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リアクション
彼と彼の日常風景。
「映画ってやっぱ映画館で観ると迫力違うっスねー! やー重低音イイわ。あと大画面の迫力やっべェ」
紡界 紺侍(つむがい・こんじ)が嬉しそうに言うのを、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は「ですねぇ」と頷いて笑った。
映画館を出てから、紺侍はこんな調子ではしゃいでいる。きっと映画館に行く機会があまりないのだろう。楽しんでくれたならよかったと思う。
ひとしきり喋っていた紺侍が、はたと声を止めた。翡翠の表情を窺い、
「すんません。オレ、興奮しちゃって」
気まずそうに言うのを、「いえいえ」と穏やかに笑った。
「楽しそうでなによりです」
「映画なんてあんま観に行かねェもんだから、つい。翡翠さんは映画よく観るんスか?」
「自分ですか? そうですねぇ、たまにくらいなら」
大抵が付き添う相手の観たいものを優先するので、自分が観たいものを観ることはほとんどないけれど。
「でも、久しぶりでした」
観ていて、楽しいと思ったのは。
心の中で付け足したとき、ひらりと前を紅葉が横切った。視線を移すと、公園に植えられた木が鮮やかな赤い葉を茂らせているのが見える。少し遠くにはイチョウの木も。
「もう秋なんですねえ」
ふと呟いた声は、しみじみとした色を含んでいた。
「季節が巡るのは早いです」
「っスねェ。この間花見した気がしますよ、オレ」
「あはは。夏はどこに行っちゃったんですか?」
「バイトで消えました」
「寂しいことです」
「祭りは行きましたけどね」
思い出話を交えながら、秋の公園に足を踏み入れた。晴れた日の休日だからか、それなりに人が多い。のんびりとくつろいでいる人。遊んでいる人。自分たちと同じように散歩している人。
日常のワンシーンに溶け込んで、ぶらりと歩く。
「今日は付き合ってくれてありがとうございました」
礼を言ったのは、今日の誘いが唐突なものだったからだ。ふっと映画を観たくなって、でも一人で行くのもつまらないからと。紺侍は、ずいぶん急っスね、と苦笑しながらも応えてくれた。おかげで楽しめた。
「無理矢理付き合わせたお礼をしないといけませんね」
「お礼とか。いいっスよ、オレも楽しかったわけだし」
と言われてしまえばそれまでだけれど、それじゃ気が済まない。
ならば、
「自分がしたいだけです。誰かのために何かを作ることが好きですから。メニュー、何でもいいですよ」
といえば考えてくれるだろう。案の定、「あ、然様で」と紺侍は笑い、そうですねェと思案気に空を見上げる。
「ンじゃ秋だしスイートポテトで」
「本当、甘いもの好きですね」
「いいじゃないスか、幸せになれるし」
「否定はしませんよ」
他愛ない話をして、時に笑って。
何事もない一日が、こうして過ぎていく。
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