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第二章 地獄のクッキングファイト 9

「そらそらそらあっ!」
 まるで残像のように分身を残しつつ、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)が両手の武器と蹴りの連続攻撃でハーティオンを追いつめる。
「くっ!」
 ハーティオンも勇心剣を横薙ぎに振るって対抗するが、アキュートはこれをのけぞってかわし、その態勢のままバーストダッシュでハーティオンの横をすり抜けた。
「何っ!?」
 慌てて振り向くハーティオンだが――これは罠。
「クリビア!」
 ハーティオンがアキュートに気を取られた隙に、クリビア・ソウル(くりびあ・そうる)がバーストダッシュで一気に間合いをつめ、槍を地面に突き刺して飛び上がる。
 ハーティオンが背後の気配に気づいた時には、もはやクリビアの姿はそこにはなく。
 次の瞬間、上空からの踵落としがハーティオンの脳天に炸裂した。

「くっ……どうやら私の負けのようだ」
 がくりと膝をつき、負けを認めるハーティオン。
 その様子を、パートナーであるはずのラブはなぜか余裕の表情で見ていた。
(あの女が戦闘に巻き込まれてくれなかったのは残念だけど、今のところそれ以外は全て計算通りよね)
 もともと、「新しくパラミタに来た鈿女の歓迎もかねて」と理由をつけて、この大会への参加を言い出したのは他ならぬラブである。
 しかし、浪費癖のあるラブにとってお金の管理にうるさい鈿女はむしろ目の上のたんこぶであって、歓迎すべき相手ではなく。
 この大会への出場も、要するに彼女を少し酷い目に合わせてやろうという魂胆で決めたことだったのである。
 メイン参加者をハーティオンにすれば、戦いもハーティオンに押しつけられるし、料理を食べるのもハーティオンであれば何が出てきても大した支障はない。
 とはいえ、さすがにあまりいろいろ食べ過ぎるとその場で即ダメージにはつながらないまでも、後の調整が大変になるのは目に見えている。
 参加して戦闘に巻き込まれた上に、大会後は普段よりも入念な調整が必要になるという二重苦。そしてラブには何の危害も及ばない。
 これこそが、ラブの書いた筋書きであったのだが。

 実は、大会へのエントリー時に、鈿女がハーティオンに同行していたのである。
 その結果、どうなったかというと。
「私はまだパラミタの勝手がわからないから、今回は見学でお願いね」
「わかった、そうしておこう」
「それと、ルールを見ると料理を食べなきゃいけないみたいだけど、味を感じる能力の低い貴方じゃ大会の趣旨と外れてしまうわね。『料理と戦闘』みたいに分担することもできるみたいだし、理由を話して貴方は戦闘と料理のみの参加と申告した方がいいんじゃないかしら。食べる方はラブにやってもらうことにして」
「確かにそうだな。そのように申告して登録しておこう」
 ……というわけで、ラブの仕掛けは全て失敗に終わったあげく、逆に彼女の方が罠にかけられたような形になってしまっていたのである。

「……というわけだ。食べる方はよろしく頼むぞ、ラブ」
 いきなりハーティオンに話を振られて、ラブは真っ青になった。
「い、いつの間にそんなことに……こ、これもあの女の仕業ね!?」
 関係者席の方に目をやると、普段通りの表情でこちらを見ている鈿女と目が合う。
 そちらに突っかかっていこうとしたラブだったが、それより早くアキュートとクリビアによって確保されてしまった。
「まあまあ、そう嫌がるなって。ちゃんとした料理を作ってあるんだからさ」
「ええ。『小さな太陽』という名前の、とある港町に伝わる伝統料理です」
 そう言いながらクリビアが差し出した器の中には、プチトマトやタマネギなどの野菜と魚のアラを煮込んだような、いかにも港町の名物らしい料理が入っていた。
 スープが少し赤く、やや辛そうに見えるのが辛味の苦手なラブにとっては辛いところだが、少なくとも致死性の謎料理の類と比べればマシそうだ。
(こ、これくらいなら……)
 覚悟を決めて料理に口をつけるラブ。
「はひ……結構おいしいけど、やっぱり辛い……」
 辛さで涙目になりつつも、どうにかこうにか食べ進み……そして、ついにその時が訪れた。

「!!!!!!」

 この料理のキモは、実はプチトマトである。
 煮込む前にじっくり一晩唐辛子ペーストにつけ込まれたそれがこの料理の辛さの根源でもあるのだが、問題はそれだけではない。
 このプチトマト、当然のことではあるが内側はとても冷めづらく、皮が弾けると極熱の中身がほとばしり、口の中を焼き尽くすというとんでもないトラップ料理なのである。
 そしてもちろん、その熱さで大変なことになった口内を、立て続けに辛さが蹂躙するという二段構えであることも見逃してはならない。
 これこそまさに「小さな太陽」、度胸あふれる船乗りたちがやせ我慢して食べる漢の料理なのであった。

「〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 あまりのことに、声にならない声を上げて転がり回るラブ。
「はい、お水」
 鈿女が持ってきたコップをひったくるようにして受け取り、水をがぶがぶ飲んではみたが、口内の辛みというか痛みというかが治まる気配は一向にない。
「にゃ、にゃんでわらひがこんにゃめにあうのよぉ……」
 ろれつの回らないままそう呟いたラブの隣で、鈿女がくすりと笑った……ような気がした。