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秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー

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秋の夜長のパジャマ&コリマパーティー
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リアクション

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 一頻りばたばたと騒ぎ、再び恋バナ大会へと戻ったパジャマパーティー会場。
 女子の輪の中心で熱弁を振るう、一人の女生徒がいた。
「だからー、本当に可愛いのよ! 私の朝斗は!」
 立ち上がって拳を握る彼女は、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)。囃し立てる生徒、嫉妬や呆れの眼差しを向ける生徒、様々な注目を受けながらルシェンは力強く語り続ける。
「九年間以上家族の様に過ごして来たし、月雫石のイヤリングを貰ったり紅蓮のペンダントを贈ったり……極めつけはそう、あさにゃん!」
 御立ち台状態で語り続けるルシェンがぶんと腕を振り上げると、彼女の肩に腰掛けたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が「にゃっ!?」と驚いたような声を上げる。そんなあさにゃんの腰元を両手で掴み、ルシェンは更に声高に語り続ける。
「この子は人形のちびあさだけど、本物はもっと可愛いのよ! ネコ耳を付けてメイド服を着たあさにゃんこと朝斗の可愛らしさを見せ付けるには、やっぱり実物を見せるのが……?」
 力説していたルシェンは、そこでぴたりと言葉を切った。スイーツを準備していた榊 朝斗(さかき・あさと)が、テレパシーによって丁度こちらへ向かってくる事を伝えてきたのだ。
「ふふ、これはチャンスね……!」
「温泉の方に、女の敵となる社会の汚物こと痴漢は見当たりませんでした。……これは?」
 そこへ、仰々しいナックルを身に付けたアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が戻ってきた。痴漢撲滅を掲げ、温泉を襲う痴漢や覗き魔を撃退するべく温泉に張り込んでいたアイビスだったが、女子会向け施設の厳重な警戒の前では痴漢は存在し得なかったようだ。
 怪訝とした視線を向けるアイビスへ、ルシェンは耳打ちで現状を伝える。双眸を瞬かせたアイビスは「痴漢でないならいい」と言い放ち、今度は室内の警戒を行うべく部屋の端へ向かっていった。
 そして遂に、何も知らない朝斗が両手にスイーツの皿を抱えて現れる。アップルケーキ、チョコレートケーキ、フルーツジェラート、かぼちゃの水ようかん。用意された材料を用い作られた色とりどりの菓子に、わっと生徒達が群がる。
「お待たせ、カロリーの低いものを選んで作ってみたよ……っと」
 押されるままによろめいた朝斗の足が、入口付近の膨らんだ布団の一つを踏んでしまう。
 盛り上がった布団かと思われたそこからは、「きゃっ」と短い悲鳴と共にひょこりと一人の女性が顔を出した。その左右、同じくもこりと膨れ上がった布団からも、彼女と同様に顔が現れる。
 彼女たちはユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)。三人で早々に入り口付近の布団を占拠し、まるで障害物のように優雅に眠りへ向かっていた彼女たちだったが、真っ先に起き上がったユーリカが真っ直ぐに朝斗を指差す。
「私の脚を踏みましたわね!」
 自業自得と言えなくもない位置だが、ここは女子達の集まる一室。無論批難の視線は朝斗へと注がれる。
「簀巻きにして転がしてくれようか」
 イグナもまた同意を示し、三人はゆらゆらと朝斗へ向かう。ぎょっと目を丸めた朝斗が助けを求めて視線を彷徨わせた先では、ルシェンが好機とばかりに微笑みを浮かべていた。
「朝斗への罰なら私に任せて頂戴! さあ、朝斗を押さえて!」
「し、失礼します……」
 そんなルシェンの声に頷き、アルティアは朝斗の脚へしがみ付く。「ちょっと!」と驚いたように声を上げる朝斗の腕をユーリカとイグナがそれぞれ拘束し、ルシェンの指示で彼を引き摺っていく。
 ルシェンの肩では、あさにゃんが憐れむように「にゃあ」と鳴き声を漏らしていた。

「……あの辺りには余り近付くなよ、巻き込まれるぞ」
 笹野 冬月(ささの・ふゆつき)は、乾いたばかりのアンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)の髪を梳かしながら溜息交じりに呟いた。空京たいむちゃんの着ぐるみをパジャマ代わりに身に付けたアンネリーゼはと言えば、すっかり恋バナの甘い雰囲気に浮かされ、楽しげに肩を揺らしている。彼女の手には朔夜の用意した動物ビスケット、睡蓮や菫たちと共にそれを口へ運びながら、アンネリーゼはおもむろに冬月を振り仰ぐ。
「冬月お兄様は、何か困っている事とか悩んでいる事とか無いんですの?」
「俺、か」
 アンネリーゼの言葉に、場の視線が一斉に冬月へと向けられる。
 冬月は一拍考え込むように沈黙を挟むと、気負うでもなく口を開いた。
「とある人物を見かけると妙な高揚感を覚えると共に胸が圧迫されたように苦しくなって、その人物に対して何かしたいという願望に駆られる」
「それってまさか恋なんじゃ!」
 淡々と述べられた言葉に対し、期待を込めて挟まれる相槌。
 冬月は「いや」と左右に首を振って否定すると、「俺は以前その人物に負けた。ただ、再戦したいだけだろう」
 断言する冬月へ、アンネリーぜは疑いと困惑を半々にした視線を注ぐ。
 それに気付いたらしい冬月は、「俺のことは良いから、楽しんでこい」とアンネリーゼの頭を軽く撫でた。

 丁度その頃、会場の端からは「なんでこんな事に!」と朝斗の悲鳴が上がっていた。
 ネコ耳とメイド服を四人がかりで装備させられた朝斗は、ルシェンを始めとした女子達の「可愛い」「写真撮らせて」といった声に包まれ、この場から逃げ出せない事を悟ると、がっくりと諦めたように崩れ落ちた。
 そんな彼や于禁 文則(うきん・ぶんそく)が先程運び込んできたスイーツを、久世 沙幸(くぜ・さゆき)は次々と口に運んでいた。
「このケーキもようかんも美味しい! あ、あっちのプリンも美味しそうだなぁ」
 会場の隅の机には、大広間から運ばれてきたスイーツが幾つも置かれていた。
 蕩けた瞳で見比べながらケーキの欠片を口に含んだ沙幸は、しかし不意にぴたりと動きを止める。彼女の視線の先では、時計が丁度九時を表示していた。
「うーん……夜九時以降の食事は太りやすいって言うし、油断大敵かなぁ……」
 数々のお菓子と時計の間で何度も目を往復させながら、沙幸は考え込むように一人呟く。グラビアアイドルの仕事を務める沙幸にとって、体型の維持は非常に重要な命題だった。
「で、でも今日くらい! 後で誰かにダイエットのやり方を聞こうっと」
 言い訳するように零して、沙幸は尚もケーキへ手を伸ばす。そこへ、脇から温かな紅茶の入ったティーカップが差し出された。
「ふふ、これも如何ですか?」
 イリス・クェイン(いりす・くぇいん)の促しに、沙幸は嬉しそうに頷いてカップを手に取る。
「ありがとう、これ美味しいから食べてみなよ」
 お礼の代わりに蕩けるように甘いプリンを差し出す沙幸に頷き、イリスはプリンを手にした。
「美味しいですね、紅茶の味は如何?」
「うん、とってもお菓子に合うね」
 暫し歓談をしながらお茶とお菓子を共にする二人だったが、少し経った頃、沙幸の瞳は段々と焦点を失い始めた。
(酔いが回ってきたかしら……)
 内心でにやりと笑むイリス。何も知らない沙幸はほんのりと頬を色付かせながら、次第にあけすけな言葉を発し始める。
「だから、太っちゃわないか心配で……」
「難しい悩みですね、私は太らない体質ですから……」
 楽しげなイリスの言葉に、沙幸の瞳がぎらりと危険な光を帯びる。酔いに理性を呑まれた沙幸は、「羨ましいぞコラッ」とイリスを押し倒し、その脇腹を擽り始めた。
「きゃっ、お返しですよ」
 言葉とは裏腹に、慌てるどころか目論見通りと笑みを浮かべたイリスもまた、沙幸の腰元へ指先を這わせる。
 びくりと肩を跳ねさせた沙幸の肩に手を掛け、体勢を逆転すると、イリスは笑みを深めて囁いた。
「太らない為の運動、お手伝いしましょうか?」
「え、待って、あははっ」
 制止の声も聞かずに擽りを再開したイリスの下で、沙幸はばたばたともがき続けた。

「ありがとう、これで一先ず大丈夫よ」
 小谷友美の言葉に頷き、獅子神 玲(ししがみ・あきら)は立ち上がった。友美の元へ手伝いを申し出、大広間の片付けをしながら残ったスイーツを好きなだけ食べ尽くした玲は、彼女に見送られて今まさに恋バナの繰り広げられる寝室へと向かう。
 そんな彼女の視線の先に、寝室の前に腰を下ろした獅子神 ささら(ししがみ・ささら)の姿があった。喋らない九頭切丸へ向けて何やら語り掛けていたらしいささらは、驚いたように玲を見る。
「玲さん、あなたは室内にいたのでは……?」
 ささらは確かに玲を寝室内へと見送って、不寝番についた筈だった。苦笑を浮かべた玲は「恋バナ、私には分かりませんからまた友美のお手伝いをしていたんです。それより……」
 玲はささらの傍に寄ると、屈みこんでささらの掌を掬い上げる。すっかり冷えたそこを両手で包みながら、呆れたように言葉を続ける。
「あなたはまたそんな所で何やってるんですか。交代しますよ」
「フフッ……結構ですよ、あなたは中で楽しんできて下さい。恋の話以外にもすることはあるでしょう」
 緩く首を振って拒むささらを、玲は暫く考え込むように見下ろしていた。ややあって、眉を下げたまま面持ちを緩める。
「あなたの事だから、またお節介で私に色々と体験させようとしたんですね。全く、変態ですけど本当のお兄さんかお姉さん……もしくは「沙織」みたいに温かい人です」
「……ワタシにとって、玲さんは手の掛かる可愛い妹みたいなものですから」
 否定しないささらの説得を諦め、玲は腰を上げる。見上げてくるささらの視線と向き合うと、一拍悩むような間を挟んだ後、「すぐにお茶をお持ちします」と切り出した。そうして歩き出した後、襖へ手を掛けた所で足を止める。
「恋……ではないけど、大好きです。ありがとう、ささら」
 背を向けたままに発されたその言葉、紡ぐ玲の表情はささらには窺い知れなかった。
 答えを待つでもなく室内へ入っていく玲を見送り、襖が閉じるのを確認してから、ささらはどこか満足げな笑みを浮かべる。
「フフッ……」
 笑声に続く言葉はなかった。お茶を、或いはそれを運ぶ彼女を待ちわびるように、ささらは襖へと視線を馳せた。