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リアクション
「ハロウィンっておいしいわねっ」
と、目をキラキラさせる松田ヤチェル(まつだ・やちぇる)。オレンジ色のバルーンワンピースに紫色のケープと、小さなとんがり帽子を頭に着けた彼女は、先ほどからずっと愛用のデジタルカメラを手にしていた。コスプレしたショートカットの女の子を一人残らず撮影しようというらしい。
ショートカット同好会の会員であり写真仲間でもある尼崎里也(あまがさき・りや)もまた、ヤチェルとともに女の子を撮影して回っていた。
「お、あちらにも可愛い子が!」
「え、どこどこ?」
彼女たちの目には女の子しか入らないらしい。これまでの経験でこうなることは予想していたものの、由良叶月(ゆら・かなづき)は複雑な気分になる。
太陽が高くなり、人出も多くなってきていた。コスプレコンテストを目当てに来ていると思しき普通の人々もいるが、やはり仮装した人の方が圧倒的多数を占めている。
その中に自分も含まれているのか……と、さらに複雑な気分になる叶月。いつの間にか用意されていた狼の耳と尻尾を、半ば無理やりヤチェルに着けさせられていた。
「ちょっと休憩にしましょうか。ねぇ、カナ君」
と、ヤチェルが叶月へ振り向いた。
「ちょうどお昼時だし、腹が減っては戦は出来ませんからな」
と、里也も言う。この後も撮る気満々だ。
テーブルと椅子の用意されている大通りへ足を向けると、そこも人で溢れていた。屋台はどこも込み合っており、先に席を取ったほうが良さそうだ。
「カナ君、何食べたい?」
「何でもいい」
と、素っ気無く返す彼に、ヤチェルはわざとらしく口を尖らせた。
「じゃあ、適当に買ってくるから席取っておいて。行きましょ、里也ちゃん」
二人があれこれと話をしながら屋台へ向かっていく。少し見送ってから、叶月は空いているテーブルを目で探した。
タイミング良く空いた席を見つけて、そこへ腰を下ろした途端、後ろから声をかけられる。
「こんにちは。お菓子くれなきゃキスするよ?」
振り返った叶月の目にハロウィンの魔女が映る。黒いドレスに黒いベール、黒いレースの手袋まではめて完璧な仮装だ。
「ああ、お前も来てたのか。悪いが、菓子は持ってねぇぞ?」
その返答に黒崎天音(くろさき・あまね)はくすっと笑って、隣の席へ座った。
「君の可愛いパートナーは、今日は一緒じゃないのかい?」
「いや、食いもん買いに行ってる」
「おや、奇遇だね。僕のパートナーもそうなんだけど、ずいぶん並んでるから、しばらく戻って来そうにないな」
天音の言うとおり、ヤチェルたちもすぐには戻って来なさそうだった。
さりげなく彼女の消えた方向に視線をやっていた叶月に、天音はふと問いかける。
「ところで、ヤチェルって言ってたっけ……君の彼女なのかい?」
叶月の表情が一変した。ばっと天音を振り返っては必死に言う。
「ちげぇよ! 何でそーなるっ!? 飛躍しすぎだ!」
と、顔を真っ赤にさせている。あまりにも大きな声で言うものだから、周囲の視線が彼へ集まっていた。
「それじゃあ、別に興味はないの? ふぅん」
「っ……そ、そーゆーことでも、ないんだが……」
俯いて先ほどよりも冷静になる叶月。天音はわずかに距離を詰めて再び問いかけた。
「じゃあ、どういうことなの?」
「ど、どういうって……その、か、彼女は、俺の妹、みたいなもので……あっちも、そうとしか思ってないだろうし、別にそれ以上のことは、何も……」
そう言いながら、さも不満そうな顔をする。分かりやすい人だ。
「あいつ……人前では前向きだけど、意外に泣き虫だし、よく騙されるし、いろいろ変なやつだけど……やっぱ、パートナーとして守ってやらなきゃ、とは思う、し……。そ、それだけだからなっ」
どうやら彼は、よほど彼女を大切に思っているらしい。からかいがいのある人だと思いながら、天音は、頼んでもないのに言い訳する叶月を眺めていた。
ヴァイシャリー
ハロウィンには子どもたちがあちこちの家を尋ねてお菓子をもらうのが通例だ。
「生地はこれで完成だから、ティセラはこの型を使って抜いてくれる?」
と、宇都宮祥子(うつのみや・さちこ)はテーブルの上に伸ばした生地に星型の型を押し当てた。
「これだけだから、簡単よ」
「分かりましたわ」
祥子から型を受け取って、先ほど見たのと同じように押し付けていくティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)。料理が苦手な彼女はお菓子を作るのも苦手だった。そのため、祥子に教わりながら子どもたちにあげる用のクッキーを作っていた。
持ち上げた型に付いた生地をそっと外すティセラ。その様子を横目に見ながら、祥子は生地をスティック型にしていた。湯せんで溶かしたミルクチョコレートとホワイトチョコレートにつければ出来上がりだ。
「紅茶クッキーの生地もあるからね」
「はい……」
と、ティセラは集中している様子で返事をする。
祥子はくすっと笑ってから、自分も作業に集中することにした。
そしてすべての型が抜き終わり、クッキーをオーブンに入れた。他愛のない雑談で盛り上がっていれば、あっという間に時間は過ぎて焼きあがってしまう。
「うん、良い感じね。味見してみる?」
と、祥子はスティック状のクッキーを一本、手に取った。さっとチョコレートにくぐらせてティセラへ渡そうとするが、少し考えてから言った。
「そうだ、ポッキーゲームって知ってる?」
「ええ、やったことはありませんが」
祥子が片方の端を口にくわえ、もう片方をティセラへ突き出した。促されるままくわえるティセラ。
さくさくと両者食べ進めていく。出来立てのクッキーの風味がして美味しかったが、顔が近づいていくほどに恥ずかしくなってくる。
「……っ」
唇が触れる数センチ前で祥子は口を離した。安心したように残りを口にするティセラ。
「負けちゃった。でも美味しく出来てたわね」
「ええ、そうですわね。紅茶クッキーの方も上手く焼けてるでしょうか?」
と、ティセラはそちらへ手を伸ばした。まだほかほかと温かい紅茶クッキーを一つ、つまみ上げる。
「ねぇ、ティセラ」
「はい、何ですか?」
「お菓子もらえなかったし、代わりにティセラをお持ち帰りってどうかしら?」
「え?」
顔を合わせた直後にお決まりの台詞を言った祥子だったが、ティセラはお菓子を用意していなかった。
「お持ち帰り、ですの?」
と、ティセラは少し唸った。それがどういうことを指すのか、分かりかねているのだ。
「別に、一緒にご飯食べるだけよ。変なことはしないわ」
「ああ、それでしたらぜひ」
と、祥子を見てティセラはにっこり頷いた。
* * * * *
ヴァイシャリーの街もまた、ハロウィンパーティーで賑わっていた。他と比べて、デートを楽しむカップルの姿が多いようだが、気のせいだろうか。
待ち合わせ場所で待っていたアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は目を丸くした。
上空から『Free Sky』に乗った大谷地康之(おおやち・やすゆき)がゆっくりと降りてきたのだ。ジャック・オ・ランタンのつもりか、頭にカボチャのかぶり物をかぶっている。
「トリックオアトリート! 悪戯しないとお菓子をやるぜ……じゃなくて、お菓子くれなきゃ悪戯するぜー」
と、地上へ足を着けた康之は言うと、手にしたランタン風の入れ物からお菓子を取り出した。
「ほら、やるよ」
「ありがとうございます。えっと……私、悪戯されちゃいますか?」
と、少々不安げにするアレナ。どうやらお菓子を持ってこなかったらしい。
すると康之はもう片方の手に持っていた風呂敷包みから、自分がかぶっているものと同じ物を取りだして見せた。
「俺の悪戯はこれをかぶってもらうんだぜ。軽いから誰でもかぶれるし、お菓子くれないならかぶってもらうぜ?」
康之のような性格なら恥ずかしくないだろうが、アレナは考え込んでしまう。
「なんてな。別にいいよ、アレナ」
と、康之はかぶり物を再び風呂敷包みへ入れて、歩き出した。
「ほら、行こうぜ」
「あ、はいっ」
すぐに後を追うアレナ。飾り立てられたヴァイシャリーの中心へ向かう。
康之は声をかけてくる子どもたちにお菓子をあげながら歩いていた。その様子を微笑ましく眺めるアレナ。
「アレナの格好って、黒猫だよな?」
「あ、はい。ハロウィンには魔女か黒猫だと聞いたので……どちらにしようか、迷ったのですが」
「可愛いよ、アレナ。すげー似合ってるぜ」
と、無邪気に笑う康之を見て、アレナは嬉しそうにはにかんだ。
広場の方まで来ると、さすがに人気が増えてきた。のんびり子どもたちの相手をする余裕もなさそうだ。
すると康之は隣を歩く彼女へ手を差し出した。
「はぐれないようにしなきゃな!」
「……は、はい」
突然のことに驚きながらも、手を伸ばす。互いの手が重なると、ぎゅっと握られた。
人波を縫うように歩いて行く。すれ違う人たちは皆、それぞれにハロウィンを楽しんでいる。
あちらこちらに並んだ露店、屋台……康之に手を引かれたまま、それらを見て回る。一年に一度だけの特別な日は、誰にとっても代え難い時間をくれる。
まだ日の出ている時刻だったが、一通り楽しんだ康之はアレナを送っていた。あまり遅くなったら、彼女のパートナーに一喝くらいそうだったからだ。
「今日はありがとな」
と、康之が繋いだままだった手をそっと離す。
「こちらこそ、ありがとうございました」
にこっと微笑むアレナ。
康之は先ほどまで彼女と繋いでいた手を握ると、小指を出した。
「来年もまた、一緒にハロウィン楽しもうな。約束だ」
「はい」
同じように小指を出し、絡める。指切りげんまんと歌い出す康之。
「ゆーびきーりげーんまん、嘘ついたら……」
はっと歌うのをやめた康之。アレナが首を傾げると、彼は笑った。
「その時考える!」
「……はいっ」
「じゃあ、またな」
と、去っていく康之。
「はい、また今度……っ」
頭上には、うっすらと夕焼けが広がり始めていた。
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