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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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第7章「シクヌチカ」
 
 
「はい……はい……まぁ、そうなのですか」
 聖域のある場所。草花の生い茂る所で双葉 みもり(ふたば・みもり)は何かと話しながら座っていた。
 と言っても、幽霊などでは無い。彼女は実際に草花と話をしているのだ。花妖精本人と、契約した地球人は草木と会話をする能力を身に着ける事がある。みもりもまた、その能力者だった。
「みもり、どうだ?」
 護衛として周囲を警戒していた皇城 刃大郎(おうじょう・じんたろう)が尋ねる。
「こちらの方々が仰るには、シクヌチカ様をお見かけしたのは少し前のようですね」
「少し前、か。こちらは村側に近いから、最初の調査で遭遇した幻獣が帰還した時だろうか」
「時期としてはその可能性が高いと思います。八重咲様とレギオン様がお戻りになられればもう少し分かると思いますけど」
 みもりと同様に草木との会話能力を持つ八重咲 桃花(やえざき・とうか)レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)の二人もまた、別の場所で情報収集を行っていた。予定通りならもうそろそろこちらに来るはずだ。
「…………」
「皇城様? 何かお悩みですか?」
「悩みとは違うが……キミは本当にその幻獣と話をしてみるつもりなのか? もう一度考えるべきだと俺は思うが」
 刃大郎は性善説を頑なに信じるみもりの事を、尊敬すると同時に危なっかしいと思っていた。今回の件も反対こそしないものの、もう少しシクヌチカ自体の情報を集めてからの方が良いのではないかと考えていた。
「ご安心下さい、皇城様。シクヌチカ様は昔より、人と触れ合ってこられた方。きっと、この世界を平和にする為に力をお貸し頂けるはずです」
「……会うのを止めるつもりは無い、と?」
「はい」
「そうか……ならば、俺からは何も言う事は無い。キミの目的の為には全力で協力しよう」
(ただし、襲って来る者がいるなら話は別だ。その時はたとえキミが何と言おうとも、戦わせてもらうぞ……)
 
「みもりはん、刃大郎はん、待たせてしもうたなぁ」
 少しして桃花が戻って来た。
「お帰りなさいませ、八重咲様」
「そちらは問題無かったか? 幻獣の様子は?」
「ややわぁ、刃大郎はん。心配し過ぎやわぁ。平和なもんやったよ。透矢はんも一緒やったしなぁ」
 桃花が後ろの篁 透矢(たかむら・とうや)へと振り返る。刃大郎がみもりの護衛につく為、一人になる桃花へと同行していたのだ。
「あぁ。散らばった皆が幻獣と瘴気を何とかしてくれたみたいで、俺達が通った所には暴れている幻獣はいなかったよ」
「途中で可愛い子がおったんやけどなぁ。はよぅシクヌチカはんを捜さないとって思ぅたから泣く泣く諦めたんよ」
「それなら良いのだが。それで、シクヌチカの情報は何か?」
「レギオン達が戻って来てから報告するよ。もうすぐだろ?」
 透矢の言葉に合わせるように、逆方向からトリィ・スタン(とりぃ・すたん)とレギオンが現れた。
「我らが最後か。これで範囲を絞れれば良いのだがな」
「まずは……誰から報告する?」
 
「皆様のお話を合わせますと、シクヌチカ様は最初の報告で聖域に入られてから、外に出られた様子は無いのですね」
「そうやなぁ。このひろーい場所のどこにおるんやろ?」
「他から発見の連絡が入って無いのなら……俺達はそれ以外の場所を捜すべきだと思う……」
「レギオンの言う通りだな。他の皆にもそう連絡しよう。俺が連絡しておくから、レギオンとみもりは今のうちにデータの統合をしておいてくれ」
 透矢が携帯電話を取り出し、連絡を行う。この場にいない者達からは、了解という返事と捜索を続行するという返事がきた。
 
「お〜い、皆〜」
 連絡を終えて移動を開始した時、上空からグリフォン――と言っても聖域にいた幻獣では無く、パラミタから持ち込んだもの――に乗ったノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)火村 加夜(ひむら・かや)が降りて来た。
「加夜、ノア。何か進展が?」
「いえ、丁度近くにいたので。あと、ノアがやってみたい事があるそうです」
「やってみたい事?」
 透矢達がノアの方を見ると、箒を取り出している所だった。虹色の尾を引くという特徴のある箒だ。
「これでシクヌチカの絵を描いてみるんだよ。もしかしたら気付いて来てくれるかもしれないでしょ?」
 自信満々に箒に跨るノア。そのままふわっと浮き上がると、軽快に空へと飛んで行った。
「あの、透矢さん。良かったらノアの代わりに私のグリフォンの後ろに乗ってくれませんか? 一人だと見落としがあるかもしれませんから」
「ん、それは構わないけど……こっちは大丈夫かな?」
 レギオンやみもり達の方を見る。もっとも、今はただ移動しているだけだし、仮に戦闘になったとしても戦える者が多いので反対する者はいなかった。
「行ってくると良い……何かあったら連絡を入れる」
「火村様、篁様。シクヌチカ様をお見かけしたら、教えて下さいね」
「あぁ、分かったよ。それじゃあ加夜、頼む」
「はい。では行きますね」
 再びグリフォンに跨り、空へと飛んで行く二人。加夜と透矢を見送りながら、レギオン達は空に虹の軌跡を描いているノアを眺めていた。
 ――ちなみにノアの描いた絵は彼らいわく『芸術』であったとの事だ。どちらの意味なのかは不明である。
 
 
「……見つからないわね」
「見つからないですね……」
 レギオン達とは別の場所。白雪 魔姫(しらゆき・まき)真田 大助(さなだ・たいすけ)は地上からシクヌチカの探索を行っていた。
 魔姫は小さなメイド機晶姫である『ちびエリス1号』を、大助は赤い羽毛に額当て、槍を手にした姿が特徴の『真田軍・槍ピヨ』を伴っての探索だ。
 双方小さいと侮るなかれ、これでも優秀な探索を――
「遅い。これならワタシだけで捜した方がマシかしら」
「あっ、こら! 勝手にあちこち行っちゃ駄目だ!」
 ――うん、無理。
 
 そんな二人とは裏腹に、パートナー達は順当に空から探索を行っていた。
 エリスフィア・ホワイトスノウ(えりすふぃあ・ほわいとすのう)は箒で、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)真田 幸村(さなだ・ゆきむら)は翼を用いて飛んでいる。
「幸村様。この辺りから携帯電話が繋がり辛くなっているようです。恐らく神殿に設置した基地局の範囲限界かと」
「聖域としても外れの位置まで来ているみたいだからな。ある程度まで行って何もなさそうなら引き返す必要があるか。それで良いでござるか、氷藍殿?」
 隣で飛んでいる氷藍は詞の無い旋律を口ずさみながら銃型HCのマッピングデータを確認している。歌う理由は幻獣達に敵意を与えない為、らしい。幸か不幸か空を飛ぶ幻獣に遭遇していない為、効果のほどは不明だが。
「氷藍殿?」
「ん、あぁ。そうだな。とりあえずあそこまで――」
 途中まで言いかけた所で、前方から何かが打ち上がったのを確認した。
「あれは……信号弾か。幸村、エリス、予定変更だ。一旦携帯の通じる所まで戻って他のメンバーに連絡を」
「かしこまりました。氷藍様、今のは他の方の合図でしょうか?」
「あぁ。ライカのはずだ」
 
 
「や〜、見つかって良かったよ〜」
 シクヌチカ探索のメンバーが全員集まった後でライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)が待っている場所へと向かった。
 彼女がいたのは聖域の北東、調査団がやって来た聖域の入り口側からは一番遠い場所だった。ライカは月光竜のポチに乗って空から探索を行い、偶然この場所を見つけたらしい。
「どこ行っても邪悪な気が充満してたっすからねぇ。『大いなるもの』の封印が解けかけてるせいなのか知らないっすけど、ちょっ早で逃げて来て正解だったっすよ」
 ライカの隣ではエクリプス・オブ・シュバルツ(えくりぷす・おぶしゅばるつ)が岩に腰かけながらバナナを食べている。良いくつろぎっぷりだ。
「まぁ途中はちょっと恥ずかしかったっすけどね。俺はプロテクターになってたからいいんすけど、空飛びながら『シクヌチカさんどこですか〜』って――」
「い、いいじゃない! 見つかったんだから!」
「いや〜、でもあれでシクヌチカが反応したらシュールっすよ」
 一瞬、皆の脳裏に『は〜い』と返事をして姿を現すシクヌチカの姿が思い浮かぶ。何と言うか、シュールだ。場の雰囲気を元に戻す為、氷藍が改めて確認をした。
「あー、とりあえず。まだライカ達もシクヌチカには会っていないんだな?」
「うん。この先にいるのはちらりと見たんだけどね。まだ中には入って無いよ」
「なら早速向かうとしよう。協力が得られると良いんだがな」
「オッケー。あ、エクス。ちゃんとメモ、取っといてよ」
「了解っす〜」
 
  
「人間……いや、異界の戦士よ。よくぞ来た」
 奥へと向かうと、ライカの報告通りワシの幻獣がいた。その大きさは20m近く、報告にあった内容と一致する。
 そして何より、伝承の通り人の言葉を理解している。他の区域で戦闘を行った者達からの連絡で他に人語を解する幻獣がいたという話は聞いているが、それらも他とは違う雰囲気を持つ幻獣達だったという事だ。
「幻獣よ、我らはパラミタという世界よりやって来た者。この世界を訪れた理由はこちらの世界の伝承により、この地に『大いなるもの』と呼ばれる災いが復活を遂げる可能性があり、その厄災を防ぐ為だからだ。決して貴公らの領域を脅かそうとしての事ではないと理解してもらいたい」
 トリィが口火を切って話しかける。獣の姿である彼ならば、一番警戒されないだろうとの考えからだ。
「戦士達よ。我は伝承を継ぎし者。汝らが光であると信じ、我の知識を伝えよう」
「思ったよりも話がすんなりと行きましたね。最初の時は調査団の人達に襲い掛かって来たと聞いていたのですけど」
 順調に進んでいる事に安堵半分、疑問半分の加夜。他の者達ももう少し苦労すると思っていた者が大半のようだ。
「異界の扉が開かれた時の事か。あの時我が向かったのは、契約の気配を感じた為だ」
「契約?」
「そうだ。我らは力を貸すに相応しいと認めた者には我らの力を与える事がある。だがそれは、過去の事だ」
「過去、ねぇ。一つ聞きたいんだけど、あなたはシクヌチカさん本人なの? それともシクヌチカさんに関係があるの?」
 ライカが質問を行う。外見としては村の書物にあった絵と似てはいるようだが。
「我はシクヌチカであり、シクヌチカでは無い。我はシクヌチカより生まれし者」
「ん? え〜っと? 生まれって事は、シクヌチカさんの子供?」
「そのような表し方もある。我はシクヌチカが滅びを迎えた時、シクヌチカの力を持ちて生まれた」
「じゃあ二代目シクヌチカさんって事ね。もう一つついでに質問。この世界には『偉大なる賢者』って人が係わってたみたいなんだけど……もしかして、これもシクヌチカさん?」
「……いや、我では無い」
「では神殿から聞こえる咆哮の主か?」
 氷藍が続けて質問をするが、シクヌチカはこれにも首を振った。
「賢者について……我は記憶を持たない。シクヌチカが我に継いだ記憶は完全では無いのだ」
「不完全な継承だと? 一体何故そんな事が」
「我が継ぐ前の事だ。『大いなるもの』の封印が弱まり、聖域を侵し始めた事があった。その時シクヌチカは辿り着いた人間と契約を交わし、共に封印を直したが人間と共に滅びたと伝えられている。我はその残滓だ」
「当時からも封印が弱まった事があったのか。しかし、先代が命を懸けて修復した封印……『大いなるもの』はそれだけの苦労をして抑え込む必要のある存在か。そこまでの物だと他にも影響があったのでは?」
「うむ。汝の言う先代の時代と我の時代。大きく違うのは魔法であろう」
「魔法? 昔は普通に使えたのか?」
「逆だ。我の知る限り、かつてのこの世界には魔法は存在していなかった。だが封印を直す際に魔力が必要となり、魔法が復活したと記憶に残っている」
「なるほど……この世界では魔法が従来の威力を発揮しないという事だがそのような理由があったのか」
「あの……先ほどの封印についてお聞きしたいんですけど」
 氷藍に代わり、再び加夜がシクヌチカと対峙する。
「その封印って『大いなるもの』を封じているんですよね? それはどんな感じの物なんでしょう。幻獣の狂暴化とかにも関係あるんでしょうし……もし完全に封印が解けてしまったら、どうなるんですか?」
「『大いなるもの』は負の心によって生まれし者。それ故に汝らが幻獣と呼ぶ存在は心を操られ易いのだ。もしも完全に封印が解けたとするならば……『大いなるもの』はこの地に災厄をもたらす事だろう」
「災厄……あまり想像したくありませんね。では、その『大いなるもの』が封印されているのはどこなんでしょう?」
「……あそこだ。あの一番深くに『大いなるもの』が封じられている」
「神殿の……一番下? 神殿って確か咆哮が聞こえて来る場所だよね? ねぇ、あれって誰の声なの?」
「幻獣達のトップは竜だと聞く。だが今の所竜らしき幻獣は見ていない。やはり神殿にいるのが幻獣王なのか?」
 今度はノアと氷藍が二人がかりで質問した。
「そうだ。名をファフナーと言う」
「ファフナー……」
「幻獣王ファフナーか。味方か敵か……それが問題だな」
「出来れば味方でいて欲しいけど、状況を考えるとそれも難しいだろうな。シクヌチカ、君の力を借りる事は出来ないのか?」
「我の……?」
 透矢の言葉にシクヌチカが何やら考える。
「……良かろう。だが、力を貸せるかは汝らの行い次第だ。それを今から見せてもらおう……」
 
 シクヌチカを連れ、一行は聖域の他の地区で活動していた者達と合流した。そこにはメンバーだけでなく、ヘルハウンドにグリフォン、さらにはベヒーモスといった高位の幻獣もいる。
「は〜、これは凄いなぁ。少しくらい、触ってみてもえぇんかなぁ」
「僕も触ってみたいです。出来ればシクヌチカさんかグリフォンさんを……」
 幻獣に目を輝かせている桃花や大助はさておき、シクヌチカが三体の幻獣を見回していた。話ではここからシクヌチカにしか出来ない手段を使うという事だ。
「良いのだな、皆?」
「えぇで。兄さん達の力になるって決めたんや。旦那の力でパパッとやって欲しいっすわ」
「私も問題ありません。むしろ今という時期だからこそ力になるべきでしょう」
「おー」
 ヘルハウンドが、グリフォンが、ベヒーモスがシクヌチカへと応える。三体の意志を確認したシクヌチカは、その中心に立って大きく翼を広げた。
「分かった。では――」
 シクヌチカの身体にオーラのようなものが纏い始める。共鳴するように三体の幻獣からも同様のオーラが放たれ、一瞬の光の後にはシクヌチカ以外の幻獣がその場から姿を消していた。
 いや、正確には消えた訳では無い。姿を変えたと言うべきか。三体の幻獣がいた場所には代わりとして、沢山の光り輝くクリスタルが残されていた。
「これは幻獣の力を封じ込めた結晶だ。しかるべき時に結晶を使えば必ず汝らの力となるだろう」
 調査団のメンバーがクリスタルを手に取っていく。それは透き通った綺麗な物でありながら、どこか温かみを感じさせる物だった。加夜もクリスタルを一つ手に取り、シクヌチカの所に戻る。
「シクヌチカさん、有り難うございます」
「……礼には及ばぬ。彼らが力を貸そうとした事は……汝らの功績だ」
「あの……かなり、疲れてます? もしかして今の術、シクヌチカさんにも影響があるんじゃ……」
「些細な事だ。伝承の『光』を助けるは我の役目。その為の我なのだからな……戦士達よ。この地の行く末……託したぞ」
 翼を広げ、大空に舞うシクヌチカ。去って行くその姿を、加夜達は見えなくなるまで眺め続けていた――