シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

闇鍋しよーぜ!

リアクション公開中!

闇鍋しよーぜ!

リアクション

「ミラー、俺、お腹空いたー!」
 カイナが戻ってきたのは、宴が始まってから、相当時間が経ってからだった。
「カイナ、一体どこに行っていたんですか」
「ちょうちょ追いかけてたら、迷った!」
「はあ、とりあえず、無事でよかったです」
 ミラはため息を吐いて、カイナの無事に安堵した。
「それじゃあ、取りに行きましょうか?」
 ミラの言葉にカイナは頷くと、鍋のところへと行く。
「おお、うまそー!」
 見た目、匂いともにカイナには美味しそうに見えた。
「カイナちょっとまってください」
 ミラはそう言って、カイナからお椀を受け取ると、ぽいぽいぽいっといくつかのキノコを取り出した。
 混ざっていた毒キノコだ。
 鍋の中身も大分減っていたせいで、当たりが見え始めたのだ。
「はい、これで大丈夫です」
「それじゃあ、いただきます!」
 あむっと、匙で掬いカイナは一口食べる。
「うん、美味しい!」
 一言感想を述べ、ガツガツと食べ始めた。
 ミラも美味しそうに食べるカイナに感化され、お椀の中身を食べ始めた。


「アニスが念のためにおにぎりを持ってきてくれて助かったよ」
 和輝がしみじみとそう言った。
 目の前で繰り広げられている阿鼻叫喚に進んで足を踏み入れるほど、和輝はおろかではない。
 宴の輪から少しはなれた場所で、和輝とアニスとスノーは事の成り行きを見守っていた。
「そうね、アニスに感謝ね」
「えへへ、もっと褒めて褒めて〜!」
 アニスが嬉しそうに言った。
 そんな三人下に、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)がやってきた、お盆に載せたお椀は、自分の分を含めた四人分だ。
「教導団の訓練に参加しているのだから、鍋まで食ってこそだろう! さあ、食え!」
 ずずいっと差し出されるお椀に盛られた鍋の中身。
 見た目はとてもまともで、美味しそうな匂いも漂っている。
 でも、これが既に犠牲者五人を出しているのだ。
「いいか、前線で補給が途絶えたときには、蛇だろうと蛙だろうと口にせねばならんのだ!
 五人が昏倒している? 笑わせるな! 死んでいないだけマシだ!」
 熱弁をふるうマーゼンの勢いに和輝たちは押され始めた。
「和輝どうしよう……」
「どうするのよ、和輝」
 ひそひそと、アニスとスノーの二人から和輝は決断を迫られる。
「あの、それじゃあ、お手本を見せてもらえませんか?」
 何がお手本だ、と和輝は内心思ったが、顔には出さない。
「……ふむ。よかろう。見ておくのだよ!」
 祭りのノリでマーゼンは深く考えずに、和輝の意見に頷いた。
 和輝はマーゼンからお盆を受け取った。
 お椀を一つつかみ、匙で鍋の中身を食べるマーゼン。
 一口、二口、三口。
 お椀の中身が徐々に減っていく。
 そして、最後の一口。キノコのようなものと一緒に残った汁を一気に飲むマーゼン。
「ほら、みてみ……」
 言葉は途中で途切れ、顔は真っ青になり、手足がぷるぷると震えだした。
「だ、大丈夫?」
 アニスが心配そうに言った。
 しかし、マーゼンはもうすでに返事できるような状態ではなかった。
 お椀を取り落とし、ばたっと倒れ付す。
「クロッシュナーったら……」
 遅れてやってきた、マーゼンのパートナー、早見涼子(はやみ・りょうこ)が申し訳なさそうに、和輝たちを見た。
「パートナーがご迷惑をおかけしましたわ。連れて行きますので、お楽しみくださいませ」
 マーゼンを丁重に扱う気はないのか、涼子はマーゼンの足を持ち、引っ張っていく。
 ごつごつっと露出した地面で顔が酷いことになっているのだが、それはもう何も言わないことにした和輝たち。
「これ、どうしよう……」
 残されたのはマーゼンの持ってきたお盆。しっかりと三人分のお椀と匙が乗っている。


「やーめーまーしょーよー!」
 マビノギオンはいまだに郁乃に食い下がっていた。
 六人目の犠牲者が出たのをしかと見てしまったのだ。
「大丈夫だって、美味しいって!」
 郁乃はそう言って、手に持ったお椀の片方をマビノギオンに差し出した。
 そう、見た目は美味しそうなのだ。
 しかしそれに騙されて食した犠牲者が六人の昇っているのをこの目で見ている。
 不安だった。
 ちょっぴり泣きそうだった。
「ほらほら、マビノギオン、あーん」
 無邪気な笑顔を浮かべて、郁乃はマビノギオンに匙を向けた。
 マビノギオンはそれをうーっと見つめながら、意を決して一口。
 口の中で転がして、咀嚼し嚥下する。
 味噌の味に、臭みの取れた熊肉、それから野菜や果物から染み出たエキスがいい塩梅で美味しさを引き立てている。
「美味しい」
 マビノギオンの正直な感想だった。
「ほら、言ったでしょ。あれだけ美味しそうな食材が一杯だったんだもん!」
「はい……どうやら前のが印象に強く残りすぎていたようです」
「鍋が言ってたんだけど、当たりを引かなければ大丈夫なんだって」
 郁乃は自ら地雷を踏んだ。
「鍋が言ったってなんですか! 鍋は無機物ですよ! 喋るわけないじゃないですか!?」
「マビノギオン、事実は小説よりも奇なりだよ、行ってみたら?」
 郁乃がそう促して、マビノギオンは渋々鍋のところへと行き、帰ってきた。
「はい、本当に鍋が喋ってました……」
 意気消沈した様子でマビノギオンはそう言った。


「ほら、グラキアス、これは安全だしほどほどに冷ましておいたから口あけろ」
 ロアがぶっきらぼうにグラキエスに匙を差し出した。
 美味しいものは肥えさせろ、というわけではないが、体力が落ち込んでいるグラキエスを心配している。
「いや、俺は自分で……」
「いいから、いいから」
 ほれほれとロアは遠慮なくグラキエスの口元に匙を押し付ける。
「わかった、わかったから」
 グラキエスは観念したかのように苦笑して、ロアの匙を口に含む。
「な、美味いだろ」
「ああ、美味いな」
「まあ、グラキエスはこれ以上に美味いんだけどなー……」
 ちらっとロアはグラキエスを見た。
 グラキエスにかぶりつきたくなる気持ちをぐっと抑える。
 なんだかんだと、煩いお邪魔虫もいる。
「まあ、これくらいは見逃しますよ」
 エルデネストはそう言って、食事を続ける。
 グラキエスを物理的に食べないのならば、ロアが何しようと関与しない。
 それ以上に、グラキエスが甘えているところを見ると悪くはないと思ってしまう。
「ほら飯は楽しく食うのが美味くなる秘訣なんだぜ。ほら、あーんしろって」
 鍋の中身をふうふうと冷ましながら、ロアはもう一度匙をグラキエスに向けた。


「ねえ、モリンカおいしい?」
 片野ももか(かたの・ももか)モリンカ・ティーターン(もりんか・てぃーたーん)に聞いた。
 ももかには味覚が欠如している。
 美味しそうに食べている人や、泡を吹いて倒れている人なんかをみて、今ももかが食べているものが美味しいものなのかそうではないものなのか、分からなくなってしまっている。
「うん? 中々美味くできているよ。闇鍋と聞いていたからどんなものかと思っていたが、中々いけるの」
「そっか、美味しいんだ。うん、美味しい」
 ももかはにっこりとモリンカに笑いかけながら食べる。
「美味しいなら私のもあげよっか?」
「なあに、それはももかの分だからももかが食べるんだよ」
 モリンカはももかに優しく言う。
 ももかがどういう理由で、そういうことを言ったのかは、モリンカには痛いほど分かっている。
 だからこそ、ももかにしっかりと自分で食べるように言うのだ。
「うん、わかった」
 こくりとももかは頷くと、また食べ始めた。
「そうそう、ももか、この鍋はこいつがいい味出してるんじゃ……」
 モリンカはももかのために、お椀に入っている具のどれがどういう味なのか、どれが美味しいのかを伝えるのだった。


「なぜ、青い顔をされている方がいらっしゃるのでしょうか……」
 クナイが北都に言う。
 ぱくぱくと平気な様子で、北都もクナイも平らげていたのだ。
「さあ、なんでだろうねぇ? 結構美味しかったし」
 北都もよく分からないといった様子でクナイに言った。
 手元には、自分たちが釣ってきたパラミタヤマメを塩焼きにしたもの持っている。
 取り分けられた分を平らげた二人は、村の人に焼いてもらった塩焼きを貰っていたのだ。
 そして二人は天国と地獄、二つが入り混じる光景を楽しそうに眺めているのだった。


『いや、しかし、よく食うな……』
 鍋が呆れ返って玲に言う
「いや、この鍋美味しいですよ! あっ、おかわりお願いします!」
 匂いにつられて起きだした玲は、いの一番に鍋の元へ向かうと、期待に満ちた表情で食べてもいいですかと聞いてきた。
 よほど空腹だったのだろう。それからは、胃袋は宇宙だといわんばかりの速度でお椀の中身を空にしてはおかわりを要求する。
「ほら、よく噛んでくえよー」
 紫翠の代わりに給仕の真似事を始めた依子が玲にお椀を渡す。
『よくぶっ倒れないな、このねーちゃん。たしか渡した中には毒物混じってただろ……』
「ああ、入ってたな……他の輩は簡単にくたばってたのに……」
 玲の食べっぷりを眺めながら、依子はしみじみと言った。
『これでお前らとはお別れかー。数時間だが、俺も楽しいひと時を過ごせてよかったぜー』
 玲がものすごい勢いで鍋を平らげていくお陰で、既に鍋の中身は空っぽに近い。
 それは意思を持った鍋の寿命を意味していた。
「ああ、そっか。それは仕方がないなー」
「おかわりください!」
「はいはい。……っとこれで最後だ」
 最後の一掬いをお椀に移して依子は言った。
「ありがとうございます!」
 最初から衰えない勢いで、玲はお椀をからっぽにする。
 そして、手を合わせて、
「ふぅ……ご馳走様でした!」
『おう、お粗末だ』
「この一飯のご恩は忘れません。私、不器用ですが何かさせてください!」
『そんじゃ、まあ、この鍋洗っておいてくれよ。でかいからなー、結構やりたがらない人が多いんだわー』
 鍋はそう言った。
「はい、それくらいでしたら! お安い御用です!」
 玲は笑顔で頷く。
『丁寧に扱ってくれよー、来年も使うんだからな』
「玲は普通に鍋と喋ってるが、違和感とかなかったのか……」
『まあ、いんじゃねーの? 調理班もなんだかんだで、現実受け入れてたろ』
 鍋はまた大雑把な笑いを上げた。
『っと、そろそろ時間だな。んじゃ、仮初の意思はここら辺でおさらばするぜい、あばよー!』
 そう言って、鍋が黙った。
 玲や依子が叩いても話しかけても、もう喋らない。
「よいしょっと」
 玲が鍋を持ち上げた。
 辺りはもう、撤収を始めている。
 なんだかんだで、わーわーきゃーきゃーとはしゃいでいると時間が溶けるように消えていく。
「玲、俺様も手伝うぜー」
 依子はそう言って、水場へと大鍋を持っていこうとする玲についていくのだった。