた。
「良かったな!」
「ええ、綺麗な音でしたね」
 アイリとセスが隣で拍手をしている。
「どうも////」
 恥ずかしそうに頭を下ろすラクエル。
「ね、ちょっと聞きたいんだけど?」
 身を乗り出し、アイリはラクエルに訊いた。
「何ですか?」
「オルゴールを止めないと彼らは眠れない……」
「え?」
 ピリッと空気が震えたのをアイリは感じた。何処からかは解らない。
「聞いたことがありますか?」
「い、いえ。何かの御伽噺でしょうか?」
「そうですか、ありがとうございます」
 笑みを返して、セスはお辞儀する。
「では、行きましょうか?」
「そうね。収穫が無い様じゃ、しょうがないぜ。じゃあな!」
 手をプラプラと振って、アイリ達は人々の中へと埋もれていった。
「……」
 複雑そうな顔でラクエルは2人を見送っていた。彼の視線に彼らは気付いたのだろうか。
 
 「じゃあ、僕はこの辺で失礼します」
「俺達もこの辺で。行くよ、アレイ」
「おう、またな」
「ええ、オレは洞窟を探してみます」
 アレイ達、ラクエルと別れて海は少し前に耳にしていた洞窟へと向かうことにした。

 「ねえ、さっきの感じた?」
「少しだけアル。海さん達の近くだった気がするアルよ」
 歩き続ける海の背後を追っているのは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ) 。双眼鏡から覗く茶色の瞳が、絶えず海の背後を追い続ける。
「今の所は大丈夫そうね」
「そろそろ海さんに接近するので、切るアル」
「了解」
 携帯を切ると、チムチム・リー(ちむちむ・りー)は『光学迷彩』で姿を消す。
(ゆっくり近づくアル)
 『光学迷彩』を纏えば、レキからも視認する事は出来ない。チムチムは気配を絶ち、海の周囲を見張る。
「特に何も無さそうね」
 洞窟の間近くまで海が到達していたが、海を追ってくる気配は感じられない。

 「ここが町の人の言っていた洞窟か」
 砂を踏みしめ、海は町から離れた海岸にある洞窟へと来ていた。
 ふと、後ろを振り返る。白い砂浜には海の足跡の他に2人の足跡があるだけだった。
「中を見て――」
「危ないアル!」
 海の目に飛び込んで来たのは、黒い狼の群れだった。

 「まあ、後はチムチムに任せれば大丈夫そう――」
 覗きこんでいたレキの双眼鏡には、洞窟の中で動く無数の輝く眼が映っていた。
「追跡じゃなくて、待ち伏せされた!」
 事前にチムチムと決めていたコール1「敵襲撃アリ」が掛けられる。
「危ないアル!」
 辛うじてチムチムが海の前に飛び出していた。光学迷彩が解かれ、黒い巨体が海の前に現れる。
「油断した……」
 海も腰に携えた刀を抜き放つ。
「掛かってくるアルよ!」

 「もう、まさか待ち伏せされるなんて!」
 自分の不甲斐無さに腹が立つが、そんな事を言っているほどレキも暇ではない。『たいむちゃんの時計』を使用し、海の元へとひた走る。
「散れ」
 刀を走らせ、黒い狼を一体ずつ確実に両断する。
「ひき潰すアル」
 『野生の蹂躙』により現れた魔獣の集団が黒い狼と衝突し、狼を喰らう。
「オォオオオーー」
 黒の狼達は雄叫びを上げ、海達を取り囲む様に円陣を組む動きを見せる。彼らを逃がすつもりは毛頭無いらしい。
「『財天去私』!」
 迅く迅く、レキの反撃を与えない拳技が狼の群れを撃ち抜く。
「ギャン!!」
 鳴く様な悲鳴を上げ、組まれた円陣が散っていく。
「はあ、はあ。間に合った〜」
 荒い息を吐き、肩が上下に動き肺に酸素を送り込んでいく。

 「秋日子サン!こっちだ!」
 この町『マーリッツガルド』の路上パフォーマーがメロディーを奏でる度、遊馬 シズ(あすま・しず)はフラフラと人垣の中へと走っていく。余程、音楽が好きらしい。他の物には目もくれずに真っ直ぐメロディーへと走っていく。
「遊馬くん、私たちの目的忘れてないよね……?」
 笑顔の張り付いた東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)の重い声が夢中になる遊馬の背に飛んでくる。
「分かってるって。大丈夫だ!」
 秋日子の声も数分は有効なのだが、しばらくすると綺麗な音色にフラフラと引き摺られてしまう。
「あっちに――きっと良い情報がある!ここを抜ければ情報源へ急接近だ」
 何の良い情報なのやら、遊馬は秋日子の手を引いて反対側へ出る為に複数の建物の人通りの無い路地を走っていた。

 「ウオオォン!」
 黒い狼の遠吠えが路地に響く。腹の底へ獣特有の咆哮が伝わってくる。
「ショートカットのつもりっだったんだが……?」
「へえ、素晴らしいショートカットね」
 秋日子は右手に銃、左手に刀を装備して既に戦闘モードに入っていた。狭い路地を4匹の黒い狼が封鎖している。刹那の事だった。
 人通りが消えるとこいつ等は瞬く間に現れた。
「はっ!」
 銃弾で獣に穴を穿ち、刀で切り伏せる。射撃と斬撃を丁寧にこなし、狼を正確に仕留める。
「この世で音楽に勝るもの無し!ってな。援護するぞ! ♪ー♪ー」
 『怒りの歌』を歌い、秋日子の攻撃力を徐々に高めていく。
「決めるわ!」
 刀を持つ手に力が漲ってくるのを感じ、残りの2匹に向かって突進する。
 タンタンタンと引き金を引き、一気に距離を詰める。
「ギャン」
 3発の弾丸で1匹を片付け、残りの一匹を下から上へと袈裟斬りにする。
「ふう、一体何だったの?」
 刀をヒュンヒュンと数回振り、血の様な物を振り払う。黒い狼達は倒されると跡形も無く、消失していた。
「うわ、演奏が終わってる……」
 遊馬は別の事でがっくりと項垂れていた。狼の方はもうどうでも良いらしい。
「やれやれ……本格的に調べる必要がありそうね」

 小さい宿のある一室から、灯りが洩れていた。部屋に一つあるオイル式のランプがユラユラと揺れて、二人の顔を照らしている。
「周りの反応はどうでした?」
 部屋に置かれた唯一のベッドの上にリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は寝転んでいた。
「んー……。いつ頃からかは判らないけど。結構な人が待ち伏せなのかな、結構黒い狼が絡んできたね」
リアトリスの声が部屋全体に良く響く。時間は深夜をとっくに過ぎていた。
「ええ。オレの方も洞窟で狼の群れの襲撃に遭いました。誰かが当たりを引いたみたいです」
 壁寄り掛かる様に座る海はランプの炎を見ていた。
「だけど……、っ!海っ!伏せろ!」
 リアトリスは海に飛び掛るように、覆い被さる。
「何!」
 窓ガラスが粉々に砕け、床に散っていく。
「っ、誰だ……?」
 窓を突き破りやって来た侵入者を、リアトリスは睨みつける。
「こ・こ・か・ら・出・て・い・け……」
 侵入者は……仮面をしていた。真白の仮面に開けられた目と口は、サーカスのピエロを連想させる。
「この町には、忍者がいるみたいだね……」
 軽口を叩きながら、『ドラゴンアーツ』、『鬼神力』、『ヒロイックアサルト』、『超感覚』を使用し同時並行で身体強化を施していく。
「出・て・行・け……」
「それはこちらの台詞だ!」
 仮面の侵入者はリアトリスよりも速く動いていた。風きり音と共に拳が繰り出される。
「こいつ……」
(徒手空拳……しかも……)
「早いっ……!」
 双剣を抜き、侵入者の動きに対応するが、侵入者から繰り出される拳の数が圧倒的で、双剣での防戦に回らざるを得ない。
「くそっ!」
 
 「邪魔するよ!」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)のトライデントが侵入者に突き出される。
「!」
「こっちも行くわよ!」
 放たれた弾丸は侵入者の足元に巨大な穴を開ける。セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は対物ライフルを構え、侵入者を捉え続ける。
「で、何が目的なの?夜のナンパにしてもちょっと無粋じゃない?」
「……」
 こちらの声が聞こえていないのか、あくまで無言を通す仮面の侵入者。
「ふん、落ちな!」
 回転を加えて槍を撓らせ、横に凪いだ。
「!!」
 侵入者はナックルガードで受けるが、止められる加重ではない。侵入者を部屋の外まで弾き飛ばす。
「逃がさん!」
 セレアナは吹き飛んだ侵入者をそのまま追撃し、窓から飛び降りる。
「セレアナ!」
 セレンフィリティの声を無視し、槍を空中で上段に構えた。
「はあぁ!」
「!」
 片膝を付く侵入者にそのまま上から石突を打ち込む。
「……」
 石突は街路を砕いていた。石片が辺りに飛び散っていく。
「ちぃッ」
 軽い身のこなしで、侵入者はセレアナの攻撃を避けていた。
「へえ、やるじゃない。だけど、夜のデートの最中を邪魔されて結構頭に来てるのよ?」
「……」
 侵入者は無言でセレアナを見据える。
「動かないで!」
 ベランダから対物ライフルを構え、セレンフィリティが侵入者に狙いを定めていた。
「……」
 姿勢を低くし、セレアナに近づく侵入者。彼女の槍のカウンターを避けると、一気に屋根上へと飛んだ。
「!」
 セレアナがセレンフィリティの射線に入った事で侵入者からライフルの狙いが外されてしまった。
「まだよ!」
 スコープ越しに侵入者を追ったが、再びそれを捉える事は無かった。
 
 「助かりました」
 リアトリスは突然現れた2人に礼を言う。
「何、ちょっと2人で楽しもうとしてたらデカイ音がして中断されてね。その仕返しよ」
「それにしても、あの侵入者は一体?」
 セレンフィリティ達は侵入者の去った方向を見る。足跡も無く、痕跡を探すのは困難に見えた。
「まだ、夜は長そうですね」
 深夜の喧騒で、町の中に明かりが点り始めていた。宿の各部屋からも明かりがちらほらと見える。
「……怒られなければ良いけど」