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終章 明日も晴れますように

 いつものことであるが。
「…………なんかもう、慣れてきちまったなぁ」
 大木の枝に吊るされた京太郎がぼんやりとつぶやく。
「……いい眺めだしな」
 隣で吊るされていた政敏がそれに応じてと言った。
 京太郎にとって、悪事の後に吊るされるというのは定番になりつつあるが、それにしても今回は量が多かった。
 ――後ろを振り返ると。
「たすけてええええぇぇ!」
「かあちゃああああぁぁん!」
 多数の男子生徒たちが吊るされながら、助けを乞うたり絶叫したりしている。
「俺様の、俺様のチラリズムを堪能するがいいーーー!!」
「はぁ、はぁ、吊るしプレイなんて、新鮮っ!」
 ――なんというか、こう見ると一種の魔女狩りのように見えなくもなかった。
(いや……エロ狩りか?)
 くだらないことを考えたと反省して、京太郎は首を振った。
「あいからわずだな、夢安」
「あ…………レン・オズワルド」
 嫌味っぽくフルネームで言って、京太郎は下から彼を見上げる男を見おろした。
 サングラスをかけた紅いコートの男は、自分をトラウマものの恐怖に貶めたアリスの契約者である。こいつがアリスに余計なことを言わなければ……と、京太郎は思わなくもなかった。
「無事でなによりだ。死ななかっただけ、マシだな」
「殺す気だったのかよっ!?」
 レンは夢安にそれだけを告げると、微笑してその場を去っていった。
(本気か冗談かわからねえな……まったく)
 彼のことだから、もしかしたら本気かもしれない。次に会った時は、一目散に逃げ出そうと、京太郎は自分の頭のなかで整理して頷いた。
 ところで、このような結末に至った経緯には実は、ある娘が関わっている。当の本人であるその娘は、京太郎たちの下で優雅にティータイムを楽しんでいた。
「おーい…………そろそろたすけてくれよー」
「みんな平等に痛い目をみないとね。特にあなたは、リーダーなんだから人の倍以上よ」
 ニコッと、笑顔を浮かべて水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は恐ろしいことを言った。
 紅茶の入ったカップを置いた彼女の隣では、パートナーの天津 麻羅(あまつ・まら)がニヤニヤと笑っている。
「それもこれも、わしがしかと証拠を集めたおかげじゃのう」
 そう、それもこれも彼女たちのせいである。
 いつの間にか数多くの盗撮写真を入試していた緋雨たちは、それを証拠に京太郎たちを断罪したのだ。捕まえられたものの、どうにかこうにか言い訳して言い逃れようとしていた京太郎も、さすがに証拠を集められてしまっては何も言い返せない。
 というか、女生徒たちの視線に負けたというべきか。
 問答無用で吊るされて、いまは肝試しの後のナイトファイアーを見ながら、放置プレイの真っ最中だった。
 と――
「私の感動は何だったんでしょうか……」
 緋雨と同じテーブルについているカチェアが、呆然とつぶやく。
「まあまあ……結果的にこうして捕まったんだから、いいんじゃない?」
 それにフォローを入れるのは、カチェアと同じ政敏のパートナーのリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)だった。
「おいおい…………あんたがいなかったら、こうして捕まることもなかったかもしれないんだぜ?」
 京太郎が呆れたように言う。
「こんなこともあろうかと。そんな所かしらね? 私にまで嘘をついた代償は、きっちり払って貰わないと」
 緋雨たちが証拠を集めた者たちであるならば、リーンは運営の協力をしていた者だった。
 政敏のカメラに小型の発信器を仕込んでいて、運営スタッフに彼らの足取りを掴める限り教えていたのである。もちろん、政敏と京太郎が別れた後は、それに頼るばかりではいられなかったが――そもそものきっかけになったとは言えるだろう。
「おっそろしい奴だな……」
 京太郎はなかば怯えるようにして、そんなことを思った。
 と、リーンたちの横で緋雨たちの話は続いていた。
「だいたい、私ほどの可愛い女の子を無視するってどういうことよ。肝試しが全然肝試しになってなかったわ」
 緋雨はなにやらぶつぶつとつぶやく。
「まぁわしは見た目幼女じゃし、緋雨は髪が短い上にパンツルックじゃから、女子とは思われておらんのじゃろう…………それに加えて胸もないしのう」
「よけいなお世話よ!」
 まあ、確かに胸はない。
 京太郎は麻羅に賛同するようにそう思ったが、それを口に出すのはやめておいた。本能的に、殴られることは分かっていたからだ。
 とはいえ――
「オレは別に、ショートカットでも可愛いと思うけどな。パンツルックも嫌いじゃない」
「へ……?」
 思ったことは、素直に言っておく。
 それが自分のポリシーであるし、別に悪いこととも思わないからだった。
「あ、ありがと……」
 緋雨は顔を朱に染めて、消えるような声で言った。
 京太郎は首をかしげる。
 すると、
「なにを青春しているのかしら?」
 そこに、緋雨と同じテーブルに座っていた御神楽 環菜(みかぐら・かんな)から声が挟まれた。彼女はからかうように微笑して緋雨を見つめる。
 その隣では、彼女と結婚した御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が見守るようにして座っていた。
「別に……そんなんじゃないわよ」
「そう? だったらいいけれど。それにしても……あなたっては本当に懲りないのね。この子と一緒にいた頃から、ずっと」
「うるせえ」
 最後の言葉は京太郎に向けられたものだった。
 環菜が言った『この子』というのは、彼女の膝でくーくーと寝ているペット、カーネのことだ。
 このカーネはもともと、京太郎が起こした、ある化学薬品によるカーネ大量発生事件から生まれたものである。その後は蒼空学園の中庭で飼われているのだが、環菜が校長を辞めてからしばらく、なかなか会う機会がなかったのだ。
 久しぶりに会えた喜びからだろうか。
 カーネは環菜の膝からずっと離れようとはしなかった。
「でも、懐かしいですよね。こうしてカーネと一緒にいると、環菜とまだ結婚する前のことを思い出します」
 カーネの頭を優しく撫でて、陽太は当時のことを懐かしんだ。
「…………ばか」
 かるくそっぽを向いた環菜がぼそりとつぶやく。その頬は真っ赤に染まっていた。
(……こいつも女っぽいところがあるんだな)
 あまりそういった環菜の顔を見たことがなかった京太郎にとっては、驚きである。なんというか、新鮮な気分だった。
「あの、夢安さん」
「ん?」
 と、陽太が京太郎を見上げた。
「今日は、ありがとうございます。ずっとカーネを貸していただいて……
「別に? ていうか、そいつはオレのペットじゃないし。もともとカンナ様のペットってことになるんだろうしな。いつだって遊びに来て、いいと思うぜ」
「……はい」
 京太郎にとっては何気ない言葉だったが、陽太はそれが嬉しかった。環菜と一緒にカーネを撫でて、静かな時間を過ごす。
 京太郎はそれを見つめながら、
(いい……夫婦だよな)
 と、心のなかで思っていた。ただもちろん、口に出そうとは一切しなかったが。
「それじゃあ、みんなで一緒に写真を撮りましょう!」
 落ち込んでいたカチェアが、ようやく元気を取り戻して、みんなに告げた。
 肝試しに参加していた参加者、お化け役、運営スタッフ、他学園の協力者。それぞれが集まってくる。大木の前に彼らは並んだ。
「ハイ、チーズ!」
 パシャッ――と、写真が撮られる。
 ファインダーに映ったみんなの姿を見て、カチェアは静かにつぶやいた。
「テルテル坊主。明日は晴れますよ。きっと」



 余談ではある。
 肝試しイベントが無事に(?)終わったその翌日。一人の男が森のなかを徘徊していた。
 その名は、緋山政敏。夜の間はずっと吊るされていたが、さすがに翌日には降ろされたのだ。
 そして、翌日になってしまえば、森のなかに誰もいないことを政敏は踏んでいた。
(こんなときのために――)
 森のある場所に、カメラを隠していたのだ。
 なぜかは分からないが、写真はいつの間にか筋肉ムキムキの薔薇学男に変わっていたそうなので、結果的にはこれが功を奏したと言える。ほとぼりが冷めたのを見計らって、回収しにきたのだった。
 そしてようやく、彼は目的の場所に着いた。
 地面を掘り起こして、隠していたデジタルカメラを見つける。
 中身を確認しようと、データを見た。
 が――
「なんだ、こりゃ……?」
 そこに映っていたのは、まったく見覚えのないデータだった。どうやら中央に映っているのは京太郎だが、その背後に幽霊らしき影がある。
(心霊写真?)
 と、そこで。
 政敏は背後に誰かの気配を感じて振り返った。
 だが。
 ――そこには、誰もいない。
 気配も消えていた。
「…………」
 まさか、な。
 ただ、嫌な空気というものは静かな場所では増長するものだ。徐々に、不気味さが増してきて、政敏は身震いした。
「か、帰ろ、帰ろ」
 わざとらしくそう声を発して、政敏はその場を立ち去った。
 それを、背後から見ていた者が一人。彼女はブラックコートに身を隠し、気配を消して政敏を観察していた。
「やれやれ……じゃな」
 人知れず――シニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)は政敏がいなくなったのを確認して、かれが去っていた方を見ながら呆れたように言う。
(まゆりよ。裏コード……動くこと雷霆の如し、は見事に完遂されたぞ)
 クスクスと笑いながら、シニィは満足げにその場を立ち去った。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
まずは大幅な遅れで遅延公開になってしまい、大変申し訳ございませんでした。
つくづく体調管理はしっかりとしないといけないと、思い知らされた気がします。
皆さまも、季節の変わり目はお気を付け下さい。

「きもぱに!」いかがだったでしょうか?
普段の自分はなかなかコメディやコミカルを書かないので、もしかしたらいつもと雰囲気が違うかもしれません。
そういった違いも含めて、楽しんでいただけることが出来たなら、とても幸いに思います。

季節外れの肝試しでしたが、それぞれに面白いアクションをいただきました。
なかには夢安京太郎にトラウマめいた体験をさせた人もいたようですが……はてさて。
彼は今回でも懲りていないようで、またどこかで事件を起こすかもしれません。
そのときもまた、彼の暴走を止めていただけることが出来たら、嬉しく思います。
あ、もちろん、彼と一緒に暴れるのも、ですね。

そろそろお時間ですね。
今回は本当に申し訳ございませんでした。
ご参加いだたいた皆さま、読んで下さった皆さまに、感謝をこめて。
それでは、またお会いできるときを楽しみにしております。