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リアクション
第一篇:桐生 円×パッフェル・シャウラ
桐生円(きりゅう・まどか)は160センチにまで伸びた自分の身長を見て、満足そうにほくそ笑んだ。
愛するパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)の部屋に置かれた姿見に映る円の身長は、いつもの彼女とは違い、少しばかり高くなっている。
百合園女学院の寮。その一室に円は立っていた。しかしながら、この部屋は本物の『百合園女学院の寮』ではない。これは『本』の中の世界に生み出された光景なのだ。
円が本の中に入る際思い浮かべた恋のシチュエーションは、いつもの部屋でパッフェルと恋人同士の時間を過ごすこと。ゆえに、彼女がいるのは見慣れた寮の一室だった。
ただし、唯一違っているのは、円の身長が160センチになっていることである。無論、これは『本』の中に入る際に円自身が望んだシチュエーションによるものだ。
恋物語を集める『本』の話を聞いた円は、『女の子同士の恋愛指南書』を熟読してきたこともあって気合十分だった。そうして待っていると、部屋のドアが開いて一人の少女が現れる。紫髪の少女――パッフェル・シャウラだ。
「驚いたわ。まさか本当に私の部屋が再現されるなんて」
細部までが再現された自分の部屋を見回しながら、パッフェルは簡単の声を漏らす。
「でも、いいの? こんな機会だし、せっかくだから普段できないようなシチュエーションにしてみ――あら?」
やおらパッフェルは円へと語りかけていた声を止め、円の姿をじっと見つめる。何か違和感のようなものがあるのはわかるのだが、その違和感の正体が何であるのかわからず、パッフェルはただ円の姿を凝視するだけだ。
「何か気付かない?」
パッフェルの視線を受け止めながら、円は悪戯っぽい笑みを浮かべて問いかける。
「部屋はいつもと変わらないし……あなたもいつもと――あっ!」
自分で言いかけて気付いたのか、パッフェルは驚きで大きく開いた口を平手で隠しながら、再び円の姿をじっと見つめる。
気付いてもらえたのが嬉しい円はくすりと笑ってパッフェルと目を合わせる。そして、釣られたように円の瞳を覗き込むパッフェル。
パッフェルの視線は斜め下に向かういつも通りの視線ではなく、真っ直ぐ前を向いた垂直の視線だった。つまり、パッフェルが円を見下ろさずとも、円と目線が合っているのだ。
「あなた……身長が!」
もう一度、円を凝視して見間違いでないことを確かめたパッフェルは、その瞬間に再び驚きで口を開ける。だが、今度は開いた口をパッフェルが平手で隠すよりも早く、円が抱きついた。
「隙ありっ!」
先程のものよりも一段と悪戯っぽい笑みを大きく浮かべながら、円はそのままパッフェルをベッドへと優しく押し倒す。
「円っ! ……もうっ!」
驚きながらもパッフェルは楽しそうに笑うと、円を受け入れる。パッフェルの上に覆いかぶさる体勢となった円は悪戯っぽい笑みを浮かべたままパッフェルの顔へと手を伸ばすと、そのまま彼女の眼帯を外した。
(――恋愛指南書はこんな感じだった)
円は心の中で手順を確認するように、読んできた恋愛指南書のことを思い出しながら、そっとパッフェルの耳元へと顔を近づける。そして、形の良い唇を僅かに動かし、熱い吐息をパッフェルの耳元へと吹きかけながら、円は囁く。
「どうかな? 背の高さを同じぐらいにって、それだけ願ったんだけど。こんな機会だし同じ目線のカップルっていう夢をかなえてみようと思って、さ」
熱い吐息と甘い声を耳元に直接受けて、パッフェルも熱い息を吐きながら呟く。
「円……」
熱い息と共にパッフェルの口からでるのはただ円の名前のみ。ただ、パッフェルは濡れた瞳で円を見つめながら、彼女の名前を呼ぶ。
しかし、それだけで満足した円は満面の笑みを浮かべると、もう一度パッフェルの耳元に囁いた。
「……キスしよ」
そこまで迫った時、緊張のあまり円の頭は真っ白になる。これから先にどうする予定だったのかが全て飛んでしまい、ただ同じ体勢のまま数分の間、時が流れるままに任せる円。
だが、それで良かった。ただ、互いと触れ合えているというその事実に満足しながら、円とパッフェルは幸せな時間を過ごしたのだった。
(局いつも通りが一番いいな。恋人同士になってもなにも変わらない、でもそれがいいよ)
幸せ時間の中で、円は胸中で静かに呟く。
二人の仲が、これからも良きものとして続いていかんことを。
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